
最近、仕事でトヨタ・アクアに乗る機会が数回あった。
意外なことにこれが中々どうして、運転が楽しかった。
註)画像はトヨタ自動車株式会社公式HPより拝借
正直に言って、私の所有欲は少しもくすぐられていないし、デザインだって好きではない。
運転してみてもステアリングフィールや路面との接地感も希薄で、オーナーの方には申し訳ないけど普段の自分が愛車で味わっているようなドライビングプレジャーなど、到底味わえそうにはない。
そしてそれは、みんカラユーザーの中のある一定程度の割合の方にも当てはまることだと思う。
では具体的に何が楽しかったのかと言うと、それは「あの車のパワートレーンを如何に効率的に使って走るか」という点に神経を集中させた時の感覚だ。
車を受け取った直後は何も考えずに自然に運転していたのだが、それではあまり良い燃費にはならない上に、イメージ程パワフルには加速してくれないことに気づいた。
その後は、如何にエンジンの仕事を減らすか・・・つまりは、モーターを効率的に使うかということに気を配って運転をしてみた。
具体的には下記のようなイメージ。
①発進加速ではモーターの仕事を最大限に活用し、エンジンの使用を最小限に
②バッテリー残量に気を付ける
(具体的にはゼロ発進でモーターを多用し、中間加速ではエンジンを多用した)
③減速時は交通の流れを読む運転を心がけることで、効率的にエネルギー回生を行う
(「いざという時にバッテリーがない!!」という事態を防止)
※言うまでもないけれど、あくまでも周囲の交通の流れを妨げない常識的な速度で走行するという大前提に従ってのことだ
このようにエンジンとモーターのパワーを上手く引き出してやれば、十分パワフルに走ってくれることがよく分かった。
そして効率的にパワーを引き出すということは効率的に走る(=燃費を抑える)ことにも繋がり、それまで22km/L程度だった車載燃費計の表示は、30km/L位までは簡単に伸びた。
全く期待していなかった楽しさを感じながら、脳裡に浮かび上がって来た記憶がある。
それは、5年程前に帰省した際にHONDA/CR-Zをレンタカーで乗った時だ。
あの車はスポーツカーとして開発されただけあり、R274を運転したらとても運転が楽しかったことを覚えている。
よく出来たシートは体をしっかりホールドしてくれたし、(好みよりは軽かったけど)ステアリングやシートからは必要なインフォメーションが得られ、ステアリングフィールも小気味よく、とにかく気持ち良かった。
ただ、そんな従来からあるドライビングプレジャーの他に、アクアと同様にパワートレーンをマネジメントする楽しさが新鮮だった。
CR-Zはアクア以上に簡素なハイブリッドシステムでバッテリー容量も小さかったため、ワインディングの上りで無造作にアクセルを踏むとバッテリー残量はあっという間に底をついてしまう。
そのため、速く走らせるには結構頭を使った記憶があるww
これはもしかすると、ジョギングとかランニングの愉しさと似通っているかもしれない。
ジョギングやランニングはただ全力で走るのではなく、距離や自分の体力、当日の体調など様々な条件を上手くマネジメントしながら自分でペースを設定し、そのペースに沿って走らなければならない。「マネジメントする愉しさ」という点で、ハイブリッドカーのドライビングプレジャーと何処か似通っている気がするのは自分だけだろうか。
2010年にCR-Zが発表・発売された頃に、「この車はスポーツカーか否か」という論争が巻き起こっていたのを想い出す。
結論から言えば、私はれっきとしたスポーツカーだと考えている。
何故なら上記に書いた様な濃密かつ新鮮なドライビングプレジャーが得られるからだ。
否定派の人に言わせれば「パワーが無い」とか「遅い」となるのだろうが、それは時代遅れな考えだと私は思う。
「スーパーカーブーム」があった頃と今では時代が違う。
地球温暖化・・・異常気象、海水面の上昇、生態系への影響・・・などなど、環境問題は一段と深刻化している、いやもしかしたら既に手遅れな段階に来ているのかもしれない。
車好きでも、いや車が好きだからこそ、こうした問題に無関心でいることは許されないと私は思う。
もしも環境問題に無関心な自動車好きが居たとしたら・・・私はその人のことを心の底から全力で軽蔑する。
自動車メーカーは洋の東西を問わず、厳しさを増す環境規制や衝突安全規制などの様々な規制に対応しながら自動車を生産している。
そうやって自動車メーカーが時代に合わせて車づくりを変えている以上、私達ユーザーだって変わらなければいけないのではないかという気がする。
大排気量でガスガズラーだった往年のスーパーカーを思い浮かべながら「あの頃は良かった」と郷愁に浸るだけで時代をフォローしようとしないのは、ドライバーとして間違っているのではないか。
以上のようなことを考えたら、CR-Zという車は「21世紀のスポーツカーとはどうあるべきか」という大きな問いに対する、HONDAのひとつの回答だったように想う。
勿論、自動車の環境性能が所謂燃費性能のみに留まらないことは承知している。
開発・生産・廃車後の処理などライフサイクルトータルで鑑みた時に、ハイブリッドカーが必ずしもエコと断言できないとは常々考えている。
それでもあの車は当時のHONDAが持つリソースから産み出される、庶民にも手が届く画期的な回答だった気がしてならないのだ。
私はあの車が発売前のコンセプトモデルだった頃から、そのコンセプトに強く惹きつけられたし、デザインがとても魅力的に感じられ、本気で欲しいと思ったことを覚えている。
殆んどあの車のコンセプトモデルを見るだけのために、2009年の東京モーターショーに、当時住んでいた三重から参戦したのも懐かしい想い出だ。
CR-Zが発表されてから、もうすぐ7年が経とうとしている。
この7年の間で、(これは物凄く乱暴な言い方かもしれないけど)MacLarenだってFerrariだってハイブリッドカーになった!
2009年からはF1マシンだって、(これも物凄く乱暴なくくり方だけど)ハイブリッドカーだ。
そう考えると、CR-Zという車は、紛れも無く時代を先取りした車だと言えるのではないか。
残念ながら、販売成績を見る限りは市場に十分に浸透したとは言えないだろう。
もしかしたら時代の先を行き過ぎていたのかもしれないな。
「年内での生産終了」という事実に直面する度に、そんな口惜しさを感じずにはいられない。
トヨタ・アクアに乗ったことが記憶のトリガーとなって、そんな思考がぼんやりと頭の中を巡っていた。
<つづく!?>