上野くんは、優しい。
私が彼について評価を与えるとき、最初に出てくる言葉がそれでした。
高原学校で一緒の班になった時は、バーベキューで火の番を担当してくれて、みんなの分を焼いてくれたことが、最初に意識した時でしょうか。
通学の電車の中で、上野くんのお友達と話していた時に、ふざけてでしょうか、その人が私に触れようとした時、身を挺して庇ってくれたことがありましたね。
通学の方向の関係もありますが、よく一人になってしまう時に、一緒についてきてくれたことも思い出の一つです。
この日、食事を終えて会計をする算段になった時もそうでした。
「あ、ここは俺出しますよ」
「申し出はありがたいのですけど、それは無しで行きましょう。お互い変な貸し借りがあるとやりにくいだけですからね」
男の人からすると見栄を張りたい場面なのかもしれませんが、それに甘えてばかりではいけないと私は思いました。
なぜかといえば、これから同学年になるという事、それに尽きるわけです。
私は、あくまで対等な関係でありたかった。
「それもそうか」
「学生も多いでしょうから、別も対応してくれると思います。それで行きましょう」
「了解っす」
食事の後は、近くにあるスーパーに寄っていく事にしました。
お互いまだ冷蔵庫の中は空っぽのようです。
「さて、せっかくですし、食材の買い出しして行きませんか?」
「そうですね。明日からはなるべく自炊しないと」
学食もあるでしょうけど、やはり大学生たるもの自炊しないといけません。
お昼は学校で食べることもあるかもしれませんが、朝晩は自分で作ろうと思っています。
ここでも、上野くんはサッとカゴを持ってくれています。
素なのでしょうけど、こういった所が嬉しい。
「自炊かぁ・・・自信ないなぁ、俺」
「あら、今までは料理やってこなかったのですか?」
「そうなんですよねえ。なかなかやる機会無くて」
「男の子だとそういうものなのかもしれませんね」
恥ずかしそうに頭を書きながら答える上野くん。
個人的な意見ですが、実家暮らしで自分で料理する男の子は珍しいのではないかと思っています。もちろん、興味ある子もいるでしょうけど、大多数ではないのではないでしょうか?
上野くんも同じようですね。ちょっとだけ安心しました。
なぜかって?
女の子より男の子の方が料理できる、とあっては、悔しいじゃないですか。
やはり、自分の作った料理を食べてもらって、『おいしい』と言って欲しいのです。
ふふっ、女の子の夢ですね。
「うちのじいちゃんはめっちゃ料理やってたなぁ。釣ってきた魚捌いたり、良くイモフライとか作ってくれたし」
「釣りもやるのですね、おじいさま。上野くんもやっていたのですか?」
「一度だけ連れてってもらったことありましたけど、ぜーんぜんダメでしたねw 後は、釣り堀に家族で行ったことがある位かな」
「釣り堀ですか。おじいさまとは、どこで釣りを?」
「利根川ですよ。うちのじいちゃんは、川釣りをやってたんです。専用の冷凍庫があって、アユとかワカサギとかいろいろ入ってましたね」
「そうなのですね。私やったことないので、詳しくは分からないのですが・・・」
そういえば、中学高校時代には、おじいさまの話をよくしていましたね、上野くんは。
おじいちゃんっこで、よく遊びに行っていた、と話していたことを思い出しました。
「そうだ、虹口さんは、料理やるんです?」
「少しだけですけどね。こちらに来る前に、一人暮らしをするということで、母に基本は教わってきました」
一人暮らしをするなら料理は必須ですからね。
実家に居た頃は、お手伝いに毛が生えた程度しか料理はしていなかったので、こちらに来る前に教わっておいたんです。
「ベースがしっかりしてると大丈夫じゃないですかね。俺、それも無いんでw」
「ふふっ、なら一緒にお勉強しましょうか」
その内、一緒に料理するようになったりして、なんて。
部屋も隣ですし、おすそ分けから始まって、とか。
いけませんね、妄想してしまいます。
「そうっすね。でもまずは生肉に触れるようにならないと」
「え?」
「いやー、生肉のあの感触が凄く苦手で。だから、とりあえず飯はキャベツとレタス千切っておかずにすればいいかなーって」
「あのですね、精進料理じゃないんですから・・・」
「ハムならまだ触れるので、それも入れればいいんじゃないですかねw」
「いやいや、ダメに決まってるじゃないですかそんなの」
「まあ、なんとかなるっしょ」
ケラケラと笑っていますけど、それで良いわけないでしょうに。
もっと食生活にも気を使ってもらわないと困ります。
そうだ、私が作れば・・・。
「・・・なら、私が作ります。そんな食生活させられません」
「いやそんな、作ってもらうとか、手間かけさせるわけには」
「私にとって練習にもなりますから。おすそ分けだと思ってください。それに、味の保証もできないわけですし」
「う~ん、本当にお願いしてもいいんですか?」
「はい。腕は無いので、練習に付き合ってもらう形にはなってしまいますが」
「俺が自分で作るより遥かにマトモでしょうw」
「ふふっ、どうでしょうね?」
「じゃあお願いします。あ、でも食材の半分は出させてください。せめてそれくらいは」
「分かりました。早速お買い物しましょう」
う~///
改めて思い返してみると、私、とんでもないこと言ってます。
再会できただけでなく、隣の部屋で、料理まで作ってあげることになるなんて・・・。
なんだか、ドラマみたいな展開です。
でも、そんな関係も嫌ではない・・・かな。
いささか展開が早すぎる気がしないでもないですが、それとて私が望んだことです。
今は、隣に入れることが嬉しい。
きっと、私の居場所はここにある。
受験時代に覚えた心の寂しさは、今は既に無く、暖かさに満ち溢れています。
これもきっとあなたが居てくれるからなんですね。
『上野くん』
つづく