
タイブレーク、10回裏の攻撃。
ホームに2人、還ってくる。
審判の手が挙がる。
鈍いサイレンの音。
飛び跳ねて集まってくる20人と、
呆然と、力なく集合する20人。
えっ?!
これで終わりなの?
うそでしょ?
まだ、終わってないよね。
選手たちの肩が小刻みに震えているのがわかる。
聴いたことのない校歌が、流れる。
ちょっと、
待ってよ。
近くにいる誰かに確認したいけど、
ここには私一人。
1塁側のベンチの上で、カメラで記録する役割。
いつもなら、セミプロのカメラマンさんたちが手前に座っていて、
三脚と一脚をうまく使いわけて、
すごく大きなレンズをつけたかっこいいカメラを構えて、
鋭くて速いシャッター音が聞こえてきたのだけど、
今日は私一人。
地元のファンの方も多いチームだから、
絶妙なタイミングとアングルで捉えた瞬間を、
選手ごとに何枚も撮って、送ってくださる。
平日だから、皆さんお仕事なのね。
きっと、週末の次の試合に、撮影に来てくださるつもりだったのね。
でも。
次はないんです。
もう、応援にも、撮影にも来ることはないんです。
このチームで戦う試合は、永遠にないんです。
この気持ちを、どうすればいい?
少し離れた応援席を見ると、
みんな、呆然と立っている。
試合の後なのに、喜んでいない。手を振っていない。
タオルを顔に当てているお母さんもいる。
もしかしたら、夢なのかも。
凄く古典的だけど、ほっぺをつねってみる。
意外と、痛くない。
ほっぺを叩く。
痛くない。
おもいっきり叩く。
痛いじゃん。
夢だと言って!
目をつぶって、開けたら、現実ではなくて、これは夢だと言って!
悪い夢の中にいるだけだから、目が覚めたら、また試合開始前にもどるって!
別の世界線があるって、だれか教えてよ!
選手たちが、応援席の方にゆっくり駆け寄ってくる。
いつもの、日に焼けた肌にやけに白い歯が見えてる笑顔じゃない。
いつもの、自信に満ちた、次もやるぜって笑ってる顔じゃない。
カメラは構えられない。
認めたくない。
撮りたくない。
応援に来てくれた母校の3年生のみんなに、頭を下げる。
ずっと下げてる。
保護者席の方は、…見ることができたんだろうか。
みんなベンチに帰ろうとするけど、うまく歩けていない。
「俺は、負けてもぜったいに泣かない」と豪語していた息子は、
チームメイトの肩につかまって、泣きながら歩いている。
ベンチの前で膝を落として、大きな口をあけて泣いている。
その声が聞こえるくらい、母はそばにいる。
部長先生から、「すぐにベンチをあけるぞ。」「いそげ。」
促されて、立ち上がっている。
カメラは向けられない。
写真は撮りたくない。
終わってしまった…。
…ようだけど、実感がわかない。
受け入れられない。
だって。
先制点を入れたんだよ。
何度も満塁になって、何点も入りそうで、あれ? 入らない。
ないスプレーでピンチをしのいで。
えっ? なぜかスライディングでホームインした手が
触ってない判定になって、アウト?
主審がきれいに掃き清めていないホームベースの上を。
俊足ランナーが、小学生の時から何千回、何万回と走って触れているベースを、
どうして、触っていないなんて言いきれるの?
もしかして、アンチ○高なの?
あと1点。
あの1点。
どこでもいいから、あそこの1点。
もう一球、ボール球を見極めていたら、四球で押し出しだった。
スクイズのサインが出たら、手堅く追加点が入っていた。
浅いヒットで無理して突っ込ませないで、3塁コーチが止めていたら、
次の打者が打って得点できていた、かも。
だって、次は4番の息子の打席だったのだから。
ネクストで、
いつも母のところまで聞こえてくる鋭くて大きな素振りで準備していた息子の次の打席は、
永遠に回ってくることはなかった。
ノーエラーだった。
みんな、全力で守った。
走った。
打った。
声を出した。
投手は二人とも、それぞれ足のマメ、手のマメが途中でつぶれちゃったんだって。
わからないように、必死で投げていた。
あとから言っても、あとから思っても、
仕方がないこと。
でも、思わずにはいられない。
どうしても、解消できない。
悔しくて、
悲しくて、
諦められなくて。
「いい試合だったね。」
「惜しかったね。」
「残念だったね。」
翌日、職場の皆さんの優しい声掛けに、
涙を堪えて、応援してくれたお礼を言った。
仕事をしているときは、忘れられた。
でも、もう試合に応援に行くことがないんだ、
写真を撮ることもない。
試合の翌日に、早朝に起きてカメラから写真を選んで、
アルバムにまとめてみんなに共有する役割も、
終わってしまった。
週末ごとの遠征や練習試合、
ぽっかりと予定が空いてしまった。
ゆっくり休める休日は、何か月もなかった。
これから、何をすればいいのかわからない。
楽しかった。
本当に、楽しかった。
中学校で始めた野球。
小学校のときは、いっしょに家の庭で、キャッチボールやノックをしてた。
ぎこちない動きで、みんなに迷惑をかけながら、
少しずつ上達しながら成長していく姿を見るのが、嬉しかった。
試合で母が近くにいると、目を合わせて笑ったり、ガッツポーズしたりするのが、
いつもの習慣だった。
そんな日常が、いつまでも続くような気がしていた。
もしかしたら、甲子園まで行けるんじゃないかと思ってた。
途中で、実家の父や兄弟、友達も一緒に連れて、行こうよって。
夏休みも、できるだけ年次休暇を取っちゃった。
そうすれば、願いが叶うのかも、って。
2週間後。
3年生保護者の慰労会。
一緒に励ましあって、助け合って、支えてきた仲間。
野球が大好きで、子どもたちみんなのことを大好きで、
心から全力で応援してきた仲間。
やっと、泣けた。
思っていることを、みんなで話して、泣いて笑って、そして歌ったww
ユーミンの「ノーサイド」が、なぜかしっくりする選曲だった。
かけがえのない、2年半。
かけがえのない時間を、共に過ごしてきた戦友たち。
お父さんたちも泣いていた。
野球にめちゃくちゃ詳しい、野球がめちゃくちゃ好きな人たち。
子どもたちはみんな、頑張った。
みんなでがんばったと、心から讃えてくれる。
あー。楽しかった。
ほんとうに、楽しかった。
生きがいだった。
幸せだった。
この幸福感、嬉しさと口惜しさを、一生抱えていこう。
こんな思いをさせてくれた息子や仲間たちを誇りに思う。
いじめとかない、つまらない上下関係のしごきもない、
切磋琢磨し合える環境の学校、部活動であったことを、有難く幸せに思う。
仲間のことを、みんな好きで尊敬できると言える息子のことも、
自分に厳しく、努力を惜しまず節制できる友達のことも、誇りに思う。
やっと。
ようやく。
この寂寥感の先に行くことができそうな気がする。
何をやっていても、
悲しくて寂しくて悔しい気持ちから、
抜け出せそうな気がしている。
この先に、
この向こう側には、何があるのかな。
自分の楽しみや幸せが、息子たちの笑顔や幸せだと思える日々。
自分自身の楽しいと思えることも、やってもいいのかな。
まだ、高校野球のニュースや試合を見るのは、ちょっとつらいな。
さあ。
次の目標に向かって、なりたい自分を目指して頑張っている息子を、
また応援しよう。
梅雨が明けた、強すぎる日差しが痛くてまぶしい。
近年にない涼しくて爽やかな夏が、本格的な夏にかわった今日、
寂寥感の峠を越えて、新しい景色が見えてくることを願って。