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モモのすけのブログ一覧

2015年04月10日 イイね!

日産プレセア(PR10)のカタログゲット

“全身 センス”や“美の国のクルマ”というキャッチコピーで時の世の女性を魅了した、日産プレセアのカタログをオークションにて無事入手する事が出来ました。
以前にマイナーチェンジ後モデルのカタログは持っていたのですが、私自身が所有していたマイチェン前のカタログは結局手にする事がなかった為、これは嬉しいですね。


当時はX80系マークⅡやT18系カリーナED等、背の低い流麗なボディラインの3ボックスハードトップ車が一世を風靡する時代(バブル期)で、猫も杓子もこういった粋な車を所有する時代でした。


私も例に漏れず、自分の買える範囲でプレセアの中古を購入していました。
この車は女性に人気の高いモデルで、随所にこだわりポイントを持つ車でした。


車体前後のオーナメントには日産のCIマークは使用せず、プレセアのPの字をあしらった七宝焼きのものを使用。
ボディーカラーによってオーナメントの色も変えるといったこだわりもありました。
そして当時の日産車にはプレジデントにしか用いられなかったという、車名ロゴを1文字ずつ別々に装着するという、いかにも高級車然とした配慮なんかもあり、オーナー心をくすぐるものでありました。



ちなみにプレセアの先代の車は?と言えば、私はてっきりスタンザだと思っていたのですが、どうやら違っていたようでした。
正しくはローレルスピリット(笑)だったようです。
ローレルスピリットはお世辞にも褒められた車ではなく、ベース車のサニーに専用グリルやオーナメント等をあしらった、なんちゃってローレルだった訳で…。
プレセアは多分、そういった黒歴史を払拭する意味で投入された新機軸であると信じて疑いません。

実際プレセアは居住性能はともかく、室内や室外はサニーベースとはいえ全くの別物に仕上がっています。


シート形状、インパネ、ボディの随所を見ても、誰もサニーだとは思わないでしょう。
それもそのはず、全てがイチから専用に設計されたものだからです。
ベースとなったであろう、B13系サニーは1.3L~1.8Lのグレード展開だったのに対し、プレセアは1.5L~2.0Lとワンランク上の設定となっており、実際ドアの閉まる音なんかも別格でした。



もっと大事に乗っていたかったのですが、クソ元嫁によって買い替えさせられた事が今もって悔やまれます。
今所有していたとしても、修理に次ぐ修理で破産寸前だったかも知れませんが、それでも天寿を全うするぐらいには乗ってやりたかったですね。
3ボックスハードトップ車が一部高級車を除いてほぼ廃れてしまった今、またこういった形状の車が当たるのではないか?と密かに考えてみたりもします。
Posted at 2015/04/10 13:20:37 | コメント(1) | トラックバック(0) | 過去の愛車たち | クルマ
2011年12月02日 イイね!

私の車歴~原点回帰編~

私の車歴~原点回帰編~最近、車関係からすっかり脱線しっぱなしだったので
久々に本筋に戻ったブログを書こうかと思います。

木目調パネル、一戸建て購入等ですっかり散財させられた私たち。
さすがに車のない生活は、大阪府内といえど
私の住むこの片田舎では不便極まりない状況でした。
『贅沢を言わず、私の選択に任せる事』
これを嫁に約束させ、いざ車選びです。

実はもう、この時点で選ぶ車は決まっていました。
そう、この当時の嫁の前の嫁が乗っていたセルボモードです。
本当はSR-Fourという4気筒DOHCターボが欲しかったのですが
このモデルのみ5速マニュアル車しかラインナップにはなく
嫁の免許はAT限定…。
やむなくSRターボという1ランク下のグレードを選ぶ事としました。

このセルボモードという車は、バブル期に開発・発売された豪華仕様の軽で
SR-Fourに至っては
・チルト&テレスコピックステアリング
・シートベルトアジャスター
・ガラスプリントアンテナ
などの、当時の軽ではあり得ない装備が付いてました。
私にとって、この車もまた『宝石のギッシリ詰まった宝石箱』でした。

肝心の走りについても、SR-Fourについては
4気筒ツインカムという特性を十二分に活かしたもので
静粛性に優れたエンジンでありながら、シャープな加速(1速で引っ張るとシートに背中が張り付く)
そしてしなやか、かつ豪胆なハンドリングが身上の車でした。
タイトなコーナーも難なく突入可能で、ボディ剛性も全く不満を感じさせない優れものでした。

しかし、それはSR-Fourでのお話。
というのは冗談で、SRターボもなかなかの性能の持ち主でした。
SR-Fourまでとは行かないものの、この当時らしいドッカンターボは
運転する楽しさを十分味わわせてくれる仕様でした。
特に、私の購入した中古のSRターボは色々とチューニングを施してあったようで
恐らく、現在の軽ターボ車なら軽くチギれそうな性能を誇ってました。
この車を売っていたディーラーの兄さんが、納車の帰りに
「楽しんで下さいね(ニヤリ」と言った意味は、その数分後に理解できました。


しかしながら、発売から10年は経過していたので
色々と不具合も出まくってはいました。
セルボモードの致命的欠陥とも言える塗装の弱さは、洗車好きの私を泣かせました。
ルーフ、リアスポ、ボンネント…これらの部位は、もれなくクリア塗装が
まるで日焼けした背中みたいにペリペリとめくれ上がり
内装もコーナリングや段差の度にミチミチと建てつけの悪そうな音を発していました。
そしてスズキ車の持病ともいえるドライブシャフトの位置の悪さが災いし
シャフトブーツは簡単に破れ、グリスだだ漏れ状態となり
修理後もステアリングを切る度、ゴリゴリと物凄い音を立てるようになりました。

私個人はそれほど気にもしてなかったのですが、またしても嫁が言うのでした。
「乗ってて不安になる」
「遠出が怖くてできない」
日本の車なめんなよ!そんな簡単に壊れたりするかぁ!
などと説得しましたが、テコでも聞き入れる様子はありませんでした。

結局、その数ヶ月後に美中古のムーヴへと乗り換える事になりました。

セルボモードも今となってはターボモデルは入手困難な車となり
今にして思えば、車庫を借りてでも置いておくべきだったと反省しきりです。
また機会があるのなら、是非乗ってみたい愛すべき車です。
Posted at 2011/12/02 10:31:33 | コメント(2) | トラックバック(0) | 過去の愛車たち | クルマ
2011年11月12日 イイね!

オート三輪(軽三輪)の世界

オート三輪(軽三輪)の世界昨日投稿した日記に登場した
所謂“オート三輪”に触れるうちに
オート三輪や軽三輪についてもっと知りたくなり
自分なりに調べてみました。


くろがねオート三輪(上:くろがね号、下:ニュー・エラ号)


くろがねという会社は、日本内燃機株式会社という社名でスタートした
言わばオート三輪の草分け的な企業です。
(学習机のくろがねとは別物です)
その後、社名を日本内燃機製造株式会社→日本自動車工業株式会社と改称し
最終的には自社ブランドのくろがねを用いた、東急くろがね工業株式会社としたそうです。
しかし、戦後の放漫経営のツケにより1964年(昭和39年)倒産したようです。

ダイハツ



言わずと知れた、現在のダイハツの源流である発動機製造メーカーです。
東京のトーハツと双璧を成す、大阪発動機(初期のマークは大阪城をモチーフ)ですね。
戦前から戦後にかけては、くろがね同様、バイクの後ろにリヤカーをくっつけたような
非常に割り切った構造の簡素なものが主流でした。
その後、ミゼットに代表されるキャノピー付のものに代替わりし
そして4輪の一流メーカーへとステップアップを果たしました。
戦時中は、後部荷台部分に機銃を取り付け、軍用としても重用されていたようです。

マツダ


創業者・松田重次郎氏の姓から取ったものを社名とした
言わずと知れたロータリーエンジンの草分け的存在です。
画像2枚目のオート三輪はかなり売れたモデルのT-2000型で
年配の方にはかなり懐かしい画像ではないでしょうか。
私が幼稚園~小学生の頃は、これがまだまだ現役で走行してました。
ダイハツ、くろがねと共に日本のオート三輪の三大企業として頑張っていたようです。

番外編
フジ・キャビン



フジ・キャビンは、富士自動車(現在のコマツユーティリティ/富士重工とは別物)が1955年に発表
1956年~1957年の二年間に85台のみ製造した、前2輪・後ろ1輪の小型軽三輪です。
ボディをフルFRPとした車両重量もたったの130kgしかなく(250ccバイク並)
女性でも軽々と持ち上げて方向転換させている映像を見た記憶があります。

女性でも楽々運転可能で、低価格のフジ・キャビンでしたが
商業的には大失敗に終わり、僅かな台数を生産するだけに終わってしまった背景を
Wikipediaには以下のように記されています。
(以下、Wikipediaより抜粋)
価格は23万5,000円で、2人乗りの自動車としては廉価ではあったが、操縦性や乗り心地が悪いうえ、ベンチレーションが悪く、夏はひどく暑くなり、冬になってもヒーターがないという実態は、まったくの「屋根付きスクーター」に過ぎなかった。新素材であったFRPでのボディ生産技術が未熟で、乾燥工程を要するため量産性も悪いという根本的課題を抱えており、悪路の多かった当時は、ショックを自ら受け止めるモノコックのFRP車体にクラックも多発、メーカーはこれによるクレーム対策にも追われた。
生産性や商品性に問題が多かったことは否めず、結局フジキャビンは、十分な量産体制を確立できないまま、翌1957年12月までに85台を生産して製造中止された。半成品のFRPボディが数十台分残り、用途もないため大部分が破砕されたとされる。鋼製サブフレーム上にFRPボディを乗せ、エンジンも強力な物へ変更する、より堅実な構造への改良も検討されていたが、試作には至らなかった。


当時の日本(昭和30年代前期)は、まだ高度経済成長とは程遠い時代であり
一般家庭が1台ずつマイカーを所有できる時代ではありませんでした。
そんな時代だったからこそ、軽便で安価なモデルを各社がこぞって開発していたのであり
現在の一人1台というのが珍しくない時代からすれば、まだまだ立ち遅れた感は否めません。
その後、政府を挙げての国民車構想という考え方が本格化を始め
スバル360やトヨタパブリカといった低予算で買える車が出現していったのでありました。

日本ならではの小型車構想やオート三輪から派生した様々なモデルはその後
日本に大きなモータリゼーションを巻き起こす事となり
日本は世界に冠たる一大自動車産業王国となったのでありました。
そこまでに至った背景には、オート三輪に始まった自動車製造の技術の底力や
試行錯誤、紆余曲折を経て進化する系譜が布石として大きな役割を果たした事は
言うに及びません。
これからも日本の自動車産業は、世界を牽引する頼もしいリーダー的存在で居続ける事でしょう。



Posted at 2011/11/12 09:01:02 | コメント(3) | トラックバック(0) | 過去の愛車たち | クルマ
2011年11月01日 イイね!

私の車歴・番外編~木目調パネルが及ぼしたもの~

私の車歴・番外編~木目調パネルが及ぼしたもの~前回のブログにて、前嫁の散財癖について多少触れました。
レガシィやら家やら、随分と贅沢をさせてしまった訳であります。

実は、車関係ではレガシィだけじゃなかったというのが
今回のお話です。

タイトル画像にもある、この涙目な軽自動車。
これは超マイナー車種、“アルトC”というモデルです。
この車にまつわる事を書きたいと思います。

レガシィに気を良くした前嫁(離婚済み)ではありましたが
当時まだ免許を取得して1年を経過しない、いわゆる初心者でした。
レガシィは5ナンバーサイズとはいえ、サイズの限界ギリギリの大きさ。
初心者には長すぎて、扱いにくかったようでした。

そこで、私にこう言うのでした。
「セカンドカーって必要やんね?」
私の主たる移動手段は原付で、通勤は電車。
休みの日が嫁とは別々とはいえ、車はそれほど使いません。
「いらんやろ。俺は原付乗りやしな」
こう言ったのですが、嫁の頭の中は既にセカンドカー購入の事で
いっぱいのようでした。

その日を境に、レガシィの時と同じく
車買え攻撃が怒涛の如く始まったのでありました。
恥ずかしくて誰にも相談出来ず、毎日泣きそうでした。

 
私が最初に結婚した頃、最初の嫁が乗っていたのが
セルボモードという、実にバブリーでよく出来た軽でした。
(この話に散々出てくる前嫁は2度目の結婚で一緒になった人)
今一度あの車に乗ってみたい…そんな希望もありましたので
「ボロで良ければ、セルボモードとかはどう?」と聞いてみたのですが
返事は「新車がいい!」でした。
我ながらこの時、よくドツキ回さなかったものだと
自分の辛抱強さに感心したのをよく覚えています。

レガシィを新車で買い、今度はセカンドカーまでも新車をねだりますか…。
さすがに私にそれほどの金銭的余裕などありません。
嫁がパートで働いてローン返済するという約束で
仕方なく軽の新車を買うという話になりました。
(結局、初回のローンしか嫁は金を払いませんでしたが…)

いきなり新車というのも色々と諸経費が高くつくので
登録落ちの、いわゆる新古車を探す事にしました。
色々とディーラー巡りをしたところ、某スズキのディーラーにて
上の写真のアルトCを見つけました。
見た目は何ともエキセントリックな面構えで、正直複雑でしたが
嫁が購入に踏み切ったきっかけとなる因子が、車内にあったのです。

  

これです。
レガシィにも求めた、“木目調パネル”です。
これが決め手となり、アルトCに決めたのでした。
当然、値引き交渉をかなり強引に押し進め
何とかかなり安い価格に落ち着きました。
しかし、ちゃっかり嫁は木目オプションを追加していたのでした。
(パワーウインドウスイッチパネル等)


このアルトCという車
全車ターボの単一グレードという、分かりやすいモデル展開で
ミラジーノに通ずる、言わばネオクラシカル路線のモデルです。
メッキグリルやメッキドアハンドル、それ以外にもメッキを多用し
クラシカルな中にも高級感を併せ持つ、そんなお嬢様モデルです。
その他にも、オートエアコン、両席エアバッグ、パワステ、パワーウインドウ、ABSと
装備もてんこ盛りのゴージャス仕様でした。

肝心の走りについてはどうか?
この車種に搭載されるのは、SI(スーパーインテリジェント)ターボという
ネット60馬力のもので、街乗りを主体に開発されたものだそうです。
実際に何度か運転してみましたが、これ、ターボついてんの?ってぐらい
ストレスの溜まる走りっぷりでした。
低速も中速も高速も、どこにもターボの効いた感覚はありません。
ただひたすら遅いです。
一応ターボの「ピィィィィ」って音はしてるようですが、加速に反映されません。
嫁も買った後でブリブリ文句たれまくってました。

さて、その後に勃発した『家ほしい病』は
このアルトCにも弊害を呼び起こすのでした。
住宅ローンの審査はかなりシビアなもので
他にローンを抱えていて通るほど甘くはありません。
当然、ローンの残ったアルトCは審査の弊害となってしまうのでした。

その数日後、アルトCは中古車センターに引き取られて行ったのでありました。
購入後、わずか3ヶ月の事でした。

キャッシュで買えるボロ車だったなら、2台とも処分せずに済んで
車無しの生活を強いられる事もなかったのに…。
本当に疫病神としか言いようのない前嫁でした。
今、一人で暮らしていて、本当に幸せであります♪
Posted at 2011/11/01 19:44:30 | コメント(2) | トラックバック(0) | 過去の愛車たち | クルマ
2011年10月31日 イイね!

私の車歴~木目調パネルに憧れて~

私の車歴~木目調パネルに憧れて~プレセアにもっと長い間乗っていたかったのですが
鬼嫁の攻撃には逆らえず、車探しの日々が始まりました。

嫁(既に離婚済み)は何かにつけ、デラックス趣向でした。
免許も取得して1年未満なのに、プレセアは運転しづらいだの
内装がチープだの(ほっとけ!)、ケチのつけ放題でした。

ならば、高級感漂う車にすればいいのだな?の問いに
「木目調パネルは必須でしょ」とのたまう。
あくまで木目“調”であり、本木目とは違うというのに
見た目の美しさが全てのようでした。

プレセアの事しか頭になかった私だったので、正直気乗りしませんでした。
言われるがまま、ディーラー行脚について行くだけでした。
色々見た挙句、結局どれがいいのか尋ねると
「スバルのフォレスターがいい」と言います。
フォレスターの中でも、最上級グレードのT-tb(ターボ)でなければ駄目との事。
理由を問うと、「木目調パネルが標準装備なのが、このグレードだけ」だとか。
(オプションでパネルだけ替えりゃいいのに…)

ディーラーで見積りをして貰ったところ、予算をかなりオーバーするようで
さすがに無理してまで買い換えるというのに難色を示していると
嫁が展示してあるレガシィをまじまじと眺めていました。
すかさず営業マンが「これはもうすぐフルチェンジします。在庫処分車なんです」と言う。
いくらになるか計算して貰うと、フォレスターより遥かに安く出来るとの事。

嫁もレガシィの内装(木目バッチリ)や足元の広さに感動しまくっていて
「これにしよ!」と宗旨替えした様子。

晴れて、レガシィが次なる愛車となった訳でした。

スバルでもレガシィは、上級グレードに位置する車だけあって
ボクサー4エンジン搭載のフルタイム四駆という素性を差し引いても
そこそこ高級感のある内装であり、静粛性もなかなかのものでした。

そして、何よりプレセアとは全く対極を行く車でありました。
水平対抗4気筒2.0リッターのツインターボエンジンは
ATながら260馬力を叩き出すモンスター仕様であり
数々のレースやラリーで培ったノウハウがふんだんに活かされた
性能が裏付ける、私には持て余し気味のスーパーカーでした。


しかし、そんなスゴイ車をいつまでも維持出来るはずもありませんでした。

今度は家が欲しいと言い始める嫁。
私はめまいを覚えました。
家を買うにあたって、色々と物入りとなり
とてもレガシィなど所有してる余裕などなくなってしまいました。

結局、このレガシィも売り払ってしまいました。
買ってわずか1年弱の事でありました。
物欲まみれの嫁となど、決して一緒になってはいけないと思いました。
(既に離婚済みですが)
 
Posted at 2011/10/31 20:00:00 | コメント(1) | トラックバック(0) | 過去の愛車たち | クルマ

プロフィール

「亀田製菓のいんてりすなっくのCM。真ん中の俳優さんはビーバップハイスクール三作に出演、演技指導された伝説の殺陣師さんですhttps://www.youtube.com/watch?v=qI_f8Mjsk70
何シテル?   09/29 18:39
軽フリークからプログレオーナーへ。 そしてまた軽へと原点回帰。 お金に余裕のない生活してますので、内装弄ったりステッカー貼る程度です。 それでいいんです。...
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