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2016年02月27日

1981年のレパードのカタログ

1981年のレパードのカタログ しばらくぶりに特集を手掛けてみようと思います。
お題は、こうした取り上げ方からは、とても分析の難しそうな初代レパード。

何せ、相当な力を入れて開発し、それこそ鳴り物入りでの新登場。大きな期待を背負っていたはずが、ライバルとの巡り合わせが何とも悪く、結果は悲しいとしか言いようがない状況で終わったクルマです。

その経緯は、レパード単体だけに留まらず、同時期の日産の上級車全体に影響を及ぼしたのではないかと思えたりするわけなのです。

もっとも、モデル自体は決して悪いものではないという点では、見直してみるのに好都合という考え方もありますね。


そんなこんなで話を進めていってみます。

このレパード、ベースシャシーは910ブルーバードのロングノーズ版ということですから、その前代となるブルーバードの6気筒版に触れないわけにはいきません。

ブルーバードがブルーバードUだった時代に追加されたのが初となります。
この追加、「当時のライバルだったコロナやマークIIが2000を搭載していたため、2000の搭載を検討。当時は4気筒の2000がなかったため、やむを得ず6気筒となった」説や、「当時の大人気車だったスカイラインGT的存在をブルーバードにも求められた」説等があるようです。GTとGT-Xというグレード設定的にも、スカイラインを意識していたのは間違いないところでしょう。

ところが、思ったほどの成績とはならなかったため、次代となる810ではG6シリーズに名称変更。今度はどちらかというとローレルに近い存在となります。(登場の順番は逆ですが)メダリスト的な豪華内装のFシリーズや4気筒1800のG4を追加した後期は、その印象が強くなります。
ただ、こちらも成功作とは呼べない状態でした。

ここで日産は、ブルーバードは4気筒に絞った方が得策という判断をしたのでしょう。910は成功作だったことや、次代のU11では復活したことからすれば、輸出には設定のあった910の6気筒を3度目の挑戦で国内導入しても良かった気もするのですが、結局910の6気筒版は輸出のみとされました。

その910の6気筒版の代わりに国内専売で設定されたのが、このレパードとなるわけです。



・・・ということで、ここからカタログを紹介していきます。
実はこのカタログ、登場して1年ほど経過した1981年9月発行と書かれているのですが、1981年8月に登場したターボ追加時の一部改良が反映されていないのが謎だったりします。



初代レパードのコピー「自由に何を賭けるか。」が大きく描かれています。
その上の賭け人には、ブルーバード810のCMキャラクターから転じた、加山雄三氏。レパードがブルーバードの上級車種ということからすると、栄転という見方もできますね。ちょうど、この時点でコロナのCMキャラクターだった長嶋茂雄氏は、翌年マークIIのCMキャラクターに栄転。この辺り、よく似た関係となります。
ちなみに、この時点で氏は44歳でした。

半ば余談ですが、氏がCMキャラクターを務めていた同時期のドラマや映画には、合わせたかのように両車が登場していることが多かったりします。


右頁には、「自由な存在」を主張するレパードのフロントマスク。
スペシャルティーカーとハイオーナーサルーン、それらは明らかに異なる領域だったのですが、レパードはそのどちらにも属せる初の存在でした。その点では確かに自由な存在だったのです。

目を惹くフードルーバーは、ターボ追加以前では2800のみに設定されていました。







S110シルビア以降、430セドリック/グロリア、910ブルーバードと好評を続けていた日産車の最新作でしたから、そのスタイリングは、斬新さにあふれていました。

大きく傾斜したフロントマスク、ボディと一体型の大型カラードウレタンバンパー、キャビンを後方に伸ばしてショートデッキとしたプロポーション、そのキャビンをぐるっと取り巻くAピラー以外を隠したウィンドーの処理、サイドからリヤウィンドーにかけての絞り込み等、そのデザインは時代を超えています。ほぼ同時期に登場した60マークII、C31ローレルと並べてみると、新しさがさらに際立ちます。このデザインは、モデル末期まで古さを感じませんでした。
あえての指摘としては、シャシーを共用する関係で、ややトレッドが狭く見える点が惜しいくらいでしょうか。

こちらは、おそらく主力と想定されていたであろう、4ドアハードトップ。
このウィンドー処理前提のためか、この時代の日産の4ドアハードトップとしては例外的にセンターピラーを備えていました。





こちらはもう一つのボディタイプとなる、2ドアハードトップ。
このノーズの長さには、長いフロントドアが似合う感があります。

こちらもロングキャビン&ショートデッキで、2ドアの新しいプロポーションを提案しています。他車ではあまり見られない位置にカラードのBピラーを配して、その個性を謳っています。





順番を入れ替えて、そのスタイリングが解説されている頁を前出し。
「空力が母体」と書かれています。
この時期、各社が競っていた空気抵抗係数は0.37。当時としては、十分なアピール効果のある数値でした。





最上級となる280X・SF-Lのインパネです。

縦・横共に十分な寸法で存在を主張するセンタークラスター部分は、同時代のC31ローレルやR30スカイラインとは異なるデザインであり、910との近似性を感じさせます。もっとも、メーターバイザーをコンパクトにまとめた上半分の造形はレパード独自のデザインです。上段のパッドは、本革風の意匠とする等、品質感も上々。ここでは、スペシャルティーカーの趣味性とハイオーナーカーの豪華さの両立と最大級に褒めてみます。




このメーターは、オールデジタルが認可されず、仕方なくサブメーターのみデジタル化したという噂がありました。噂の真偽は不明ですが、見方によっては現代のマルチファンクションメーターの考え方に近いと言えまして、このまま進化させるのもありだったように思います。

警告灯が増える中では、メーターバイザー内の限られたスペースに収めるのは難しくなる一方ということで、インパネ中央部に横一線に並べるというアイデアが生まれています。こうすれば、メーターバイザーがコンパクトにできるという構図です。このアイデアは好評だったようで、後のS12シルビア/ガゼール、U11ブルーバード等で同様のデザインが踏襲されています。







シートマテリアル3種。
最上級のSF-Lは、本革シートが標準装備。
これまで、オプション設定の形で本革を採用するクルマが増えつつあったものの、標準装備はおそらく初ということで結構な驚きでした。

高級車=モケットというのが標準的な認識だった時代に、ワインレッドやタンの本革という提案ができたのが当時の日産の凄さですね。登場当時こそ好き嫌いが分かれた感がありますが、徐々に本革=高級という認識が浸透していくこととなります。

SF-Lでは、後席3人分のシートベルト、さらに左右席は3点式を備えます。これは、当時の日本車の設定としては珍しいものであり、もしかして輸出の想定があったのかな、などとつい推測してしまったりします。

本革以外は、2ドアと4ドアでシート地が分けられていました。
SFとCFでは、2ドア:モール糸平織・4ドア:モケット、Fでは、2ドア:スーパーソフトビニール、4ドア:トリコットという具合です。
SFとCFでは、一部ボディカラーにおいて、レッド内装にグレーのシート地という、後にC32ローレルやR31スカイラインで見られたカラーコーディネートが取り入れられていました。

全体として、シート地を問わず、パーソナルカーとして説得力のある趣味のいい内装を備えているクルマだったと言えます。





次の画像共々、見辛い感がありますが、ご容赦ください。
本来は、綴じ込みとなっていますが、ここでは掲載の都合により順番を入れ替えています。


左頁はエンジンの紹介です。

搭載されていたのは、L28E・L20E・Z18の3種。この内、L28EとL20Eは、エンジン電子集中制御システムが取り入れられていました。

Z18の搭載を批判されることが多いのですが、スペシャルティーカーとしては疑問の存在でも、当時のハイオーナーサルーンであるマークII3兄弟やローレルにもラインナップされていたことからすれば、仕方なかったように思っています。これらでは、4気筒1800って結構な比率を占めていたことから中々外せないグレードであり、この少し前に登場したクレスタも、メインは6気筒2000ながら4気筒1800の設定もされていますね。
810ブルーバードにあったG4、あるいはこの市場に新規参入となるチェリー店のことを考慮すると尚更だったり。

また2800も、スペシャルティーカーとして設定が必要という判断は妥当ですし、マークII・ローレルに設定がありましたから、これも納得。もっとも特に上級グレードの価格が上方に伸びたレパードでは、間口の広さがイメージを不鮮明にし、結果的に2800がソアラと正面から競合することになってしまったのは、誤算だったかもしれません。

登場時に、商品力のあったターボのL20ETが外されたことが何よりの不思議です。ほぼ同時期に登場したC31ローレルがターボ付も出していたことからすれば、理解に苦しみます。

歴史にIFは禁句ですが、L28EではなくL20ETが設定されていたら、若干その後の流れは変わっていたのかもしれませんね。


右頁はメカニズムの紹介です。

オートレベラーは、積載が加わっても車高が変わらないということで、話題となった装備でした。リヤのコイルバネに空気バネを追加して車高を補正するという仕組みです。結構コスト高の装備だったようで、これが付いたローレルやレパードは価格への反映が見受けられました。
記憶では、SFも標準装備だったように思うのですが、ここではSF-Lのみ標準とされています。ターボ追加時に設定変更がされているのかもしれません。

このクラスでは比率が上昇していたATには、200Xのみ、3速ながらロックアップ付を採用。トヨタが先行していた4速への対抗として、期待されていたのですが、間もなくトヨタが4速+ロックアップを採用するに至っては苦しい戦いを強いられることになります。

このクラスのメインストリームである6気筒2000とATにおいて、トヨタが新開発1G-E&4速ATを出したの対して、日産が改良型L20E&3速ATで挑まざるを得なかったことは、このクラスで日産がシェアを失う大きな要因となりました。

タイヤには、ミシュランを採用。この時期、ミシュランの標準装備はアピールになるということで、上級車は挙ってXVSを採用していました。この流行が国産のタイヤの刺激となり、実力を上げさせたように思います。





シャシーは先述のとおり、ブルーバード910のフロント部分を延長したもの。従って、ラック&ピニオン式ステアリングや、ゼロスクラブ&ハイキャスター・フロントサスペンションという910の特徴をそのまま備えています。

このことは、ほぼ同クラスのC31ローレルやR30スカイラインとは異なる仕様ということも意味しています。同サイズに別シャシーですから、今では考えられない贅沢さというべきか、効率の悪さというべきか・・・。ブルーバードが次世代にFF化されたことで、結果的にF31レパードでは統合ということになるのですけれどね。

6気筒系はセミトレの独立ながら、4気筒はリンク式のリジッドという設定は同級のハイオーナーサルーンと同様でした。





デンソー(当時は日本電装ですね)の尽力で先行していたトヨタの空調に追いつくべく、レパードは空調にも力を入れていました。サイドデフロスターはドア内臓式ですし、オートエアコンにはレバー全盛時代にいち早くプッシュ式を採用という具合です。

オーディオもかなり凝った仕様です。
スピーカーは、フロント・リヤ共にセパレート式を採用することで計8つ。サイズも各ウーハー:16cm、各ツィーター:8cmですから、当時としてはかなり大きいものでした。それらスピーカーを駆動するアンプは、20w+20wのハイパワー仕様。これも当時としては社外上級品並みのハイパワーでした。
さらに、最上級の280X・SF-Lでは、それに加えてTVチューナー、オートボリューム&アンビエンスコントロールまで採用。

読み進んでいくほどに、驚かされる贅沢さが、そこにはあります。





豪華装備がまだまだ続きます。
SF-Lでは、有名なワイパー付フェンダーミラーに加えて、照明付きバニティミラーにドライブコンピューターも標準装備。
ワイパー付ミラーは、今回調べていて知ったのですが、非装着車も設定されていたようです。
インパネセンターの一等地に、ズラリと入力ボタンを揃えたドライブコンピューターは、子供心に憧れたぐらいですから、アピール力が強かったと言えます。操作性という言葉は、この場合無用なのです(笑)

トランクスルーは2ドアのみ備えていました。
ということは、シート地の異なる布のみならず本革まで2ドアと4ドアでシートを分けていた形ですから、何とも贅沢です。スペースこそほぼ同じリヤシートですが、人に使うのか、荷物に使うのか明確にイメージを分ける効果はありますね。その2ドアもSF-Lでは、後席のシートベルトは3点式ですし、トランクリッドはその短さを補うかのように、バンパーレベルから開口します。一見ではスタイル優先ながら、この辺りに真面目な設計が反映されています。









グレードの一覧です。
本来は、ターボ追加時に200X・Fと280X・CFは設定廃止とされていたはずです。
この中で売れ筋は、200XのCFかSFぐらいだったように思います。SFだとマークIIグランデやローレルメダリストよりも価格帯はやや上であり、このスタイルに価値を見出すかが判断の分かれ目でしたね。





主要装備一覧と主要諸元表です。
Fだと、1800級のコロナやブルーバードの標準グレードと比較しても、同等かやや劣る装備水準ですから、価格吸引あるいはスタイル最優先のための設定です。標準的な入口はCF以上ですね。最上級のSF-Lになると、セドリック/グロリアの最上級であるブロアム以上の装備が散見されます。

4ドアでも1,355mmに過ぎない全高が、その流麗さの根源にあります。マークIIやローレルのハードトップと比較しても30mm前後は低かったのです。
2ドアはさらに10mm低い設定です。前後ガラスは両ボディで共通のようなので、ルーフで高さが補正されていたようです。一見では同じ高さに映るんですけれどね。



といったところで、いかがだったでしょうか。

当時の開発話を見てみると、スペシャルティーカー派生のサルーンという文言が見受けられます。(余談ですが、2代目レパードは逆にサルーン派生のスペシャルティーカーとされていたりしますね)
そうしたコンセプトというのは、従来の日本ではないものでしたから、このクルマの登場というのは、実に新鮮に映りました。

同時期のデビューということで、どうしてもマークII系やローレルと比較してしまうのですが、それらとの比較でも一番目立っていたのはこのレパードでした。スカイラインやローレル的なものをブルーバードベースで作ったようにしか映らなかった、ブルーバードの6気筒系からすれば、それは大きな変革だったと言っても過言ではありません。

当時、ハイオーナーサルーンのハードトップが2ドアから4ドアに移行する中で、それらの受け皿となり得る2ドア&4ドアを作るという点でも、巧みでありました。

特に4ドアに関しては、この後マークIIやローレルのハードトップがこのレパード的な方向に進んだことや、初登場して一世を風靡した初代シーマとの共通性を見出せることからすれば、このコンセプトは高く評価したいところです。

その一方で、仕様の選択や装備の設定に関しては、やや不可解な点が見受けられます。そうした不可解さは、実はこの後も続いていって、少なからず販売台数に影響していたりするはずなのですが、それは続きで書いていくこととします。

しばらくは、この初代レパードにお付き合いくださいませ。
ブログ一覧 | カタログ話(雑談編) | クルマ
Posted at 2016/02/27 11:23:50

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この記事へのコメント

2016年2月27日 11:50
後発のソアラにしてやられたと云うか、ソアラが出現し比較されたことがこのクルマのイメージを狂わせたのかもしれません。

そもそもの商品企画が、ブルUのGTないし810のG6の後継であるかして、ソアラと違ったクルマであったはずが、似たようなソアラと比較された故に後年まで商品企画そのものが迷走し続けたと思います。

初代のデザインは国内外に影響を及ぼした点では、見どころの多いクルマですね。
コメントへの返答
2016年2月27日 12:19
こんにちは

KZIWさんのコメントに同感でして、これから書いていく趣旨を簡潔かつ明確に述べられています。

初代では、グレード設定の観点からも迷走の感が強かったりします。イメージの確立が必要な新型車なのに、クレスタとソアラを兼ねたような仕様として、あまりに間口を広げ過ぎたのがその要因だと思っています。

本当に、デザインを始めとして見どころの多いクルマでして、そういう観点からすると、惜しかったクルマですね。
2016年2月27日 12:45
こんにちは。
レパードは、意欲的なモデルでしたね。

日本車では、初となるカテゴリーへの挑戦。
そのデザインも、オリジナリティ溢れていますね。

L20ETの件で、私の推論ですが。
当時は、ターボ=ハイパワー=暴走族のイメージが許認可側にあった様で。
それ故、日本初のターボ車はセドリック/グロリアになったそうです。
ちなみに、最後はフェアレディZ。

レパードは、そのスペシャリティ感がスポーツ感のイメージさせるとして、慎重になったのかなと思います。
じゃスカイラインが、なぜ2番目?
これは「名ばかり・・・」の件もあり、是が非でも一矢報いたかった日産の意地だったのではないかと。
コメントへの返答
2016年2月27日 14:04
こんにちは

S110シルビア以降、日産は好調でしたから、こうした意欲的なモデルを出せる環境にあったんでしょうね。それだけに惜しい感がとても強くあります。

ターボ=ハイパワーで暴走族を助長するという話は真面目に語られていましたね。ツインカムはエンジンの改良だが、ターボはパワーアップの手段と見做すという今では理解しにくい話もあって、許認可側の裁量に委ねられている部分が強くありました。

ソアラもターボだけは若干遅れたことからしても、推論には同意できます。そうであれば、ローレルの兄弟車とすれば、よかったのかもですが(笑)

スカイラインは要・不要の両論があって認可されるのか、話題となりました。上から2番目の排気量じゃなきゃダメという当時の暗黙の指導(?)からすると例外的な設定でしたね。これ、原則論を貫かれていたら、GTターボではなく、Z18ETを搭載したTIターボが登場していたのかもしれません(笑)
2016年2月27日 14:05
初代レパード。もしかしたら車好きになった原点だったかもしれません。
よくチラシの裏にレパードらしきモノを描いてた記憶があります。

明らかに70年代と決別したスタイリング。特に4ドアは抜群の格好良さ。
アメリカンともヨーロピアンともつかない独創的なデザインでした。

内装も80年代に相応しい豪華さ…ただし、エンジニアリングは台所事情があってか物足りなかったですね。
後期でVG30ETを載せてもソアラ登場後で時すでに遅し。

スペシャリティ同士なのでよくソアラとライバル扱いされたんですが、個人的には ? でした。ま、市場の評価だとそうなるんでしょうね。
時代が早かったんでしょうか。結局、2代目で自らソアラに擦り寄ってしまいました。ここいら辺りが日産の辛抱が足りないところです。

コメントへの返答
2016年2月27日 14:22
こんにちは

このレパードやソアラって、スーパーカーブームが終焉した後に訪れた祭りだったのかもしれませんね。どちらもクルマ好きにさせる魅力にあふれたクルマでした。

今見ても、そのスタイリングは未来的で格好良さがあると思います。当時の日産のデザイン力が結集した感がありますね。
内装は、ソアラよりもこちらの方を評価しています。もっとも、内外装共に、当時の日本の主流よりは進み過ぎていたため、理解され辛かったかもしれません。

当時の日産はフェアレディとセドリック以外はFF化するとしていたくらいですから、この種のエンジニアリングは厳しかったのでしょう。その判断が、このクラスのシェアを奪われることとなりました。

ソアラとは出発点や方向性が違うのですけれども、価格帯がクロスするためにどうしても比較対象となってしまったのが不幸でした。Y31グランツーリスモの時に、日産は自身の価値が解らなくて、トヨタは潜在的にそれを理解していると書いたのですが、このレパードにもそれが当て嵌まると思いますね。
2016年2月27日 16:46
今回も興味深いご解説、ありがとうございます。
初代レパードは、とても力の入った素晴らしいモデルでありながら、日産というメーカーの読みが浅く、方向性に迷いが生じていたところが、本当に残念だったと思います。
個人的には、例えソアラが登場したとはいっても成り立ちから言って日産がもっと上手く立ち回っていれば、むりやりライバルに擬せられることもなかったように思うのですが、日産自らソアラの登場に焦り、追従してしまったことが、より立場を悪化させてしまったようにも思えます。
もちろん、ここまで個性的で先進技術を積み込んでいたのですから、エンジンがL型だったとか、ATが3速しかない、という巷でよく語られる面も惨敗の理由として否定できませんが(汗)
日産としては異例尽くしに革新的で「ここまでやっておきながら・・・」と思えることが1つや2つではない(笑)

フェンダーミラーワイパーは、非装着車も設定されていた!?
いやあ、それは初耳です!!
となるとSF-Lでありながら、ミラーカバー部のデザインがSF以下のグレードと同じ仕様のモノがあった、ということですよね。実に興味深いです。

イメージキャラクターの加山雄三さん、確かにこのころ出演された、テレビや映画にレパード、登場してましたね~
有名人となると、大抵、外車とセット、みたいなイメージ(当時はまだアメ車が多かったものの、段々とメルセデスのような欧州車が台頭してきた時期ですね)でしたが、この斬新なデザインのレパードは、それらと比しても見劣りしない存在感を持っていたのは、凄いことだと思えました。
(モデル末期の85年頃、「若大将のプライベート」みたいな番組で、後に登場する300ターボのグランドエディションが、葉山あたりのビーチを颯爽と駆る加山さんの映像がありましたが、正直このときだけは、レパードでは少々わざとらしさを感じてしまいましたが・・・w)
この頃、加山さんは44歳。
うーん、今の自分と同じ歳だ(爆)
こんなカッコいい中年に憧れていましたが、この有り様(泣)
F31は、販売的には苦戦ながらも、現在でも人気があるのに対して、F30は、それもないという悲哀と重なるものがあります(笑)

でも、こうしてparl-siroさんが取り上げてくださったのだから、F30も喜ぶだろうな~!!
コメントへの返答
2016年2月27日 17:46
こんにちは

クルマって、欠点を潰しつくした八方美人のタイプとこの指止まれ式のキャラクターで引っ張るタイプの2つがある思っているのですが、このレパードは、どっちつかずで最後まで進んでしまったように思います。
おそらく登場した時には、相当な自信作だったのでしょう。それが売れなかったことで方向性を見失い、隘路に入り込んだのかもしれません。
また、同時期のスカイラインと同じような傾向で、ライバル車を意識し過ぎて自らのキャラクターを放棄してしまった感もあります。こちらは、それがソアラだった分、さらに悲しい結果となってしまいました。

この後、変遷を追っていく予定ですが、最初のキャラクターのままメカニズムを進化させる形で、やれなかったのかなと悔やまれます。

フェンダーミラーワイパーの装着車設定は、私も今回の見返しで気付きました。寒冷地の凍結を考慮かなという推測しつつも、あえてそれを選択した方がいたのか、謎ですね。

加山雄三さんとレパードのマッチングは、有名な二谷英明さんとセドリックとのマッチングに負けないものがあったと思うんです。そのイメージのままミドル層向けで、押せたはずという辺り、ここでも惜しい感がありますね。もっとも、レパードの前にCMキャラクターを務められた810ブルーバードとの刑事ドラマ「大追跡」における共演も、結構良かったりしますが(笑)

加山さんと長嶋さんは1つ違いですし、石原さんは3つ違い。幼少時代、これら大人ってかなり遠い存在だったんですけれどね。いざ同年代になって、その違いに泣きたくなるのは、私も全く同じです(笑)

悲運の名車であるF30、楽しみつつで書いてみたいと思います。
2016年2月27日 20:01
こんばんは、
実は免許を取って
一番最初のマイカーが
6年落ちの
59年型レパードの4枚ターボZGXで
フェンダーに貼られた
スーパーエディションの
エンブレムチューンに
勝手に2000最上級だと…
苦い思い出もあります^^;(笑)

わたしの場合シャコタンしてカッコイイ車と
ソレだけでレパードにしましたが
カタログで見るとアレ?
初代ソアラの方がカッコイイのに
何でレパード買ったんだろう^^;
と感じてましたが

旧車イベントで実車見れば
間違ってなかったと(笑)


電装系の不具合が多発して
降りましたが
機会があったら
また所有したい車で
今日は手持ちのカタログを
晩酌の摘みにしようと
引っ張り出して見ます(笑)

コメントへの返答
2016年2月28日 7:50
おはようございます

一番最初のマイカーは強い印象として残りますよね。時折また乗ってみたい思いに駆られるのは、私も同じです。
まさとすさんの買われた、59年のターボZGXでも、台数としては少ない部類だったのではないでしょうか。両グレードを比較してみましたが、エンブレムチューンでも意外と気付かれない気がしました(笑)。そこを見抜けたのは、オーナーさんならではなのだと思います。

何で買ったんだろうの部分で、つい笑ってしまいました。買う時は絶頂にあるものですから、後から冷静になる瞬間ですよね。
もっとも、選択理由からすると、レパードという選択で正しかった気がします。

レパードは落とした状態の画像が出回ることで、今後見直される動きが出るんじゃないかと思っています。同時期の430・Y30と同様にその手のスタイルが決まるクルマですね。

既にカタログをお持ちのようですが、この後、後期もやろうと思っていますので、引き続きよろしくお願いします。
2016年2月27日 21:53
こんばんは


F30レパードは車に興味を持ち始めた時には既に後期型で、
雑誌等では既に・・・な扱いでしたがスタイリングには惹かれました。
特に4ドアのウインドゥ回りのデザインは秀逸ですね。
この空力デザインで違和感の無いフェンダーミラ-も素敵です。

ただ、やはりミッションは残念感があるのは否定できないですね・・・。
グレードもこんなに要るのか?と言うほど多すぎる気がします。

インパネ上のずらっと並んだ警告等はこの時期の日産の一押しだったのでしょうね。
結構良いと思うのですが、私のS12には付いていないのが残念です(後期でなくなりました・・・)。

次回も期待しております!

コメントへの返答
2016年2月28日 8:03
おはようございます

F30レパードは、ハイソカーブームに上手に乗れなかったクルマですよね。

スタイリングは、登場時以外はあまり評価されなかったものの、今見ても秀逸だと思います。この後、同様にB・Cピラーを隠すウィンドー処理のクルマが出てきますが、それの先駆けとなったクルマでした。空力は省燃費にもなるということで、各社、力を入れていた時代ですね。

この時期の日産は、「数は力」ということで仕様の間口を広げ過ぎる傾向がありました。販売側の意向がそうさせたと推測していますが、結局イメージが拡散してしまったように思います。

S12の警告灯の件、ありがとうございます。コメントをいただいて、後期で変わったことに気付きました。煌びやかに映るということで、ユーザーからも好評だったようですが、警告灯の趣旨からすればメーター内が本来の姿ですよね。

更新頻度が若干伸びつつありますが、この特集は続けたいと思います。引き続き、よろしくお願いします。
2016年2月28日 0:06
こんばんは~!ちょっとご無沙汰です。

懐かしいですね、このレパードのカタログ。私もこのカタログを結構眺めた時期がありましたが、どうしてもF31以上にこちらをソアラと比較しちゃいます(笑)。私らの年代だとそういう方が多い気がします。

実際の長さはどうだったか覚えていませんが、ソアラよりも長く見えたのを覚えています。良い言い方をすれば低く伸びやか。悪いい方をすれば間延びしたデザイン・・・。2ドアだと少々大きさを持て余したデザインに感じていました。Cピラーのデザインがそこのカギを握っていたようにも思えます。

仰るようにトレッドが狭く見え、せっかくの伸びやかでワイドなデザインがもったいないと感じますね。
コメントへの返答
2016年2月28日 9:20
おはようございます
お忙しいご様子の中、コメントをありがとうございます

ソアラの登場時には、記事を載せれば売れるということで、各誌特集を組んでいて、その際にライバルとして取り上げられるのは、ほぼレパードでした。お決まりのようにソアラに軍配を上げる記事ばかりでしたから、レパードは本当に不遇だったと思います。

ソアラとの比較では、実はこちらの方が短いくらいなんです。4ドアとの両立とCピラー部の絞り込みを実現するために、キャビンを後方に伸ばしていますから、実際以上に長く映る感があります。本文で触れたとおり、ロングノーズですから、Bピラーから前だけなら2ドアの方が収まりが良い一方で、後ろ斜めからだと4ドアの方がバランス良く見えますね。

このデザインならホイールベースも伸ばしたくなるところで、トレッド共々ベースシャシーの制約ですよね。レパードも、同時代のマークIIやローレルとの比較なら、大きな違いはありませんから、見栄えの観点からトレッドを思い切って広げたソアラが英断だったということなのでしょう。
2016年2月29日 11:47
シリーズもの、期待致しております(笑)

ブル6気筒シリーズの後継と言う事を自分が知るのは後年のことで、当時は『ライバル』ソアラと共にクラウン又はセドグロの2ドアの後継を意図して新規設定されたモデルだと勝手に思っていました。
シャシも当時はマキシマ/レパード、C32ローレル、R31スカイライン、430セドグロとみんな別物だったんでしょうか?
今じゃ考えられませんが、当時の日産の御家事情が関係しているのでしょうね。
個人的にはLD28を積まなかった唯一の6気筒4ドアと言うのは残念ポイントなんですが(笑)

2代目が2ドアオンリーになってレパード自らソアラのライバルになっていったのですが、当時は4ドアが落とされた事に対する嘆き節はあまり聞かなかった様に記憶しています。

その後、2ドアはスカイラインくらいのものでジャンルそのものが国内では下火、ドイツでも4ドアクーペが持て囃される訳で、初代の4ドアスペシャリテイというコンセプトは先見の明があったとも考えられるのですが…
コメントへの返答
2016年2月29日 21:54
こんばんは

本業が年度末進行となりまして、更新周期が伸びつつありますので、気長にお待ちただければ幸いです。

430で設定廃止となった2ドアの代替という考え方はあったと思います。投入した販売店からすると、G6・G4の後継という比重が高い気はしますね。
シャシーですが、ローレルとスカイラインは前後長が異なるぐらいで共用部分が多いですが、その他は別物と判断すべきでしょう。開発環境と部品が入り組んで、何とも判り辛い御家事情です(笑)。
さすがに、レパードへのLD28投入は販売店からも要望がなかったでしょうね(笑)

4ドアの廃止は、ハイオーナーサルーンのハードトップが徐々にスペシャルティ寄りになっていったので、そちらで賄えるという判断だったようです。当時の雑誌には、廃止の理由を尋ねる記事がありましたが、そんな理由を挙げられていますね。

コンセプトに先見の明があったというのは同感です。多車種を揃える中で、どういうアプローチがいいのか、迷った感があるかもしれません。今でも再提案はアリだと思うのですが、国内の状況からすると日本車では難しいボディタイプでしょうか。
2016年2月29日 14:12
こんにちは。
個人的にF30はF31以上に好みなので、色々と興味深く勉強になりました。
シートベルト装着が義務化される前のこの時代に後部座席3点式シートベルト採用とは先進的ですね。初めて知りました。

当時は設計が古く脚光を浴びなかったL型エンジンも、今となっては、チューニングや修理の実績が多く、逆に安心して乗れる事も大きな魅力ではないかと思っていたりします。

個人的にはソアラに本気で対抗意識を見せていたグランドエディションが好みです。
コメントへの返答
2016年2月29日 22:05
こんばんは

レパードは、スペシャルティカーとハイオーナーサルーンを兼ねた存在として開発されていますから、様々な見どころの再発見がありますね。

この時期の後席3点式ベルトは、ハイオーナーサルーンの極一部のみでしたから、2ドアにも装備した真面目さは称えられるべきだと思います。さらに法制化のだいぶ前に3人分のベルトも備えていますし。

L型エンジンに関するご指摘は、鋭いと思いました。実は、極短期間Y30に乗っていた際に、430だったら・・・と言われたことがありまして、その際L型ならどうとでもできるという話をされていたりします。

グランドエディションは、この先取り上げる予定ですので、しばしお待ちくださいませ。
2016年2月29日 22:27
こんばんは。

F30レパードを初めて見たのは通っていた小学校のすぐ近くで下校途中白の4ドアが静かに走り去って行ったんです。
田舎の小学校でしたが、周囲の景色が一変すると感じた程の斬新さでした!

因みに私の中で周囲の景色が一変する位斬新さを感じたクルマはこのレパードと初代ミラージュですね。

斬新なスタイルにマッチした新鮮なインパネの造形と趣味の良い内装の配色といい意欲的なクルマだったと思うのですが、やはり旧いエンジンとロックアップこそ採用されたものの3速ATだったのが致命的でしたよねぇ・・・。

何気に好きなクルマですので、TR-Xの初期型のカタログを持ってましてカタログ眺めながらブログを拝見させていただいてました。
セドグロと同様グレード体系に違いがあったのですね。

次回ブログも楽しみにお待ちしてます!
コメントへの返答
2016年3月1日 20:47
こんばんは

レパードは、雑誌でスクープされていたイメージスケッチがそのまま登場したような印象がありまして、初見の際には、本当に斬新なスタイリングだと思ったものです。

初代ミラージュとレパードは、同級他車と比べると、明らかに新時代でしたよね。この2台、どことなく都会的な雰囲気に共通性を感じたりします。

当時こそ、あまり思いませんでしたが、今ならこの内外装だけで選択理由にされてもよかったと思います。それぐらい趣味的かつ良いデザインですよね。その一方、詳細は後に取り上げますが、エンジンとATは改良できたはずが何故か見送られた時期があって、結構販売に影響していたんじゃないかと。これ、売り手側が諦めていたとしたら、勿体なかったと思いますね。

カタログの都合もあって、次回はTR-Xになります。日産店が主で、チェリー店が従とされていたのか、あちらはグレード数が絞られていました。

多忙になりつつで、更新が遅れ気味ですが、気長にお待ちいただければ幸いです。

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