大日本帝国には空軍というものが存在しませんでしたが、実質的には陸軍が空軍の役割を担っていました。
大日本帝国陸軍を代表する戦闘機といえば、中島飛行機の
一式戦闘機(隼)がまず挙がるでしょう。
そして川西航空機の
紫電改や三菱の
雷電。
大英帝国王立空軍では、バトル・オブ・ブリテンで活躍した
ホーカー・ハリケーンや
マーリン・スピットファイアが代表例ですが、一式戦闘機の後継機として四式戦闘機(疾風)があるように、ハリケーンにも後継機が存在しました。直接の後継機は
タイフーンでしたが、欠陥が多くて実質上の失敗作であり、すぐ取って代わられました。それが今回制作した、
ホーカー・テンペスト
です。第2次世界大戦後期のヨーロッパ戦線では主力として、大戦後もMk.Ⅵがしばらく運用されました。
試作機であるMk.Ⅰの最高速は760km/h、制式採用されたMk.Ⅱで711km/hと、日本の戦闘機を圧倒する最高速を誇ったのが大きな特徴です。もちろん高速だから戦闘力が高いとは限らず、正直強い戦闘機を作る技術は大英帝国より大日本帝国のほうが圧倒的に優れていたのは言うまでもありませんが、少なくともヨーロッパでは最強クラスの戦闘機だったのです。
後継機は、
ホーカー・シーフューリー。
テンペストは英国のマッチボックスから1/72が1974年に発売されたもので、現在は絶版である貴重なキットです。たまたま立ち寄ったブックオフバザールで運良く入手できました。制作期間は3日ほどでした。
Mk.ⅠとMk.Ⅱが選択できましたが、形の好みからMk.Ⅱを選択。
王立空軍標準色に迷彩を施しました。
機首側から
機尾側から
右翼側から
迷彩は適当です。
久々に作って思ったこと、やはり戦闘機はレシプロ機に限りますね。
ジェット機だとデカールがごちゃごちゃあり過ぎますからね。
味のあるかっこよさこそレシプロ機の魅力です。
Posted at 2022/12/07 20:11:03 | |
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