
昨年の暮れ、東京オートサロン出展概要が発表されつつある中に、突如として現れた一枚のティザー画像。そのシルエットが示すのは、メルセデスAMG Oneにも通じる市販車離れした姿。そのコンセプトカーのメーカーは、GRと示されていることから、WECマシンとの関連がある事は、その時点でも予測がついた。しかし、一体これが、市販走行可能を目指すのか、ただ単に、夢想的なコンセプトとして出すだけのお祭りマシンなのか…GRの本気度合いは、当日まで予測不可能な様相を呈していた。
#1.ベース車 TS050

マツダや日産が盛んに参戦していたル・マン24時間レースだったが、F1への参戦を機に、撤退したトヨタが復帰を果たした時には、既にトップカテゴリに日系自動車メーカーの姿は無かった。挑む相手は、アウディにポルシェという、ル・マンウィナーを複数経験してきた強豪。そんな彼らとの切磋琢磨を経て、TS050はついに、後5分で優勝できるレベルにまで至った。
しかし、アウディが撤退し、ポルシェも撤退を決め、ついにライバル不在の時代を今年は迎える事になる。レギュレーションが変更されるとはいえ、順当に考えればトヨタが一人勝ちできる時代になったとも言えるのだが、果たしてその状況で、仮に勝利が得られたとしてもそこに価値はあるのだろうか…?
今までは、レースそのものに参戦するために市販車を作る、ホモロゲーションの規定が設けられていた事もあったが、レースで栄誉ある勝利を果たした技術を、一般消費者(といっても、大概は富裕層と、そこにつながりのあるレースドライバーになるが)と一般公道で使えるように市販モデルを制作するという、逆ホモロゲーションというような現象が、F40を皮切りに最近ではF1ウィナーのAMG Oneで実現している。
一つ不安なのは、ル・マン未勝利のままトヨタがそれを行った場合は悪夢でしかなく、もしライバル不在でル・マン勝利を果たしたとしても、正当な勝利と評価されないままに、市販モデルは産み落とされる事になってしまうのではないか…という事である。
#2.GRスーパースポーツコンセプト

この手のクルマに関しては、いかに性能が高く、いかに最先端の技術を持っていたとしても、その背後に伝説たりえるストーリーが無ければ、正当な評価を得られる事が無い。F1で死闘を繰り広げてきた歴史を持つフェラーリとマクラーレン、再参戦後圧倒的な強さを誇ったメルセデスベンツ、そしてル・マンで伝説を打ち立ててきたポルシェだからこそ、販売されてきた特殊モデルに価値が与えられる。このクルマが伝説をもって生まれるには、少なくとも今年のル・マンで優勝する事が最低条件、もし叶うならば、2連覇を果たせば、伝説たりえるだろう。
もっとも、そのストーリーの部分を覗いて、今目の前に姿を見せているGRスポーツコンセプトを見る限りは、まだ外見の面で詰める余地は残っていると言えるだろう。コンセプトという作る意思表示を示したモックアップ---走行可能なモデルと一部メディアでは公表されていたが、コンセプトは走行できない他ただのハリボテである---は、TS050を一部に感じるデザインながら、お世辞にも美しいとは言えない。
ヘッドライトらしきものもまだ、示されていないから、全体的に単調なフロントフェイスになってしまっている…もっとも、もし左右にそれぞれ4つある六角形が、ヘッドライトとウィンカーだとすれば、フロントフェイスを印象付けるためにも、他の方策を考えた方がいいと思うのだが。
#3.公道走行可能なLMP1カー

近年トヨタのコンセプトカーに共通する白を基調に一部にドットを入れる配色となっている。フロントスポイラーにサイドステップが艶消し黒で引き締めるようにしている。フェンダーの張り出しと、中央から左右に空気を振り分けるノーズと、その先端にあるトヨタマークが、LMP1マシンとの共通性を感じさせる要素。
フェンダー内側と、後部にエア抜きダクトが用意されているおり、タイヤの回転によって発生するホイールハウス内の空気の乱れを解消する目的もあるのだろう。LMP1マシンの場合は、レギュレーションによりフェンダー上部にエア抜きダクトの設定が義務付けられているが、その制約が無ければ、さらに空力パフォーマンス向上を狙う事も可能なのだろう。
TS050から進歩しているポイントとも呼べるのは、サイドミラーがカメラに置き換えられている点。ミラ―のような突起物が廃されたことで、空力への影響も極力避ける事ができるのだろう。ただ、コンセプトカーでは完全に埋め込まれているわけでは無く、若干の突起になっているのはわざとなのか、カメラである事を主張するためのものなのか。
従来市販車のドアに呼べる部分は、車両最外部からかなり離れたところにあるのは構造上仕方がなく、こういった特別なクルマに乗るために設定された一つのステータスとして見ておいた方がいいだろう。ワイパーが直立状態で設定されているのも、空気抵抗の妨げになる事を避けるため。やる事が徹底している。
#4.流麗なサイドライン

フロントフェイスには、まだまだ改善の余地があるように見受けられたものの、サイドラインに関してはかなり流麗に作られている所が、TS050とも大きく異なる。主要寸法は今回のモデルに関しては公表されていないものの、ホイールベースが高速安定性を確保するために長く設定されているのは予測がつく。テール部分に設定されているシャークフィンもまた、同様の目的だろう。
設定されているリアウィンドウは、TS050よりも低く、尻すぼみになってい。必要となるダウンフォースは、フロントフェンダーから抜けていく気流と、フラットボトム→リアデュフューザーに向けて抜けていくグランドエフェクト効果によって生み出されると見える。
コクピット後方に用意されている"F"マークの入ったダクトは、フューエルダクトなのか、それともPHEVとしての利用を想定した充電ポートになるのか。いずれにせよ、レースではHEVとしての利用にとどまっているのが、市販に当たってPHEV化なされるのか、それは今後の開発状況次第だろう。
#5.上方排気

発表時のプレゼンテーションであったように、GRスーパースポーツコンセプトは、最新のコネクト技術が用意されるというのもトピックの一つ。ルーフに配置されたアンテナにはT-CONNECTのロゴが入る。利用方法とすれば、ラップタイムや自分の順位を示すライブタイミング機能など。その他に勿論、SNSへの連携や、自動運転といった運転支援技術(このクルマの購入者がそれを望むかは疑問だが)が想定される。
後方視界が無いこのクルマにあって、後方確認用にもカメラが用意されている。TS050では既に利用されている技術で、最近はセレナを始めとした市販車にも採用が始まっているこの手法は採用されて当然ともいえるだろう。
そして、一番のトピックは上部に配置されている排気口。TS050も排気口は左右サイド上部に設定されているが、この高い位置に配置されているのは、市販車の918スパイダーにも共通する。テールのGTウィングを大きく設定できない市販車にあって、上方気流の整流も兼ね、サスペンションレイアウトの自由度を高めるための配置ともいえる。
#6.GRスーパースポーツテストカー

さて、ここまではモックアップのコンセプトモデル。しかし、その奥に展示されていたテストカーこそが、走行可能なモデルとなっている。展示されているのはシャシーのみ。まさしくミニ四駆のシャシーのようなこのテストカー、口だけではなく、開発が行われている事の証といえるだろう。
MRの駆動形式になる事から、フロントノーズは衝突安全を目的とした衝撃吸収構造。モノコックにフロント部分の全てがカーボンパーツで構成されており、市販される場合はLFAやミライで採用されてきた炭素繊維の技術がふんだんに使われる事になるのだろう。
#7.コクピット

テストカー、とはされている物の、ベースとなっているのはTS050のシャシーとシステムだろう…なんとも贅沢な話であるが。市販されるにあたっては、ステアリングもより簡素になっていないとおかしい。
運転席と助手席が用意されている二人乗り。ただし、中央部分に分割壁が用意されている事や、ホールド性確保のために頭上部分まで掘り下げられたシートは、さすがに市販に当たっては解消されないと、公道走行に認可が下りなくなってしまうだろう。
今はまだ、モノコックにウレタンシートを貼った程度のシートに見え、ダッシュボードの類も全くない無垢の状態だが、価格に見合った質感を誇る状態にはならないと、さすがに市販車としては恥ずかしいレベルになってしまうだろう…。
#8.THS-R

使用されるパワートレインは、THS-R。このパワートレインこそが最注目となる逸品。TS050と出自を同じとし、コンポーネントはほぼそのまま流用されることになるだろう。2.4L V6ツインターボエンジンにモーターを搭載したシステムは、熱効率50%を達成しているという。
熱効率だけで見れば、F1のメルセデスAMGエンジンも同等のレベルに達していると言われており、それぞれが互いに、WECとF1に参戦したらそこそこいい戦いができるのではなかろうか…もっとも、パワートレイン規定にはF1とWECで隔たりがある為、同等に比較する事は難しいと言えるが。
TS050から変更が加えられているポイントは、前後のブレーキ。それぞれ曙ブレーキのロゴが入ったキャリパーが示す通りだが、完全カーボンのブレーキではなく、市販車に適用されているカーボンと鉄のハイブリッド仕様なのだろう。交換の頻度も考えて、2ピースディスクになっているのも市販化に向けた布石といえる。
#9.V6ツインターボ

V6ツインターボは、メルセデスAMGのようにVバンク内にタービンを配置するタイプではなく、またVバンクの下方に設置をしているわけでも無し。横幅方向に余裕があるのか、タービンはエンジン外側に左右それぞれ1つずつ配置。
サイドポンツーンには、上からインタークーラーと2機のラジエーター。タービンのインテークは、結構無理やりな配置にも見えるのだが、さらにわからないのは、インマニとエキマニの配置。ここまでモノコックの内側と下方に押し込まれている以上、詳細をうかがい知る事は不可能。
メンテナンスは、通常ディーラーではおそらく不可能、専門のディーラーで行われる…にしても、整備費用が一体いくらになるのか、皆目見当もつかない。通常の市販車とは全く別の基準で開発されることになるだろうから、1万キロごとのオーバーホールとなってもおかしくはない。
#10.プッシュロッド

GRスポーツコンセプトでは上方排気の取り回しになっていたが、テストカーは通常の後方に向けた排気の取り回し。直管マフラーになっているのは、騒音規制がクリアできるのか気になるポイント。コンセプトが示す排気レイアウトも含め、まだ検討の段階だからという暫定設定という見方もできるだろう。
各アーム類は単純なビーム。上下アームとフロント下部、リア中部の2点を支えるマルチリンク形式。下部に張り出しているボックスのように見える部分は左と右とで張り出しの大きさが異なる。トランスミッションだろうか。
ここまでのテストカーの様子を見れば、本気でこのLMP1市販車を作る気でGRはいるようだ。まだトヨタとしての意志が見えないのは、このクルマの開発承認がトヨタとして降りていない、というような話がどこからともなく聞こえてきたから。
LCの開発もかなりの苦労があったという。豊田社長の時代であれば、勿論このプロジェクトを通しやすい環境にある事は間違いないが、会社の経営を考えた上でのプラスになる意味あるプロジェクトであることが求められる。取締役会を説得できるだけの材料、その一つにル・マン優勝は必須、そして我々ファンのアツい声が必要になるのも当然だろう。このクルマが市場に出てくるか、来年のオートサロンで、何らかの進展がある事を、願っておこう。