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霧島のブログ一覧

2012年02月26日 イイね!

第⑨回東方シリーズ人気投票!

 さて、第九回東方シリーズ人気投票の集計結果がついに発表されましたね。結果はこんな感じだそうです↓



 ……あれ?目から滂沱の汗が流れ落ちて、画面が滲んでよく結果が見えない。

(つд⊂)ゴシゴシ → (;゚ Д゚) …!? → (#゚д゚)アァンッ!? → (゚ Д゚)ボーゼン

こ ん な の 絶 対 お か し い よ

 ……ま、まさか……そんな……我らが……我らが現人神・東風谷早苗さんが……早苗さんが……。前々回は堂々の第2位と、世界1位の人の座を脅かすまでだったのに……。何なの、この凋落っぷりは……orz

 とりあえず。公式・非公式ともにネタキャラ扱いされまくった&心ない二次創作によってビッチ扱いされまくったのが原因なんだろうねぇ……。許さない、絶対にだ。絶対許早苗。

 それに比べて某キャラの爆進っぷりと言ったら、ちょっとありえない。どう考えてもMMDとにがもん式のコラボから生まれた「sweet magic」の影響ですねぇ。まぁ、第2位の座から11位まで転がり落ちたキャラがいることを考えたら、これからどうなるかワカリマセンケドネ(ボソ

 ……2年後、サナエ=マーガトロイドなんて呼ばれないことを祈っておきましょう。

 しかし、アリスのコメント欄はカオスそのものですなぁ。コメントの中に一つ、コメ欄の内容を簡潔にまとめたのがありましたので、抜粋。

「アリスはかわいい・・・・・此の一言に尽きる」(yusaku)

 ふーん、どっかで聞いた名前ですねぇ。誰のことでしょ?(棒

 あと、萃香のコメのところで、「ぼひょひょひょひょひょ ハヒー!」(RYO)っていうのがあったんですけど……まさか……ねぇ?

 霧島も早苗さんと「信仰は儚き人間のために」のところでコメント入れてますよ、無記名ですけど。


 まぁ別に早苗さんが11位まで落ちたところでどうということはない。それに早苗さん、ベスト15の中ではイチオシ率2位なので、信仰の厚さはまだまだ捨てたもんじゃないですしね。そう、信仰は自分の裡にのみあれば、それでいいのですよ。東方幻想板の早苗さんスレなんて、みな泰然として静かなもんですよ。早苗さんが何位になろうと、我々の早苗さんへの愛と信仰が揺らぐことなどはない!

 むしろニワカが振るい落とされたこれからが早苗さんの真価が発揮される時なのですよ。早苗さんのテーマも、「信仰は儚き人間の為に」は若干の下落をみたものの、「ラストリモート」「少女が見た日本の原風景」は10位以上も上がってますしね。次回作でも、自機として颯爽と活躍する早苗さんに期待age

 しかし、ベスト15は変わらんねぇ……。ゆかりんはもっと高くてもいいと思うんだが、二次のBBA設定が足を引っ張ってるんだろうねぇ。そして、もこたんの高さにいつもオドロキ。意外と人気あるんだね、東方占いがもこたんの霧島はけっこう嬉しいんだが。逆に、てるよの3年連続33位とか、もはや陰謀のレベル。これもニートネタが足を引っ張ってると(ry

 神霊廟からのニューフェイスとしては、布都たんが19位と大健闘。布都たんのレイヤーさんとか完成度激高の人が多いですぜ。そして忘れちゃいけない華扇ちゃん。+36位アップはぶっちぎりの人気上昇度。東方茨華扇の早苗さんはキャワイイぜ!

 下の方を見てると、毛玉とかベントラーとか神霊とかに投票した奴でてこいって感じですねぇ。

 個人的にはパチェさんがもっと評価されるべきだと思うんだ……。アリマリよりもパチェマリだと何度言ったら(ry 三月精も今ひとつぱっとしないねぇ……。東方の公式コミックスの中では、三月精が一番よくできてると思うんだが……

 作品別のキャラで考えると、PAD長咲夜さん、レミリア姉妹と紅魔郷が強い! みょん&ゆゆ様、アリスと妖々夢もこれまた強い。小学五年生と小学一年生とうにゅほで、地霊殿もなかなか。対して、風神録と永夜抄がちょっと振るわない。

 風神録は、むしろ音楽部門で強いかな? 道中曲第一位は「神々が恋した幻想郷」ですぜ? まぁどう考えても満福神社の「幻想万華鏡」の影響ですけど。それでも風神は音楽部門総合でぶっちぎりの第1位ですな。

 ゲーム性の人気だと、永夜抄が圧勝。続いて妖々夢、風神録。ここでは紅魔は落ちる。紅魔郷のシステムはちょっと特殊だからなぁ……あれは霧島も苦手。永夜抄はボムにゆとりもあるし、スペルそのものも楽しい。霧島が一番バランスがいいと思うのは妖々夢かな、森羅結界は復活して欲しいシステム。妖はイージーがやたらムズイとも言いますが。

 キャラやストーリー、設定では、妖々夢。紅魔、永夜、風神の順。そりゃあ、あのゆゆ様の「幽雅に咲かせ、墨染の桜」に合わせて展開されるスペルカードは美しいの一言、誰もが圧倒されたに違いない。


 今回の投票の年齢層を見ていると、10代が多いなぁ……。紅とか妖とか、もう10年前の作品ですよ……。それを言い出すと旧作はどーなるって感じですが……。そうか……霧島が初プレイしたのは妖々夢(2003年)だから……9年前なのか。

 あの頃は、「やたらムズイ同人シューティング」ぐらいにしか思ってなかったし、今でこそ妖のノーマルぐらい普通にクリアできるけど、あの頃は全然ダメだった……。当時はニコニコもようつべもなかったし、東方も今ほどメジャーじゃなかった。まさかここまで成長するコンテンツになるとは思いもよらなかった。

 「東方バブル」。そんな言葉ができるぐらいに東方は有名になった。一方で「東方は儲かる」ことに気がついた大手サークルや企業が東方に目をつけて、色々と問題になってきているのも事実。満福神社のプロ疑惑や、ホワイトキャンバスのガイドライン違反。コミケ2日目での厨房消防のマナーの悪さなんてのも色々と言われてますね。

 もはや東方は、単なる同人コンテンツではなく、わけのわからない怪物=リヴァイアサンと化してきているようにも見受けられますね……。こないだの東方紅楼夢なんて、どうみても商業のアダルトビデオが販売されてたり、プロのAV女優の人がコスプレで「撮影会」やってたよ……。こーいうのはマイナーだからこそ面白いものだというのにね……

 それと同時に、東方バブルも終焉の兆しが見えるという報告もある。コミックマーケットにおいて「東方」ジャンルでの申し込みが減ってきているらしいです。とは言え、今年は博麗神社例大祭も東方紅楼夢も東方絢文禄も大⑨州東方祭も、過去最高数のサークル参加を見込んで募集がかけられている。ぶっちゃけ、今よりもっとブームが沈静化した方が神主さんも喜ぶ気がするけどね。

 東方は何処から来て何処へ行くのか。絶頂をひた走る東方の熱気に圧倒される中、その行く末に一抹の不安を覚える今日この頃である。


♪「信仰は儚き人間の為に」

 東風谷早苗――祀られし風の人間。人の身でありながら神、神の身でありながら人。現世の人間でありながら、幻想となった風祝(かざはふり)の少女。 

 早苗にも家族が居ただろう、友人が居ただろう、仲間が居ただろう。そして、温かく楽しい「普通の女の子」としての生活があっただろう。だが彼女は、信仰と愛する神々の為、現世を捨てて幻想へと身を委ねた。そんな彼女の背負うモノを想うだけで滂沱の涙が零れ落ちてくるのである

 打ち鳴らされるパーカッションと鐘の音は、早苗の悲壮な運命を。ピアノ主体で紡がれるアップダウンの激しい旋律は、早苗が心の奥に押し殺した多くの思い出と。そして強い決意の裏に隠された儚い涙を喚起させる……まさに神曲である。

Posted at 2012/02/26 08:02:33 | コメント(5) | トラックバック(0) | ヲタク | 日記
2012年02月23日 イイね!

おねティから10年が経っている件について

 そう、あれは今から10年も昔の話……霧島が高校一年の冬の時の話だった……

 「BEATマガジン」。このフリーペーパーの名を知る人は、どれぐらいいるのだろうか。ビートマガジンとは、バンダイビジュアルが発行している自社のアニメDVD(今はブルーレイ?)紹介冊子である。アニメイトだとかゲーマーズとかに行けば、今でも手に入るはずさぁ。

 霧島は、近鉄学園前駅のジョーシンのディスクピアで毎号きちんとゲットしておりますた。今はもう無くなってるけどね!

 そして、2001年12月に発行されたビートマガジン2002年2月号……。その裏表紙に、こんな記事が……

 「おねがい☆ティーチャー 先生と生徒がひとつ屋根の下で暮らす夫婦で、おまけに先生は宇宙人?」

 ワロタ。いやだって、そんなトンデモ設定を聞かされたら誰だって笑うっしょ。 つーかこれからっしょ  ……キミは「天使のしっぽ」を知っているか? あの頃の現役jc平野綾はマジで天使やったんやで……それがどうしてこうなった、どうしてこうなった。

 まぁ天使のしっぽはいい……。生駒山上遊園地で行われた年越しイベントで野川さくらと千葉紗子がオープニングをデュエットして、その時の千葉紗子の手つきがやたらと可愛かったりもしたのだが、それもいいだろう……(当時の声グラ参照のこと)

 それはともかく「おねがい☆ティーチャー」ですよ。おねティですよ。「まさかこんなアニメが当たるまい」と思ってたのですよ……いざ放送が始まるまでは。


※これが当時のビートマガジン2002年2月号だ! これがBMでのおねティのほぼ初出なハズ。つか、よく10年も保管してあったな、俺。ちなみに表紙は、「Endless Waltz特別篇」「ミラーズ・リポート」「スターダストメモリー」のガンダム映画DVD3本同時発売の時のアレ

 今でも覚えている。奈良の山奥にある我が高校の教室にて、同級生のT君が、やたらめったらはしゃいで「おねティ」について熱く熱く熱く語ってきたことを……。あれだけ熱弁を奮われたのは「あぃまぃみぃ! ストロベリーエッグ」以来と記憶する。ちなみに「熱く」を4回繰り返すと合神するんだぜ?

 そして始まる本放送……。当時、「シスタープリンセス」という心の支えを失っていた俺は……いや、我々オタクたちは……堕ちた。一瞬で。そりゃもう光の速さで。

 そう、僕らは「加速」してゆくのですよ……「停滞」することなどは許されなかったのですよ……萌え豚であることを……強いられていたんだ!(集中線)


※ビートマガジン2002年5月号より。裏表紙は、「エクスドライバー the Movie」だ! ニナさんがユーノスのロドスタに乗ってましたね。

 もはや 熟女の領域 じゅうななさいの井上喜久子おねえちゃんの甘いボイスに加えて、スタジオオルフェが誇る奇才・黒田洋介の巧みな脚本……。我々思春期の高校生に抗う術などなかった……なかったんだ……ッ!(こういう風に2回繰り返すのが黒田節)

 まだまだエロゲー界の歌姫でしかなかったKOTOKOが初めてメジャーデビューを飾ったのが、このおねティの主題歌である「Shooting Star」やったんやで……? 正確にはイメージソングの「Love a Riddle」かもしれんが。

 あの頃、「SOMETHING DREMAS マルチメディア・カウントダウン」っていうラジオがあってだな。いや、ほっちゃんとゆかりんと冨永のみーなさんがやってた番組なんですが……。そうか、今の ゆとり世代 若い人たちには「こむちゃっとカウントダウン」の前身番組と言わねば分からんか……

 ドリカンにおいて、一度だけ……そう一度だけ「Shooting Star」が1位を獲得した回があったんやで……。その時は皆がラジオの前で吼えたんだぜ……。まさに未来への咆哮とはこのこと……!(深夜2時) あのShooting Starがフルサイズで放送されたんやで……? その時の興奮が分かるか!? まだその回を録音したMDがウチにありまつ。

 ラジオ「みずほ先生のはちみつ授業」も神ラジオやったんやで……。ラジオ大阪だと、土曜日の21:50から放送してたんやで……。今でも覚えてるわ……井上喜久子おねーちゃんの「みずほ先生の授業は、とろーりとしてとっても甘いの。さぁ、授業を始めましょう?」てな口上で始まるオープニングを……!

 お ね テ ィ の ラ ジ オ ド ラ マ は 神 ラ ジ オ だ っ た 。 異 論 は 認 め な い 。

 ここで「小林はやるっスよ! 」とか叫んでみても、果たしてどれぐらいの人にこのネタが通じるのだろうか……? 分かった人は魂の兄弟。ともにロスト・グラウンドでその名を刻んだに違いない、主にチャンピオンで。


 あの頃は……あの頃はなぁ! 「國府田マリ子のGM」とかもまだ放送中だったんだぜ……。OBCの佐藤ディレクターとかもいたんだぜ……「GM応援歌」のCDとかまだ持ってるんだぜ……! 同じさとDUEがディレクティングしてる番組で「豊嶋真千子のアースリーパラダイス」っていうラジオもあったんだぜ……。

 KSSグループとか、もう無くなったのかなぁ。CHK声優センターとかも。アスパラは神ラジオやった……神ラジオやったんや……! 佐藤さんが飯塚真弓に告って玉砕した時のこととか覚えてる人いんのか!? その後、OBCの金を使い込んで行方をくらましたとかなんとか、その真相は誰や知る!? メガトンスマイルとかベリーゴーラウンドとか。やさしいチカラとかあった……あったんや……!

 私がマリ姉を最後に見たのは「コードギアス」の教師役。マチりんを最後に見たのは「ガンダムSEED」で名前が間違ってエンドロールに記載されていた時でした。どなたか、お二方の行方をご存知ありませぬでしょうか……?

 ……そんなおねティも、しょせんは1クールアニメ……あっという間に放送は終わる。そう、本当にあっという間に終わってしまった……終わってしまったんだよ……! コミックス版の方がよく出来てたのはナイショ。

 駄菓子菓子。アニメは終わってもラジオは続いた……。「はちみつ授業」は「はちみつ授業 ほ・しゅ・う」「はちみつ新学期」と名を変えて、さらには放送時間も拡幅されるという快挙を成し遂げる。そして2003年秋……遂におねがいシリーズの新プロジェクトが発表されたのですよ!

 それが「おねがい☆ツインズ」なのですよ!


※ビートマガジン2003年11月号より。中を見ると、「飛べ!イサミ」のDVD-BOXとか。「マクロスゼロ」とか。「.hack//SIGN」だとか。「低俗霊DAY DREAM」だとかだとか。

 おねツイの頃には、おねがいシリーズの舞台が長野県の木崎湖であることが公表されて、言うちゃなんだかドのつく田舎である大町までオタクたちが詰めかけることにいなったんや……これが、今に続く聖地巡礼ブームのはしりやったんやで……?

 「木崎湖を舞台に繰り広げられる~」っていうラジオのCM(声:清水愛)を覚えているか? もはや話題にすら上らない「らき☆すた」の鷺宮が聖地巡礼の起こりではないんやで……? 日本三大聖地って行ったら長野県の木崎・埼玉県の鷺宮・滋賀県の豊郷なんやで……?

 霧島的には断然「ツインズ」派だったね! 双子なのに3人いるというツインズ。深衣奈と樺恋、どっちが肉親だったのか……それは是非、自身の目で確かめて欲しい……。ちなみにアニメ版と小説版とコミックス版で展開が違う。まぁ、写真に写った家に関するオチはひどかったけどね!

 アニメはもちろん、ていうかそれ以上に神だったのは、やはりラジオとラジオドラマ。あの頃は「Dears」やら「ストロベリーパニック」も相まって清水愛×中原麻衣のカップリングは無比無敵の勢いだったのぜ……!

 邪神リゼルピオンだとかコゼルピオンだとか。BL大好きっ娘さんからのお便りが届きまくった回だとか。公開録音における新谷良子の「13人目」発言だとか。まだ当時現役大学生だった杉田智一が脚本を書いたラジオドラマとか! 「カイゴとフクシでツインズ」とか覚えてるか!? 放送コードに引っかかって途中でぶっちぎられたリコーダーの回とかさ!

 つか、おねツイは毎回毎回「イイハナシダナー」と思ってたら絶対に最後は下ネタで落ちるのですよ……やってくれるぜ、黒田さん!

 ……そんなツインズも、やはり1クール……。あっという間に終わってしまう。その後は「おねがい☆フレンズ」だとか「おねがい☆チュータ」とかの企画があったけど、イマイチぱっとしなかった……。

 だが、おねティの伝説は、その後も語り継がれ、銘酒「ツインズ」が発売されたり、おねティカフェができたり、ジェイソンさんのチェーンソーアートが木崎で行われたりもしてたのですよ。そう、おねティのDNAは、現代に至るまで10年の間、静かに、静かに受け継がれて来ているのですよ……!


 そして今……新たな伝説が幕を開ける……それが「あの夏で待ってる」なのですよ……!



 脚本:黒田洋介。キャラデザ:羽音たらく。主題歌:KOTOKO。舞台は長野。そんなこと言われたら、見るしかないだろうjk。期待するしかないだろう、常識で考えて。どう考えてもおねがいシリーズの血統を継ぐアニメにしかみえないんだよ……!

 田村のゆっかりんの声で「すごいことするわよ?」とか言われたり。次回予告で「最優先事項よ!」と言われたりした日にはもうね……滂沱の涙が流れ落ちるのを留めることができないのですよ。劇中でも、おねティ&おねツイを髣髴とさせるニクイ演出や台詞回し、カット構図などがチラホラ……

 キャスティングこそ、檸檬先輩を除けば全てがおねがいシリーズとは異なる人材ばかりではあるけれども、往年のファンなら、
 
貴月 イチカ→井上喜久子
霧島 海人→保志総一郎
谷川 柑菜→中原麻衣
北原 美桜→清水愛
石垣 哲朗→鈴村健一
りのん→金田朋子

 に自動的に脳内変換されて再生されただろう? なぁ、そうだろう!?

 噂では、「あの夏で待ってる」のラジオも放送されている模様……。しかしてどうやらネットラジオらしい。ネットラジオの普及の開始が、アニラジ衰退の始まりでもあったな……

 「水樹奈々のスマイルギャング」は、その前は「水樹奈々・中西環のみずたまフレンズ」っていうメモリーズオフの番組だったんやで……。「tiarawayの色々ベリーナイト」は東海ラジオでしか放送してくれなかったんや……!

 ドリカンが1時間のフルサイズで放送されたのは文化放送だけやったんや……。AM神戸だと30分の短縮版……RKB福岡毎日ですら、同じ1時間でも一部がカットされてたんや……。

 「ボイスクルー」は桑谷夏子と斉藤千和のタッグの時が最強やったんや……ボイスクルーコレクションとか、ついぞや第二弾は出なかったんだろ?「 ビーチサンダルの王子様」とか神曲なんやでぇ……

 「電撃大賞」は、松野太紀と吉野紗香の時が黄金期。その後の松風雅也と浅野真澄もマジで良かった……! 「声優王国 あんたの声がすきやねん」のあたりから桜井孝弘がヒットしだしたんやで……

 1179、1314、558、1143、1008……どの局もアニラジというアニラジで溢れ返っていたものだ……。毎日放送の「俺たちXXXやってまーす木曜日」は2時間ずっと最初から最後まで笑い転げたものだ。とも蔵さんの「それゆけAM神戸」とか覚えてるか? 「林原めぐみのTokyo Boogie Night」の前に「大野実の夢の応援団」を聴いてた人も少なくないはず。

 「宮村優子の直球で行こう!」とかさ? 「緒方恵の愛だぜベイベー」とかさ! 「金月真美のムーンシャイン」だとかさ! 色々あった……あったんや……! 鈴村健一がラジオ大阪の企画で名古屋→大阪200kmチャリンコアーバンライナーやった時、霧島も応援に行ったぜ! 夕闇の国道163号線(木津ね)に立ってたら、鈴村さん走ってきたさ。二言三言だったが一対一で言葉を交わしたんだぜ!?

 「田村ゆかりのはぁとのため息」の最終回でゆかりんが号泣したのとか知ってるか? 「みすてぃっく放送部」の初回放送がカオスなことになってたのは? 「一週間で300万作れる女」、新谷良子伝説は? Vステ・ザ・ムービー「EAT&RUN」は?(DVDまだ持ってる) 「小杉十郎太のホテルエンタテイメント」で放送された「ひつじのうた」のラジオドラマは?

 「日高のり子のHappyアットマーク」がナムコの提供でサ……。ナムコの広報誌「ノワーズ」に、まだ稼動を開始したばかりのころの「アイドルマスター」が載ってたのとか知ってるか? 今でもあるぜ、当時のノワーズ。岩男潤子とか笠原弘子とかもラジオを持ってたんだぜ……。斉藤K、JJ中山、もりたやすひろの「Lazy Junk Night」とかも隠れた名番組だった……。コーズプランイング万歳! つか川上とも子さん……あなたまだ早い……早いよ……どうしてゴールしてしまったんだよ……!

 往年のハガキ職人の方々とか、元気にしてるのかなぁ……。今でもAMで頑張ってるのって青春ラジメニアぐらいでないのかい……!? ラジメニアのフェローズカードとか、俺まだ持ってるぜ……。3342番の霧島さんって言ったら俺のことなんだぜ……!


 なぁ……帰って来い……帰って来てくれよ……あの頃の熱気とカオスに満ちたAMラジオ……!


 嗚呼、やっぱり懐古ブログとか書くと軽く死にたくなってくるな……。つうことで3月20日頃、長野の木崎まで行って来ます。
Posted at 2012/02/23 14:53:25 | コメント(3) | トラックバック(0) | ヲタク | 日記
2012年02月18日 イイね!

スノードライブ

 あー、えー、寒いですね、ハイ。たまには近況みたいなもんでも。

 サクサク「スープラの系譜」は終わらせて「MR2の系譜」に取りかかりたいけれども 寒くて作業する気が起きない なかなか構想がまとまらない今日この頃。

 MR2の次は……「GT-Fourの系譜」とか言うのを書きてーなーと思いながらも資料収集は全く進んでない。レクサスLFAも書きたいけど、同じく資料が(ry

 そろそろトヨタからは脱却して、GTOとかアルシオーネSVXみたいなのを書きたいなぁと思いながらも、やはり資料が以下略。ああいう文章書くとき、資料代ってバカにならんのだぜ……。まぁこの辺りは、一報を打てば貸してくださる方がいそうですけどね、主に愛知のあたりに(チラ
 
 つーか、同人誌作りたいんだ同人誌。テキストメインでイラストは外注。題して「東風谷早苗の信仰を巡る旅」「アリス=マーガトロイドの世界人形博物館」「霊烏路空の原子力発電講座」「上白沢慧音の異説日本史」「伊吹萃香のかんたん密造酒の作り方」とかとかとか。なんか安くてステキな文章編集ソフトは無いかねぇ……フォトショ高いしorz

 さらに言えば、久しぶりに絵も描きたいや。ペンタブ欲しいペンタブ。どっかに中古で安いの転がってないかねぇ……余ってたら誰かくだしあ。

 他にはグランツーリスモ5もいい加減欲しい。もちGTフォース付きで。まずはPS3買う所から始めないといかんけど。とか言いながらシュタインズゲートは買ったのはナイショ。比翼恋理のだーりん、早くWindowsに移植してください。

 まあ、自由に使えるオケネの大半は、MR2に飛んで言ってるんですが。最近だとオイル換えたっけ。そうオイル。

 Ⅴ型NAの純正は5W30だけど、寒いし13万km走ってるエンジンだからクリアランスを考えて10W30入れてみたら微妙だった。コールドスタートで、アイドリングがモッサリしてる。エンジンの内部抵抗が増えて、アイドリングが200回転ぐらい落ちてる。走行中も、アクセルオフでエンジンブレーキがやたら掛かって、荷重変動が起きやすい。

 ……もう次は5W30でいいや。オイル換える時に4柱リフトに乗せたら、リアが左下がりに傾いてるし……。ショックが抜けてバネだけで支えてる状態なんだねぇ……(汗)

 んで、オイル換えるついでにスタビライザーを外してみたのですよ、フロントだけですが。結果、よく言えば足がしなやかになり、悪く言えばナヨナヨになった。

 普通に走ってても、明らか路面の凹凸に対する追従性が良くなったし、軽くブレーキ踏んだだけでもフロントタイヤがすっげぇ食い付いてくれるのがわかる。でもその代わり、やっぱ踏ん張ってくれない。

 今まではコーナー手前でキッチリ減速して姿勢を作ってしまえば、後はステア・アクセル一定で曲がれたけど、今はクリッピング間近までブレーキ踏み続けないと姿勢が整わない。フロントのダンパーの減衰をワンクリック硬めに設定したら、ちょっといい感じになりました。

 でも、もうちょいフロント周りを固めないとスタビレスは辛いかな。むしろフロントよりリアスタビを外してみたい。そっちの方が効果は高いんじゃなかろうか。セッティングって難しいね。とりあえず、今注文してるKTSの車高調の入荷が大幅に遅れているので、それまではあれこれ試してみようかと。

 昨日は昨日で、関西は大吹雪。夜勤が明けて、帰ろうと思ったらこんな感じですよ。



 2~3cmほど積もってましたねぇ……。スタッドレス?チェーン? 何それおいしいの!? 夜明けまで立ち往生を覚悟しましたよ……

 早朝出勤の人たちによると、「坂でトラックが立ち往生してる」だの「ケツ振りながら坂を上ってきた」だとかなんとか。それでも、あの急勾配を上ってくる辺りがさすがマークⅡさんとムーヴさんですなぁ。



 とりあえず、必死で雪かき。車体の上だと5cmぐらい積もってたかね……。エンジンフードの上なんて悲惨なことになってましたよ。エンジンルームの熱が抜けずにオーバーヒートになるのと、エンジンの熱で雪が溶けるのどっちが早いだろうってぐらい。

 雪かきしてたら守衛さんもやって来て「危ないから待機しといた方がいいんじゃないか」てなことを言われましたねぇ。

 つっても、朝まで待って交通量が増えたら余計にコワいし。今はパウダー状態の雪が、ガチガチに凍結してしまうのが最悪のパターン。てなことでスノードライブにチャレンジですよ。タイヤはポテンザのRE-11&RE-01、見事にサマータイヤです、本当にありが(ry もちろんサイドブレーキ(ワイヤー)は凍結してますた。

 エンジンの暖気が終わって、そっとクラッチを繋いでみたら……あれ? 意外と行ける……。全くホイールスピンせずに前進できましたよ。さすがに乱暴にアクセルを踏み込んだら空転しましたけど、ステアを切ればちゃんと曲がってくれるし、別にリアがズルズル横に逃げたりもしない。

 会社前の急勾配の下り坂は、さすがに怖かった。ハザード付けてソロソロ降りて行きました。リア荷重が抜けるからヤバいかなとの心配は全くの杞憂。時速5kmぐらいではありますが、普通に走れましたよ。ただ、ブレーキは3cm踏み込んだら、ABSがガッツンガッツン効いてましたけどね。初めてABS使ったわ……



 急な坂が終わって、平地に降りても道路はこんな感じですよ。写真ではワカランですけど、黒い所も結構雪が残ってます。試しに3速までシフトアップしてアクセル踏んだらホイールスピンしやがりました。SW20で3速ホイールスピンって、パープルさんの400馬力仕様でしか聞いたこと無い(汗)

 それでも、やっぱり直進性が失われることはない。うまいことトラクションかかりますよ。そういや雪道では、S15よりSW20の方がキッチリ走ってくれるって聞いたことあるなぁ……。リアヘビーの恩恵なんでしょうね。LSDないと雪道はムリって聞いてたけど、そんなこともないようで。いやそりゃ10cmも20cmも積もればどうなるかは知らんですが……


 そんなこんなで無事に生還致しました。いやMR2、いいクルマですよ。自分でホイールスピンさせてみた以外は、全然リアは滑ってないですもん。嗚呼、荷重の力は偉大でつ。

 とか言いながら、その日の夕方。調子こいて柳生方面へ走りに行ったら、途中から半凍結状態だったので慌てて引き返してきたのはナイショ。

 でも、関西は滅多に雪が積もらんですからねぇ……一度はゆっくり凍結路とか積雪路を走ってみたいんですけどねぇ……。雪国の人がうらやましい……とか言ったら雪国の人から怒られるんですが(汗)

 3月の下旬頃、長野の木崎湖へ行く予定なんで、その頃には暖かくなってくれることでも祈っておきませう。
Posted at 2012/02/18 19:59:33 | コメント(10) | トラックバック(0) | MR2 | 日記
2012年02月10日 イイね!

「スープラの系譜」 第08回 ~“トップガン”~

「スープラの系譜」 第08回 ~“トップガン”~ 「時速300kmで手放し運転が出来る直進安定性と、コーナリングで意のままに操れる運動性能」

相反する二つの要素を両立させること。さらには、『動力性能・運動性能』と『省資源性・快適性』。『パフォーマンス』と『優しさ』を高いレベルで融合させること。それが、都築功の考えるニュー・スープラであった。

 長年にわたり、「スポーツカー」の名称を使用することを避け続けてきたトヨタ。そんなトヨタが作る「スポーツカー」との姿とはどうあるべきなのか。いかにすれば具現化できるのか。そして、それを可能とするためには、どのような人材が必要だったのか――

~自動車開発におけるテストドライバーの重要性~

 優れたクルマの開発には、優れたテストドライバーが必要となる。それは、単純にクルマを速く走らせることができるいうだけでは決して勤まらない。

 1cm、1秒、1/10G単位でマシンをコントロールし、且つそれを何度でも再現できるテクニック。マシンを構成する細かな部品の一つ一つの欠点を感知し、それを指摘できる能力。さらには、その解決策までも提示できることが求められるのだ。

 優れたテストドライバーありきのクルマと言えば、1990年に登場したNSXが、その代表例である。NSXの開発テストドライバーを一手に引き受けたのは、希代の名ドライバー・黒沢元治であった。黒沢は、NSXのコンセプト立案からNSX開発に従事。テストコースとしてのニュルブルクリンクの推挙から、テストドライブも担当した。

 そして、NSXは自然吸気エンジンながらも280psを達成、アルミモノコックによる軽量で高い剛性を有するボディを手に入れ、ニュルを8分16秒で走行する性能を手に入れた。黒沢は、尻込みするエンジニアを散々にどやしつけ、徹底的にサスペンションやブレーキをブラッシュアップさせたという。

 結果、NSXは、フェラーリやランボルギーニと言ったスーパーカーの老舗を慌てさせ、そして本気にさせる運動性能とハンドリングを手に入れることになった。

 現代でも、「陸の王者」と称される日産のR35型GT-Rにおいては、鈴木利夫。「公道最速の戦闘機」と畏れられる三菱のランサーエボリューションシリーズにおいては、中谷明彦が。名車と呼ばれるスポーツカーの陰には、常に優秀なテストドライバーの存在があるのである。

~“トップガン” トヨタの精鋭テストドライバーたち~

 新型スープラを最高ランクのスポーツカーとして造り上げるには、優秀なテストドライバーの存在が必要不可欠であった。ある時、スープラ開発の議論の場において、居並んだ十数人のエンジニアの中で『私に任せなさい。自信がある』と言ってのけた者がいた。その人物の名は、成瀬弘と言った。

 成瀬は『トヨタ2000GT』や『トヨタ7』と言った、伝説的、かつ自動車の歴史に残るトヨタのスポーツカーのメカニックも務めた、叩き上げの技術者であった。成瀬は、黒沢元治の薫陶も受けた人物であり、そのドライビングテクニックは、300人に及ぶトヨタのテストドライバーの中でも頂点に位置するものであった。

 初代MR2開発の際、トヨタは初めてニュルブルクリンクサーキットで開発テストを行ったが、そのステアリングを握ったのも成瀬だった。MR2開発のテストドライバーにおいて、マシンの味付けを決定する権限が成瀬に与えられたことが、後のマスタードライバー制度の始まりでもあった。

 都築が成瀬と出会ったのは1980年代のグループB仕様MR2開発の時であった。その時、成瀬は、10メートルから20メートル車を転がしただけで、『都築さん、このクルマはココが悪いよ』と指摘してみせたという。

 それは、単に車の挙動がどうこうというだけでなく、その挙動がどういう原因で発生しているのか、それをどう調整したらいいのかまで的確に分析したものであったと言う。

「私が横に乗ってテストコースに出ていくと、コーナーで『いまこういう挙動が出たでしょ? これはここが悪いからだ』と言うわけ。車の重心やサスペンションの動き、遠心力の働きまで考えた理屈を言うんです。それを聞いてこの人は並みの人じゃないなと思っていたわけです」

 都築は、その記憶からスープラ開発のテストドライバーとして、成瀬弘を起用。さらに、トヨタの運転技能ライセンスの中でも、10人しかいない最上級のS2ライセンス保持者の中から、テストドライバーを選抜する。そして、選び抜かれた精鋭たちは、アメリカの映画になぞらえて『トップガン』と呼ばれた。

 「ガードレールに5mmのスキマを開けてドリフトして見せた」

 「普通のドライバーなら分からないような左右のコーナリングの違いを感じ取り、調べてみたら空気圧が左右で違っていた、あるいはブッシュの硬度が違っていた」

 「サスペンションのセッティングを決める際。ダンパー無しのバネだけを取り付けて路面を走り、そこから計算して必要なダンパーの減衰値を導き出してみせた」

 トップガンたちは、レーシングドライバーよりも速く走れるテクニックと、エンジニア顔負けの知識を持つ者たちであった。それだけでなく、メカニズムの機構と仕組みと実際の影響を体感で把握することが出来、それの改善策までも指摘できる。『出来る・分かる・言える』を兼ね揃えた人材だった。

 中でも成瀬の自動車評価スキルは群を抜くものがあり、「全身がセンサー」と称されるほどで、1000分の1Gの違いですらも見逃さなかったという。

 また、世界で最もニュルブルクリンクを走りこんだ人物として世界中から「マイスター・オブ・ニュルブルクリンク」と賞賛されることになる成瀬は、20km以上にも及ぶ長大なニュルにおいて、8分という規定タイムに対して1秒以内の誤差で収めることまでできたという。


 ※生前、レクサスLFAのステアリングを握る成瀬弘。2010年6月23日、死去。

 トップガンに選ばれたのは、成瀬弘、原口哲之理、大道政義の3名。彼らには、「Disignated Panelist (指名された評価者)」として大きな権限が与えられ、開発スタッフは全員、この3名の言葉を聞かなければならないシステムが採用された。

 ※トップ画像は、中谷明彦と対談するトップガンのメンバー。左から、大道政義、成瀬弘、中谷明彦、原口哲之理、荻野優。荻野はDPとしては数えられることがないが、トップガンと同等かそれに近い立場にあったと思われる。なお、このトップガン制度は現在にも続いており、2010年時点では成瀬弘を頂点として、下に3名、さらに下に5名の9名構成であったという。また、現・トヨタ社長の豊田章夫も、彼らに匹敵するドライビングスキルの持ち主であるとされている。

 トップガンの3人は、テストドライブを行うだけでなく、北米から欧州まで世界中を飛び回り、世界各地の著名レーシングドライバーや技術者たちと非常に多くの議論を交わし、共にサーキットを走ったという。その中には、元F1レーサーのダン=ガーニーや、ポール=フレールも居たという。

 アメリカで求められるのはどのようなスポーツカーか。ヨーロッパで求められるのはどのようなスポーツカーか。地域によって求められるスポーツカー像も異っており、具体例としてD・ガーニーはフォードGTを、P・フレールはアルピーヌルノーやポルシェを挙げたと言う。

 アメリカではエネルギッシュで爆発的、突き進む感じが大事であり、一方でヨーロッパでは正確で繊細なステアリング感覚が求められていた。そんな中で、ニュー・スープラの目指すべき姿として、DPたちは一つの疑問と答えを得る。


「ヨーロッパとアメリカの代表的なスポーツカーに、それぞれのサーキットと環境の中で乗ってきた。著名なレーサーとも一緒に走り、互いにコミュニケーションを図りながらディスカッションもした」 (荻野優)

「アメリカの何か、ヨーロッパの何かがあるときに、日本は? ということになる。が、それは我々がつくり出すしかない」 (原口哲之理)

「タイトコーナーはこう、高速コーナーはこうと、場面に対しては意見をいってくれる。でも、本音としてはみんな一緒なのではないかと思う」 (大道政義)

「ハッキリ言ってポルシェでもフェラーリでもない。あくまでも目指すのは我々の世界」(成瀬弘)


 北米でも欧州でもない。作るべきはジャパナイズされたスポーツカーであり、日本のスポーツカーであった……

(文中、敬称略。第8回へ。)


参考文献:

省略。第3回までのを参照して下さい。

Special Thanks:

正岡貞雄 様
黒沢元治 様

関連リンク:

「スープラの系譜」 第01回 ~スープラの系譜~
「スープラの系譜」 第02回 ~ソアラとスープラ~
「スープラの系譜」 第03回 ~70型のパッケージング~
「スープラの系譜」 第04回 ~トヨタ2000GT、そしてスープラ~
「スープラの系譜」 第05回 ~“トヨタ3000GT” A70型スープラ誕生~
「スープラの系譜」 第06回 ~「JZA」 70から80へ~
「スープラの系譜」 第07回 ~SPORTS OF TOYOYA~

Posted at 2012/02/10 14:49:53 | コメント(3) | トラックバック(0) | スープラの系譜 | 日記
2012年02月06日 イイね!

「スープラの系譜」 第07回 ~SPORTS OF TOYOYA~

「スープラの系譜」 第07回 ~SPORTS OF TOYOYA~1986年に登場したA70型スープラ。

最後のマイナーチェンジにあたり、70型スープラの開発主査の役目は、都築功に引き継がれることとなった。

都築は愛知県刈谷市出身、名古屋大学大学院修士課程修了、専門は空力学。トヨタでは、トランスミッションの設計部に所属。初代セリカ開発時、後に日本初ガルウィング=セラの開発主査となる金子幹雄と共に、日本初の5速マニュアルトランスミッションを設計する。

 日本初のミッドシップ車である初代MR2の駆動系開発も担当した他、MR2のラリーカー「222D」の開発責任者も務めていた。最後の70型マイチェンにて都築は、排気量を落としながらも、国産最小排気量での最強馬力である2500cc・280psを達成。「JZA70」を世に送り出すことになる。

 最後の70型の開発をの傍で、都築は次期スープラの開発に取り掛かることになる――

~主査構想~

 手塩にかけたグループ B仕様MR2=222Dの開発中止によってクサっていたという都築は、その悔しさをスープラにぶつけることになる。次期スープラの開発は、現行の70型の改良と並行して「主査構想」と呼ばれるコンセプト作りから始まった。

『3Lターボで最高出力は300ps。最高速度は300km/h。重厚長大ではない、できるだけシンプルなメカニズム。安全性を高める為にハイテクを惜しみなく投入し、快適性も犠牲にしないこと。そして動力性能・運動性能はもちろん、燃費・安全性などの全てにおいてナンバー1を狙う』

 主査構想は、実に20ページ以上の大ボリュームにも及んだという。目指したものは、「スポーツカー」。スポーツカーの条件として、都築は次のようなポイントを挙げている。

・個性的で非凡なスタイルを持っていること
・「走る・曲がる・止まる」、圧倒的な運動性能を持っていること
・抜群の運動性能をカバーする為の高い安全性を持っていること
・省資源性を確保していること
・快適性を確保していること

「苦痛を伴わなくては操縦できないことが、スポーツカーの要件ではない。省資源・省燃費においても、やはり乗る人が罪の意識を感じるのはよくない」

 都築は、初代MR2、2代目MR2、MR2のラリーカー開発に携わっていた。MR2のラリーカー仕様は、トヨタ初のフルタイム4WDシステム(後に日本車初のWRCドライバーズタイトルを獲得するST165型セリカGT-Fourに実装される)のテストベースともなった。これらの中で、都築はスポーツカーの考え方を叩き込まれたという。

 ニュースープラにおいて、スポーツカーの絶対条件として、まずは高い動力性能と高速安定性を与える。さらには、直進安定性とは本来相反する要素である、自在な旋回性能とハンドリング。高い動力性能の代償となるはずの環境性能と快適性をも実現させようというのだ。

 これらの途方もない構想に、社内からも異論と疑問の声が出た。それは、「スポーツカー」であることについてである。「トヨタはスポーツカーを作らない」、これは当時のトヨタ内外における常識と呼べるものであった。

 確かに、スープラの兄弟車であるソアラとの差異化を図るため、スープラ(70・80)においてはスポーティな方向へと振ることが決定されていた。だが、70型はリアルスポーツをコンセプトとしながらも、「あくまでグランドツーリング」と呼称されるにとどまっていた。

 「日本一加速力のあるスポーツカー」をコンセプトとしたSW20型MR2ですら、トヨタはスポーツカーと大々的に呼称することはなく、スペシャリティカーであることを前面に押し出していた。大ヒット車種となったAE86型レビン/トレノ、日本初のMRである初代MR2に至っては「スポーティカー」である。

 ましてや当時は、安全性や燃費の問題などが社会問題となりつつあった頃である。そんな中で、日本自動車界のリーディングカンパニーであるトヨタが、そのような「スポーツカー」を作ることは、果たして許されることなのか――!?

「私としてはスポーツカー。スープラは、フェアレディZやGT-R、GTOなどより後からデビューするのだから、動力性能や運動性能がナンバー1であるのは当然で、燃費でも安全性でもナンバー1。つまり全て100点を狙えば企画がもらえると考えた」

「動力性能・運動性能などの『パフォーマンス』と省資源性・快適性などの『優しさ』は、相反するものではないかと言われたが、技術があれば高いレベルで融合できるのではないかというのが私の考えだ。そう言うクルマをあえてスポーツカーと名付けた。スペシャルティカーではなくてね」


 ……かくして、新型スープラの企画は承認されることになる。「スポーツ・オブ・トヨタ」、スポーツカーを作ることを敢えて避けてきたトヨタが提唱するスポーツカーのあり方。

 「スポーツカーとは何であるのか? スポーツカーとはどういうものであるのか? スポーツカーはどうあるべきか?」。トヨタ2000GT以来、あらゆる自社のクルマをスポーツカーと呼ぶことを許さなかったトヨタ。

 遂に、「スポーツカー」の封印が解かれる時が来たのである……

(第08回に続く……。今回はリハビリ、あんまり長文書く気が起きないや)

参考文献:

省略。第3回までのを参照して下さい。

関連リンク:

「スープラの系譜」 第01回 ~スープラの系譜~
「スープラの系譜」 第02回 ~ソアラとスープラ~
「スープラの系譜」 第03回 ~70型のパッケージング~
「スープラの系譜」 第04回 ~トヨタ2000GT、そしてスープラ~
「スープラの系譜」 第05回 ~“トヨタ3000GT” A70型スープラ誕生~
「スープラの系譜」 第06回 ~「JZA」 70から80へ~

トヨタ博物館 都築功スープラ開発主査講演会!

 ※おまけ



 昨年の2月19日に行われたスープラ発売20周年記念の講演会にて、都築先生と撮って貰った一枚。色々と貴重な話もお聞かせ頂きました。霧島の質問を気に入って下さったのか、何故か肩まで組んで下さった……(汗) えるすさん、シャッターサンクスです。ちなみに都築先生の現在のマイカーはプリウスとのこと。

Posted at 2012/02/06 12:22:10 | コメント(6) | トラックバック(0) | スープラの系譜 | 日記

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