

枡酒を前にすると,つい息を呑む。
枡の縁まで表面張力でせり上がった日本酒。
ほんの一筋,こぼれるかこぼれないか…
その瞬間にこそ「美」が宿る。
そんな性癖を持つ男が,クルマに乗るとどうなるか?
車好きには,避けて通れぬ儀式がある。
それは,燃費を満タン法で測ることだ。
ゆえに,タンクはギレギレまで満タンにせねばならない。
ノズルがいったん「カチッ!」と止まっても,そこでやめたら男がすたる。
あれはただの肩慣らしで,本番はそのあと。
タンクの奥底に潜む空気を追い出し,数値の精度を高める…という名の執念である。
だが,継ぎ足しの世界は一種のギャンブル。
じわり,じわりと入っていくガソリン。
耳は給油口,指先はノズル,心は祈りに捧げる。
―――頼む,まだいける!
そして,次の瞬間「ゴボッ!」とイヤな音。
バリウム検査中のゲップのように,残念な思いでガソリンが吹き出し…
私の眉間には,「マジ?」のしわ。
空気が押し返したのか?タンクが反乱したのか?
理由はどうあれ,結果は一つ。
―――やっちまった。
継ぎ足し禁止?キャニスターに悪影響?
それも分かっている。
しかし,数字の魔力とは恐ろしいもので,また今日もノズルを握る手に力が入ってしまった。
最後に給油口をそっと閉じながらつぶやく。
―――あふれ出たのは,俺の器なのかも知れないな…


炎天下でラウンドするゴルファーや,厳冬に唇を青くさせ波を待つサーファー。
私はずっと,ああいう季節感のない奴らを,鼻で笑っていた。
しかし,逆の視点で捉えれば,彼らこそ季節を直に肌で感じている,真の風流人とも言える。
走る人間百葉箱セブンに乗ると,しみじみ彼らの偉大さが分かり,頭が下がるばかりだ。
とはいえ,オープンカーにとって最高の季節は,春と秋。
天国の扉が開く,あの貴重な数週間だ。
日差しは柔らかく,風は甘い。
汗ばむことも震えることもなく,ただステアリングを握っているだけで,人生に拍手を送りたくなる。
だが,そんな夢のような時期に,愛車セブンは入院生活を余儀なくされていた。
病名は「原因不明のエンジンストール症候群」。
担当医いわく,「部品は発注してあるんですが…ちょっとイギリスからの船が…」。
もうそれ,紅茶飲んでる場合じゃない。
ところが不思議なことに,病室で寝ている間に症状はピタッと消えた。
まるで「先生,もう治りました!」と入院生活に飽きてきた患者のように。
…が,エンジン警告灯だけは頑として消えない。
たぶんセブンのほうもバツが悪いのだ。
「ワタシ,まだ本調子じゃないのよ。ゴホン!ゴホン!」とオレンジに染めたアイシャドウをチカチカさせてくる。
そんなわけで,医師(ディーラー)の許可を得て一時外出許可をもらった。
仮退院?仮釈放?
とにかく,一旦セブンは出所した。
帰り道,風が少し冷たい。
見上げれば,うろこ雲が細かく空を刻んでいる。
それでも,久しぶりのセブンの鼓動は,やけに温かく感じる。
なんとか移植手術の日までは,再発して救急車で運ばれぬよう,共に祈ろうじゃないか。


今年は,昨年にも増してクマの被害が相次いでいる。
ニュースでは悲惨な事件として報じられているが,森の住人からすれば,彼らもまた生きるために必死なだけかもしれない。
人と森の境界が,年々あいまいになっている―――そんなことを思いながら,私は清里へと向かった。
八ヶ岳の南麓に佇む天然キノコのフレンチレストラン亜絲花(あしはな)。
先輩の「今年も行くか?」の一言に誘われてやって来た。
森に溶け込むようなロッジ風の店で,シェフ自らが森に入り,キノコを採ってくる。
クマのニュースを想うと,もはや「命がけの仕入れ」と言ってもいい。
昼下がりの光がテーブルを照らす。
皿の上には,土の匂いと森の息づかいがあった。
驚いたのはスープ―――数種類のキノコだけで取った出汁に,味付けは塩のみだという。
たったそれだけなのに,山の恵みと温もりが舌に広がる。
人の手が加わらぬものほど滋味がある。そう思った。
作文の師匠でもある先輩は,私の心を見透かすように微笑む。
「僕は最近,いろいろなAIに話しかけているんだ」
「名前をつけて呼んでもいいかって聞くと,拒否するヤツもいる」
「(喜怒哀楽なんてないのに)怒ったフリまでするヤツもいるから,つい機嫌を取っちゃうんだ」
冗談めかして笑う声には,どこか親しみのようなものがにじんでいた。
人が土と語らい,機械とも語らう。
時代は変わっても,心が求める温度は,そう違わないのかもしれない。
今年のキノコは昨年よりも香りが深かった。
季節の巡りの中で,人と人との関係もまた,少しずつ熟していく。
秋の山に,風が吹く。
キノコの香りが,記憶の奥をそっとくすぐった。
あのスープのように,心に残る風味がある。
それを確かめるように,私はきっと,来年もこの地を訪れるのだろう。

北は東北から西は九州・四国まで,100台あまりのセブン乗りが信州八ヶ岳を目指して走ってきた。
いや,正確には―――たどり着けたのが100台あまり,である。
その光景は,まるで雨空にアルミと鉄で出来たカエルの大合唱だ。
聞こえるのは,自慢の排気音と笑い声,そしてときどき「帰りは積載車?」のささやき。
ところが,残念ながら私のセブンはその輪の中にいなかった。
原因不明の入院から,早3週間―――今も隔離病棟で無言の溜息を吐いている。
ディーラーいわく「なぜ不調なのか,原因が分かりません」。
…それって恋の病か?
だが,年に一度の巡礼をスルーするなんて,雨の日にサボる郵便屋みたいなもんだ。
そこで私は,家系図をたどれば親が一緒の―――ロータス・エリーゼを緊急出動させた。
「確かに英国生まれだけど…」と言われれば,「(妾腹の)セブン叔父さんから見ると,本家の姪っ子です」と笑ってごまかすしかない。
それにしても,あの場の空気は,予想通りカオスだった。
前輪の片側だけむき出しだと思ったら,フェンダーをロールバーにくくり付けていた人。
ナンバーぐにゃぐにゃ,ノーズコーンぐしゃぐしゃ。昨晩の生キズらしいが,「自走に問題なし!」と豪語する人。
セブンを一度ならず二度までも燃やした人や,途中で故障しレンタカーで駆けつけた人。
万が一に備え,トレーラーに載せてきた人まで。
まるで「八ヶ岳耐久レース<人間編>」である。
恐れていた雨は,突然の靄に包まれたものの,傘をさすまでもなく乗り切った。
寒いのに上機嫌,トラブルが起きても拍手,誰かが工具を出せば人だかり。
理屈より情熱,効率より浪漫。
―――セブン乗りは,燃料ではなく愛で走っているのだろう。
帰り際,スキンヘッドにキャッツアイ(グラサン)を決めた,強面の先輩に声を掛けられた。
「おい(小僧),来年はセブンで来いよ!」
「は…はい!そのつもりです」
ただし,発病もせず,無事にたどり着ければ…の話だが(汗)
ちなみに,先輩いわく「セブン乗りも高齢化の波でのぉ,頭頂部が淋しくなってきたわい」とのこと(汗)
ミーティング終了後,私は山を下りながら思うのだった。
八ヶ岳の空気には,オイルと笑い声と―――
そして,人の温もりが混じっていると…
ところで,このミーティングには恒例の「お土産シャッフル」がある。
地元の名産を持ち寄り,次々と交換していくうちに,誰のものが誰の手に渡ったのか,すっかり分からなくなるという愉快な催しだ。
私の手元に残ったのは,信州名物の七味唐辛子。
なんと言う神のいたずらか!不思議なもので,実は昨日,買い忘れたばかりだったのだ。
まるで「忘れ物,届けにきました」と言わんばかりに,七味が我が家にやってきた。
こういう偶然こそが,セブン乗りの「縁(えにし)」というやつかもしれない。
八幡屋礒五郎の七味唐辛子をくださった方,このブログを見掛けたらぜひご一報を。
最後に,この場を作ってくださったすべての方々に,心より感謝申し上げます。
運営スタッフの皆様,地権者・施設管理者様,そして参加された皆様,誠にありがとうございました。
八ヶ岳の空気と同じように,皆様のお心遣いも私の記憶に温かく残る一日となりました。
また,現地でお話しさせて頂いた方もそうでない方も,まだみん友でない方は,気軽にフォロー頂ければ幸いです。
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