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ミセガワのブログ一覧

2009年10月12日 イイね!

入院生活での雑感

入院生活での雑感親が丈夫な体に産んでくれたおかげで、44年の人生で入院生活を送ったのは今回が初めてでした。病気だとその内容によっては先行き不透明で暗い気持になる場合も少なくないですが、今回のように怪我の場合はよほどの医療ミスか、少ない確率ですが麻酔の不適合、あるいは感染症にでもならない限り、順調に健康が回復して、社会復帰できます。

そんなわけで比較的気楽な気持ちで入院生活をスタートさせたのですが、その実態はどうだったか、脈略なく思いつくままに書きたいと思います。

●病院の食事
塩分は確かに控えめですが、もともとそれ程濃い味ではないミセガワ家なので、それほど違和感はありませんでした。量が限られているので、退院直前の元気な時は物足りない感じもありましたが、手術直後は体も衰弱していて、食欲がなく、余らせていました。

食事の物足りない分は、売店で菓子や食料を調達すけば、他に疾患のない外科の患者はそれを食べることで満足できます。ただ、濃い味の缶コーヒーは売店にもなくて、退院したらまずショート缶のコーヒー飲みましたね。

でもとにかく食事がイチバンの楽しみでした。

●日中の過ごし方
術後二日くらいはまだ全然元気もなく、痛みも酷いためただ姿勢を替えて寝ているだけでしたが、3日目から痛みも引き、時間があると雑誌を読んでいました。午後になると家族や友人、知人がお見舞いに来てくれ、特に三連休の時は整理券を発行しようかというくらいで見えられたので、全く退屈知らずでした。黙ってじっとしていると痛みも強く感じますが、談笑していると症状も改善されるので、会話は重要ですね。
来客がなくても、ルームメイトと親しくなり、会話には事欠きませんでした。しかし我々の部屋に比較的元気な整形外科患者が集まるようになり、看護師さん達にちょっと目を着けられていたかも。

●消灯
夜9時に寝るのですが、前半は痛みが酷くて熟睡できず、後半は力が余って寝付けませんでした。多分私がイチバンいびきをかくので、出来るだけ就寝する時間を遅くするなど、気も使いました。全体に寝不足でしたが、昼間いくらでも寝れるので焦らなくて良いのが最高。

●日課
朝・昼・晩の検温と血圧測定、術後二日目までは点滴による抗生剤の投与を朝・夕二回がマストでした。ノルマはこれ位しかないし、優しい看護師さんばかりなので、気分は良いですね。男性の看護師さんも居ましたが、人当たりが良いうえ、とても豊富な医療知識をお持ちで、素直に「すごい」と思いました。

●居心地
正直、手術の苦しみやある程度痛みが治まるまでは、辛くて大変でしたが、後半は楽園状態でした(好きな時に寝て、飯は出てくるし、暇な時の話し相手に困ることもない)。ただ、私は早く退院して「エイトで走りたい」とか「職場に戻り遅れを挽回しなければ」、「家族でまた色々なところに遊びに行くんだ」という、退院後の幸せのビジョンや明確な課題があるので、早く退院しようという衝動が強かったです。
逆にそういう事が希薄な人は、入院している事は極楽で、一日でも長く入っていたいと思う部分があるようで、多くはないですが入院中そんな感じの人何人かに出会いました。

●衛生管理
入院前夜までは普通に自宅で入浴していました。手術後は傷も着いていないので当然風呂には入れません。私の担当のベテラン看護師さんが背中や足など、当たり障りのないない部分は熱いタオルで拭いてくれました。しかし肝心の部分はタオルを渡されるので、隠れながらもうろうとする意識の中で、自分で拭きました。
その後も入浴はできませんでしたが、体はともかく頭がかゆくて仕方がないので、手術後4日目にどうにも耐えられないので看護師さんに相談すると、頭を洗ってくれるとのこと♪。
洗ってくれたのは、例の座薬と採血の人でした♪。これで超スッキリ。
その日の回診の時、医師に入浴の可否を問うと、OKが出たので、翌日には今度はシャワーを浴びることが出来ました。しかしこれは全部一人でこなしました。期待していた人、残念でした。
ここまで順調だと、医者も分かるみたいで、翌日退院となりました。

●不満点
テレビも冷蔵庫も有料でした。有料は結構ですがテレビは思ったよりも全然見なかったです。有料で数は限られていて構わないので、インターネット接続されているPCや新聞があると凄く快適だったと思います。

●総括
全体として、今回の入院はとても快適でした。病院の施設や衛生度、スタッフの皆さんも全て合格点でした。また、お見舞いに沢山の方に来ていただき、とても嬉しかったです。家族も小まめに面倒を見てくれて感謝しています。これは自宅からかなり近い病院を選択したという事が、結果的には正解だった面もあります。また、ルームメイトにも恵まれました。怪我は最悪でもう二度とあのような苦痛を味わいたくはないですが、その不幸を最大限軽減することに成功した入院だったと思います。

秦野赤十字病院 整形外科病棟 最高!!
Posted at 2009/10/17 17:54:52 | コメント(1) | トラックバック(0) | 肩鎖脱臼闘病記 | 日記
2009年10月11日 イイね!

大分回復しました

術後三日経って、かなり回復しました。今は一日中起きて、レブスピードを読んで、袖ヶ浦の予習をしたりしています。筑波はかなり微妙です。でも頑張ってリハビリテーションします。
Posted at 2009/10/11 11:58:02 | コメント(6) | トラックバック(0) | 肩鎖脱臼闘病記 | 日記
2009年10月10日 イイね!

病院での意外な出会い

病院での意外な出会い手術が終わり、部屋に戻り回復へ向けての入院生活が始まります。最初は遠巻きに眺めていたルームメイトですが、徐々に打ち解けて、雑談や世間話をするようになりました。

そして我々の病室に訪れ、同年代のKさんとよく話をしている人が居たのですが、どうも見覚えのある顔に思えます。確かこの人は昔峠を走っていた頃に毎晩のように来ていた人の様な気がする。

しかし冷静に考えて約20年も前の事だし、こんな偶然のタイミングで出あうとは考えにくい。そんなわけでしばらく静観することにしました。
しかしあるとき、ルームメイトのN君がその人のフルネームを尋ねたのです。すると明らかに聞き覚えのある名前ではないですか!!

翌日勇気をもって「○○さんて、昔××峠走っていませんでしたか?」と尋ねると、きょとんとして「△△△さん!?」との回答が。なんでも私は昔もっと太っていたとの印象で、まるで顔が変わっていて解らなかったとの事。しかし間違いなく私が思っていた人その人でした。

それからと言うもの、毎日毎日車やモータースポーツ、走りの話で盛り上がり続けたのは言うまでもありません。なんでも今は86に乗っているとのこと。仕事場も秦野市内で、人間は意外と近くですれ違って、お互いの存在に気がつかないものだなと、感慨にふけりました。

しかしお互いアラフォーなのに車キ○ガイは治っていないところはご愛敬です。

しかし私の現在の体重が当時と大差ない事は、どう理解すればよいのやら(単に老けた!?)
Posted at 2009/10/16 19:52:18 | コメント(4) | トラックバック(0) | 肩鎖脱臼闘病記 | 日記
2009年10月09日 イイね!

手術終了

多分問題なく手術は終了しました。しかし超痛い!参りました。風来坊さんお見舞いありがとうございました。

来訪を予定される方はマスクをお忘れなく。
Posted at 2009/10/09 19:27:28 | コメント(3) | トラックバック(0) | 肩鎖脱臼闘病記 | 日記
2009年10月08日 イイね!

手術の実施

手術の実施さて、いよいよ核心の部分について書こうと思います。実は2000字ほど打ったところでPCが落ちてしまい、書き直しです。

手術は10月8日の計画でしたので、前日に入院して健康状態を観察したりして、粛々と準備が進みます。前夜は特に眠れない事もなく、翌日を迎えます。

私は一般病室の4人部屋に入院しましたが、整形外科病棟なのでルームメイトは同年代の踵の骨折で入院されているKさん、バイク事故で膝の皿を割ってしまった19歳の青年N君、栗の木から転落して腰を痛めたお爺さんのKHさんでした。前夜は会話をすることもなく、過ぎて行きました。

そして手術当日、手術の前にまず準備として、点滴の滴下が始まりますが、これをし施術したのが若い研修生っポイお医者さんで、私の体が少し弱っているせいもあってなかなか静脈が見つからず、さしてからグニグニっと探す動作をされてまあ痛いこと。グッと耐えます。

午後に入ると今度は浣腸です。こちらは看護師さんがしてくれるのですが、ベテランの看護師さんがさっさとパンツを引きずり降ろして、私の下半身が容赦なく晒され、恥ずかしがっている間合いも与えず、「エィ、ヤー!」と施術され、数分後にはトイレにダッシュでした。
しかしこういう仕事の内容では、ちゃんと対応する人を考えているみたい・・・。

午後二番、手術に立ち会うカミさんも来て、呼ばれるのを待っていると、二時五十分頃に呼び出され、先ほどのベテラン看護師さんに付き添われて、自走で手術室に向かいました。看護師さんに概ねの時間を聞くと、大体1時間強と言っていたので、大した手術じゃないのかな~っ、と気楽な気分で手術室に向かいます。
で、ここで手術担当の看護師さんにバトンタッチなのですが、こちらは若くて凛とした人が二人待ち受けていました。特に麻酔担当の人は・・・・・良い。
心の中で「そうか、ちゃんと仕事の棲み分けがされているんだ・・・」と変に納得して手術台に寝て、「最初酸素送りますので、深呼吸してください」との言葉を聞いて、後の記憶はありません。


そして「飯田さん、終わりましたよ」とまたまた違う看護師さんに声をかけられ、覚醒します。この人は関西弁でしたが、物腰の柔らかい感じのまたまたイイ人でした。
カミさんの顔も見えて、何時間掛ったのか聴くと、なんと3時間近くだそうです。自分では20分かその位、とっても深く寝ていた様な感じでした。覚醒と同時に激しい喉の渇き感と、尿意が訪れました。あと、とても暑く感じました。ハッと意識は戻りましたが、明らかに手負いの状態であることはすぐに感じ取れました。

カミさんと看護師さんにベットごと搬送されて外科病棟に戻りますが、今夜はナースステーションに隣接する特別監視部屋で一泊だそうです。ここは窓も時計もなく、翌朝までと言われても、一切時間がつかめない部屋で不安でした。

そんな部屋に着くと、まず手術した部分の皮膚が動いたり、肩を動かしたりしないようにとの配慮から、先ほどの関西弁の看護師さんがサポーターで私の上半身を息苦しいほどきつく簀巻きにしました。これで寝てくれと言われても、息が詰まって寝れないよ・・・・・。第一の苦悩。
そして今晩一晩は酸素吸入器を着けてくれと言われて、着けたままですが、やがてこれもうっとうしくなり第二の苦悩。
酸素吸入同様に心電計測器も繋がれていて、これがまた結構指を圧迫したりして、第三の苦悩。
傷がある程度乾くまでは、寝返り・起き上り禁止の上を向いたままで体固定。腰や背中が痛くなり出し、第四の苦悩。浣腸の影響で腹にガスが溜まり、それも痛かったです。

そんな苦悩にさいなまれつつも、傷や骨の痛みは神経ブロックという麻酔方法のお陰で、当初は完全に右上半身が麻痺していて感じません。
そうだ、トイレに行きたかったんだと思いだし、ナースコールをすると、今度はまた別のどう見ても20代前半の若いイイ感じのナースが登場しました。主旨を伝えると尿瓶を持って再登場し、カミさんも見守る中、困ったような顔をしつつも、カミさんに任せるでもなくパンツの裾をはぐると私の愚息を掴み、容器の口に導いてくれました・・・・・。このとき汚れ仕事の担当を分けているわけではないと確信しました。
カミさん公認(?)だからアレですが、結婚以来風俗とかにも行かないまじめな私が、こんな若い女性に愚息を握られるとはなんと言っていいやら(*^^)v。

しかし導入してもらったは良いものの、半身麻痺の影響から全然思うようにバルブが開きません。30分ほどかかってやっと完了しました。この頃カミさんも帰宅の途へ。

麻痺は麻酔のせいとは分かっているものの、右手は感覚はあり、指を曲げることはできるのに、いくら精神を集中しても指を伸ばすことはできず、万が一麻痺が残ったら大変だなと、不安にさいなまれ、第五の苦悩。

しかしそんな不安も吹き飛ばすほど、第六の苦悩は激しいものでした。つまり麻酔が切れ、本当の患部の痛みが私を襲い始めたのです。最初は重い痛みの感じで、どの程度痛くなるのか様子を見てから痛み止めを貰おうと、投薬を我慢していました。しかしほどなく「とても耐えられない」と悟り、たまたま様子を見に来た別の看護師さんに痛み止めをお願いしました。このとき多分夜半近くで、看護師もシフトが変わっていて、またまたさっきとは違うイイ感じの人でした。しかし痛み止めは飲み薬か、注射かと想像を巡らせていたのに、看護師さんは「座薬」をもって登場しました(涙。確信はより強固なものになったのは言うまでもありません。
お互いにとって不幸な施術でしたが、痛いのでそんなこと言っていられませんでした。
結局、座薬を打った効果がどれほどあったか疑問が残るほど夜半から猛烈な痛みに襲われ続けました。まるで肩をナタで切り付けられ、そのままナタが刺さっているような感触です。痛みが酷く当然寝付けません。体力を消耗しているので体は寝たがっているのに、激痛に叩き起こされ、やがて意識が混濁してきました。

これら六重苦と戦いながら、見えない朝が来るのをただ待つ時間が続きます。

多分明方でしょう、座薬も多少効いたのか、はたまた疲労が痛みに打ち勝ったのか、ほんのちょっと寝れて、少し痛みも和らいだ頃、先ほどの座薬を施術してくれた看護師さんが現れて、「採血をさせてください。」と。
でも左手が点滴、右手は固定されどちらの手からも摂れないので、足から取るそうです。「痛いと思います」と予告され、またまた静脈を探され針が右往左往。ヒーィ 痛い。
結果的に上手く取れず「上手くいかなかったので、後で先生に取ってもらいます」と言い残して出て行きました。座薬のお返しを喰らいました。     ・・・・・でもカワイイから許す。

そんな事もありながら結局殆ど一睡もせずにとうとう朝が来ました。朝番の看護師さんが現れ、食事出されました。ついに水分補給も解禁です。もうろうとする意識でしたが、ご飯についていた梅肉ペーストの旨かったこと。

とにかく人生屈指の辛く長い15時間が終わりました。みなさん、怪我は本当に痛いですよ。気を付けてくださいね。
それと本当に献身的に尽くして下った看護師の皆さん、ありがとうございます。文章としては面白おかしく書いていますが、心の底から感謝しています。単なる仕事意識・プロ意識だけではこなせない仕事だと痛感いたしました。

さて、これで手術編は終了です。次は何について書こうかな。
Posted at 2009/10/15 17:05:25 | コメント(6) | トラックバック(0) | 肩鎖脱臼闘病記 | 日記

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