2021年01月09日
「へ?」
きょとんとした顔で、悠夜は振り向いた。
当初は誰だか分らなかったのだろう。ついこう言ってしまった。
「えっと・・・誰?」
「あ、ひどいです。そりゃまあ、久しく会ってないですけど」
「・・・もしかして、虹口先輩?」
「ふふっ、はい。私です」
「久しぶりですね。なぜここへ?」
「私も今日、信州大学に入学するからですよ」
遙乃は、入学式の式場を指さした。
「あ、浪人してたんですね。卒業以降の消息知らなかったんで、どうしてたかと思いましたが・・・。学部はどこへ? 人文とかですかね」
「ふふっ、あなたと同じですよ、上野さん。ここにいるということは、あなたも地質なのでしょう?」
「嘘だろ!?」
「ホントです。あの後、理転したんですよ」
「そりゃまあ、文系でもなんとかなる受験科目だったとはいえ・・・めっちゃ頑張ったんですね」
「ありがとうございます。あ、そろそろ行きましょう。入学式始まってしまいますよ」
「いっけね。行きますか」
「はい」
二人は歩き出した。雪の舞う道を。
学科ごとの諸々の説明などが終わった後、二人は家路につくことにした。
「さて、終わったし帰りますか。スーツ姿は、息苦しくっていけないですね」
「あら、かっこいいのにもったいない」
「え?」
驚いたように振り向く悠夜。
「ふふっ、何でもないですよ。帰りましょうか」
それを見て、クスリと笑う遙乃。
その場でクルリと回った遙乃は、理学部等の入り口に向かって階段を下っていった。
「そうだ、家どの辺です? 近くまで送りますよ」
理学部等を出た所で、悠夜は遙乃に尋ねた。
「ありがとうございます。えっと、こっちの方ですよ」
遙のが指さしたのは、概ね南の方向だった。
「おお、それだと俺と同じ方向ですね」
「そうなんですね。もしかしたら家近いかもですね」
「はは。知り合いがいないと思ってたので、それだと心強いですね」
「それ、女の子である私のセリフですよw」
「ですねw」
談笑しながら、二人は徒歩で家路についた。
大学横を流れる川沿いを下り、橋が架けられた所にあるT字路に着く。
「あ、私こっちです」
遙乃が指さしたのは、橋と反対側の内陸方向だった。
「そこも一緒ですね。俺もこっちです」
この区画には、アパートが比較的多いので、そのどれかだろうとお互い思っていたようだ。
「この辺りいくつかアパートありますし、本当に近いのかもですね」
「実は同じだったら笑いますね」
「そうですねw」
そのまま歩き続けると、二人は一つのアパートに辿り着いた。
「私ここのアパートです。送ってもらってありがとうございました」
「・・・」
「あの、上野さん?」
遙乃は、無言の悠夜に首をかしげながら訪ねた。
「俺冗談のつもりで言ったんですけどね・・・」
少しの間の後、悠夜はボソッとつぶやいた。
「というと?」
「俺もここのアパートなんです」
「うそ!?」
「ここ微妙に斜面になってるし、帰り登りで苦労するより朝登りで苦労する方が良いなと思って、スーパーとコンビニも近いここにしたんですが、まさか同じだったとは」
「あらあら・・・。私もアパート選びの時、まったく同じこと考えてました」
「まさか・・・」
悠夜は、アパートの2階へと向かった。
立ち止まった部屋の表札を見ると、そこには『虹口』とある。
「ここまで同じだとは・・・」
「え、上野さんの部屋、ここの隣なのですか?」
追いついてきた遙乃が聞いた。
「引っ越しのドタバタで表札出すのを忘れてたんですが、まさかこんなことになっていたとは」
「だから気付かなかったんですね・・・。でもよかった」
「なぜです?」
胸に手を当て、一呼吸付いた遙乃。
「先程、上野さんが言ってましたけど、やはり異国に一人、と言うのは少し心細かったんです。まして、私は浪人していたので、みなさんより一つ年上ですし。隣と言うのは本当に驚いていますけど、それでもやはり、知っている人が近くにいてくれるというのは心強いのです」
「そうでしたか。でもまあ、俺にできることなら任せてください。コメの買い出しとか、ストーブ用の灯油買いに行くときとかw」
照れ隠しか、ガッツポーズを取る悠夜。
「ふふっ。その時はお願いしますね」
「ひとまず、部屋戻って着替えましょうか。よかったら、この後一段落したら、晩御飯でも一緒にどうですか?」
「そうですね。ご一緒します」
「では、17時ごろでどうでしょう?」
「夕食にはいい時間ですね。そうしましょうか」
「ではまた後で・・・じゃなかった。連絡先交換しませんか? もし家空けてたら困りますし、今後使うこともあるでしょう」
「あ、忘れてました。連絡先知らないと今後不便ですものね」
悠夜と遙乃は、お互いに携帯を取り出した。
「考えても見れば、お互い見知った時間は長いのに、未だに連絡先知らなかったんですね」
「確かに。上野さんが中一の頃からですし、5年はあったはずなんですよね」
「やはりあの頃は1学年の差が大きかった、と言うことなんでしょうね。最後の方は、ほとんど話せなかったですし・・・」
最後の言葉は、少し小さく話した悠夜。
「でも、これからは同じ学年ですから」
「ははっ、何か変な感じしますね。ああ、他意は無いですよ」
慌てて取り繕う悠夜。
「大丈夫ですよ。年が違うのに同じ学年になるという違和感は、私もありますから。ある意味、浪人生の特権です」
「・・・そうかもですねw」
「さて、踊り場で話していては邪魔になってしまいますね。戻りましょうか」
「ですね。ではまた後で。俺ここで待ってますから」
「分かりました」
そして、二人は各々の部屋に戻っていった。
つづく
Posted at 2021/01/09 17:22:27 | |
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