
本日をもって、1991年のマツダのル・マン総合優勝が
「日本車唯一の」と形容できなくなりました(^^)。
ハイ、第86回ル・マン24時間レースで、ブエミ/中嶋/アロンソ組の#8・トヨタTS050ハイブリッドがTOPチェッカー。
トヨタ初のル・マン制覇は、初の「日本人ドライバーによる日本車の優勝」というオマケまで付く完勝でした。
これまで何度も勝利の女神にソッポを向かれてきたトヨタ。
過去5回もの総合2位というリザルトがそれを象徴していますが、中でも2016年、ほぼ手中にしていた総合優勝を残り5分で奪い取られた"まさかの"悲劇は記憶に新しいところです。
その都度、最前線で幾度となく悲嘆に暮れてきたスタッフにやっとやっと巡って来た最高の瞬間。
果てしない悔しさを胸に秘め、リベンジに燃えて諦めずに頑張り続けた人々の努力がこうして報われるのは、当事者や関係者はもちろんのこと、モータースポーツ界にとっても、自動車業界にとっても大変喜ばしいことですよね。
それにしても
「27年」というのは・・・
想像以上に長かった、というのが正直なところ。
現に、マツダ787Bが優勝した翌年の1992年(TS010)、そして1994年(94C-V)と、トヨタは立て続けに総合2位まで登り詰めたし、1992年のデイトナ24時間で圧勝したニッサン(R92CP)の強烈な存在感もあり、その日が遠くないことを十分予感させる空気が漂っていましたから、まさか四半世紀以上もブランクが空くとは思いも寄らなかったですね。
では、私自身にとっての
27年は?
マツダの優勝に歓喜した1991年は、東京都内の1K部屋で一人暮らしの身。
土曜から日曜にかけて断続的に放送されていたテレビ朝日のレース中継に、昼夜を問わず必死にかじり付いていたクルマ好きな若者でした。
そして、アラフィフ真っ只中で迎えた2018年。
随分前に終了した地上波でのル・マン中継に代わって、今ではCS放送が生中継で24時間をフルカバー。
さすがに寝る間も惜しんでレース中継にかじり付く気はありませんが、それでもこうして暇を見つけては、インナーガレージのお気に入りのエリアに陣取り、マニアックな解説陣によるレース中継を天井モニターで視聴。
27年前の自分と比べると、サーキットを走り回るようなアクティブなレース熱はすっかり冷めてしまいましたが、昔と同じように画面の隅々まで見逃さないよう神経を研ぎ澄ませながらレース中継に集中(笑)。
遂に記録が塗り替わった歴史的瞬間をリアルタイムで見届けられたことを、我ながら秘かに喜んでいたりします(^O^)。
「え、ル・マン? 昔はよくTVで観てたけど、もう興味なんてないよ」
そんな残念なオッサンになってなくて、ホントに良かった(爆)
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隠れ家発のWW2(レースレポート) | 日記
Posted at
2018/06/18 00:01:08