レオとレナさんのブログで歴博(大阪の民博が世界を扱うのに対して歴博は日本に限定)のことを知ったので行ってきました
平日でも結構人が多くて人気の程が知れます、入場料はJAF割引で800円とはバーゲンプライス、3時間ほどの滞在では全く駆け足だから1〜6展示室を3分割で3日かけて回るぐらいの感じの分量です
今回は写真たくさんあります、文献などは写真撮影禁止ですが、展示品(ほぼレプリカ)は写真撮影可であったので、
縄文時代は犬もタンパク源だったらしい、犬も現代になるまで進化してきたということなのかもしれません
有史依頼の主な噴火や地震、これらに比較すると近年の自然災害はまだレベル的にはかわいいものかも知れない
遠目に見るとシンプルなのですが、古代の鏡はめちゃ細かいデザインが施されています
カナ文字の書き方の変化、容易に想定できるように人は常に簡略化を目指すというのがわかります
おそらく大和朝廷時代の蝦夷に対する柵、多賀城と秋田城が拠点だったようです
昔も宮使いというのは手順の世界、いろんな申請書があったらしい
隋の時代を参考に当時の大和朝廷が採用した官位の一覧、宮崎市定さんの『九品官人法』に詳しい
当時から官庁は過重労働だったらしい、偉くなれば別かも知れないけど
現代での東国と西国では文化が違うけれども、その起源みたいなものか
信長に滅ぼされた朝倉家(一乗谷)の模型
戦国時代は花押(サイン)が印であったので、これは信長のものだろう
江戸時代になると、御朱印状という名の通り印鑑文化に変わっていったんだろうと思う、サイン必要な数が増えたからかもね
これほどクッキリした庚申塔は初めて見た、近所のはだいたい地蔵のようなものが掘られてる
幕末の志士含めて、当時の名のある人は顔が良いね、気骨を感じる
比婆山あたりが出てたので、
ミリク行列(西表島の祭り)でこれは西洋人を模してる面らしい、
カッパの呼び名も日本全国で変化するとは初めて知った
古来村落の境には魔除けを設置するのが通例、会津でも似たようなもの見た記憶、でこれは福島田村市に伝わるものだと
今はほとんどやらないかも知れないけど一升餅、当時(1982年)一歳ならまだ50歳手前だね
葬儀の列、今も全国どこかでは残っているスタイルかも知れない
農家の労働時間、1600時間など論外の世界で倍働いてる、
女工哀史の時代、既に中学生から働いていたから、本家イギリスの児童労働と大差無い
炭鉱労働者の年齢構成、こちらも似たようなものかも知れない、現代ならカニ漁船は月に給与千万円とかいうけど、当時はそんな訳はない
時が現代に近づいて、年代不詳のポスター、でも戦後ではあるだろうと思う -> 調べると昭和の初期らしい、既存のものは大概わかる時代
時代背景の知れる薬局の看板
現代ならメード喫茶みたいなもの、美人局と書いてるけど
見たところ貧農というわけではなくて平均的な農家だっと思われる
唯一の娯楽かも知れない紙芝居、森下貞三さんは紙芝居の先駆者らしい、しかし昔はどこにも子供がこんな感じで溢れてたんだよね
今ホットな原油精製で算出される製品、
これ子供の頃見たことあるよ、今なら差別商品扱い間違いない
赤胴鈴之助とかもうこの時代になると経験領域
歴博に併設されてる植物園にも寄ってきた、サクラソウの特集が開催されてました
いつもの燃費画像、走行300Km未満、渋滞そこそこ(アクアライン分岐、横浜町田)多かったので燃費28Km/L超
Posted at 2026/04/25 17:00:09 | |
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