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Nuk-P@RailStarのブログ一覧

2026年01月17日 イイね!

失地回復、兆しアリ?

失地回復、兆しアリ?2023年の冬、私がMX-30をマイカーに迎え入れる決断をした瞬間に運命付けられたのが、フリースタイルドアと呼ぶ特殊なドア形式との付き合い。この個性派SUVの象徴ともなっている、いわゆる観音開きタイプの前後ドアのことですね。

その当時、11年ぶりのRE搭載車復活に現を抜かしていた私にしてみれば、たとえこのドア形式に実用上の懸念があったところで、他に選択の余地はなく、少々のことは我慢する覚悟でいたのです。ところが、我が家におけるこのクルマの位置付けは…CX-3に代わる嫁さん専用車。そんな事情など知らず、突然MX-30を押し付けられた嫁さんや家族にとって、必然性や合理性に欠けるこのシロモノは、従来から慣れ親しんだドア形式に比べ、ただただ扱いに困るものでしかありませんでした。

前ドアを開けない限り、後席にアクセスできないトリッキーさ。常用する家族は観念して少しずつ受け入れてくれたとしても、都度問題が露呈するのはゲストの乗車。娘のお迎えでお友達を乗せてあげる時、通院の送迎で義父母を一緒に連れ出す時。初見の人には戸惑いでしかなく、それを強いる私たちには申し訳無さでしかなく。とりわけ狭所でのドア開閉の面倒さは閉口モノで、結局この煩わしさが決定打となってファミリーカーとして失格の烙印を押され、私の2ndメインカーにコンバートされたのは記憶に新しいところ。
つまり・・・今から3年前、相応の覚悟を持って所有に踏み切った張本人のメインカーですから、本来収まるべきところに収まったことにはなります^^。

その歴史的コンバートから早3ヶ月。
家族に不便を強いる引け目からもようやく解放され、私はこの個性的なPHEVとどう向き合い、蜜月関係を築いていくか、試行錯誤を始めています。その傍らで、常に議論の的となってきたフリースタイルドアは出番が激減することから無関心を装い、”可もなく不可もなく”のスタンスを貫くつもりでした。

しかし
週末の土曜日、土砂の詰まったブリキ缶を旧宅に運び出そうとしていた私に、ふとアイデア(神のお告げ)が。

コレ、フリースタイルドアが活かせるかも?

いつもなら積載スペースに余裕のあるビアンテで運搬するところ、あいにく6ヶ月点検を終えて実家車庫に収めたばかりでして^^;。

というわけで、いざ積んでみれば・・・画像の通り。
ビアンテよりフロア高が低く、重たいブリキ缶の上げ下ろしは明らかに楽だったし、BピラーのあるCX-3よりも積み下ろしの導線上は幾らか有利だったと思われます。(残る1台のRX-7は…助手席シートに載せるしかないので比較の対象外 笑)

なんだ、意外にやれるじゃん。

と、すっかり気を良くした私。
こうなったら、フリースタイルドアが光りを放つピンポイントなシーンをとことん発掘してみるか・・・と思い直したところで

そもそもこの心境、「Rotary-EV」という珍種なシリーズハイブリッド車に対する酔狂者の開き直りに極めて近いことに気付き、一人苦笑してしまいましたとさ^^;。
Posted at 2026/01/18 00:28:54 | コメント(2) | トラックバック(0) | 隠れ家のMX-30 | 日記
2026年01月11日 イイね!

我が子の視点

我が子の視点今日は娘の成人式でした。
(なにもこんな荒れ模様の天候にならなくてもねぇ…)

土曜出勤明けの休日ながら、私は朝からフル回転。市内の美容院に始まり、駅前商店街の和装店、そしてバイパス沿いの成人式会場と、半径2km以内の自宅送迎をこまめに繰り返し。
途中、待機していた線路沿いのビル風があまりに破壊的で、吹雪のなかクルマがユッサユッサと揺れ続ける特別体験までオマケで付いてきましたが、さすがに7年落ちのスタッドレスタイヤに三が日以来の出番が回ってくるほどのオプションは用意されておらず(笑)。

なんて詳述していくと、今回のお供を務めたのがビアンテだったのは明らかですね^^;。

もちろん、ビアンテ起用の表向きの理由はシンプルで、晴れ着を着た娘の乗降が容易だから。スライドドアと高い全高によるアドバンテージは圧倒的で、RX-7は当然として、SUVのCX-3やMX-30も全く寄せ付けません。
ただその一方、娘の成長を彼是17年以上も見守ってきたマイカーであるからこそ、最も本日の登板に相応しいとも思えるわけでして^^。

会場裏手の駐車場で式典が終わるのを待ちながら、私はふとビアンテの三列目シートに座ってみました。

子供たちが幼児期から中学生くらいまで好んで座ってくれていた最後列の席も、最近ではほぼ乗用として活用する機会はなくなっています。

私自身はミニバンで育った世代ではないので、家族ドライブで座るのはいつも助手席でしたけど、我が子たちの定位置はまさにココでした。
移動中はすぐ前の二列目に座るお母さんにアレコレお世話をしてもらい、偶に一列目のお父さんとルームミラー越しのコミュニケーション。それ以外は天井モニターの映像を注視しているか、そうでなければおやすみモードでしたね。

ん?

私のクルマ好きが子供たちに継承されなかった決定的理由はコレ?(爆)
2026年01月10日 イイね!

あれから35年

あれから35年3代目のRX-7(FD3S)をⅣ型→Ⅴ型と2台乗り継ぐ私。

1991年10月にアンフィニRX-7として新型RX-7が発表された頃、私は東京で独り暮らしの身でした。その翌月、幕張の第29回東京モーターショーで大勢の人垣を掻き分けながら辿り着いたマツダブースの雛壇の前。ルマン24時間レースで優勝したマツダ787Bの勇姿と、ヴィンテージレッドが眩いFD3Sの艶姿に甚く感激したことは、35年が経過した今でもハッキリ覚えています。

ただ当時、1.6LエンジンのFF車・エチュードで駆け出しのカーライフを送っていた私は、いかに話題騒然のFD3Sであっても、全く触手を動かすことはありませんでした。というか、ロータリーエンジン車を自らの保有対象として想定することはまだなかったのです。奇しくも私が国内耐久レース観戦に明け暮れていた時期。毎周毎周、レーシングロータリーの孤高のサウンドに陶酔していたコアなREファンだったにもかかわらず…です。

おそらくは・・・
私がその当時熱を上げていたサーキット走行会では同じ1.6LクラスのNAロードスターやBFMRファミリアをライバルに奮闘中でしたし、まだまだ自身のドラテクにも向上の余地があったことから、マツダを代表する本格スポーツカーのRX-7に畏敬の念を抱きつつも、現実的に愛車として迎えたいという気持ちは殆ど芽生えなかったのです。いうならば「いつかはロータリー」程度の感覚だったわけですね。

しかしその後、予期せぬ激震が走ることになります。

1996年、バブル崩壊で経営危機に陥っていたマツダが米国フォードの傘下企業となり、外国人社長のもとで不採算部門をドラスティックに切り捨てていきます。タクシーやバス事業から始まったその魔の手は、やがてマツダを象徴する技術であるロータリーエンジンにまで及び、その存続が危ぶまれる事態となってしまったのです。

んなバカな!

「いつかはロータリー」の漠然とした思いが突然断ち切られてしまうばかりか、私をコアなマツダファンへと誘ったロータリーエンジンの開発から撤退だなんて、到底看過できるはずがありません。私は居ても立ってもいられず、無謀にも決断したのです。

とにもかくにも
ロータリーエンジンの新車販売に貢献せねば!

そんな一途な思いに駆られた私の前に、選択肢として残されていた唯一のRE搭載車が、FD3S(Ⅳ型)でした。
もしこの時、新車購入できるRE車がユーノスコスモだけだったら、私は喜んで人生初のAT車を受け入れたでしょうし、仮にセダンタイプのクルマしかなかったら、若者に似つかわしくないジャンルでも迷わず手を出したことでしょう。でも有難いことに、そこには私を人生初のFRスポーツの世界へと誘う魅惑の"REベストピュアスポーツカー"が待ち受けていたのです。

こうして1997年の年初、衝動的にⅣ型の購入に走り、いちRE車オーナーの立場から、ロータリーエンジンの動向に関わる様々な報道に一喜一憂するようになった私。
そこにビッグニュースが飛び込んできたのは1998年の12月。RX-7のマイナーチェンジの発表でした。開発中止の暗い噂を掻き消しただけでなく、サーキット走行時の大幅な性能向上を図った良心的対策のオンパレード。サーキットでⅣ型の熱ダレに手を焼いていた私にとっては二重、三重の意味で朗報でした。逆風の状況下ながら果敢にRX-7の進化を世に問うたマツダの心意気にも応えなければと、すぐさまⅤ型へのスイッチを検討開始したのは言うまでもありません…。

というわけで
これが私と2台のFD3Sの馴初めであり、ロータリーエンジンとの波乱万丈のストーリーの一部でもあります^^。

ちなみに、そのⅣ型とⅤ型の車歴はなかなかに好対照だったりします。Ⅳ型は3年間で6万kmを走破し、初回車検を受けることなく放出されたのに対し、次のⅤ型は通算12回も車検を受け続ける展開に。奇しくも、こちらは26年間で6万km到達ですからね^^;。
また、Ⅳ型は渋めのシルバー色をまとって大人のスポーツカーの雰囲気を志向していたのに、次のⅤ型ときたらボディ色といい派手なステッカー群といい・・・(苦笑)

いずれにしても、37年間に及ぶ私のカーライフで、その約8割にあたる29年間をFD3Sと過ごしてきたわけですから、これはもう浅からぬ関係というほかありません。
ステージ上でスポットライトを浴びるヴィンテージレッドのⅠ型を眺めたあの日、自分がFD3Sとこんな蜜月関係を築くことになるとは…全く夢にも思いませんでしたね(^^)。

以上、

「3代目RX-7誕生35周年記念講演」および「3代目RX-7特別展示」のイベント内容そのものよりも・・・会場で約20年ぶりにWW2メンバーが7(+1)名も大集合したことに感激してしまった、本日のマツダミュージアム土曜特別開館のひとコマでした。
Posted at 2026/01/10 23:05:28 | コメント(2) | トラックバック(0) | 隠れ家の趣味
2026年01月03日 イイね!

口は災いのもと

口は災いのもとつい先日、ビアンテが履くスタッドレスタイヤを前に、雪道の経験は数度しかない"保険"のような存在だと言い放ったら・・・

来ましたよ、積雪15センチ(笑)

正月2日、完全なドライ路面の往路を経て嫁さんの実家に辿り着いたと思ったら、それを合図にしたかのように降雪が始まり、夕方には子供たちと雪だるまを作って遊べるほどの積雪。私たちがつい数時間前に通ってきた山陽自動車道の上り線も、ノーマルタイヤ車のスタックで通行止めになってしまったそうで…( ゚д゚ )。
そして
今朝起きてみるとご覧の通り、一面の銀世界です(クルマ周辺は雪掻き済み)。場所が広島市の山間部ゆえ、偶に降雪には出くわしますが、ここまで急速に積もってしまったのは初めて。

備えあれば憂いなし、とはいうものの・・・

なんで8年落ちのスタッドレスなの?
とか、
そもそもなんでAWDのCX-3でないの?
とか、

ツッコミ処満載の正月帰省となったわけです。

まぁ…でも仕方ありません。
RX-7を除く3台のマイカーがスタッドレスタイヤ装着済みでしたが、お土産に防寒着、そして4人分のお泊り荷物を飲み込めるマイカーは、このビアンテしかいなかったもので…^^;。

とはいえ、真新しい新雪をガシガシ踏みしめて進まなければならないスペシャルステージ区間は、三桁国道に合流するまでの数分間だけ(^_^;)。
合流後はウェット状態になった2本の轍をひたすらトレース。時折り出現する橋上部の白い路面にヒヤヒヤしながら、昼過ぎに平野部まで南下。ここで夕方まで買い物で時間を稼いで、山陽道下りの事故通行止めや冬タイヤ規制が順次解除されるのを追いかけるようにして、スイスイと周南まで帰宅しました。

結局、終わってみれば、8年落ちスタッドレスタイヤのハンデが露呈する危機的な場面もなく、一面の銀世界から無事に生還。
ただ、私自身が雪道に不慣れな点を差し引いても、(残り溝は十分ながら)賞味期限を過ぎたようなタイヤに家族の安全を託し続けた三桁国道の走行は、決して快適なドライブではなく、余分な緊張を強いる苦行ですらありました。

新年のカーライフの抱負でも言及した「純正17インチアルミ+新品スタッドレスタイヤ」、これが最後通告だと受け止め、今シーズン中に調達しておこうかなぁ^^;
Posted at 2026/01/03 20:52:24 | コメント(3) | トラックバック(0) | 隠れ家を脱出 | 日記
2026年01月02日 イイね!

2026年のマイカーライフ

2026年のマイカーライフたしか・・・
昨年も同じようなタイトルで新年ブログを認めたものの、終わってみればまさかまさかの連続でした。
箱入り息子だったMAZDA3が放出され、代わりにCX-3が2年ぶりに復活。その裏でMX-30がブラウンルーフをまとってガレージに鎮座…と、1年前には全く青写真を描いていなかった交代劇が勃発したのですから。
かといって全くの青天の霹靂だったわけでもなく。胸に手を当ててみれば、其々に微かな予兆があったのも事実^^;。そこに、当初は5台体制復帰を目論んでいた私自身のトーンダウンが絡んでしまい、一気に激震へと発展したわけです…。

斯様に先の読めない、気まぐれな私主導の我が家のカーライフではありますが、昨年同様に現時点での展望を述べておきたいと思います(^o^)。

まずはなんと言っても、5年ぶりに顔触れが変化したインナーガレージ組から。ブログ冒頭を飾った2台のメインカーが、私の2026年の趣味人活動の中心となるのは間違いありません。
まもなく27年目に突入するRX-7は外装モディファイが一旦完成し、昨秋には美祢や岡山に出没。依然として機関好調なことから、引き続き地方のクルマイベントにギャラリーとして駆け付けつつ、今後の競技参加や車両展示など新たな活動の方向性を探っていきます。
一方のMX-30は、ガレージ充電器横のベストポジションを得たので、"レンジエクステンダー付きEV"的なRotary-EV独自の立ち位置を極めるべく、本格運用を開始します。近距離走行への適性はとっくに実感済みなので、中・長距離をカバーする単独遠征の機会を与えながら、走行モード設定や経路充電の是非を見極めていきたいところ。
あ…でもその前に、12Vバッテリートラブルの原因究明が急がれますけど^^;。

続いてはカーポート組。我が家の生活と家族を支える愛すべきファミリーカーたちですね。

第6代の嫁さん号として再び迎え入れたCX-3に関しては、方向性は至って明確。普段の買い物用途に加え、時に義父母の通院サポートカーとして、時に帰省時の子供たちの足としてプラスαの役割をきっちり果たせるよう、機能の拡充や日常メンテナンスに万全を期していきます。もちろん、我が家初のAWDの本領発揮にも期待がかかります。
これと対照的に、少し役割を見直すのが三列ミニバンのビアンテ。我が家の長距離ツアラーだったアクセラXD/MAZDA3の相次ぐ放出でポッカリ空いたこの領域に、我が家随一のピープルムーバーを復活登板させていきます。但し18年の車齢を考慮し、私一人での単独遠征や、バッテリー負担の小さくない近距離走行はMX-30でカバー。また、紫外線対策として実家の車庫保管も継続します。あ、そうそう…純正17インチアルミをスタッドレス用として復活させるプランも、今年こそは。

というわけで
(今回も)正月時点では最も手堅く現実的なプランを想定したつもり。果たしてうまく転がっていくか否か、そのカギを握る存在、換言すれば台風の目となるマイカーは、今年もおそらくMX-30 Rotary-EVでしょうね。

あ、ただ…予兆というか余白の部分にも、意識できている限りで先に触れておくと・・・

程度極上なベリーサ(orレビュー)に遭遇したら思わず触手が伸びてしまうかも(爆)。
Posted at 2026/01/02 16:51:18 | コメント(7) | トラックバック(0) | 隠れ家よりご挨拶 | 日記

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小学生の時代に到来したスーパーカーブームがほぼ終わりかけた頃、極めて身近な存在だった国産車、とりわけ強烈な個性が滲み出る'50s~'60sの旧車に強い興味を持っ...
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