その日、私はベッドの上で痛みに耐えていた。エアコンの
冷房を全開にして部屋を冷やしているにも拘らず、全身が
汗で濡れていた…。
それは4日前、深夜の自宅での惨劇だった。
「ダン!ダン!ダン!…ドッカーン!!!」
突如、戦場の様な爆音と震動が家を揺らした!!
「ううううぐぐぐぅぅぅぅ~~~……」
暗闇の中に響き渡る呻き声が、尋常ならざる事態を告げていた。そして、その周りで蠢く複数の眼
が怪しく光り続けていた…。 ※ 詳細は→ “
ココ” 参照
翌日、未だ引かない激痛に、仕方なく医者に行った。 右足小指と肋骨と尾骶骨にヒビが入って
おり、更に右半身の打撲と筋違いが判明した。
「暫くは安静にして下さい」
反射するメガネレンズの向こうで、冷酷な眼差しのまま、医者が冷たい声で全治3か月と言った…。
その夜。右半身を湿布と包帯で覆われていた私は、しかし余りの痛みに目が覚めた。とは言っても
起き上がる事はおろか、首を少しも動かす事は出来ない。
「くそ! よりによって、こんな時に!!」
私は痛みに耐えながら、しかしそう叫ばずにはいられなかった。この週は仕事もさることながら、プラ
イベートでも重要なスケジュールが詰まっていたのだ! ≪仔猫の里親への挨拶≫、≪次期愛車探
訪(新型バイク試乗会) ≫、≪ラーメンオフ≫、≪飲み会≫、そして…。
私は、5分位をかけて起き上がると、既に効果の薄れた湿布を取り換えた。
「ふー! しかし何としても明後日迄には、少しでも歩ける様にならねば…」
そう自分に言い聞かせ、痛みを無視するようにそっと目を閉じた…。
そして当日。相変わらず激痛に襲われてはいたが、何とか歩ける位には回復していた。
「何とか、行けるかな…」
そう判断し、今日の予定は何としてもこなそうと決断した。私の身体の中で熱い血潮が蠢き出した!
何故なら、これからが本番だからだ。
「ヨシ!」
と、一つ気合を入れた私は布団を捲り、ゆっくりとだが確実に起き上がると、赤みを帯びた西日が
射しこむバスルームへと向かった。全てを脱ぎ捨て、少し熱めのシャワーを浴びる。そして、頭の中
でこれからの行動予定を反復した。
まずタクシーを呼ぶ。ハイヤーはこの前使ってエライ損した気分になったから今回はナシだ。そして
そのまま贅沢にも虎ノ門に行き、煌びやかな会場の中をシャンパングラス片手に、セレブの波を掻き
分け泳ぎ廻るのだ。
「ふーっ」
と、バスタオルで濡れた頭を拭きながら考えを整理し、目の前の鏡に映る自分に言い聞かせる。
「大丈夫だ!全て上手くいく!」
自分への視線を外す事無く軽めのオーディコロンを、その強靭な肉体の左半身に擦り込んでいく。
右半身には、これでもかという位のバンテリンを塗り込むのも忘れない。勿論今日という日は全身
勝負服だ。まず、怪我の回復が遅れている為ノーネクタイにして、代わりにChristian Diorでオーダー
メイドした桜吹雪Tシャツに袖を通し、スーツはAOKIのSizeMax(大きいサイズ)の2ボタンとした。
靴下はPOLO RALPH LAURENのPony Trouser Socksを選び、靴は悩んだ末STEFANO BEMERの
Monk Straps Calfskinのモカにした。おっと、忘れちゃならない、勿論勝負パンツは、カタクラの絹の
赤褌だ! その全てを身に着けると、段々と心が引き締まっていくのが分かる。
最後にROLEX Daytona Everose goldを左手首に付け、身も心も大人の男になる儀式を完了させ
た。洗面台のヘリに左手をつき、もう一度鏡に映る自分の顔を睨みつける。その顔は明らかにこれ
からひと勝負する一人前の男の面構えになっていた。しかし、その右肩は未だ襲いかかる痛みで
小刻みに震えていた…。
予め呼んでいたタクシーは、しかしまだ来ていなかった。先程運転手から、もうすぐ着くとの連絡
が来ていたのだが、自宅の近辺にタクシーの気配は無い。
「おかしいな…」
私は携帯を取り出すと、先程掛かって来た電話番号を選び通話ボタンを押した。2コールで電話に
出た運転手に、今何処に居るのか聞いた。
「す、スイマセーン! 少し迷ってまして、多分近くには行っていると思うのですが…」
とその時、自宅横の道にタクシーの気配がした。急いで道まで行き手を振った。しかし、タクシーは
止まる気配も無く、目の前を走り去った。
「ん?違ったか…」
と思ったが、私が呼んだタクシー会社のクルマだったので、再度運転手に連絡した。
「どうした? 今、ウチの近く通らなかった?」
と聞くと、運転手が申し訳なさそうに言った。
「す、スイマセン! 今、チョット怖い人が立っていたので、遠回りする事にしました」
一瞬他人事だと思ったが、詳しく聞いたその人相が、私の良く知っている人物に酷似している事に
気が付いた。
「…って、それが、ワシじゃぁぁぁぁ!!!」
私が優しく運転手にそう言い伝えてから、2分後、無事タクシーに乗り込み行先を告げた。運転手
は震える手でシフトゲートをDレンジに入れると、恐る恐るといった動きで車を走らせた。暫く車内は
通夜の様に静まり返っていた。私はもう怒っていないにも拘らず、運転手の放つ緊迫感は尋常では
なかった。私は少し運転手が可哀相になったので、努めて明るく話し掛ける事にした。
「そう言えば、〇〇って、△△に住んでいるんだよね~」
「ほぇ~!そーなんすか!!」
「□□って、この前××で立ションして捕まったんだよ!」
「ほぇ~!そーなんすか!!」
等と、他愛無い会話を続けたが、暫くして、運転手の返答が
「ほぇ~!そーなんすか!!」
しか言っていない事に気が付いた。
「コイツ、本当に俺の話聞いているのかな?」
と言う訳で、ちょっと試した。
「ところで明日の天気はどうなってるの?」
「ほぇ~!そーなんすか!!」
と、あっさり聞いていない事が判明した!
「ゴルルルルァァァァァァ!!! テメェ、人の話聞いちゃいねーだろ!!」
「あわわ、あわわ。あわわのわ!!」
と、更に運転手の手が震えた頃、ようやく前方に一際巨大な建造物が見えて来た。今回の目的地
である、虎ノ門ヒルズ森タワーだった…。
ゴージャスな車寄にタクシーが停まると、
「釣りはいいよ!」
と言って、さりげなく諭吉氏を1名渡し、降りようとした。そのとき、運転手が申し訳なさそうに言った。
いや、別に礼はいらないよと言おうとしたが、運転手は、
「あ、あのう、た、足りないの、で、ですが…」
と言った。みるみる熱くなる顔を懸命に堪え、追加で英世氏を数人渡し、慌てる素振りを見ない様
心掛け外に出ると、ドアマンが駆け寄り降車を手助けしてくれた。
「オーバル広場って何処?」
すると、ドアマンは優しく案内してくれた…。
丁度、世のサラリーマン達の退社時間と重なった事もあり、フロア内は行き交う人々で溢れ返って
いた。その波を縫うようにゆっくり歩いて行くと、目の前に大きな案内板が見えて来た。
“McLaren launch event”
そう、大きなバナーに書かれていた。
私はゆっくりと、そのバナーの下へと歩を進めた…。
つづく!
※尚、この日の模様は、愛車紹介ベントレー ターボR フォトギャラリー
内の→ “
ココ” にありますので、どうぞご覧下さい!