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2013年07月14日

下総・常陸・川越・東京(3日目その1・水戸駅周辺の史跡)

この日は、早朝から水戸駅周辺の史跡めぐりです。
水戸黄門と助さん格さんの像です。
水戸黄門で知られる徳川光圀は江戸幕府を開いた徳川家康の孫にあたり御三家水戸藩の第二代藩主です。
藩政では人間尊重の立場に立ち、常に庶民に対する思いやりの心を忘れず、また大日本史の編さんや文化財の保護に意を用いるなど大胆な文化行政によって平和時の英雄とも評されました。
明治以後光圀を主役とする諸国漫遊記の類が創作されたのはこうした光圀の心を汲みとったものと考えられます。
黄門というのは昔朝廷から任命された中納言のことで、その中納言は他に何人もいるのに水戸黄門といえば光圀を指すようになったのはそれだけ光圀が天下に有名だったからです。
お供の助さん格さんは佐々介三郎 安積覚兵衛がそのモデルといわれ共に大日本史編さんに尽力した学者です。
三人がそろって旅したことはないが光圀の命で介三郎らが史料収集のため全国を旅しているのでそれが漫遊物語に発展したと考えられます。
水戸黄門 助さん覚さんの像は、平成5(1993)年2月、水戸駅北口再開発事業を記念して光圀誕生の地に隣接する水戸駅前に建立され、中央が水戸黄門左が助さん右が格さんをイメージしています。(現地説明板などより)
水戸黄門、助さん覚さん像
水戸黄門、助さん覚さん像 posted by (C)pismo

義公生誕の地・水戸黄門神社〔義公祠堂〕です。
水戸が生んだ不朽の傑人「水戸黄門光圀」(義公)は初代水戸藩主頼房(徳川家康の第11子)の第3子で寛永5(1628)年6月10日家老三木仁兵衛之次の邸に生まれました。
母は谷氏(靖定夫人)といい義公の生誕を前にこの屋敷に一粒の梅の実をまきました。
義公生誕とともに芽生え、成長とともに育ち、寛文7(1667)年義公40才の春ここに賞花の宴を催し「朽残る老木の梅も此宿のはるにふたたびあふぞ嬉しき」と詠みました。歌に生母への思慕の情がうかがわれます。(現地説明板などより)
生誕地跡には水戸黄門神社として光圀公を祀っています。
義公生誕の地・水戸黄門神社 - 1
義公生誕の地・水戸黄門神社 - 1 posted by (C)pismo

義公生誕の地・水戸黄門神社 - 2
義公生誕の地・水戸黄門神社 - 2 posted by (C)pismo

義公生誕の地・水戸黄門神社 - 3
義公生誕の地・水戸黄門神社 - 3 posted by (C)pismo

義公生誕の地・水戸黄門神社 - 4
義公生誕の地・水戸黄門神社 - 4 posted by (C)pismo

水戸東照宮は、徳川家康(東照公)を主祭神とし、徳川頼房(威公)を配祀する神社です。
元和7(1621)年、水戸初代藩主徳川頼房(威公)が徳川家康を祀るため、眼下に千波湖を、遠く日光筑波の連峰を観望する景勝地の霊松山に社殿を創建奉斎しました。鎮座地名は、元禄12(1699)年、2代藩主徳川光圀によって「常磐山」に改められました。
明治8(1875)年県社に列せられ、昭和11(1936)年、水戸藩祖徳川頼房(威公)を配祀しました。
社殿は権現造総極彩色で華麗を極め旧国宝建造物に指定されていましたが 昭和20(1945)年8月戦災に依り焼失し、昭和37(1962)年9月境内を整備して現社殿を復興しました。昭和41(1966)年7月、神社本庁より別表神社に加列されました。
境内には徳川頼房が奉納した銅灯籠,徳川光圀(水戸黄門)が造らせた常葉山時鐘,徳川斉昭の考案による、安神車(戦車)などが現存しています。(現地説明板などより)
水戸東照宮 - 01
水戸東照宮 - 01 posted by (C)pismo

水戸東照宮 - 02
水戸東照宮 - 02 posted by (C)pismo

水戸東照宮 - 03
水戸東照宮 - 03 posted by (C)pismo

水戸東照宮 - 04
水戸東照宮 - 04 posted by (C)pismo

水戸東照宮 - 05
水戸東照宮 - 05 posted by (C)pismo

水戸東照宮 - 06
水戸東照宮 - 06 posted by (C)pismo

水戸東照宮 - 07
水戸東照宮 - 07 posted by (C)pismo

水戸東照宮 - 08
水戸東照宮 - 08 posted by (C)pismo

水戸東照宮 - 09
水戸東照宮 - 09 posted by (C)pismo

藤田東湖生誕の地です。
水戸藩第9代の藩主徳川斉昭(烈公)を助けて藩政改革に尽力し、また「弘道館記」の草案を書き、「弘道館記述義」等を著して、藩校弘道館の創設に大きな足跡を残した側用人藤田東湖(名は彪)は文化3(1806)年3月16日、父幽谷の長男とし生まれました。
生誕の地は、寛政8(1796)年父幽谷の代に、藩から与えられた屋敷地で敷地内には、私塾青藍舎があり、東湖は、そこで父から学問を受けて成長し、また、江戸へ出て剣術や槍術の修行なども積みました。
この地は、昭和26(1951)年藤田家から水戸市に寄贈され、現在は駐車場(かつてはみと好文カレッジがあった)の敷地となっていますが、「藤田東湖生誕の地」の碑と、東湖産湯の井戸跡が残されています。(現地説明板などより)
藤田東湖生誕の地 - 1
藤田東湖生誕の地 - 1 posted by (C)pismo

藤田東湖生誕の地 - 2
藤田東湖生誕の地 - 2 posted by (C)pismo

藤田東湖生誕の地 - 3
藤田東湖生誕の地 - 3 posted by (C)pismo
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Posted at 2013/08/20 23:57:04

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