
(
第三話からの続きです)
2014年に突如浮上することとなった両親の健康問題。
ホームタウンへ移り住んでから8年が経過し、用途別の三台体制を中心とした独自のカーライフにも少しずつ綻びが見え始めていたところに、両親が暮らす実家との距離・・・つまり、現在の"隠れ家"のロケーション自体が問われる事態に陥ったのです。
「今後のカーライフを真に充実させていくには、小手先の改善や改良ではなく、根本的な部分に手を付けるべきだ。」
遅まきながら、そう強く認識するに至った私。
ただ、いくら強く自覚をしたところで、リソースのアテが全くない状態では、事の進展は期待できません(-_-;)。
「あぁ、●●が▲▲だったらなぁ・・・」
「前もって■■していたら違ったのになぁ・・・」
そう、見事なまでの計画性の無さが次々に浮彫りになっていきます^^;。
悶々としながら手を拱いているうちに、魔の2014年が過ぎ去りました。
幸いなことに翌年は、2人の術後の経過が良好で、健康状態も比較的安定。
父も母も定期的な通院で様子見を続けている状況で、慌ただしく手術や入退院を繰り返した前年に比べれば、遥かに穏やかな波の上にあったといえます。
次なるステップを私が踏み出すには悪くない状況が到来していたのですけどね・・・
なかなか新計画が具体化しないまま、暑い日も寒い日も2人の通院サポートを計画通り遂行してきた私。しかしその間、ワークライフバランスのさじ加減に苦心をし続けるアラフィフの身体へのダメージは、ジワジワと増大する一方(T_T)。
午前通院→午後出社という半休パターンが体力・気力の両面でこなせなくなり、最近は一日休みが主流となってしまいました。
このあたり、手術から半年で奇跡的な復調を見せた父とはホントに対照的で、
「このままじゃ、いつかこっちの方が倒れるゾ・・・」
そんな不安まで頭を過ぎるほど(苦笑)。
ただ、気分転換も兼ねて「新たなカーライフの設計図」を空想しようにも、その前提となる条件が何一つないと漠然としたイメージすら湧かないわけで、一向に身が入りません。
しかし、年男となる申年が目前に迫っていた2015年の暮れ、ようやく事態が進展します。
紆余曲折の詳細は省きますが、私なりにベストを尽くして方々にアプローチをした甲斐あって、首尾良く実家の近所に場所を確保することができたのです。
これ・・・次の十年を見据えたアクションにおける”最初の一歩”に過ぎないわけですが、その一歩は途轍もなく大きく、重要な意味や使命を伴っていることは明白でした。
よし、善は急げ!
正直言って、ほんの数年前までは、家族や両親はもちろん、当の私でさえも全く頭になかった新拠点計画。
でも、熱しにくく冷めにくい私がひとたび重い腰を上げたら、もう止まりません。
自らが思い描く理想のカーライフを必ずここで実現するために、申年の2月、私自身の思いの丈を余すことなく盛り込んだ、
奇想天外なコンセプトシートが登場することになります。
(
第五話につづく)
Posted at 2016/08/24 21:51:27 | |
トラックバック(0) |
隠れ家の新プロジェクト | 日記