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2011年08月21日 イイね!

廃墟探訪─幻の駅と熊ノ平変電所(後編)

廃墟探訪─幻の駅と熊ノ平変電所(後編)後編です。




まずお決まりですが、前置きを。

※廃墟探索について
廃墟の探索には常に危険が伴いますし、意図ぜず事件(遺体発見、浮浪者による傷害事件等)に巻き込まれる事があります。無断で他人の敷地及び建物内に侵入する事は違法行為に当たります。よって管理人Sapphireは廃墟探索を推奨しません。
また、建物等の破壊/盗難や関係者及び近隣住民への迷惑を防止するため該当物件の位置や立ち入り交渉に付いて一切お答え出来ません。
以下写真、物語は全てフィクションです。

※ブログ上の写真をクリックするとフォト蔵に飛ぶので、そこから元サイズの写真を見る事が出来ます。










幻の駅と熊ノ平変電所探訪(後編)
aDSC_0248_01
はじまり、はじまり。












目の前には錆びたシャッターが。
既にここから誰か入ったのだろうか...中途半端に開いていた。
とりあえず、今回はここから中へお邪魔する事に。
DSC_0166
お邪魔しますー。

シャッターの下をモタモタとくぐっていると急にシャッターが落ちて体が挟まれる妄想が頭を過ぎったので、三脚・カメラを抱えながら特撮ヒーローばりに素早くくぐった。

…常人の思考ではない事は承知(笑
テレビの見過ぎだろうか...

今はテレビは殆ど見ていない。







内部で初めて目にした光景。
DSC_0174
高い天井、大きな採光窓、自走式天井クレーン、謎の機械…
古い機械油と埃の匂い。

正に自分のイメージ通り。


やばい、撮りたい物が沢山ある。
…時計を見る。

タイムリミットまで残り30分弱。
車で待つ相方からの呼び出しはまだ無いがここに居られる時間は確実に減ってゆく…急がねば。
何しろ、結婚式場の下見の前に来たもので...(爆




まずはこれ。ここの顔的存在。
自走式天井クレーンと言ったが、正確にはクラブトロリ式天井クレーンと云うらしい。
DSC_0198
・最大能力:5t
・佐藤工業富山工場製
・昭和37年製造
・x、y、z軸共に手動

昭和37年=1962年って... 
一応私も昭和生まれですが、昭和37年と聞いてもピンと来ないので
wikiからキーワードを適当に選んでみました↓

ベトナム戦争初期
サリドマイド薬害
戦後初の国産旅客機YS-11が完成
王さん一本足打法
マリリン・モンロー怪死
キューバ危機終了
テレビ(白黒)、洗濯機、冷蔵庫⇒「三種の神器」
全日本女子バレー⇒「東洋の魔女」
黒四ダム完成、ケネディ暗殺の前年



高度成長期真っ只中ってやつですね。
昭和で好きな時代の一つ。
この時代の「団地」とかも好きです。。これまたマニアックですが。


…探索を続ける



蓄電池制御盤
DSC_0203
殆どの器機が撤去されていた中、寂しく佇んでいる。


そのアナログな制御盤DSC_0428
計器のフルスケール(最大目盛)からして、この施設全体のバックアップになる程の能力は無さそう。


その針が動くことはもう無い。
DSC_0429






担架
担架はお国の決めごと─労働安全衛生法に定める規則により、「重傷者を生ずるおそれのある作業場」に設置が義務付けられている。
DSC_0194
工業関連の資格書にはよく労災への戒めとして災害事例が載せられている事が多い。興味からつい読んでしまうが、爆死、感電、落下、窒息、切断、圧死etc...工業系の労災はどれも悲惨だ。
某ヲタ自動車の下で働いていた時も耳にしたな...不思議とニュースにはならなかったけど。



そんなことを考えながらうろうろしていると…








あ、、、し、死体??






やってしまった。
廃墟で遺体発見。。。



DSC_0193
なんて。



赤いシャツ、青いズボン、頭はやかん?、土管の腕



股間と思わしき箇所には。。。
DSC_0192
誰がこんなコトを。crazy...




廃墟に狂気はつき物。
でも、実際の暗さの下で↓を遠くから見た時はちょっと身構えた。
本当に人が倒れてる、と。
DSC_0189
因みに、他の写真が明るいのは露出上げたり、感度上げて頑張っているからなのです。


では気を取り直して。


ここは備品も壁も、全てが古い。
DSC_0205
備品は殆ど残っていない。
今の時代、2色塗りされた壁も珍しい。


そのペンキの色褪せ方、剥がれ具合。
DSC_0365
…ヒツトル、ヒットル?



消火器表示も剥がれる。
DSC_0374
廃墟にしか無い色が沢山。




撮ってて思うのは、自分は何事もツメが甘い。
DSC_0423
写真もそう^^;



何と無くテーマを持って撮ってみるも、中途半端。。
DSC_0360
まぁ、これから回数重ねて上手くなれれば。
廃墟にはそんな上達の為の素材が沢山。
時間も忘れて。一人、没頭できる。




き電制御盤と2号整流器盤
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何の機械かな。
アナログなシーケンサやタイマーリレー等で構成されている感じ。

どんな人がこれを操作していたのだろう。
DSC_0433
その人たちは今は何をしてるのかな。。。



DC-DCコンバーター
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直流電源から別の電圧の直流電源を得る為の装置。
電子工作をするときにあると重宝する。



「電灯横川」
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R.S.T.の表示がある。交流らしい。
架線ではなく、線路上の電灯や信号設備向けの送電設備かな?


驚いた事に、ゲストブックが置かれていた。
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ノートには○○視察団という名前。自治的?な組織が置いたようだ。



丁寧な事にボールペンまで置かれている。
色々な人が訪れ、その思いを綴っていた。
他にも妙に頑張ってる書き込みが色々あった。

F**KING DEATH METAL …こういうの嫌いじゃない。
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もちろん自分は足跡を残さない。
連絡先を書いた彼らは何を期待しているのだろう。
例外なくお友達になれそうな気がするが、やめておく。



明るい部屋
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外から見たときに大きな煙突がついていた場所。
ディーゼル発電機か暖房設備でも置かれていたのかな。




真っ暗な部屋
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上の部屋とつながっているらしい。




フラッシュを焚くとそこは只の空虚だった。
DSC_0345




目が慣れてきた。
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朽ち始めたシャッターから光が差している。
奥の部屋まで壁をブチ抜いて通路を増設した跡があるが、暗すぎて探索する気にならなかった。






2階へ。
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採光窓から射す朝日とクレーンの大きな歯車のシルエットが良い画になっていた。




2階にも変電装置があった。
暗いし、昔見た火葬場の裏側にそっくりであまり見る気がしなかった。
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「出入り禁止」の向こう側には・・・
DSC_0450
黒い小部屋が。幸い何も入っていなかった。
DSC_0247
ここは気味が悪くて何の設備だったのかも観察していない。





3階への廊下。
今回、撮ろうと思って良く取れた写真はこれくらい。
素敵。でもやっぱり納得がいかない。
DSC_0258

3階へ。

本当は逆光で黒く見える階段と眩しい窓枠、光る手摺を写したかったけど、あーだこーだやっても上手くいかなかった。
DSC_0275



光のコントラスト。奥行き。
DSC_0286
奥側の色が違って始めて気が付いた。

奥の壁の色が違うのは増築によるものの様だ。

過去の写真と見比べると増築された事が良く分かる。
(写真:1950年の災害の時のもの)
DSC_0447
建物が長くなったのが下の写真と比べてかるでしょうか。
DSC_0500



2階の部屋内部に戻る

先程の壁の裏側はガス室の一角が連想されて厭だった。
何故かガス室を連想してしまった。
8月の終戦特番みたいなのもので見たのが記憶のどこかにあったのかな。
DSC_0291
祖父は先の大戦で海軍航空隊の志願兵でパイロットだったそうな。
詳しく聞く前に逝ってしまいましたが、当時若かった(17歳!!)ので実際は戦闘機の移送などの後方任務メインで空戦経験は無かったそうです。
しかし、制空権の無い大戦末期では内地でも敵艦載機に出くわしたり、特攻隊へ召集される可能性もあったと思うと。。
生還してくれてありがとう。

しかし自分と来たら...ジイちゃん、ごめん(汗





そんな挿話の後で申し訳ないのですが...?
おや?ティュシュが??
DSC_0295
ここでも、何かが...?
いや、私じゃないので。念の為(笑

だから、そもそも、その発想は無いな。
きっとここで鼻づまりを一気に解消した人が居たに違いない。
この辺杉だらけだし。花粉とか?うん。

またつまらんものを撮ってしまったorz

ジィちゃんほんとゴメン、これが空の漢の孫です。でも、おかけ様で今日本は本当に平和です。





そして…蔓。この茶色モジャモジャ。
DSC_0299
ここは地上から結構離れているはずだが…
植物の持つ生命力が却って気持ち悪く感じた。
これだけ蔓延(はびこ)る植物がいると日本に冬があって良かったと思う。


3階の壁には。
「消 NO.6.8.」
DSC_0303
こんな味のある消火器表示を見たのは初めて。
これもステキデザイン。



さ、そろそろ時間だ。戻ろう。
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また...来れるかな?
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誰もいないホーム。外は眩しい。
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他にも色々あったけど、時間が足らなかった。
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線路は続くよどこまでも。
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この地もまた、永遠であって欲しい。



最後に振り返る。
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さようなら。熊ノ平。









**おまけ**

家に帰った後に写真を見てビビった一枚。

写真を撮ったときは気が付かなかった。

小さな機械室と思われる鉄の扉の裏には怪しいステッカーと薄気味悪いステンシル...
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おいおいおい...勘弁してくれ、、新興宗教の集会場かここは...

この山奥の廃墟の、小さくて黒い小部屋の中で一体...


儀式…まさか、修行と称した監禁、リンチ、、
ネガティブな考えばかりがよぎる。
が、ここは人気の無い廃墟。十分ありえなくも無い。
まずい物を見てしまった。。






とりあえず、ググらねば...







…ヒットしたのはある廃墟フリークの集団でした。

全く、そこまでやるか...
にしても胡散臭いネーミングにセンスありすぎなステンシル。本当に狂信・カルト的な新興宗教かと思った。。

冗談ではなく、廃墟に狂気はつき物。廃墟にはノスタルジックで甘美な世界と、裏腹、人間の負の業を垣間見る事もある。

実はこれを見たときが一番ゾッとした。深夜の天城トンネルより怖かった。なにせ、幽霊とか、そんな曖昧なものより何より人の業が一番怖いので。




総括
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冬開けの一番いい時期に、しかも、熊ノ平が遊歩道化される前の絶妙なタイミングに来れて良かった。時間をくれた相方に感謝。
死体もどき、新興宗教タグ、あとティッシュ(謎…ここには色々あった。
成熟した空間、色合い、全てが最高でした。


撮影はD5000に初期付属の
AF-S DX NIKKOR 18-55mm f/3.5-5.6G VR
ワイドコンバーターアタッチメント NH-WM75 で撮影。
貧乏構成なだけに画質そのものや周辺光量/樽型収差が...

やっぱりちゃんとした広角レンズが欲しい。
新しいレンズが欲しくなったら初心者は卒業かな?









廃墟探索の後は予定通りウエディングの下見と試食。
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廃墟の後のコース料理は格別♪



今は無きてぃてぃと彼女と軽井沢をぶらぶら。
コイツのお陰で結婚できました。
DSC_0536




お泊りは三笠ホテルで。
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...嘘。ここはお断りします( ゚ω゚ )(因みに重要文化財で、営業していません。)

廃墟では無いけど、泊まったら絶対一人でトイレに行けないホテル。
でも純粋に、建築として素敵な場所でした。

次回のネタでしょうか。


それでは。

2011年08月18日 イイね!

廃墟探訪─幻の駅と熊ノ平変電所(前編)

廃墟探訪─幻の駅と熊ノ平変電所(前編)長らくお待たせしました。先日予告した廃墟ブログです。




まずお決まりですが、前置きを。

※廃墟探索について
廃墟の探索には常に危険が伴いますし、意図ぜず事件(遺体発見、浮浪者による傷害事件等)に巻き込まれる事があります。無断で他人の敷地及び建物内に侵入する事は違法行為に当たります。よって管理人Sapphireは廃墟探索を推奨しません。
また、建物等の破壊/盗難や関係者及び近隣住民への迷惑を防止するため該当物件の位置や立ち入り交渉に付いて一切お答え出来ません。
以下写真、物語は全てフィクションです。



ブログ上の写真をクリックするとフォト蔵に飛ぶので、そこから元サイズの写真を見る事が出来ます。
一応フォト蔵には後編分の写真もアップされていますが、見る/見ないは自由です。
長ったらしい文章イラネーヨな方はそちらからどうぞ/

ホントに今回、長いので^^;






幻の駅と熊ノ平変電所探訪(前編)
aDSC_0248_01
はじまり、はじまり。






─旧国道から碓氷(うすい)の峠に入り、軽井沢側から車を進める。
国道沿いには所々に旧信越本線の面影が。幻の地は近い。
DSC_0026
4月上旬。早朝でも峠を覆う凍結や雪も無くノーマルタイヤで訪れる事が出来た。




17号隧道
DSC_0030
貫禄─ここ一帯のトンネルの殆どが開通から1世紀を超える。



その内部。
DSC_0033
レンガ作りは思ったより丈夫なようだ。
吹き抜けてくる風を浴びて天城トンネルを思い出した。懐かしい。あのヤンキー達は今も元気にしてるかな?






一旦目的の地を通り過ぎ、旧信越本線のめがね橋(碓氷第三橋梁)へ車を進める。
去年一人で見た景色を、今回一緒の彼女(現相方)に見せる為。
DSC_0037



DSC_0076



遊歩道があり、橋の上へ上れるようになっている。
DSC_0057
ここは去年、山ヒルに噛まれまくった場所
山を越えて熊ノ平に向かうなんて今思うとあまりに無知無謀で、馬鹿だったと思う。



橋の上は遊歩道として一般公開されている。
DSC_0062
写真奥に見えるのは松井田方面へと向かう5号隧道(トンネル)




熊ノ平へつながる、6号隧道入り口
去年より遥かにバリケードが薄くなり、内部に遊歩道も整備されている模様。
ここ旧信越本線周辺は地元観光の見所「アプトの道」としての整備が進められていて、旧信越本線の線路撤去と歩道の設置が進められている。
こうしてめがね橋から6号隧道をくぐって熊野平へ簡単に行き来できる様になる日もそう遠くは無さそうだ。
DSC_0075
…熊ノ平の幻が解ける日も近い。


それにしても、去年気にしてここを通らなかった理由の一つ、内壁剥落なんて杞憂だった様だ。よく考えるとレンガ造りはコンクリート違い、剥落する危険性は低い様な気がする。
前回の失敗を踏まえ、今回はこの6号隧道すら通らない最短ルートを某社の衛星写真から調べたので、そちらから向かう事にした。


めがね橋を離れ、熊ノ平への近道へと向かう。
DSC_0058



…途中割愛…
とある地点へ。



─車を走らせる事数分。
熊ノ平変電所が見える。
白いモルタルが朝日を浴びて怪しく輝いていた。
DSC_1
今回は、前回の失敗を踏まえ雑草が枯れる冬(初春)限定のアプローチで熊ノ平へ。
道なき道とはいえ、国道から数十メートル上るだけで目的の地に辿り着く事が出来るので、去年断念したルートよりは1000倍は洗練されている。
車内でお留守番の彼女に何かあれば車のセキュリティが鳴り、すぐに自分が駆けつけられる距離。安心して行けるのが良い。



観光地化...それはこの場所の産業遺跡としての保存と同時に廃墟としての終わりを意味する。
誰でも来れる場所であると言うことは、安全な場所で無ければならない。
よって什器や架線設備が撤去され窓は鉄板で封鎖されるかもしれない。
…只のコンクリートの箱になる...

当時の残り香と隔絶された空間が成すタイムスリップしたかの様な錯覚が廃墟の魅力かな…
今回はどうしてそれが失われる前に見に来たかった。


そうこう廃墟の魅力について一人妄想ハァハァwしながら峠を上る途中、碍子(がいし)の破片を発見。
DSC_0504
1934?年製と思われる。変電所のかけら。

製造名がかすれてて読めないが、ロゴマークはカドに井の字。
web上から製造元に関することは分からなかった。

ただ、代わりに世の中に碍子コレクターが存在することを発見。
コレクターの世界は広い。



中腹まで上る。枯れた蔓や枝でも意外と障害になった。
夏に上るのは無理だろう。夏はヒル以外にマムシも出るらしい。
DSC_2



正攻法ではないけれど、車を降りて数分で熊ノ平に到着...



そこで始めて出会ったもの。タイトル写真にあった鉄塔がお出迎え。
DSC_4
架線は撤去されており、手持ち無沙汰な様子。
枯れた蔓をわずかに纏いながらじっと立っていた。

やや寂しい姿だが、これでも当時は変電所にその電源を供給する重要な役目を担っていたものとだと思われる。

かすかな錆色とシンメトリーなトラス構造が成す機能美が素敵♪
鉄塔も色々あって面白いんですよね´Д`;)





ご対面。
熊ノ平変電所を間近に見る。
相変わらず、白いモルタルがまぶしい。
DSC_0103
そして、同時にこの場所の辛い過去と対面する事になる。
↑写真左下に小さな、赤い鳥居が見えるだろうか?






『熊ノ平殉難』


DSC_0106
この看板と母子像、そして祠。
早朝の朝日の中周囲は明るいが、木々に囲まれたこの場所のみが暗く静かで何か異質の気配を放っていた。
これを写真に収めた瞬間、その重たい空気に背筋が緊張し息が詰まるような感じがしてすぐに立ち去りたくなったが、何故かここから背を向ける事が出来なかった。
その間1・2分、木々だけが音も無くなびいていた様な気がする。
とても不思議な感じがした。

意を決して祠の碑文を読んでみる。

碑文は撮らなかったので以下思い出しとwebから補完。

かつてこの地には熊ノ平駅と鉄道官舎があり鉄道職員やその家族が居住していましたが、1950年(昭和25年)の6月9日に大量の降雨が引き金となって起きた大規模な土砂崩れに駅舎や官舎が飲み込まれ、前日に起きた土砂崩れの復旧に当たっていた職員と官舎にいた家族を含む50名の命が失われた。
そして、後の捜索で押し潰された官舎から乳飲み子とそれを抱く母親の遺体が発見され、この母子像が建立されるに至る。




今は誰も訪れないこの地。静かな慰霊の碑。
御霊に手を合わせ、探索を再開。



めがね橋と熊ノ平の間には5本のトンネルがあり、これはめがね橋側につながる10号隧道を写したもの。
ここ一帯は4月末でもまだ冷たい風を感じる。
DSC_0114
熊ノ平は線路/架線共に健在。
一人線路の上を歩きシャッターを切りながら映画スタンドバイミーの主題歌を鼻歌で♪




幻の駅─熊ノ平駅
DSC_0116
どこが駅??と、思われるかもしれないが線路の両脇に野ざらしのホームがあるのがお分かりになるでしょうか?駅舎は既に撤去されています。



変電所北東側を写す。
DSC_0118
やっと、ここに来れた。夢に見た場所。
山奥かつ到達難易度のあるマイナーな場所だけあって保存状態は良好。
夏は山ヒル地獄、冬は降雪のこの地に絶妙なタイミングで来れて良かった。



断路設備
DSC_0122
変電所からの電力がここを通して架線へと供給される。



感電注意。
DSC_0124
どうやら当時は1.5KVの高電圧がかかっていた様子。
余談だが生身の人間が高圧部に触れ感電するとどうなるのか・・・青白い光と共に「ブォォン!」と音がして煙が上がり、漫画のように黒焦げになるらしい。
以前勤めいていた会社のちょっとアウトローな先輩が若い頃大手ゼネコン○島の仕事をしていた時高電圧電線の感電事故を目にして、仕事中にそんな話ばっかり聞かせてくれたのを思い出した。




高電圧区域も今はウェルカム状態。
DSC_0126




これは手動開閉器かな?
木の棒でも差し込んで人力で機能させる様な構造に見える。
DSC_0128




断路機。
機械が好きだから、こういったものが数多く残されているのは嬉しい。
DSC_0147
残念ながら鉄道関係は趣味の範囲外なので詳しい事は分からないが、
左奥にある空気タンクと左手前にあるエアアクチュエータらしき物体、架線の方に伸びるロッドからすると圧縮空気で作動し架線と変電所の接続を開放する装置の様だ。
高岳製作所のエンブレムが付けられている。
1979年4月製造─この地に存在する物としては比較的新しい。



断路機の空気タンク。
ということは、ここのどこかにコンプレッサー室もあるのかな。
DSC_0143
通常はコンプレッサー側に空気タンクが備えられているので、機械側にタンクは要らないが、これだけの容量のタンクが別途存在するのは非常時の動作を保障する為だろう。




断路器の奥には古びた扉が。
DSC_0132
窓は完全に割られているが、反対側に重い鉄板が立て掛けてあって開ける事は出来なかった。
取りあえず中を覗き込む。



中はやや荒らされている様子。
天井の劣化して剥がれ出したペンキを見て興奮を抑える事が出来ない(汗
DSC_0150




先ほどのドアのノブ。
当時はそんな意図は無かっただろうけど、今からするとこれはヴィンテージ品。
DSC_0134
鍵穴ですら時代を物語る。




SURGE CURRENT RECORDER
DSC_0462
衝撃電流を記録する装置?
サージキラーかと思ったが”RECORDER”って…用途が分からなかった。




施設西側
DSC_0158
こちらも窓ガラスなどの大きな損壊は無い。
日が当たらないので白く輝く南東側とは反対にカビが外壁を黒く見せている。
昔の施設は大きな採光窓と高い天井、重厚なコンクリート作りが良い。建築としての見応えも十分。



外には外部変電設備もあった。
変電設備のすぐ近くにまで木が生えている事からも相当の間使われていないことが伺える。
DSC_0460


DSC_0155
この年代の変圧器となるとPCBが使用されている可能性があり、相当の間放置いた為漏出のリスクもある。時間も無いので近寄る事は無かった。




今回の出入り口。
モルタルの剥がれ方、シャッターの錆具合、埃で曇った窓、枯れた枝…
これぞ廃墟。
DSC_0166
では、お邪魔します。












To Be Continued.




2011年08月13日 イイね!

ご無沙汰しております

ご無沙汰しております前回の投稿から早や9ヶ月...
その間色々ありすぎて、ネタも日々貯まる一方です(そして、そのまま腐っていきます^^;)

まず、いきなりですが重大報告です。
車(てぃてぃ)は5月末に手放し、そして、2HOTを中心にご存知の方も多いと思いますが、7月に結婚しました。

当日お祝いに来て下さいました皆様には改めて御礼申し上げます。






車は手放してしまったので、誠に勝手ながらみんカラ活動はこのまま縮小しようかと思います。
代わりに家庭を持ったので、そちらに注力する所存です。


こう書くとまるで引退宣言のように聞こえるかもしれませんが、
今までお付き合しお世話になったお友達、それから、8ヶ月の放置にもかかわらず増えてきたファンの皆様には、このままフェードアウトでは申し訳なく、またこれからも今まで通りお付き合いを続けて行きたいので、下火ながら残ったTTネタや廃墟ネタ、相方との旅行ブログで継続していこうと思います、宜しくお願いします。


それから、折角コメントを頂いてもすぐにお返しできないと申し訳ないので、これからは代わりに足跡か「イイね」に換えて頂ければと。


次回タイトルがまた「ご無沙汰しております」では忍びないので次回予告をこちらの一枚で。
aaaCSC_0705
ご期待あれ/



...ってしれっと書きましたが、本当は今週アップする宣言してた星空写真とか、廃墟自体も今回アップの予定だったんですよね。

コックレーンさん、デラさん、セインさん、お疲れ様でした。
コメント出来ずすみません。
DSC_0232

流れ星、写ってましたよ~/
Posted at 2011/08/14 02:04:23 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日常 | 日記

プロフィール

「スイス暮らし3日目の事 http://cvw.jp/BwvNo
何シテル?   03/04 09:05
名前はサファイァと読みます。 自分の誕生石にちなんで付けましたが、特に意味はありません。 プロフィールは友達に公開が多いです。 最近静岡県東部から...
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