
「んー、福岡ドームなら勝手が分かるんだけどな…」
福岡ソフトバンクホークスファンで、毎週の様に練習時間から福岡ドームに行って試合を観ていたという後輩と今いるのは東京ドームである。
私のオファーにのって福岡から東京に出てきた彼女は大好きだったホークスのホーム試合を観ることができなくなった。
しかし今回は彼女からマリーンズ対ホークスの試合を観たいという申し出があったのだ。
無理やりアウェイの試合に連れてきた訳ではない。実は私は千葉県民であり、にわか…というにはトウのたった千葉ロッテマリーンズファンである。もちろん彼女はそれを知っている。
私はそもそも野球が嫌いだった。父が野球が好き過ぎて、贔屓の巨人の勝ち負けで機嫌が変わる典型的な嫌な野球ファンであったため、プロ野球からは距離を置く様になったのだ。
しかし自分の息子から誘われて観に行った千葉マリンスタジアムのロッテホーム試合で、その応援に心打たれてしまった。
ホームならではの一体感に加え、敵チームの投手に応援でプレッシャーを与え、フォアボールを出させてしまうという今までの私の野球応援の枠を軽く飛び越えた千葉ロッテマリーンズのファンの並外れた結束力にメロメロになってしまったのだ。
そんな私のホーム試合に彼女が行きたいと言った。実は今まで何度か行こうかという話になったことはあるのだ。しかしお互いパリーグの試合で贔屓チーム持ち。
私がマリーンズの応援で、彼女がホークスの応援になる訳なので、一体何処で応援すれば良いのかと議論になり、球場に行くからには互いに全力で応援したいため折り合いがつかなかったのだ。
詳しくない方のために説明すると、プロ野球の応援は例外を除き、ホーム試合の場合、ライトスタンド、及びその付近がホーム応援席となり、そこでは主に攻撃の際に立って応援していい、という暗黙のルールがある。
普通は立って応援などすれば、後ろの人が見えなくなり迷惑この上ない訳だが、その周辺にいる人は全員が立つことを強制(笑)されるため、誰にも迷惑がかからない。むしろ座っていると奇異の目で観られる。
逆にアウェイ側はレフトスタンド側に陣取り、同様に攻撃時に応援を行う。
つまり彼女と私は一緒の球場にいてもレフト側とライト側の真逆の席で応援することになる。真剣なファンであればあるほど、そうなるのだ。
だから「何処に座るのか」が大事になるという訳だ。
そんな同僚の彼女が、
「(ひでエリ)さん、7月にあるマリーンズのホーム試合、一緒にバックネット裏で応援しましょう、そして球場は東京ドーム。我々のためにある様な試合です、是非!」
と提案してきた。
確かにそれなら双方の中立地帯である。球場が千葉マリンスタジアムでないのも今回に限っては確かにいい。年に数回しかない東京ドームのホーム試合。ただ互いに気兼ねなく応援は出来るが、立てないし歌をうたったりは無理そうだ。
「周囲5m以内に俺より大きな声を出せる奴はいねぇ」と常々思っている私としては非常に残念ではあるが、話の流れから致し方あるまい。
それよりも今まで何度も議論して、同じ球場で一緒に野球は見れないですよね、と言っていた彼女が今回、真剣に応援出来ないという前提を理解しつつバックネット裏、それもアウェイで、一緒に野球を観たいという思考回路になったのかが知りたかったが、それを問うと
「まあ行ってから話しますよ」
と思わせぶりな反応なのだ。
あっという間に当日がやってきて、我々は何時もは座らない、見慣れない席に陣取った。
「バックネット裏どうやって行くんですか?うーん…」
そして冒頭につながる。
試合が始まった。アウェイのホークスが先攻である。マリーンズの先発は涌井。マリーンズファンとしてはエースの投入で負けるわけにはいかない。
得てしてエースの投入の場合は両チームエース対決となる。玄人好みの点差僅少の締まった試合になるケースが多く、試合展開が楽しみである。
と、思って観ていたのに、なんとホークス1の熱男、松田に先頭打者ホームランを打たれてしまった…。彼女は大喜びである。
さて…ご機嫌も良いところで、今回なぜ改めてバックネット裏でまでアウェイの試合を俺と観たくなったのか、そこを説明してもらおうか。
「ちょっと待って下さいよ!こんなにいい展開で話なんか出来るわけないじゃないですか。あっ、内川フォアボール!ワンアウト1、2塁ですっ!」
ちっ!今年のホークスは神がかって強い。そのままメジャーに行けば良いのにと思うほどだ。柳田とアゴが3番、4番なんて、最強にも程がある打線だ。ここは何とか涌井と捕手の田村に頑張ってもらうしかない。
「あっ!中村何やってんだ!ダブルプレーじゃないか…」
ふふふ、何とか1点で乗り切った。不安が残る立ち上がりではあるが1点で済んだ。バッテリーと内野守備陣に感謝するしかない。
件のことを話そうと思ったが、ホークスは武田が先発、今度はマリーンズの攻撃で1番の神脚荻野がバンバン進塁し、3塁まで行ってしまった。今度は私の方が話せる精神状態ではない。結果としてはナバーロが三振となり2アウト1.3塁という絶好のチャンスをモノに出来なかった…。くぅっ…。
試合は締まった良い展開だが、マリーンズの打者は低めに集まるホークス武田の投球にキリキリ舞いさせられてしまい全く点が取れる気配がない。フォアボールや送りバント、盗塁などで何とか得点圏までランナーを進めても肝心なところで一本が出ず、点が取れない。
今期、好投しているエース涌井を何度も見殺しにしてしまう展開があったが、今回もその様相である。エースの宿命というには余りに可哀想である。単なる勝ち負けの星数だけではないと、ファンだけでも理解してあげたい。
7回表にカニ座なのかそうじゃないのかよく分からないカニザレスとかいうホークスの選手がタイムリーで1点を追加した。
ホークス3-0マリーンズである。
充実しているホークス投手陣を考えると残り3回での逆転は…手に汗握る…とはマリーンズファン的には言えなくなってきた。
おい、7回裏のマリーンズの攻撃は観なくていいから、ちょっと裏に出て話そうぜ。
と彼女に告げた。自分の攻撃応援を潰したのだ。悔しい…。対して彼女は上機嫌で応じ、一緒にベンチを立って売店に行き、彼女は烏龍茶と焼きそばを買った。
さて、話してもらおうか。俺は球場テレビも観ない!
「はははっ!今日はほぼイタダキですね!」
ぐぬぬっ…。私は下唇を噛むだけで何も言い返せない…。
「実は…私、会社を辞めようと思います。」
んっ?そりゃ何でだ?
私が福岡から引っ張ってきた、という責任を何となく感じているので彼女の面倒は陰ながら見ていたつもりではあった。
怪しい気配はなくはなかったが、そこまでの素振りはなかったのだが…。
「いつ話そうかと考えていたのですが、やはり(ひでエリ)さんとは、球場が良いのかな、と思ったんです。」
そんなことは良いから、理由を教えてくれよ。
「はい。実は妊娠してまして…」
えぇっ!
おかしいと思ったのだ。
他人の披露宴で酔っ払ってコケて脚を挫いてしまうくらい酒飲みの彼女が、球場に来て勝ち試合でビールを飲まない…何故だと思っていた。
そういうことだったのか…。
相手は誰なんだ?福岡の親御さんには連絡したのか?
そもそも実直な娘で、厳格かつ古風な九州の価値観の家柄で育てられたことが容易に想像できる人柄だった。
「相手は(ひでエリさん)の知らない人です。でもご想像の通り、ウチの家族とは揉めに揉めています。順番が違うと。そんなことをする娘に育てた覚えはない、今すぐ帰って来い!と母親が激昂しています」
笑顔と話す内容が一致していない。
今すぐ帰るとしてもお腹の子はどうする、もちろん産むのだろう?
「はい。彼とは話して結婚することにしたのですが、ウチの両親が許さない!と怒っているんです。」
まあそうだろう。箱入りとまでは言わないが、地元福岡で1番優秀な大学を出して24まで実家で育て、東京に出して3年で相手から挨拶も無く妊娠…となれば、私が親でも怒鳴りはするかもしれない。
「まあでも産んじゃえば可愛くない祖父祖母はいないと思いますし、その点においては私、自信あるんです。」
なんとも強い。こんな図太い神経の娘だったか。自分はどうあれ産まれてくる我が子は愛されるに違いない、愛するに決まっている父母なのだと確信している。
「でもやはり、挨拶もなくこんな事になってしまった事については両親に申し訳なくは思っているんです。なので、次男の彼に話をして、一緒に福岡に帰ってくれないかと頼んだんです。」
そういうことか…。
「はい。そういうことなんです。ごめんなさい、報告が遅れてしまって。再来月には福岡に帰ります。この会社に呼んでくれて本当にありがとうございました。3年間、とても楽しかったし出逢いもありました。
私の人生としては重要な転機だったのだと思います。この3年間に悔いはありません。胸を張って福岡に帰りたいと思います。」
そうか…。今日のマリーンズの試合展開レベルで何も言えない。とても優秀な彼女を失うことは大変残念なのだが、こればかりはどうにもできない。物理的な距離があり過ぎるうえに人生の選択にはクチを出せない。
複雑な思いで応援ベンチに戻ったが、ホークスは追加点1点で都合4点、マリーンズは無得点という散々な結果で試合を終えた。
トボトボと球場を後にすると、やたらと元気で吹っ切れた様の彼女が言った。
「元気出してくださいよ!明日もウチとなんできっと勝てませんけど、マリーンズ、多分3位にはなりますよ。CSで勝負しましょう!」
そ、そうだな…い、いや明日は勝つ!
「悪いことばかりじゃありません。これでまたホークスのホーム試合が観れるようになるし!」
それはお前の良いことだろう…?
そして彼女の予言通り、CSで2.3位としてホークスとマリーンズは対決し、全くイイトコ無しでマリーンズは今シーズンを終えた。
彼女の人生は応援してやりたいと思うものの、少しだけ悔しい、心の狭い私だった。
すでに彼女は福岡の地だ。
きっと元気な子供を産むに違いない。
彼女とその家族たちが幸せでありますように。
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ということで、一部のマリーンズファンつながりの方からのリクエストに応え、マリーンズ系妄想を起こしてみました。
半分くらい本当で、半分妄想です。
残念ながら試合展開は本当のものです…。