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Nuk-P@RailStarのブログ一覧

2012年02月01日 イイね!

優勝20周年のしめくくり

優勝20周年のしめくくりじっと待つこと2ヶ月、やっと我が家に届きました!

「Mazda Rotary Machines at Le Mans」

と題したB2サイズの額装ポスター。

昨年の2011年は、マツダ787B・55号車の世界各地でのデモランをはじめとして、マツダのルマン総合優勝20周年を記念した様々なイベントが催され、それと連動するように、MZ Racingから各種の記念グッズが次々にリリースされました。
マツダファン、ロータリーファン、モータースポーツファンには堪らない1年で、同時に財布へ甚大なダメージを与えたのも記憶に新しいところ(苦笑)。

そして我が家では、プライスタグも超一流(?)の逸品2点が最後まで残り、年末ギリギリにピエール・デュドネ氏の超大作本「Never Stop Challenging!」が届いたのに続き、2月に入ってすぐ、このド迫力のポスターが自宅に配送されたというわけです。
実はもう1点、Autoart製の1/18スケールモデル「マツダ787B・18号車」が未納品なのですが、こちらは55号車メインの関連グッズからは少しだけ趣旨が外れるので、ズバリ20周年関連といえる散財は、一旦このポスターでジ・エンドとなりました。

で、期待していたその額装ポスター、満足度はとても高いものでした(^_^)v。

何しろ、普段からマツダのレーシングカーで埋め尽くされている私の部屋の壁に立て掛けても十分な存在感を放っているし、インテリアとしての質感もまずまず。
これなら、愛車のガレージに吊り掛けたら凄くサマになるだろうし、それ以外でも、リビング、応接間、廊下、玄関など、場所を選ばずに結構通用しそうです(←いや、そこまで思うのは私だけか・・・)。

何より圧巻といえるのは、シェブロンB16・マツダ(#48)の1970年から、マツダ787(#56)の1991年までの22年間で、サルテサーキットにロータリーサウンドを轟かせた総勢33台ものマシン。
これら1台1台を、無類のマツダレーシングカー好きの私をしてほとんど突っ込み処がないくらい完璧かつ緻密に描き切っているのだから、これこそ、歴代のマシンポスターのさらに上を行く、まさに価値ある”決定盤”と言えるでしょう。(強いて言えば、IMSA-GTX時代の車検ステッカーが再現されてないくらいですね)

いやー、優勝20周年グッズの締めくくりに相応しい、素晴らしい宝物となりました。
これからも大切に眺めていきたいと思います。

え?なぜ私がそこまでディテールに太鼓判を押すかって?・・・それはヒ・ミ・ツ(笑)。
Posted at 2012/02/02 21:55:43 | コメント(2) | トラックバック(0) | 隠れ家発のWW2 | 日記
2011年09月12日 イイね!

散財はまだ続く・・・

散財はまだ続く・・・つい先日、MZ Racingストアで注文したルマン優勝20周年記念のポロシャツやTシャツが届いたばかりだというのに、今日は郵便局からオリジナルフレーム切手セットが発売されました。

早速、マツダへの切手贈呈式が行われた広島中央郵便局の1F窓口で、切手セットの「VOL.1」(特製台紙付き;1500円)と「VOL.2」(ミニカー付き;3500円)の双方を数セットずつ所望。
発売直後とあって希望通りの数量が確保できたことは喜ばしい反面、これで財布の中身が一気に寂しくなったことは言うまでもありません(-_-;)。

マツダのルマン総合優勝から20周年にあたる今年、マツダ787B-002(ルマン優勝車)が徹底的なメンテナンス作業を経て完全復活。
6月のルマン本戦前、'91年の優勝ドライバーの一人、J.ハーバート選手のドライブでサルトサーキットを全力疾走したことは大きなニュースとなって世界を駆け巡り、CG誌やR'on誌では異例なほどの大特集記事が掲載されました。

20年という時を経て再度呼び起こされたあの時の興奮を引き連れ、絶妙なタイミングで登場してきた787B関連の"罪な"グッズやウェア達・・・。
そのノスタルジーな魅力にかつてのCカーファンの私が逆らえるはずもなく、まるでJSPC戦のFISCOスタンド裏のマツダスピードブースで最新ウェアを物色しているかのような懐かしい感覚にとらわれながら、気が付くとグリーンとオレンジのポロシャツを買い物カゴへ投入してしまっていたのでした。

そんな中、今回の切手セットの発売はやや不意を突かれた感じでしたが、これでもまだ打ち止めではないようで、かつてのマツダワークスドライバー・P.デュドネ氏著の超大作の発売も控えてますし、ミニチュアカーの世界においても787Bの再販の動きがチラホラ。
今後もマツダのレースファンにとっては予断を許さない状況が続きそうですねぇ^^;。
Posted at 2011/09/13 00:13:40 | コメント(3) | トラックバック(0) | 隠れ家発のWW2 | 日記
2011年08月02日 イイね!

マツダのモータースポーツファンに捧ぐ

マツダのモータースポーツファンに捧ぐついに、ファン待望の
レーシングオン特集号「マツダ、20年目の奇跡」
が発売となりました。

今年、20年ぶりにサルトサーキットに凱旋した787B優勝車のドキュメントを中心にして、当時の関係者の証言から今年のマシンレストアの一部始終までを、レース専門誌らしい独自の視点で掘り下げた、迫力ある内容となっています。

おまけに、「787Bは偉い!マツダ万歳!」という内容に終始してしまうことなく、元ワークスドライバーの片山・従野・寺田の三氏へのインタビュー記事を通じ、約20年近くもモータースポーツ活動を休止したままのマツダに対する問題提起も忘れないなど、客観的な視点から鋭く切り込んでいる点も好感が持てます。

私としては、すでに語り尽くされたと勝手に思い込んでいたルマン優勝の隠された秘話にも驚いたし、主役の787B-002号だけでなく、あの787B-003号や001号(!)、そして、密かに準備が進められていたという「787C」の計画まで言及されていることにも感服しました。
さらには、マツダのルマンチャレンジの歴史や東洋工業のモータースポーツ黎明期の活動まで、専門誌ならではの秘蔵写真とともに紹介されていることも見逃せません。

でもやはり、何よりも胸を打たれたのは、冒頭から延々と続く元マツダスピード広報・三浦氏による787Bのルマン凱旋レポート。
マツダスピードのルマン史の生き証人でもある氏の迫真のレポートに、私は会社の昼休憩中でしたが、目頭が熱くなるのをこらえ切れませんでした。

マツダのモータースポーツファンの方にぜひお薦めしたい一冊です。

えっ、なぜに5冊もかって?? そりゃあ、まぁ勢いの成せる業ってヤツでしょう(^^)。
(・・・これだけあれば、煮て食うのも焼いて食うのも自在だしぃ)
Posted at 2011/08/02 23:18:49 | コメント(3) | トラックバック(1) | 隠れ家発のWW2 | 日記
2011年06月17日 イイね!

完結した伝説の次に

完結した伝説の次に先日からみんカラで大きな話題となっている通り、このたびマツダ787Bのルマン優勝車(787B-002)が、ACOからの招待を受けて20年ぶりにサルテサーキットに凱旋。
6月11日(土)の決勝スタート前に、大観衆の前で素晴らしいデモンストレーション走行を披露しました。

'91年に総合優勝のチェッカーを受けた張本人・J.ハーバート選手が久々にステアリングを握り、'8500rpmシフト’という本気モードで計3周、当時の姿そのままに4ローターREの魅力的なサウンドを轟かせてくれました。
そして、デモ走行を終えたハーバート選手は表彰台へと導かれ、ゴール後に脱水症状が酷くて立つことができなかった栄光のポディウムへ。まさに20年越しの夢を実現するという、マツダファン、ジョニーファンならずとも思わず涙腺が弛むような、感動のフィナーレまで用意されていました。

当時の記憶の残る人はもちろん、伝説としてよく知る若い人にとっても、迫力のオンボード映像をはじめとする数々の動画により、こうして20年の時を経て蘇った素晴らしい感動を分かち合うことができたと思います。
迫力ある生のサウンドが聞けた現地のファンはホントに羨ましいですね。

そんな素晴らしいデモ走行を実現するために、今年787B-002は大掛かりなメンテナンスを受けました。
ユーノディエールを300km/h以上で駆け抜けることを想定し、マシンは徹底的に分解整備され、スリックタイヤやブレーキ、そして驚くべきことに、至宝の4ローターエンジンまでも新調。
渡仏前、美祢自動車試験場(旧・MINEサーキット)で実施したテスト走行では、元マツダワークス御三家の片山義美、従野孝司、寺田陽次郎の三氏が駆け付け、マシンの仕上がりに太鼓判を押すという、完璧なまでの準備プロセスを踏んだのです。

'92年、マツダが突如モータースポーツの頂点活動休止を宣言してから、もう19年。
実戦部隊だったマツダスピードは10年以上も前に解散、もはやあのルマンチャレンジも完全に過去の出来事になってしまった今のマツダにとって、このレベルのマシンメンテナンスでさえ、その実現には様々な困難や障壁があったであろうことは想像に難くありません。
しかし、それでもマツダがルマン凱旋を決断したのは、そこに伝えたいメッセージがあったからだと思うのです。
それは、決して諦めずに独自の信念を貫いてきたマツダのDNAであり、SKYACTIV技術の開発につながるチャレンジスピリットであり、そして、震災に負けない「がんばろう日本」のメッセージであり。
まさに今回のデモ走行は、それぞれのタイミングがうまく噛み合った素晴らしいパフォーマンスでした。

そこで、私はマツダにあえて言いたいと思います。

20年経った今もなお「日本車唯一」であるルマン総合優勝の栄冠、そして、それを支えた17年間にもわたる壮大なチャレンジの歴史。何れもマツダファンの大きな誇りであるし、強い心の支えともなっています。
ただそれも、今回のハーバート選手の笑顔の表彰台で、ひとつの区切りを迎えたと思うのです。
もういい加減に、次の新しいチャレンジを始める時です。

誤解のないように言えば、本業たる自動車の開発・製造において、マツダが独自の発想で道を切り拓き、果敢な挑戦を続けていくことは、ある意味当然のことだとファンは理解しています。
会社の規模に相応しい中位のシェア目標達成に向けて奮闘を続ける実ビジネスの世界とは別に、白黒がハッキリする勝負の世界に信念を持って挑み、全力で戦い続ける。
そう、マツダが'92年までずっと提供し続けていた「筋書きのない現在進行形のドラマ」を、今こそ再開させてほしいのです。

リアルタイムの挑戦を通じて私達の心が揺さぶられてこそ、より身近な存在であるマツダのクルマに独自の存在価値を見出し、強い愛着を感じることになるわけです。・・・ま、これは何を隠そう、JSPCのレース観戦から始まり、最後には大のマツダ好きに行き着いた私自身の例なんですけどね(^^ゞ。
これは紛れもなく、ブランドとの強い絆が誕生したことを意味します。

マツダは、過去30年弱のワークス活動で決して全てをやり遂げたわけではありません。
最大の宿題といえる世界3大24Hレース制覇のためにデイトナ総合優勝を狙うもよし、SKYACTIVの量産車イメージそのままにツーリングカーやラリーを目指すもよし、あるいは全く新しいカテゴリーに打って出るもよし。

ぜひ、モータースポーツ好きの夢とロマンを乗せて、再びマツダに駆け出してほしい。
今回のルマンの素晴らしい感動と興奮を胸に、WW2代表として一層その思いを強くした次第です。
Posted at 2011/06/18 02:54:55 | コメント(2) | トラックバック(0) | 隠れ家発のWW2 | 日記
2010年11月28日 イイね!

第一人者からのメッセージ

第一人者からのメッセージ日曜日はまたもRX-7で一人お出掛け・・・。
広島市交通科学館で開催中の「エンジン展~栄光のレースエンジン~」の関連イベントである「レース用ロータリーエンジンの開発者・松浦国男氏の話を聞こう!」と題した講演を聞くためでした。
去る10/24に開催された1回目の講演に行きそびれた私は、今日の2回目が最後のチャンスだったのです・・・。

1968年、マラソン・デ・ラ・ルート84時間レースにコスモスポーツで初出場してから、1991年にマツダ787Bでル・マン24時間レースに総合優勝するまでの23年間、常にレーシングロータリーの最前線で活躍してきた松浦氏。そんな氏の臨場感溢れるお話に思わず聞き入った、あっという間の2時間でした(当初の予定時間は1時間)。
思えば、今年9月の同館主催イベントでは、まさしくレーシングロータリーの歴史の首尾にあたる2台のマシンがマリーナホップの特設コースで爆音を轟かせたわけですから、各企画の連動ぶりはお見事の一言ですね。

そんな記憶に新しいシーンも重ね合わせつつ、私は氏の講演の中で、大好きなマツダ767Bの存在意義を注意深く探っていました。

RX-7 254でのル・マン初完走(1982年)から、787Bでのル・マン優勝までが9年。
その中で、7年目(1989年)と8年目(1990年)の2年にわたってサルテサーキットを駆け抜けたのが767Bです。
1989年に残した3台全車完走(7位・9位・12位)の戦績は、4ローターエンジンを得たマツダのマシンのポテンシャルが常に上位進出できるレベルに達したこと、そして、全車を24時間先のゴールまで導くマネジメント力がチームに備わったことを証明する好成績でした。

当時、モータースポーツに興味を持ち始めた学生の私が、何気なく観ていた'89年ル・マンの中継放送。
(番組的に)前評判が高く、露出度も抜群だったトヨタ、ニッサンの有力マシンが次々に戦線離脱していく中、(番組的に)殆んど注目されていなかったマツダの3台のマシンがひたひたと順位を上げ、いつしか日本勢唯一の生き残りとなり、急遽(番組的に)話題の中心へ。そのまま力走を続け、201号車が日本車最上位タイ記録(7位)でゴールしたシーンは、今でも鮮明に思い出すことができます。
これが10月のFISCOでのJSPC初観戦につながり、派手なCHARGEカラーと勇壮なサウンドにすっかり魅了された私が、それ以降レーシングロータリーの世界にのめり込み現在に至るきっかけとなったのです。

ただ、そんな”767B命”の私をもってしても、その僅か2年後にマツダのロータリーマシンがル・マンのメインポールに日の丸を挙げるとは、その当時は全く想像ができませんでした。

一体何がそんな夢物語を現実のものにしたのか? 
松浦氏はお話の最後に、一人一人のモチベーションを支える「目的意識」、「ギリギリ実現可能な具体的目標」、「周囲の理解と協力」、「自分にとってのメリット・意義」、という4つのキーワードを挙げ、熱気に満ちた講演を締めくくられました。

当時、一ファンに過ぎない私が窺い知ることはできませんでしたが、レーシングロータリーの底力を信じ、ル・マン制覇に向けた高いモチベーションを維持して努力を惜しまなかった人達の存在があり、その力を組織的に結集できたからこそ、「惨敗」と言われた’90年のル・マンを踏み台にして、日本車初の総合優勝を勝ち取ることができたのですね。

「できる」と信じ、決して諦めずに努力を続けることの大切さ・尊さは、このル・マンチャレンジと同等かそれ以上に、ロータリーエンジンの実用化ストーリーそのものが雄弁に物語っています。
先人達の血の滲むような努力の結晶である量産型ロータリーエンジンを搭載し、そして、飽くなきル・マンチャレンジの片鱗を外観にしっかりと刻んだ私のRX-7。
この相棒に以前にも増して愛着を感じながら、夕闇迫る広島を後にし、帰途に着きました。

松浦さん、そして広島市交通科学館さん、本当に有意義な一日を有難うございました。
Posted at 2010/11/29 22:44:40 | コメント(1) | トラックバック(0) | 隠れ家発のWW2 | 日記

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小学生の時代に到来したスーパーカーブームがほぼ終わりかけた頃、極めて身近な存在だった国産車、とりわけ強烈な個性が滲み出る'50s~'60sの旧車に強い興味を持っ...
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