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青と緑の稜線のブログ一覧

2016年07月30日 イイね!

【3S政策】愚民化政策の攻撃受けた日本の歌  byむーたちさん

【3S政策】愚民化政策の攻撃受けた日本の歌  byむーたちさん「3S政策」を題材にした、ナイスガイの、ナイスな曲を見つけました (`・ω・´)キリッ

こちらのナイスガイ。他にも、オモロい曲つくっているみたいです。
総統閣下、松岡修造さん、話題のブラック企業、話題の人々、話題の県などを題材に、ギター伴奏で、力の抜けたイイ感じの楽曲を歌ってます。


何回か聴いているうちに、・・・ファンになってました♪ ゚.+:。(〃ω〃)゚.+:。ポッ!

田辺マモルさんの歌とギターがもっと上手くなったような(あっ、失礼ですかね・・・(^-^;))、
くるり、サニーディサービス、はっぴいえんど、佐野元春さん、みたいな感じかなあ。

むーたち」さん、という方です。

ニコニコ動画で、23曲、アップされていました。
最近は新曲をつくっていないようなので、ちょっと残念です。



以下、ニコニコ動画の動画紹介からの引用です。

【オリジナル】愚民化政策の攻撃受けた日本の歌【3S政策】
 ←ニコニコ動画

3S政策
ーーー
スクリーン(映画)、スポーツ、セックス(性産業)に目を向けさせることにより、民衆が感じている社会生活上の様々な不安や、政治への関心を逸らさせて大衆を自由に思うがままに操作し得るとされる。簡単に言えば「ガス抜き」政策である。
ーーー Wikipediaより抜粋

Twitter相互フォローやってます https://twitter.com/LetsGoKYOTO

理研レンジャー sm23475832
Facebookへの嫉妬心を歌にしてみたsm23374510
ユニクロのブラックさを歌にしたsm23321038
ワタミに社歌作ってあげた sm23165927
佐村河内さんの歌 sm23039808
小保方さんの歌 sm23099390
ニート応援歌 sm23116312
三角デルタ sm23308120
まじめに作る時は京都の歌作ります(たぶん)。

………………………………………………………………・・

▼ログインしなくても、ニコニコ解析 ココ、または、ニコニコビューア ココ から視聴できると思います(^-^;)


何回か聴いているうちに、秀逸な歌。 名曲。 

・・・と思ったので、歌詞を書き起こしてご紹介します。


↓ ↓ ↓



【オリジナル】愚民化政策の攻撃受けた日本の歌【3S政策】
 
↑ ニコニコビューア

【オリジナル】愚民化政策の攻撃受けた日本の歌【3S政策】
 
↑ ニコニコ解析は、ログインが必要かしら?   
                     作詞/作曲   むーたち


平成生まれが知らないこと
昭和生まれも知らないこと

Screen つまりテレビ映画のこと
Sports つまりスポーツのこと
Sex つまりエロいこと

3つで3S政策
戦後の日本の愚民化政策

俺達は骨抜きになった
享楽の世界に溺れた
難しいことから目を背けた
ガス抜きばかりしていた

結果娯楽が至上のものとされ
子供のような大人が現れ
低俗文化浸る我々
政治家がキャラで人気を得て
これがぼくらのポップカルチャー
どうなるこれからのフューチャー
骨抜きの子供は骨抜きのままか?

ガラクタに溢れている街を
片付ける次の世代よ
死ぬまで働け勉強しろ
お前らにガス抜きはないぞ
















昨日から、右側頭部の頭痛がちょっとツラいのだけど、

・・・・・この人の動画、視聴しすぎかしらねww?


ログインなし、でも多分、大丈夫、かな?

 お暇な人は、こちらもどうぞ~ ↓ ↓

パクリ疑惑佐野さんの歌作ったったww【オリジナルの曲】

2014年ネット流行語ランキングを歌ってみたwwww

野々村議員の心の内を歌にしてみたww【オリジナル】

[オリジナル]佐村河内さんの歌作ったったwwwww

Facebookへの嫉妬心を歌ってみた【オリジナル曲】
リア充アピール許さない 幸せアピール許さない

【オリジナル】ユニクロがいかにブラックか歌にしてみたwww【柳内正】

鼻血のうた

【オリジナル】貧乳への熱い想いを歌ってみたwww

【オリジナル曲】三角デルタ【おけいはんの歌】
地元が京都なので京都の歌を

グンマーの歌つくってみたwwww【オリジナル】
グンマーのみなさんごめんなさい

【交尾の】YATTA!(性的な意味で)【PV】
ママあれ何してんの?



Posted at 2016/07/30 15:39:15 | コメント(2) | トラックバック(0) | 音楽 | 日記
2016年07月29日 イイね!

我。 3S政策と 斯く闘えり。

我。 3S政策と 斯く闘えり。
前回のブログでご紹介した「日本弱体化計画」

大東亜戦争後、誇るべき日本の精神、伝統、文化を破壊し、日本人を堕落させたGHQの策略です。



「日本弱体化計画」の中身は、アメリカによる

▼対日占領政策の基本原則(3R)
▼    〃    重点的施策(5D)
▼    〃    補助政策(3S)

以上、3つの政策でした。


日本人の持っている高い精神性。
チームを作ると、一丸となって目的を達成しようとする結束力や団結力。
勤勉で、創意工夫をし、人の役に立つことに喜びを感じる・・・。

そんな日本人の底力を恐れた連合国総司令部(GHQ)は、日本の弱体化を謀ります。

天皇家の本来の役割を失わせ、
教育や産業を誤まった方向へ変えさせ、
産業など国家の屋台骨を折り、
マスコミを利用して、日本人を愚民化することを試みました。

日本人も、知らず知らずのうちに自ら享楽的な生活を望み、堕落への道を歩み始めました。


その政策の中でも、日本人に絶大な効果を与えたのは、3S政策ではないでしょうか。

Screen(テレビや映画の活用)
Sports(スポーツの奨励)
Sex(セックスの開放)

この頭文字(かしらもじ≒イニシャルw)の3つのSから、3S政策と言われています。


占領せず洗脳で弱体化を図る!GHQが行った『日本弱体化政策』とは!?



3S政策 - Wikipedia より

3S政策(さんエスせいさく)とは、Screen(スクリーン=映画)、Sport(スポーツ=プロスポーツ)、Sex(セックス=性産業)を用いて、大衆の関心を政治に向けさせないようにする愚民政策であり、そのような政策があったとの主張である。

戦前期から「ユダヤ人の3S謀略」などと呼ばれ、非難や批判の対象となっていたが、戦後に連合国軍占領下の日本での諸政策を批判するものとして安岡正篤により広く使われていた。

戦略家のガブリエル・コルコは、アメリカがベトナム戦争での失敗を契機に、大規模な戦闘という事態を避ける為に低強度紛争としてソフト・パワーを用いた情報戦を軍事戦略の中枢に置くようになる課程を紹介。この戦略が最も成功した例が日本であり、各種の工作は日本支配のための「軍事戦略であり戦争であった」と述べた。


1.アメリカを絶対に支持し、アメリカに服従する政党と政権を他国に成立させ、そのための資金をアメリカが提供する。

2.この買収資金は、アメリカの税金ではなく、他国でアメリカが麻薬を密売した利益を提供し、アメリカが経済的負担を負わない方策を取る。

3.マスコミ操作を通じアメリカが常に「善」であると他国の市民を洗脳し、アメリカを批判する言論をマスコミに「登場」させない。アメリカ映画、音楽を大量に流し、アメリカが「すばらしい」国だと連日宣伝する

4.学校教育においては、丸暗記中心の学校教育で思考能力を奪い、アメリカへの批判能力を奪う

5.教師への絶対服従を学校教育で叩き込み、「強い者=アメリカへの絶対服従」を「子供の頃から身に付けさせる」

6.逆らう言論人、ジャーナリストは、そのジャーナリストのセックス・スキャンダル等をマスコミに流し失脚させ、必要であれば軍の諜報組織を用い、事故に見せかけ殺害する。

7.他国の食料、エネルギー自給を破壊し、米国に依存しなければ食料、エネルギーが入手出来ないようにシステム化し「米国に逆らえないシステム」を作る。

……………………………………・・

GHQによる「日本弱体化計画」

そして、中国共産党の「日本解放第二期工作要綱」。


実際の戦争、占領にも劣らない見事なまでの日本人洗脳、愚民化、家畜化計画と戦略。

逆に云えば、性善説を信じ、他人や他国を疑うことを知らない素直で幼稚な日本人の甘さ、井の中の蛙っぷりから、洗脳は敵もびっくりするほど容易で効果てきめんだっだことでしょう。


しかしまあ、なんという、巧妙でおそろしい策略なのでしょう。

普通ではとても発想できない他国との関わり方、無慈悲な他国を侵略する計画です。


「知る」ことは、斯くも大切な、闘いへの第一歩なのです。




さて。

戦後70年以上が過ぎた現代。


日本は、このままでいいのでしょうか?

現代の日本人は、かつての立派で賢い日本人とかけ離れたままでいるのでしょうか。



私は、それでイイとは思っていません!

かつての日本人に憧れ、かつての日本を本気で取り戻したいと思っていますもの。




「ポケモンGO」への大人、若者、子供たちの見事なはまりっぷり、一斉に同じことをしている姿を、

(なんだかコワい、寒い・・・)
(有り得ない光景・・・)
(どうしてなの?)
(そんなにおもしろいの?)

な~んて、こっそり思ってたりします(^ー゚)テヘッ


ゲーム自体の面白さを否定しているわけではありません。

経済効果や、ひきこもりが外へ出る? お散歩して健康になる? 連帯感を味わう?
などの楽しさやメリットがあるらしきことも、承知の上。


もしも、ポイントを集めると特典があるとか、割引券やクーポンがもらえるとか、
なんらかのお得があったら、・・・私もやってるかもしれませんw


自分は子供の頃、ファミコンで「マリオブラザース」と「がんばれゴエモン!からくり道中」、
スーパーファミコンで「ドラゴンクエスト」にハマりましたが、その後はやっていません。
PCで「テトリス」「ピンボール」をたまにやったくらいで、携帯やスマホはゲームのダウンロードさえしていません。

スマホのゲームにあまり興味がないので、今回のブームも食指が動かないだけなのです。

ですから、なぜ社会現象になるまで、多くの人がスマホやタブレットのゲームに夢中になるのか、そこに何か陰謀が隠されていないか、その背景を考えてみたいと思いました。


………………………………………・・

◆Screen(テレビや映画の活用)


今回の「外歩きゲーム」の流行は、3S政策の ①Screen(テレビや映画の活用)
に当てはまるのでしょうか。


大東亜戦争後の時代は、テレビや映画が主流でしたが、その後、テレビゲーム、コンピュータゲーム、ゲームセンター、携帯電話や3DSやスマホ、タブレットのゲームなど、様々な媒体や形態で流行してきました。

テレビやネットサーフィン、様々なゲーム、メール、電話、LINEなどが毎日の生活の中の多くの時間を占めることによって、本来なら得ることのできる多様な実体験を、ずいぶん損なっているように思います。



◇大人たちの事情は?


待ち合わせの時間、食事の時間、電車などの移動、ちょっとした暇つぶし。
以前だったら、どうしていたでしょう。

私は、本を持ち歩いていました。バックにしまえるサイズの小説や新書。

本を読まなくても、景色を見たり、電車なら中刷り広告を見たり、こっそり人間観察をしていたり、ぼーっと考え事をしていたり。

でも、今なら、スマホを手に取るでしょうね。



みなさんは、どうしているのかしら。

たまに電車に乗った時に目にするのは、高校生や若者のほとんどがスマホいじり。LINEか、ゲーム、SNSなのかな?

車両に一人、二人くらいが、ブックカバーをした本を読んでいました。
なんだか、ホッとして嬉しくなりました。


大人の人は、目をつぶって寝ているか(年配の方)、スマホを手にしているか。

確かに、スマホがあれば、暇な時間はありません。
ネットに繋がっていれば、どこにいても、たいていのことが済ませられます。


逆に、スマホがないと、手持無沙汰でどうしていいのかわからない人もいるのでは?

便利な道具は、賢く使えばいいのですが、道具の奴隷になってしまうのでは本末転倒。


ゲームやLINEで時間を費やすのはもったいない気がしますが・・・、
それも人、それぞれなのかしらね。





◇子供たちの事情は?


自宅にいてもゲーム。友達と遊ぶ時も、一人ひとりが持っているゲーム。
移動する車の中でもゲーム。
スーパーの中でも、レストランでも、イベントをやっているときでさえも、ゲーム。

そんな子供が珍しくない昨今。


子供たちにとっていちばん影響があるのは、学習と体験活動でしょう。


ゲームをする時間の制約や約束事がなければ、最低限の宿題だけはやって、あとの時間はゲームをしたいのでしょうね。

ゲームにとって代わってしまった時間は、家庭での復習や、自分が興味があることについての調べ学習。
友達同士で身体を使って遊ぶ体験や、自然の中での遊び。
読書。お手伝い。その他、趣味など。


中でもいちばん深刻だと思うことは、ゲームをして一人の時間を過ごすことで、友達同士、地域の人と、さらに家族とのコミュニケーションでさえも不足してしまっていることだと思います。


バーチャルな空間や文字のやりとりではなく、実際に対面して相手の目を見ながら話すこと。
言葉だけでなく仕草や表情から感じ取る相手の感情や意図、遊びなどの中での起こるトラブルから、お互いの思いをぶつけあうことで解決していく過程・・・。

どれも、子供時代に体験しておかなければいけない体験です。
自分の思いを相手に伝えられず、また、相手の気持ちを汲み取れず、情緒や感情、言葉の機微が理解できない無味乾燥な人間になってしまいます。

何かトラブルが起こっても、自分で解決していく経験値が不足しているたため、穏便に解決できずに一気に殺傷などの暴行に及んでしまうことだって、あり得ます。



つまるところ、社会や大人、特に保護者の責任が大きいと思うのです。


親自身が子供の面倒をみずに、大人しく子守りさせてくれる「3DS」などのゲームやスマホに任せておいて、自分もスマホでゲームをしていたり、LINEに夢中になっていたりすることが、往々にしてあるのではないでしょうか?

おっぱいをあげるお母さんが、お母さんをじっと見つめている赤ちゃんの顔を見ずに、スマホに夢中になっていることだって、残念ながらあるのです。


現代の子供たちだって、子供時代、本当はいろんな経験をしたいと思っているはずです。
子供時代だからこそ感じ取れる感動、得難い経験を味わえるなのはずです。


ゲームがない頃は、暇になれば友達と遊んだり、外へ出で虫採りや魚釣りをしたり、夏はプールへでかけたり、図書館から本を借りて読書したり、自分で手作りのおもちゃを作って遊んだり、家の人と海水浴に行ったり・・・。

ゲームやスマホに時間を費やしていると、本当なら子供時代に体験しておきたい様々な経験はしないまま。
その子が大人になって、どんな日本人になっているのか、親は想像するのかしら?

親自身がゲームやスマホに夢中になっていれば楽しいから、それでいいと思っているのかしら。

あまりにも、享楽的で刹那的な時間を過ごしてしまうことに対する危機感、警戒心や虚しさは、感じていないのかしら。

ちゃんと、心や身体は育っているのかしら。

思いやりの心や、他人とコミュニケーションをとる能力は身についているのかしら。



私は、子供たちは他人と触れ合い、ぶつかり合う中で、自分自身でトラブルを解決でき、ちょっとのことで落ち込まず明るくたくましく生きていく人間になってほしいと願っています。

せっかく自然に囲まれ、自然に恵まれている土地に生まれ育っているのだから、故郷を愛し、誇りに思い、故郷で生きていきたいと願う日本人になって欲しいと思っています。

大切なことを経験しないまま、手もかからず、ゲームをしていれば静かにしていて、なんとなく無事に育っているように見えるお子さんの、実際の身体と心は無事に成長しているのかしら・・・。

そのまま大人になって、大丈夫なのでしょうか。
そんな日本人ばかりいっぱいになってしまって、いいのでしょうか。
警鐘を鳴らす人は、いないのでしょうか。




◇子供会の行事で


以前のブログで、子供会の行事に参加する地域の子供たちの実態を書きました。

今年の春、我が家が子供会の担当だったので、例年3DSばかりやっている子、マグロのお寿司ばかり食べようとしていた子に、ちょっと違う体験をしてもらおうと考えました。

年度末のお別れ会の案内には、「みんなで楽しく○○大会!」と。
ゲームの持ち込みを禁止するようなことは、書きません。


当日、いつものように、せっかく子供会の行事でみんなで集まっても、自分の3DSで黙々と遊んでいる子供たち(我が家の息子たち以外、全員・・・)。

もちろん、保護者も一緒に参加して、親同士でおしゃべりしています。
若い保護者の方ばかりです。


今回は、手作りの「福笑い」を作って、みんなで遊んでみました。

面白い形の目や鼻などのパーツを作り、手ぬぐいで目隠しをして、福笑いに挑戦します。

初めて体験する遊びに、何をするのかよくわかっていない子も・・・。

でも、まじめにちゃんとした顔を作ろうとするのに、おかしな表情になってしまう福笑い。
少しずつ完成するたびに、大きな笑い声が広がります。

チラっ、チラリとみんなの様子を見ながら、隅の方で一人でゲームをしていた子も、とうとうその場にゲーム機を置いて近づいてきました。


イソップ物語『北風と太陽』の、太陽の作戦。 ひとまず成功です♪



もうひとつ。

一人ひとりに配るお菓子の他に、ちょっと高級なお菓子を景品にした「大じゃんけん大会」を企画しました。

はじめは大人も入って、みんなで対戦です。


ルールは簡単。
二度つづけて、同じ人が勝つまで、じゃんけんをします。

なかなか連続で勝ち抜く人は出てこないので、飽きっぽい子は、すぐに諦めてしまいます。

一度勝った子には、メダルを首に懸け、負けてしまうと次に勝った子に剥奪されます。
途中から大人は抜けて、子供たちだけで・・・。

とうとう、みごとに二回続けて勝ち抜く子があらわれると、拍手喝さい、大盛り上がりです!
ちょっと高級なチョコレートなどの景品をもらって、得意満面♪

よーし、今度は自分が勝つぞと、単純な子は燃えてきます!



その後は、豚児たちが持参した「ベイブレード(ベイゴマの現代版)」を、初めて遊ぶ女の子たちにも教えてあげて、みんなで遊んでいました。

子供たちは、ゲームやおもちゃがないと遊べないと思いがちですが、手作りのゲームや単純なゲームでも、みんなで遊ぶとけっこう楽しいことを、知らないだけなのです。

座布団を重ねたり囲ったりして、秘密基地のようなものを造るのも楽しいようです。


生まれた時から、欲しいおもちゃは何でも与えられ、時や場所を気にせず、やりたい時はいつでもできるゲームを手にしていれば、他の経験はしなくても、気にならないのかもしれません。
本人も親も、静かに時間を過ごせれば、それで満足していることもあるのではないかしら。


子供会でみんなで集まっていても、町内の異学年の子供同士で遊ばせる意義を感じず、ひたすら一人でゲームをしている我が子を諌めるどころか放置して、親は親でお酒を呑んで楽しくおしゃべりしているのですから・・・。


自分の家でよそのお子さんを預かっているときには、「郷に入れば郷に従え」で、我が家の遊び方やルールで、よその子も遊ぶようにさせていますが、町内会の子供会、運動会などの場で一人でゲームに夢中になっていても、声をかけることは・・・、できません。


幼稚園の先生や学校の先生とお話しする機会に、園や学校行事、公的な行事では、参加したり観戦することが子供たちの組織や地域の一員としての役割でもあるから、子供たちや保護者に声をかけて啓蒙する機会にしていただきたいと、お願いしています。

お節介で余計なお世話だと思われても、周りの大人がそれでよしとして過ごしていては、子供たちにどうすることが場にふさわしい態度なのか、学ぶことができません。


まず、自分の子供には、時と場所をわきまえることをちゃんと教えていきたいと思っています。



◇我が家のゲーム事情



我が家の豚児たちの夏休みも、始まっています。

今週の午前中は「夏休み学習タイム」として、朝勉強するリズムをつくるために、学校(今年は公民館)で勉強する機会を設けてくれています。

参加は自由ですが、毎日出かけていき、宿題をやったり、先生方に終わったところまでの丸付けをしてもらったり、夏休みの自由研究や工作などの相談にのってもらったりしてきたようです。


午後からは、毎日自転車に乗ってプールへ行きます。
学童保育の子供たちが引率されてプールに入るときには、50人以上来るそうですが、その他の日は、ほとんど息子たち二人の貸し切り状態。

暑い日でも、ほとんどの日はプールはガラガラなのが、不思議です・・・orz


そして、帰ってきておやつを食べて、ひと遊び。友達が遊びに来ることもあります。

その後は、おにぎりを食べてスポーツ少年団活動に出かけ、帰宅して夕飯を食べてお風呂に入って、また少し遊びます。

遊ぶのは、野球盤やベイブレードだけでなく、テレビゲームです!




実は、この夏の長男の誕生日に、テレビゲームをプレゼントしました。

豚児たちは、個人で遊ぶ3DSのようなゲームは欲しがらず、テレビで兄弟や友達、家族、ばあばとも遊べるゲームがあるといいなあと言っていました。


前からみんなで欲しいなあ~と思っていたのが、今さらながらの「Wii」です( *´艸`)♪

マリオカート、バスケや野球、テニスなどのWiiスポーツ、チャンバラやカヌー、遊覧飛行などのWiiリゾート、そして、実車のカーレースゲーム…。

「持っているけど、もう遊ばないから…」と、お友達が本体やリモコン、ハンドル、ゲームソフトまで『長期無償貸し出し』してくれました。+.。ヽ(*>∀<*)ノ。.+。♪  4人も一緒にあそべるんです。


息子たちは、テレビの前で身体を激しく動かして、めっちゃ楽しそうに遊んでいます。
ばあばも、ソファに座ったままできる遊びを子供たちがすすめて、一緒に遊んでいます。

母は、「GT」というカーレースにハマっています。
運転技術がなかなか難しくて、真っすぐ走れずにすぐに壁やガードレールに激突してしまいますが、少しずつ上達して・・・いるかな?
「本物の免許、持ってるのおかーさんだけなのに・・・ww」と、からかわれてしまいます。



各メーカーの気に入った車を運転することができるので、毎回、スカイラインのハンドルを握っています(^ー゚)b 



小さい画面で一人きりで遊ぶのではなくて、兄弟で競ったり、自分のベスト記録を目指したり、友達とワイワイしながら遊べるのが、楽しくて飽きないようです。


●遊ぶ時間
●休憩すること
●テレビの近くに行き過ぎないこと

これらを約束にして、汗をかくくらい夢中で遊んでいます。




今のところ、ゲームだけで遊ぶことはなく、プールにも行き、自転車に乗って公園に行ってキックベースなどもやり、よく風の通る明るい廊下で読書もして、いろんな体験をしながら夏休みを過ごしています。


こんな遊び方なら、ゲームをしながらコミュニケ―ションがとれて(兄弟で勝った、負けたでケンカもしてます)、体力もついて、反射神経が身についたり、手先が器用になったり、リズム感がついたりするメリットもあるのかも、思っています。(母は、「太鼓の達人」をやってみたい・・・w)

ばあばには、認知症の予防になるし、筋力をつけることにもなり、子供たちにとってはばあばのペースで遊んでもらうことで、手加減をしたり思いやりを持って接する経験にもなります。




ですから、いちがいに、今流行している「ポケモンGO」もよくないゲームだとも思いません。

新しい技術、ツールで、楽しく安全に遊ぶためには、親子で約束ごとを決めて、他人に迷惑をかけなければよろしいのではないかと。

ただ、ゲームで遊ぶ人の注意喚起だけでなく、メーカー側の設定ポイントの仕方、マスコミの煽り方には問題があるのではないかしら。


急激に盛り上がるブームだと、醒めるのも速いのかもしれませんが、お祭りに熱狂するかのような多くの日本人の姿に、よからぬことに対しても簡単に扇動されてしまう危険性も感じてしまいます。

物事の判断基準が、快や不快、楽しいやつまらないといった生理的で本能的なものだけになり、理性や知性を働かせることがないまま、気づかないうちに操られてしまったり取り返しのつかない言動を集団で行ってしまうような状況になってしまうことも、無いとはいえません。


しかも、親や学校、社会から何の制約も受けずに、好きなだけやりたいだけ場所も時間もわきまえずにゲームなどし放題の子供たち、若者がそのまま大人になったとしたら・・・。

人として身につけるべき理性や知性はまとわず、快か不快、楽か苦だけの判断基準で生きていく日本人ばかりになってしまったら・・・。

人と関わらないことから、コミュニケーション能力も見につけずに、自分中心の利己的な言動ばかりする日本人だらけになってしまったら・・・。

前回のブログでも紹介した「19の警告」に、そのままあてはまってしまう日本人の出現。
今、切実な社会問題となっているのではないかと、心配でたまりません。


 愛国心の消滅
 悪平等主義
 拝金主義
 過度の自由要求
 道徳軽視
 3S(スポーツ・セックス・スクリーン)の奨励
 ことなかれ主義の政策
 無気力・無信念
 義理人情の抹殺
 俗吏(ぞくり=役人をあざけっていう語)・属僚(下級役人の仲間)の横行
 否定・消極主義
 自然主義
 刹那(せつな)主義
 尖端主義
 国粋主義の否定
 享楽(きょうらく)主義
 恋愛至上主義
 家族制度の破壊
 民族的歴史観の否定。


日本人をダメにするための政策があることを知り、それにのせられ踊らされたままでいたら、堕落の一途をたどります。

それを食い止め、国として、個人として目指すべきものが何か、その指標を立て啓蒙できるのが、本当の教育とマスコミの果たすべき役割です。

子供を導く親に対しても、公教育や家庭教育で身に付けられなかった「日本人としての生き方」「理性的で知的で粋な生き方」を、一緒に学んでいきたいです。

教育の現場やマスコミの在り方は、政府がダメなものはダメと大ナタを振って、改革することも必要です。反日教師、反日マスコミをのさばらせておくことは許してはいけません。



ネットの影響が大きくなってきたとはいえ、一度に多くの人に情報を伝えることができる媒体は、やはりテレビです。

悪影響を及ぼすコンテンツは垂れ流しさせず、心温かく優しくなれるようなプログラムは推奨する。

安倍総理大臣の下、売国奴の反日議員は大臣などに登用させず、愛国心のある理想に燃える政治家に大切なポストを任せ、日本をリードしていってほしいです。

NHKの改革も進め、民放各局にも巣食う在日、反日職員を一掃し、まともな番組をつくるように指導してほしいです。


「教育」と「マスコミ」。

3S政策で骨抜きにされてしまった日本人を取り戻すために、大切な役割を果たしてほしいです。





おしまいに。


 ↓ ↓  すごい歌、発見しました。 ↓ ↓

【オリジナル】愚民化政策の攻撃受けた日本の歌【3S政策】



名曲かも(^-^*)
Posted at 2016/07/29 06:42:32 | コメント(3) | トラックバック(0) | 斯くあるべき | 日記
2016年07月27日 イイね!

3R5D3S・・・(´・ω・`)?? 日本弱体化、獣化計画!Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)))

3R5D3S・・・(&#180;・ω・`)?? 日本弱体化、獣化計画!Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)))

【流行】(りゅうこう、はやり)

 「物事が河の流れる様のごとく世間に流布する」が語源。





1. ある社会のある時点で、特定の思考、表現形式、製品などがその社会に浸透・普及していく過程にある状態を表す。Mode、Trend、Fad、Fashion。
 ※急激に普及し、あっという間に消えてしまう流行を、ファッド (fads) と呼ぶ(例:1990年代後半に数か月だけ流行したたまごっち)。いっぽうで、長期にわたり流行し、その社会に定着する流行を、ファッションと呼ぶ(例:ジーンズ)。

2. ある疾病が比較的限定された期間内に通常以上の頻度で発生すること。
  epidemic, pandemic(伝染病、パンデミック)。

3. 松尾芭蕉の俳諧理論において、時とともに移ろうことを意味する。
  対義語は「不易」(いつまでも変わらないこと)。



「流行」とは、いつの時代にも、どんな社会にも見られるものです。



1973  「ちょっとだけよ」「あんたも好きねえ」
1976  記憶にございません
1977  ふつうの女の子に戻りたい
1979  口裂け女  インベーダー
1983  積み木崩し
1985  新人類  金妻  お二ャン子
1988  バブル景気  しょうゆ顔、ソース顔  自粛
1989  消費税   オタク  イカ天   ヒロセタカシ現象

流行・風俗年表 - 戦後昭和史より



うんうん。
昭和の時代にも、あった、あった。

懐かしいわ~ァ ‘`♪ヾ(‘∀’o)ノ


「和を以て貴しとなす」 を大切にしてきた日本。


ヨーロッパや大陸の民族が、「勝者の権利」を前提に「被支配者は支配するもの」として植民地化、併合をはかってきたのとは対照的に、八百万の神々の下、みんなで仲良く、協力し合って共に暮らしていこうとした日本的な和合の精神が、同じものにみな熱狂し、流行を作り出すお国柄を作っていったのかもしれません。


きっと、今回のブームも、日本的な流行の一つなのでしょう。


私は、・・・、少しも興味がわかず、熱狂する人の気持ちがちょっと分からないのですが。

おそらく、今までのゲームとは違って、屋外で、バーチャルな世界の中を移動しながら楽しめることが、画期的なのでしょうね。

ちょっとした冒険に出かけた「スタンド・バイ・ミー」のあの子たちのように、日常の中の非日常を楽しんでいるのかしら。


人それぞれに、趣味も興味も違っているものだから、今回はたまたま、自分が分からないだけ。


でも。


なんだかちょっと、心配なんです。

「流行」が来る前から、NHKのニュースで、「アメリカで大ブーム」「日本でも配信」て煽っていたし。
交通事故や、危険で迷惑をかける行動がたくさん報告されているし。

・・・そんなに夢中になれるほど、楽しくて仕方ないものなのかしら。



今回の多くの人の行動は、「3R5D3S政策」が成功(日本人にとっては残念無念…orz)してしまった証なのではないのかしらと、不安になっています。

杞憂に過ぎなければいいのですが・・・。






以下、

隠された真実
『幸食研究所』さまHPより、転載させていただきます。

(改行、強調、リンクなど、一部手を加えさせていただきました)


GHQによって行われた占領政策の絶大な威力とは


かつて日本には数多くの 尊敬すべき人がいました。
(かつての)日本人の高潔さ、偉大さを思うにつけ戦後日本人が、どれだけのものを失ったかは計り知れません。

何故、日本人は変わってしまったのでしょうか。

それは日本人の精神を荒廃に追いやった、戦後の日本弱体化計画でした。

日本弱体化計画の中心になったのは、GHQのユダヤ人たちでした。

ユダヤ教の長老(ラビ) モルデガイ・モーゼは、GHQで日本弱体化計画を立案した一人ですが、その著書『あるユダヤの懺悔 日本人に謝りたい』では自らの過ちを深く詫び、戦前の日本精神に立ち直って欲しいと訴えています。


モルデガイ・モーゼ

日本人に謝りたい―あるユダヤ人の懴悔(昭和54年) モルデカイ・モーゼ著




著名なコラムニストで投資アドバイザーであっマイケル・アームストロングは、著書『日本人に感謝したい』(原題『米国の対日戦略の真実』)で、ルーズベルトが日本を戦争に引きずり込むために仕掛けた様々な罠について述べ、日本人の戦争を、自衛のためと位置づけています。

日本人に感謝したい―アメリカの対日戦略成功の秘密 (1981年)
マイケル・アームストロング著






●日本人の偏った戦争知識


残念ながら、戦後の教育受けマスコミの偏向報道によって報じられる、「日本が悪」という論調を信じている人には素直に受け入れられないかもしれません。

戦後、悪と思い込まされてきた日本の戦いは実は光と影が逆転したものであって、真実は巧妙に隠されてきました。

逆転した真実が理解できれば、多くの偉人を輩出し、自然を愛し、和を重んじ、細やかな芸術を育ててきた日本と、侵略戦争と糾弾された日本との落差の原因がどこであったか、理解できると思います。

大東亜戦争以外の戦いでも、日本人強靭な精神を前にして清国は戦う前に意欲を失い、日露戦争においても世界最強であった帝政ロシアの軍隊が、日本人の自己犠牲と強靭な精神力に屈しました。

アメリカも日本と戦い自己を捨て大儀のために順ずる日本人的精神がどれだけ恐ろしいのか痛感し日本を永遠の三流国という位置にとどめるようにし、占領政策を行いました。

第二次世界大戦後、日本はポツダム宣言を有条件で受諾したにもかかわらず、マッカーサーは日本が武装解除をした途端に、あたかも無条件降伏したかのように服従を命じました。

「連合国は、いかなる点においても日本国と連合国と平等とみなさないことを日本国が明確に理解するように希望する。日本は文明諸国間に地位を占めることも認められていない。敗北せる敵である。最高司令官は日本政府に命令する。交渉はしない」






●日本弱体化計画とは


そして日本弱体化計画で行われたのが3R 5D 3S政策でした。
これは安岡正篤氏の著書「運命を創る -人生訓-」で唱えているGHQによる日本弱体化計画の内容を要約した呼称です。同氏は終戦後、占領軍司令部から国家主義の右翼思想家と誤解され、連合国軍最高司令官総司令部によりに公職追放された人物です。

しかし、占領軍司令部の中には「プロフェッサー・ヤスオカ」と尊敬の念を抱く兵士もいた程の人物です。その著書の中で占領政策についてこのように書かれています。

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この欠陥(昭和の教育が知識、技術に偏り人間学の教育が無かった)が終戦後また現れまして、占領軍の日本統治に対して対応する仕方を全く誤りました。占領軍は、むしろ日本を非常に買いかぶっておりましたから、いかにこれをアメリカナイズするかということにたいへん研究を積んでおります。
このアメリカのGHQの対日政策というものは実に巧妙なものでありました。

この政策に巧妙な解説がありますが、たとえば3R、5D、3S政策というものです。

これについて、私に初めて説明した人の名前を今、記憶しないんですが、当時GHQにおりました参事官でガーディナーという、ちょっと東洋流の豪傑のようなところもある人物からも直接聞いたことがあります。

それによると、3Rはアメリカの対日占領政策の基本原則5Dは重点的施策3Sは補助政策です。

<中略>

新憲法も、あれを受け入れるならば、「日本が独立の暁には、この憲法は効力を自然に失う」という付則をつけておくべきであったが、そういうことも何もしていない。ドイツなどは、それをちゃんとやったのです。
これをやらなかった日本は、本当に間抜けというか、意気地なしというか・・・、そしてアメリカ流のデモクラシーに則って諸制度を急につくり上げてこれを施行したわけです。

安岡正篤著「運命を創る -人生訓-」より
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                            運命を創る―人間学講話 安岡正篤著 




●その内容とは


初めの3Rとは占領政策の基本原則です。

Revenge(復讐)アメリカ軍は戦争をしていた相手ですから、占領時の日本に対して憎しみが強かった事は仕方ありません。
Reform(改組)日本のあらゆる組織を抜本的に組み替える事です。当時は内閣や日本軍だけでなく省庁でさえ変更されました。
Revive(復活)様々な組織や仕組みを都合の良い様に作り替えてから復活つまりは独立をさせると約束します。そのまま抹殺してしまうのは非人道的であり、占領される側(日本)にも希望を残しておく必要があったからです。

簡単に説明すれば、アメリカ軍は復讐を兼ねて都合よく改組する事を、日本に協力させる為に復活する事を約束するという基本原則なのです。最後の復活(独立)という餌をちらつかせ、あたかも日本人が進んで協力しているかの様に見せかけたのです。


次の5D日本を弱くするための重点的施策です。

Disarmament(武装解除)
Demilitalization(軍国主義の排除)
Disindustrialization(工業生産力の破壊)
Decentralization(中心勢力の解体)
Democratization(民主化)


この5D政策によって日本は、徹底的に弱体化されていきます。

この5つの『D』を基に、当時の大日本帝国憲法を廃棄して、現憲法を施行します。しかし、この現憲法は、占領国によって被占領国に恒久的な憲法を押し付けてはならないとの国際法を無視したものでした。ドイツでは占領軍の憲法を占領期本法と認識し、独立を成し遂げたあとに自主憲法を制定しましたが、日本はその為の附則すらつけなかった為、現在に至るまで新憲法は効力を発揮しています。

まず、新憲法により日本は戦争を放棄し、軍を持つこともできなくなりました。これは有名な憲法9条にあたります。天皇を元首から引き降ろし、新憲法では天皇を象徴と定めます。当時、天皇は日本国民から神の子と考えられ、皇室は神道とも密接な関係が有りましたが、新憲法では天皇の下に集結し団結する事の無いようにされます

そして当時の軍国主義を支えた産業力を打ち壊すため、自動車・アルミ・ニッケル・マンガン製造にいたるまで、軍用への転用を恐れて解体させられました。

当時、軍と同じように力を持っていた警察も分解され、国家警察と地方警察に分解されました。現在の警視庁と警察庁の管轄が違うのは、この時の名残といえます。
また、財閥も解体され 、国家の管理であった電力会社も、全国9つの電力会社に分割されました 。

最後に、屈強だった日本の歴史的・民族的な思想や教育を排除してアメリカ的に民主化していく事で、日本人は権利のみを主張させる風潮をつくり、2度と日本が強い力を取り戻せないようにされました。



そして補助政策とされていた3Sとは現在においても根深く残っています。

Sex(セックスの開放)
Screen(テレビや映画の活用)
Sports(スポーツの奨励)


これらは国民に娯楽を与え、政治への関心を薄れさせる狙いがあります。

現在の私たちでもこの政策を見れば「国民は政治などのよけいな事は考えずに、与えられた娯楽を楽しみなさい」といったメッセージすら受け取れます。

しかし、当時の日本では、政府が全ての政策を受け入れていましたので、国民は気が付かない内に洗脳されていったのです。

娯楽の王様である映画では、アメリカ映画が流され、強烈なショックを日本人に与えました。アメリカ映画に出てくるのは、広くてきれいな家。そのなかに物が豊かに溢れている。そして、ガレージには派手な車。それに乗って外出し、パーティーではリズミカルな音楽に乗って楽しく踊る。そんなスクリーンに映し出されるアメリカの生活を見て、当時の食糧さえ事欠く自分たちの乏しい生活を比べると、どう思ったでしょう?

当然、多くの日本人はプライドを打ちのめされ、アメリカに対して羨望の気持ちを持ち、アメリカの様になりたいと思ったでしょう。豊かな暮らしに憧れる事は、経済的に日本人を駆り立てる原動力にはなったとは思いますが、精神的には腑抜けになってしまっていきます。何せ負けた相手に憧れを抱くのですから…

映画だけでなくテレビも同様でした。かつての日本人は、高い精神性と「江戸しぐさ」に代表される高いマナー意識を持っていたのですが、テレビで低俗な娯楽番組を流す事で、心の持ち方まで変えられてしまいました。

テレビの問題は現在も根深く残っていて、自然流育児を唱えている真弓定夫先生監修シリーズの『麻薬より怖い!?脳毒(3)~テレビが脳を汚染する~』でも取り上げられています。

今や、テレビは国民を特定の政党や団体の都合の良い方向へ意識的に誘導したり、企業による利益追求をしたりする洗脳の一番の道具となっています。


スポーツも民族としてのバイタリティや活力、活気を発揮する場が無いので、代わりに精力を発散できるように持ち込まれました。
日本は戦前から参加しているが、オリンピックなどその為に最も都合が良く、戦犯とされたにもかかわらず日本が参加できなかったのはロンドンオリンピックだけです。

オリンピックとアメリカは関係無さそうに見えますが、オリンピックはギリシャのアテネが発祥と言われている割に、最多開催国となっているのはダントツでアメリカです。ヨーロッパの国でさえありません。これだけ見ても、アメリカがオリンピックにおいても、大きな発言権を持っている事が分かります。

また、スポーツを通して、「勝ち負け」という意識を強く植え付ける事も目的でした。
かつての日本は、村社会の様に「和」や「輪」といった考えを重視し、子供の遊びでさえ、お手玉や羽子板の様にいかにお互いで長く楽しむかというものでした。

しかし、戦後のスポーツでは、「いかに相手よりも点を取るか」「いかに相手に勝つか」という西洋の考え方や文化を刷り込まれていったのです。



●行われた情報操作


敗戦後、テレビや新聞のマスメディアにおいても占領政策を推進するためのGHQによる検閲が開始されました。
番組の構成偏向などもGHQが管理していましたので、日本人は情報に関してもGHQの思い通りの情報しか与えられなくなります。

1945年にGHQが発表した検閲指針


1、連合国最高司令官への批判
2、東京裁判(極東国際軍事裁判)への批判
3、連合国最高司令官が日本国憲法を草起した事にたいする批判
4、検閲制度に対する批判
5、アメリカに対する批判
6、ロシアに対する批判
7、英国に対する批判
8、朝鮮人対する批判
9、中国に対する批判
10、ほかの連合国に対する批判



この他20項目の検閲指針があり、SCAPINといわれる連合国軍最高司令官(SCAP)から日本政府宛てに出された訓令の中で細かく命令されていきます。
SCAPINの中には、検閲だけでなく、国旗掲揚の許可、漁業権の範囲を定めるもの、など多岐に渡り、1945年のSCAPIN-1から1952年のSCAPIN-2204まで、様々な指示がありました。
それらの目的は日本から国家主義と軍国主義を一掃することとされています。

厳しい検閲に慣らされた日本の政治家やマスコミは、正しい発言や情報発信を報道する勇気を失っていきます

現在においても、反日対策を強行する中国や韓国に対して何らかの反論ができないのは、その時代の名残がマスメディアに根強く残っているからです。中国や韓国が日本の侵略戦争と叩いているのは、それが自国の国益に利するからです。しかし、日本人が真実を知らないがまま、それに同調しているのは、とても残念なことです。

日本国内で大東亜戦争とは、欧米列強からアジアの植民地を解放する戦いであったと位置づけていましたが、東京裁判と、それに続く様々な洗脳政策により、大東亜戦争は太平洋戦争と言い換えられ欧米列強が「正義」に、日本が「悪」とされてしまいました
(大東亜戦争や東京裁判に関しては後日詳しくまとめます)




●最後に



冒頭のモルデガイ・モーゼ著『あるユダヤの懺悔 日本人に謝りたい』より抜粋します。

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「わが国として気をつけねばならないことはわが国に向けられている数々の企てである。
それは、

愛国心の消滅
悪平等主義
拝金主義
過度の自由要求
道徳軽視
3S(スポーツ・セックス・スクリーン)の奨励
ことなかれ主義の政策
無気力・無信念
義理人情の抹殺
俗吏(ぞくり=役人をあざけっていう語)・属僚(下級役人の仲間)の横行
否定・消極主義
自然主義
刹那(せつな)主義
尖端主義
国粋主義の否定
享楽(きょうらく)主義
恋愛至上主義
家族制度の破壊
民族的歴史観の否定。


以上 19の企てをもって、わが国の持っている非常に理想的なものを潰そうとかかってくる強い勢力がある」
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これは、同じ敗戦国であるドイツの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスがドイツ国民に与えた、19の警告です。これはゲッベルスが、開戦の前から何かしらの強い勢力の企てが、自国に向いているから気をつけなさいとドイツ国民に向けて忠告した言葉です。

これを人類獣化計画と呼んでいます。


ドイツの宣伝相 ヨーゼフ・ゲッベルス



まさに戦後から現在に至る日本の姿ではないでしょうか?

今の日本を考えてください。

日本人に向けての獣化計画がどれだけ上手く行ったかがよく分かるはずです


現在の行き詰まった社会情勢の中では、このようなトラウマや支配から抜け出し、戦後失われてしまった、古き良き日本の文化や風習などを見つめ直すと共に、日本人として人間としての大切な生き方を取り戻さなければなりません。


(以上、転載 了)









                    りょ、了解だにゃ~。


Posted at 2016/07/27 23:45:56 | コメント(2) | トラックバック(0) | 憂う | 日記
2016年07月25日 イイね!

昭和という時代

昭和という時代
当地でも、夏らしい暑い日々がつづいています。

東北の地に住むようになってから、我慢できないほど蒸し暑く感じる夏の日は、一年に2~3日だけで、湿気の少ない快適な夏を過ごしています。(故郷での猛烈な暑さを知っているため、多少のことでは我慢できるのかもしれません)


長い日本列島。

強い日差しの場所もあれば、豪雨で被害が出た地方、水不足の地域、冷夏の兆しの冷たいヤマセが吹く地方・・・。
様々な気象、気候が、人々を楽しませ、苦しめ、また作物に恵みを与え、過酷な状況に追いやる。

それが、日本と云う国なのですね。



昭和天皇のこんなエピソードを聞いたことがあります。

梅雨の晴れ間に、お付きの人から「今日はよいお天気ですから・・・」と散歩をすすめられた昭和天皇は、
「雨が降らなければ困る人も、たくさんいる」 と仰った。


よい天気が嬉しい人もいれば、よい天気に困っている人もいる。

日本という国は古来より、朝早く起きて、汗を流して田畑を耕し、水を分かち合いながら、秋になれば天皇家を中心に五穀豊穣を祈ってきた「瑞穂の国」です。

そんな、北から南、一様ではない自然と気候の中で、お米を中心とした農作物を育てながら、自然に翻弄されながらも工夫改良し、懸命に生きてきた日本人一人ひとりの姿を、昭和天皇はいつも心に留めて、祈りを捧げてくださったのです。



 賊冦之中過度我身(賊冦の中、我が身を過し度せよ)
 毒魔之中過度我身(毒魔の中、我が身を過し度せよ)
 毒氣之中過度我身(毒氣の中、我が身を過し度せよ)
 毀厄之中過度我身(毀厄の中、我が身を過し度せよ)
 五急六害之中過度我身(五急六害の中、我が身を過し度せよ)
 五兵六舌之中過度我身(五兵六舌の中、我が身を過し度せよ)
 厭魅之中過度我身(厭魅の中、我が身を過し度せよ)
 萬病除癒、所欲随心、急急如律令。




これは、宮中祭祀「四方拝」で、天皇陛下が唱えられる、秘密の呪文です。

罪障は我が身を通して悟りへ至らしめん。

この世に起こる罪障を天皇陛下ご自身がすべて引受けられること、を意味します。


「罪障から私を守ってください」ということではないのです。
私たちが神様の前で祈りがちなこととは、正反対なのです。


こんなエピソードを知る時、日本人に生まれてよかった、
天皇陛下のいらっゃる日本に暮らせて幸せだと、心から思います。



……………………・・


私は、自称「皇室ウォッチャー」です (*゚∀゚)b

小さい頃から、「ミユキ野球教室」の後に「皇室アルバム」を見るのが楽しみでした。
(その前の時間帯には、「ルパン三世」や「ミンキーモモ」が放映されていた記憶が・・・。CМは「よこちのペット」「学生服のヤマダ」「マツザ~カヤ~♪」)

当時の皇太子ご一家、中でも同年代のさーやの幼少期のかわいらしさにはトキメキと憧れを抱き、思春期の野暮ったさには、友達になって変身させたいと思うほどの親近感を感じていました。


イギリスのチャールズ皇太子ご結婚の頃には、リアルなお姫様ダイアナさんの一挙手一投足にドキドキ。(その後の波乱万丈の英国皇室には、ハラハラドキドキ!)

日本のお二人のプリンスは、どんな素敵なお妃様とご結婚されるのか、ワクワクしました。

こんなミーハーで軽薄な皇室ファンの私にいっそう拍車をかけたのは、礼宮(あやのみや)様と川嶋紀子さんのご成婚♡

こんなかわいらしくて素敵なお姉様が、まだ日本にいたのかしら! と驚きました。


はにかんだ恥じらう笑顔の、なんと可愛らしいこと♪
テレビのないお宅で育ったといわれる、驚きの家庭環境♪
お父様は学習院の教授で、お母様はなんと静岡のご出身♪
幼少の頃からアメリカやドイツなどに暮らし、英語もドイツ語もペラペラ♪
紀子さん周辺の関係者に評判を聞いても、みんな紀子さん大好き、紀子さんファン♪
ジョギングしているときでも、報道関係者がいれば立ち止まって、ニッコリ笑って会釈♪
スタイルは抜群、ナイスバディ、イケイケのボディコンファッションが流行する中、清楚な装い♪


昭和天皇がご崩御され、平成の時代に変わり、自粛ムードから新しい時代の明るい光が、礼宮さまと紀子さまの婚約、ご結婚で射してきた感じがしていました。

紀子さまフィーバーが巻き起り、皇室ファッション、ご公務のご様子、眞子様ご誕生と、平成皇室にはさわやかで明るい話題がいっぱい♪
紀子さまのお人柄をうかがうことができるエピソードを知るたびに、なんて素敵な方なのかしらと、憧れの眼差しで仰ぎ見つつ、楽しくウォッチングしていました。


そして、冷夏のため、米不足が深刻となった平成5年(1993年)6月。
なかなかお妃が決まらなかったご長男、皇太子殿下が、小和田雅子さんとご成婚。

・・・・・・。


その時から、私たちが予想だにしなかった暗雲が、平成の皇室に広がっていったのです・・・。
はじめは気づかなかった節穴まなこの私でしたが、次第に、あれ? あれれ? なぜ? どうして??
黙って見過ごすことができない怖ろしい実態が、そこにあったのです・・・。


インターネットの発達のおかげで、さまざまな報道、テレビニュース、新聞や雑誌の記事、写真、証言や過去の記録から、さらに既存のマスコミを通さないツイッターやブログなどSNSを介した市井の目撃情報など、様々な方位から多様な視点を持つことが可能となり、ご皇族と皇室の実態が徐々に明らかにされていきました。


皇室掲示板や2ちゃんねるなどの皇室関係スレッドで、皇室に関心がある既婚女性、愛国者を中心に情報や意見交換がされ、真実を隠したい勢力や工作員との戦いも繰り広げられています。

さらに、皇室に関する記事を次々とUPするブロガーさんたちは、妨害や脅迫にあいながら、既存のマスコミによるプロパガンダ、洗脳活動、嘘の流布、報道しない自由について警鐘を鳴らし、真実に迫ろうとしています。


今や、ご皇族や皇室について関心は、保守愛国者、皇室ファンの既婚女性だけのものではなく、一般の人たちの中でも広がりつつあるように感じています。
ご高齢の天皇、皇后陛下のご公務に臨まれるお姿、秋篠宮ご一家の麗しく凛とされた真摯なお姿が、人々に安心感と感銘を与えているのではないのでしょうか。


男系男子による皇位継承の原則、天皇の宮中祭祀が何よりも重要であることなど、日本人一人ひとりが理解し、皇室の大前提を踏まえたうえで、ご高齢の天皇陛下の摂政(譲位でも、生前退位でもなく)に関わる問題をとらえないと、女性、女系天皇、女性宮家、宮中祭祀の軽視など間違った方向へミスリードされてしまいます。

皇室の権威を失墜させ、いずれは廃止する方向へ向かわせようとしている反日、左翼、共産主義者などの売国奴勢力から、皇室と日本を守るため、以下のことを知っておきましょう。


◎天皇陛下は祭祀王である

◎宮中祭祀とその継承こそ、天皇陛下及び皇室の最も重要な役割である

◎世界最古の国・日本は、男系男子で皇位継承(男系女性天皇のリリーフもあった)され続けてきた

◎今上天皇、皇太子殿下、秋篠宮殿下、悠仁親王殿下の順に、皇位継承順位は決まっている

◎譲位(生前退位)は憲法改正の必要あり。『摂政』を置くことで対応できる

◎大東亜戦争後、GHQが日本の弱体化を図り、現在は中国共産党(中共寄り外務省、創価学会、反日左翼)が皇室乗っ取りを企てている



…………………………………………………・・



さて。

話は、昭和の時代へ戻ります。


私が昭和天皇に抱いていたイメージは、「優しい日本のおじいさま」という印象でした。

飄々(ひょうひょう)として、いつも穏やか。
正装されていても、どことなくチャップリンのような親しみを感じる、不思議なお方。

ご幼少の頃のお可愛らしいお姿、青年時代の馬にまたがった凛々しいお姿から受ける印象は、品格あふれるハンサムでカッコいい天皇陛下。


摂政の宮となられてから、関東大震災、226事件や大東亜戦争、開戦。
その後、敗戦国となってしまった日本を、自分の命をかけて救ってくださった昭和天皇。
家族を失い、傷つき、衣食住に困窮する国民のため、日本中を隈なく回って慰められたご巡幸。


質素な生活を送り、身近な植物を愛し、わがままを言わず、エコひいきもせず、国民ひとりひとりを慈しんでくださった昭和天皇。

最後のご出席となってしまった昭和63年の全国戦没者追悼式へは、周囲の猛反対を押し切って、療養中の那須の御用邸からヘリコプターで武道館まで駆けつけ、おぼつかない足取りながら、ご自分で歩いてお言葉を述べられました。

昭和の時代には、そのお優しさの本当の意味と歩まれた道の本当の険しさを理解していなかった自分が、皇室の本当の存在理由と祈りの意味を少しずつ理解し始めている、今。


心に響く昭和天皇のお姿やお声、国民に向けてくださった御心のありがたさに触れ、改めて、昭和という時代を歩まれた昭和天皇に対し、崇敬と思慕の念を抱いています。




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以下、

ブログ「正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現」さま より、
一部引用させていただきます。


【正論】 評論家・鳥居民
産経新聞
2005.8.05  

(一部抜粋)

だが、鈴木貫太郎内閣がポツダム宣言を「黙殺」したがために、原爆が投下されたのだと語る歴史研究者は今もなお存在する。

 一九四五年の五月末から六月、七月に戻ってみよう。

 陸軍長官スティムソンと国務次官グルーは、日本に降伏を勧告するときだと大統領トルーマンに何回も説き、日本側が受け入れることができるように、天皇の地位保全を約束すべきだと主張した。それでも日本が降伏を拒否するのであれば、そのときこそ原爆の投下を警告すべきだと説いたのである。

 海軍長官フォレスタル、陸軍参謀総長マーシャル、海軍軍令部総長キングもまた、警告なしに日本の都市に原爆を投下することには反対の立場であった。

 ≪日本を翻弄した降伏勧告≫

 ところが、トルーマンと彼のただ一人の協力者である国務長官バーンズは、日本に降伏を勧告するスティムソンの草案から天皇の地位保全を認める条項を削ってしまう。

 また、スティムソンの草案では共同提案国にソ連の名前が入っていたが、トルーマンとバーンズは、日本がソ連に和平の仲介を依頼していることを日本外務省とモスクワの日本大使館との間の往復電報から知り、ソ連の名前を削り、重慶の国民党政府に差し替えたのである。日本にソ連への期待を持ち続けさせ、降伏勧告を無視させようとしてのことだった。

 さらに、その降伏勧告をホワイトハウス、国務省からではなく、宣伝機関の戦時情報局から発表させた。日本側をして宣伝文書と思わせるようにしたのである。

 さて、トルーマンとバーンズは、広島と長崎での"原爆実験"に成功した後、直ちにスティムソンとグルーの計画に立ち戻り、天皇の地位保全を日本側に告げることにした。バーンズが手の込んだごまかしをしたことから、日本の歴史研究者はそれが事実上のスティムソン草案の復活であることに気づくことなく、その解明をも忘れている。


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●マッカーサーを感動させた昭和天皇の言葉


「…(終戦時において)陛下に対する占領軍としての料理の仕方は、四つありました。

一つは東京裁判に引き出し、これを絞首刑にする。
一つは共産党をおだてあげ、人民裁判の名においてこれを血祭りにあげる。
三番目は、中国へ亡命させて中国で殺す。そうでなければ、二〇個師団の兵力に相当するかと怯えた彼らです。
また第四番目は、闇から闇へ、一服もることによって陛下を葬り去ることでありました。


いずれにしても、陛下は殺される運命にあったのです。
天皇は馬鹿か、気狂いか、偉大なる聖者か、いつでもつかまえられる。
かつては一万八〇〇〇人の近衛師団に守られたかもしれないが、今や全くの護衛を持たずして、二重橋の向こうにいる。…


陛下の割腹自刃の計画は、三度ありました。
貞明(皇太后)様は、(侍従に、)陛下から目を離さんように命じました。
じつに一番悩まれたのは、陛下でありましたでしょう。


九月二七日、陛下がただ一人の通訳を連れて、マッカーサーの前に立たれたことは、皆様方もよくご承知の通りであります。
ついに天皇をつかまえるべき時が来た。
マッカーサーは、二個師団の兵力の待機を命じました。
マッカーサーは、陛下は命乞いに来られたものと勘違いし、傲慢不遜にもマドロスパイプを口にくわえて、ソファーから立とうともしなかった。

陛下は直立不動のままで、国際儀礼としてのご挨拶を終え、こう言われました。

『日本国天皇はこの私であります。戦争に関する一切の責任はこの私にあります。私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります』

――弱ったのは通訳でした。その通り訳していいのか

――しかし陛下は続けました。

『しかしながら、罪なき八〇〇〇万の国民が、住むに家なく、着るに衣なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように』


天皇は、やれ軍閥が悪い、やれ財界が悪いと言う中で、一切の責任はこの私にあります、絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処せられても…と淡々として申された。
このような態度を見せられたのは、われらが天皇ただ一人であったのです。
陛下は我々を裏切らなかった。

マッカーサーは驚いて、スクッと立ち上がり、今度は陛下を抱くようにして座らせました。
そして部下に、「陛下は興奮しておいでのようだから、おコーヒーをさしあげるように」と。

マッカーサーは今度は一臣下のごとく、直立不動で陛下の前に立ち、
「天皇とはこのようなものでありましたか!天皇とはこのようなものでありましたか!私も、日本人に生まれたかったです。陛下、ご不自由でございましょう。私に出来ますることがあれば、何なりとお申しつけ下さい」
と。

陛下は、再びスクッと立たれ、涙をポロポロと流し、
「命をかけて、閣下のお袖にすがっておりまする。この私に何の望みがありましょうか。重ねて国民の衣食住の点のみにご高配を賜りますように」
と。

そののちマッカーサーは、陛下を玄関(ホール)まで伴い、見送ったのです。


皆様方、日本は八〇〇〇万人と言いました。
どう計算しても八〇〇〇万はおらなかったでしょう。
いかがです?
一億の民から朝鮮半島と台湾、樺太をはじめ、すべてを差し引いて、どうして八千万でしょうか。
じつは六六〇〇万人しかいなかったのです。
それをあえて、マッカーサーは、八〇〇〇万として食糧をごまかして取ってくれました。
つまりマッカーサーは、いわゆる、陛下のご人徳にふれたのです。
米国大統領からは、日本に一〇〇〇万の餓死者を出すべしと、マッカーサーに命令が来ておったのです。

ただ一言、マッカーサーは、
『陛下は磁石だ。私の心を吸いつけた』
と言いました。

彼は陛下のために、食糧放出を八〇〇〇万人の計算で出してくれました。
それが後で、ばれてしまいます。
彼が解任された最大の理由はそれであったというのが、事の真相です。


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●貞明皇太后の前で泣いた昭和天皇

また、さらにご立派であったのは、貞明皇太后でした。

母君の貞明様は、亡くなるまで防空壕の中で生涯を送り、雨漏りのする、そして皆様方、貞明様は法華経の信者でしたから、戦死者のお名前を一〇人ずつ書きながら、法華経をあげて生涯を送られたのです。

その貞明様が、皇霊殿に陛下をお招きになりました。
皇霊殿は高いので、東京の市中が見えるのであります。
焼けただれ、一日千秋の思いでわが子の復員を待つ年寄りたちの姿も、見えるのであります。

貞明様は陛下にそれをお見せになり、
「陛下、国民は陛下のご不徳によって、このように苦しんでおります。この国を一日も早う復興しようと召されず、お腹をおめしになろう(切腹しよう)などとはご卑怯ではありませんか。退位は絶対になりません!」

陛下は、母君の前で頭を垂れて泣かれたそうです。
どうしたらいいのかと。

陛下の万歳を叫んで死んでいった護国の英霊の労苦を労いなさい、遺族の労苦を労いなさい、産業戦士の労苦を労いなさい――これが、後の陛下の行幸(外出)になったのでした。

最初の地は広島でした。
原爆の地、広島でした。
共産党の腕利きが、今こそ「戦争の元凶である裕仁に対して恨みを報いようではないか」とビラをまき、宣伝カーで叫んでいました。
しかし、陛下は一兵の護衛をも持たず、ツギのあたった背広をお召しになり、中折れ帽をかぶって、広島の駅頭に立たれたことは、われらの記憶に新しいところであります。
むしろ陛下がおいたわしかった。
「万歳、万歳」の歓呼をもって迎えられました。

言えばやはり記録に残りましょうから、その県名と市名はもうしませんが、北陸のある所(福井市)においては共産党が、「朕はたらふく飯を食う。汝臣民飢えて死ね」とプラカードを仕立て、二〇〇〇名のデモ行進をやっていました。
「陛下、お逃げなさい」
しかし陛下は、「私に面会を申し込んでいる限り、私が会いましょう」 と言って、皆の前に頭を下げられました。
「皆様方が私を打擲することによって心が癒えるならば、ごずいにめされたがいい。でも日本の国を一日も早う復興し、次の子孫へこの国を送り得てこそ、はじめて護国の英霊に対し、我々が報いる道ではなかろうか」
と陛下は申されたのでした――はっきり言ったほうが良かったのかも知れませんが、場所を。

陛下に向かっての発砲もありました。
八二歳のある老婆が犠牲になったことも、中国地方の一角でありました(広島で、陛下をねらった弾がはずれて老婆に当たった事件)。
陛下の行幸は、そういう中に続いたのであります。…」

歩一〇四記念講演特集号より

◆母君、貞明皇太后の前で泣いた昭和天皇「退位は絶対になりません!」



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【マッカーサーおよび侍従長の証言】

以上が、三上教授の講演の言葉である。
この講演にも出てきた一九四五年九月二七日の天皇とマッカーサーの会見については、辻井圭三氏(キリスト伝道会「活水の群」副理事長)も、こう書いている。
「この件については、第二回目の通訳をされた、内閣情報局総裁であり戦後外務次官も務められた奥村勝蔵氏を通じて、私は詳しく伺いました」
そして、三上教授の言っている通りであると述べている。
実際マッカーサー自身が、のちに回顧録の中で次のように書いたのである。

「天皇の話はこうだった。
 『私は、戦争を遂行するにあたって日本国民が政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対して、責任を負うべき唯一人の者です。あなたが代表する連合国の裁定に、私自身を委ねるためにここに来ました』
――大きな感動が私をゆさぶった。
死をともなう責任、それも私の知る限り、明らかに天皇に帰すべきでない責任を、進んで引き受けようとする態度に私は激しい感動をおぼえた。私は、すぐ前にいる天皇が、一人の人間としても日本で最高の紳士であると思った」
(マッカーサー回顧録一九六三年)

天皇とマッカーサーの会見は、はじめ一五分の予定だった。
しかし、マッカーサーは天皇の態度に深い感銘を受け、会見は三五分にも及んだのである。
会見がなされると、その会見の要旨は後ほど通訳の手で文書にまとめられ、侍従長に渡される習慣になっていた。
会見の翌日、藤田侍従長は、会見における天皇の発言の要旨を文書にまとめたものを、通訳から受け取った。
藤田氏は、いつものようにそれに目を通したうえで、天皇のもとに提出した。
藤田氏はこのとき、メモをとらなかった。

しかし彼はのちに、その内容について二つの点をはっきり憶えていると言って、次のように著書の中に書いている。

「…陛下は、次の意味のことをマッカーサー元帥に伝えられている。
『敗戦に至った戦争の、いろいろな責任が追求されているが、責任はすべて私にある。文武百官は、私の任命する所だから、彼らには責任がない。
私の一身はどうなろうと構わない。私はあなたにお委せする。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい』
一身を捨てて国民に殉ずるお覚悟を披瀝になると、この天真の流露は、マッカーサー元帥を強く感動させたようだ。
『かつて、戦い破れた国の元首で、このような言葉を述べられたことは、世界の歴史にも前例のないことと思う。私は陛下に感謝申したい。占領軍の進駐が事なく終わったのも、日本軍の復員が順調に進行しているのも、これすべて陛下のお力添えである。これからの占領政策の遂行にも、陛下のお力を乞わなければならぬことは多い。どうか、よろしくお願い致したい』」
とマッカーサーは言った(藤田尚徳『侍従長の回想』昭和三六年)。


 (以上、
ブログ「正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現」さま より、
一部引用 了 )


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おわりに、昭和天皇の御巡幸「復興への三万三千キロ」の動画と記事についてご紹介します。


天皇陛下にまつわる話としてよく知られた「昭和天皇の御巡幸」について、国際派日本人養成講座の伊勢雅臣氏が、平成12年4月29日に「復興への三万三千キロ」のテーマでまとめていますので、以下でご紹介致します。

花うさぎの『世界は腹黒い』保存ブログ さま
2010年12月22日


【KSM】昭和天皇全国行幸 復興への3万3千キロ(1) 全国を隈無く歩いて、国民を慰め、励ましたい


【KSM】昭和天皇全国行幸 復興への3万3千キロ (2)広島平和の鐘



Posted at 2016/07/25 04:44:20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 皇室 | 日記
2016年07月21日 イイね!

宮中祭祀とは何か

宮中祭祀とは何か
今回のブログは、天皇陛下にとっての一番大切なお仕事、宮中祭祀(きゅうちゅうさいし)について、その内容と特別な意味、問題点について書かれた記事やブログを引用、転載させていただきます。


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宮中祭祀は、天皇が国家と国民の安寧と繁栄を祈ることを目的に、皇居・宮中三殿でおこなう祭祀です。

天皇が自ら祭典を斎行し、御告文を奏上する大祭と、掌典長(掌典職)らが祭典を行い、天皇が拝礼する小祭があります。


宮中祭祀- Wikipedia

歴史

◆近代以前
中世の順徳天皇は、『禁秘抄』で「禁中作法先神事」と述べたように、天皇は肇国以来「神事」を最優先としている。四方拝などは江戸時代以前から歴代の天皇に引き継がれた行事である。
江戸時代中・後期には水戸学に基づいた尊王論の高まりがあり、新嘗祭など祭祀の再興が盛んになった。

◆明治期から戦前まで
今日行われている祭祀の多くは、明治維新期に大宝令、貞観儀式、延喜式などを継承して再編された物である。
天皇の「現人神」としての神格化や神仏分離などに合わせて、途絶えていた祭祀の復興や新たな祭祀の創出が行われた。1871年(明治4年)には「神社は国家の宗祀」との太政官布告が出され、1908年には宮中祭祀について定めた皇室祭祀令が皇室令の一つとして制定された。
宮城内の水田では稲作が行われ、昭和天皇以降は自ら田植えをするようになった。収穫された米は供物として、祭祀の際に用いられている。

◆戦後
1945年(昭和20年)に日本が敗戦し、戦後の連合国軍司令部による統治の下で、宮内省は宮内府・宮内庁へと移行される。また、国政と切り離されていた旧皇室典範は日本国憲法施行に合わせて廃止され、全面的に改定された皇室典範は一般法の一つとなった。
これに合わせて、皇室祭祀令など戦前の皇室令も、一旦全て廃止されたものの、宮内庁は内部通牒を出し、「新たに明文の規定がなくなった事項については、旧皇室令に準じて実施すること」を確認している。

現代での位置づけ

日本国憲法やその下の法律に宮中祭祀についての明文の規定はなく、現在の宮中祭祀も皇室祭祀令に基づいて行われている。また、これに係る予算も皇室の内廷費によって処理されている。
このため、多くの憲法学者が、戦後の宮中祭祀を「天皇が私的に執り行う儀式」と解釈するようになった。

宮内庁の公式HPでは、宮中祭祀を「宮中のご公務など」の項で説明している。
また、内閣総理大臣はじめ三権の長が、大祭を中心に一部の祭祀に陪席していることが確認されている。佐藤栄作は首相在任期間中、春季皇霊祭・春季神殿祭、秋季皇霊祭・秋季神殿祭、新嘗祭にほとんど出席しており、NHKスペシャル『象徴天皇 素顔の記録』(2009年4月10日放送、天皇・皇后成婚50周年の記念番組)では、当時の麻生太郎首相ほか三権の長が、春季皇霊祭・春季神殿祭に出席している映像が放映された。

制度としての宮中祭祀が確立して以降の天皇では明治天皇や大正天皇はあまり熱心ではなく、侍従らが代拝するのが主であった。一方で、貞明皇后・昭和天皇・香淳皇后は非常に熱心であった。
在位後期に侍従長であった入江相政は、昭和40年代から50年代に昭和天皇の高齢を理由とした祭祀の簡略化を推進したことがその日記から伺えるが、昭和天皇は1986年(昭和61年)まで新嘗祭の親祭を続けた。
今上天皇・皇后も祭祀にはきわめて熱心であり、諒闇(服喪中)や病気を除くとほとんどの宮中祭祀に代拝を立てず御自ら出席している。

※(ブログ主記)皇后陛下は平成26年、出席は春季皇霊祭、秋季皇霊祭の2回のみ。元始祭、昭和天皇、香淳皇后、明治天皇、大正天皇、神武天皇も、先祖の法事はもれなく欠席。その代わり、「遥拝・お慎み」はもれなく記載されるようになった。果たして、「きわめて熱心」という表現は正しいのか?


祭祀に関しては、事前の潔斎平安装束を着用する事に加え、長時間の正座が必要であり、生前の昭和天皇は祭祀が近づくと、正座してテレビを視聴するなど、意識的に長時間正座することを心がけていたという。今上天皇も新嘗祭の時節が近づくと、昭和天皇と同様に正座の練習をするとのことである。
在位20年を経た2009年(平成21年)以降は、高齢である今上天皇の健康への配慮、負担軽減のため、祭祀の簡略化や調整が計画、実施されている

※(ブログ主記)2016年4月3日。皇居・宮中三殿での神武天皇祭へ、7年ぶりに皇太子妃が参加。
没後2600年の節目の特別な年にあたり、天皇皇后は奈良県の神武天皇陵でのご参拝に赴かれ、例年は両陛下が務められる拝礼を、皇太子ご夫妻が名代として行った。平安装束、いわゆる十二単(じゅうにひとえ)を着用するものと思われたが、雅子妃は開始わずか1時間前に洋装で皇居へ到着、終了1時間後に退出。
たった1時間で潔斎(裸になり水を浴びて身を清める)及び平安装束(あの、じゅうにひとえ、ですよ~‼)を着用して祭祀に臨むことは不可能で、しかも、写真も公開されなかったため、正式な祭祀がおこなわれたかどうか疑問視されている。

…………………………………………………・・


「天皇陛下の祈り」の崇高な精神性こそ余人をもって代え難い

NEWSポストセブン
2012.02.11


 天皇が執り行なう重要な儀式に宮中祭祀がある。神々に感謝の祈りを捧げ、国家国民の安寧と平和を祈るものだが、その詳細は秘儀中の秘儀とされ、広く国民の目に触れることはない。その内容について、ジャーナリストの山村明義氏が解説する。

 * * *

「天皇の祈り」の存続が危惧されている。

 GHQの7年近い占領下を経た戦後、宮内庁によって宮中祭祀の「簡略化」が度重ねて実施されてきた。

 事実、昭和天皇の時代から「ご高齢・ご健康への配慮」「政教分離違反の疑い」などという名目の下、徐々に宮中祭祀の回数が減らされてきた。

 例えば、昭和43年の入江相政侍従長時代に、毎月1回は御親拝により行なわれていた「旬祭」が削減された。この旬祭は本来、毎月1日、11日、21日に行なわれるが、平成21年からは5月と10月の1日のみの御親拝に変更された。

 回数だけではない。昭和50年には、浄衣をまとった侍従を宮中三殿に遣わし、天皇陛下に代わって行なっていた「毎朝御代拝」を、モーニング姿で賢所の階段下の前庭で一拝する拝礼に改変。また、近年では皇太子など皇族の代拝も、侍従から掌典次長に変えられたことがある。

 これらの祭儀の「簡略化」が天皇陛下のご意志に沿って行なわれていたかといえば、かなり疑問である。元側近らの証言からすると、昭和天皇も今上天皇も、強いご決意をもって宮中祭祀にのぞまれていたことは、明らかだからだ。

 何より、「簡略化」の最大の問題は、「天皇陛下のまつり」の本来の意義を宮内庁の官僚たちが理解しないままに回数を減らしたり、祭祀の中身を変えているのではないかという懸念があることだ。

 一方で、昨年までのご公務の日数は逆に増えている事実もある。「陛下のご負担軽減」を訴えながら、宮中祭祀の親祭だけを減らしたことは、「天皇(日本)の精神性の軽視」と指摘されても仕方が無い。

 それでも先の高谷元内掌典は、こう語っている。

「たとえ陛下が(賢所での)御拝を減らされあそばされても、お仕えさせて戴いた私共には、陛下が同じようにお祈りされているのがわかるのです。宮中祭祀は未来永劫、粛々と行なわれるものなのです」

 事実、東日本大震災の被災地への御行幸や、宮中祭祀での数々の天皇陛下の祈りが、震災で大きな苦難に陥った日本国民に対し、強い勇気と鼓舞を与えた。いかに周囲が止めようと、日本と日本人を守ろうとする「天皇陛下の祈り」の崇高なる精神性こそ、余人をもって代え難い。日本の歴史と伝統が綿々と続き、永遠に変わることはないはずの宮中祭祀の精神性を変えることだけは決して許されない。

※SAPIO2012年2月22日号




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陰陽師徒然   

陰陽師の舊事希軍(くじまれとき)』さま ブログより、転載させていただきます。


「「宮中祭祀」こそ国の基盤(1)」  
2009/6/23


近年、天皇家を取り巻く環境は非常に厳しい状況下に置かれています。
ことにNHKまでもが天皇制度の廃止を示唆する内容で皇室・天皇制度の解体を狙っている現状です。

天皇皇后両陛下のご存在の意義を戦後、我々国民は、忘れてしまっているような気がします。

天皇皇后両陛下の本当のご公務は「宮中祭祀」です。

ですがこの宮中祭祀(主に新嘗祭)は国民の目でテレビ中継などで見ることは出来ない秘儀とされています。

ですから国民は、両陛下のご公務はどこかの会場に御臨席されたり、災害時に被災地にお見舞いに行かれることがご公務であると勘違いしている方が多くいます。

両陛下は常に無私のお気持ちで「国安かれ、民安かれ」と天照大御神をはじめとする天神地祇の神々に祈りを捧げておられます。
しかし今、反日左翼の侍従たちによってその祭祀を簡略化させられています。

「天皇の祈りはなぜ簡略化されたのか」の著者である斎藤吉久氏のメールマガジンを紹介させていただきます。
どうぞ宮中で今、何が起きているのか私達は何をなすべきなのかを考えていただきたければ幸いです。

藤吉久メールマガジンNo.412より

祭祀王の本質と関わる「新嘗祭」ご負担軽減

▽2時間のあいだ、ずっと正座

 まず、いま進行中の祭祀簡略化がなぜ始まったのか、について考えてみます。雑誌「諸君!」の昨年7月号に載った渡邉允(わたなべ・まこと)前侍従長のインタビューから、その経緯が明確に浮かび上がってきます。
http://www.bunshun.co.jp/mag/shokun/shokun0807.htm

 前侍従長が説明するのは、祭祀とりわけ新嘗祭の肉体的、精神的なご負担です。

 陛下のお祭りは秘儀ですから、詳細を述べることは差し控えなければなりませんが、アウトラインを申し上げると、夕刻、神嘉殿(しんかでん)にお出ましになった陛下は、数々の神饌(しんせん)を作法にしたがって、時間をかけてご自身でお供えになります。

 拝礼のあと、神社の祝詞(のりと)に当たるお告文(おつげぶみ)を奏され、さらにご神前で米と粟(あわ)の新穀、白酒(しろき)・黒酒(くろき)の神酒を召し上がり、この直会(なおらい)がすむと、神饌を順次撤下(てっか)され、一通りの神事が終わります。

 これが「夕(よい)の儀」で、3時間後、ふたたびお出ましになり、「夕の儀」と同様の神事が繰り返されます。これが「暁(あかつき)の儀」です(八束清貫[やつか・きよつら]『皇室祭祀百年史』)。

 渡邉前侍従長がインタビューで語っているように、「侍従長と東宮侍従長は外廊下で2時間、正座して待っています」が、慣れていないからでしょう、立ち上がるときは必死の思いだと吐露しています。さらに「陛下もずっと正座なのです」と、そのことがさも簡略化の直接的な理由であるように前侍従長は説いています。


▽侍従長の負担がご負担にすり替えられた

 しかし、このインタビューで言及されているように、神事をみずからなさる陛下が身動きもせずに、ただじっとしているわけではないのは、いわずもがなです。また、能楽師などのように、幼少のころから板の間に正座して稽古に励む人たちもいますから、畳の上での長時間の正座が難行苦行であるかのように断定的に解説するのは正しくありません。天皇と国家・国民の命のよみがえりを図る、という儀礼の本質を、忘れるべきでもありません。

 そうはいっても、ご高齢で療養中の陛下にとって、長時間の祭祀が激務であることは間違いありません。

 第2の理由として、前侍従長は、いかにも官僚らしく、昭和の先例を引き合いにします。

「昭和天皇の例では、いまの陛下のご年齢よりもだいぶ前から毎月の旬祭を年2回にされ、69歳になられたころからは、いくつかの祭祀を御代拝によって行われたりした。私も在任中、両陛下のお体にさわることがあってはならないと、ご負担の軽減を何度もお勧めしましたが、陛下は『いや、まだできるから』と、まともに取り合おうとはなさいませんでした」


 しかし、この説明は間違いです。拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』でも、このメルマガでも繰り返し申し上げてきたように、昭和の祭祀簡素化は昭和天皇のご高齢が理由ではなく、入江相政(いりえ・すけまさ)元侍従長の祭祀嫌いに発しています。

 入江の工作のもう1つの理由をあげるなら、昭和天皇ではなく、入江自身の加齢でしょう。入江の負担が天皇のご負担にすり替えられたのです。渡邉前侍従長が「ご負担」を強調するのと構造的に似ています。

 前回、申し上げたように、ご負担軽減を理由に祭祀を「簡素化」しながら、昭和天皇・香淳皇后のアメリカ、ヨーロッパ公式訪問が行われたのは矛盾です。しかしその矛盾を、官僚的な先例主義で引きずっているのが、渡邉前侍従長であり、いまの宮内庁です。



「「宮中祭祀」こそ国の基盤(2)」  

▽「退位」を口にされた昭和天皇

 入江元侍従長は祭祀の本質をほとんど理解できずに、「お上(かみ)のお祭、来年は春秋の皇霊祭と新嘗祭。御式年祭もおやめに願い、再来年にはぜんぶお止め願うこと、植樹祭、国体はやっていただく」(入江日記、昭和56年11月7日)などと公言してはばからない俗物でした。

 入江は祭祀の「簡素化」を皇太子(今上天皇)の発議、皇族の総意によって進めようという工作までしたようですが、祭祀の空洞化は、すでにご承知の通り、「無神論者」富田長官が登場し、厳格な政教分離主義が台頭して本格化します。

 これに対して、昭和天皇が同意されるはずはありません。それどころか、陛下は「退位」を口にされました。入江日記にはこう書かれています。

「11月3日の明治節祭を御代拝に、そして献穀は参集殿で、ということを申し上げたら、そんなことをすると結局、退位につながる、と仰せになるから……」(昭和48年10月30日。適宜編集しています)


 この年の入江日記からは、昭和天皇が幾度となく退位、譲位について語られたことが読み取れます。祭祀こそ天皇第一のお務めであるという大原則に立てば、入江らが工作する無原則の祭祀簡素化がどれほど受け入れがたいことだったでしょうか

 そしてその一部始終を皇太子のお立場でご覧になっていた今上陛下がいま、先帝と同様の状況におかれています。側近たちが昭和の先例を持ち出して、祭祀の簡略化を迫るのを、陛下が「まともに取り合おうとはなされなかった」(渡邉インタビュー)のは当然でしょう。


▽新嘗祭だけは御代拝ができない

 天皇の祭祀には御代拝の慣習があります。戦前の祭祀令には、大祭・小祭のうち、元始祭や紀元節祭など大祭の場合、天皇がみずから親祭になれないときは、皇族または掌典長に祭典を行わせる、と明記されていました。

 祭祀は形式ですが、単なる形式ではありません。茶道などでもそうですが、所作の形に意味があるのであって、形を破ることは神への冒涜につながります。それなのに入江が「簡素化」したのは、単なる形式だと考えるからでしょう。もしご健康に不安があれば、祭祀の簡略化などせずとも、御代拝で十分なのです。

 けれども、新嘗祭だけは御代拝ができない、という考え方があります。明治になって成文化された祭祀令では、新嘗祭も大祭に分類されていますから、御代拝でもいいはずですが、そうではないというのです。

 それは祭祀王たる天皇の本質そのものと関わっています。

 天皇は私を去って、ひたすら国と民のために祈ることで、この国を治め、民をまとめ上げ、社会を安定させてきました。拙著に書いたように、稲作民の米と畑作民の粟の新穀をともに捧げ、神人共食の直会をなさる新嘗祭は、天皇がなさるからこそ意味を持つ国民統合の儀礼です。皇族や掌典長による御代拝では意味をなしません。

 したがって昭和天皇が、入江侍従長から新嘗祭の簡素化を進言されて、退位を口にされたのには、それだけの理由があります。

 順徳天皇の『禁秘抄』(1221年)に「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事をあとにす」とあるように、歴代天皇は祭祀こそ最大のお務めと考えてきました。昭和天皇も今上陛下も同じお考えでしょう。その天皇から祭祀を奪うことがどんな意味を持つか、拝察するのもはばかれます。


▽天皇の祭祀は「私的な活動」?

 しかし現実にいま、宮内官僚たちはご負担軽減と称し、昭和の先例を持ち出して、祭祀の簡略化を敢行しています。

 それほど陛下のご健康問題が深刻であるなら、法的根拠があるわけでもないご公務を削減すればいいものを、ご公務の件数はいっこうに減らないどころか、ますます増え、外国ご訪問まで計画されています。

 逆に、半月にもおよぶ海外旅行に耐えられるほどご健康であるならば、天皇第一のお務めであると歴代天皇が認めてきた祭祀をなぜ簡略化されなければならないのでしょうか。

 これでは筋が通りません。

 なぜ理不尽なことが起きるのか。それは天皇の本質をどう見るかにかかっています。陛下は祭祀王の立場にあります。しかし官僚たちにとっての天皇は、政府すなわち官僚の意思のままに動く近代的な国家機関に過ぎません。

 渡邉前侍従長は先のインタビューでこう語っています。「宮中祭祀は、現行憲法の政教分離の原則に照らせば、陛下の『私的な活動』ということにならざるを得ません」

「つねに国民の幸せを祈るというお気持ちをかたちにしたものとして祭祀がある」と語るほど、祭祀への理解が浅からぬ前侍従長ですが、それでも、天皇の祭祀は私的行為であり、ご公務が優先されるという憲法解釈から抜け出せないのでしょう。


 官僚たちが考える天皇は、悠久なる歴史的上の存在としての天皇ではない、ということでしょうが、もしそうだとすると、公務員の立場で渡邉前侍従長が天皇の私的な宗教行為である祭祀に介入するのは、官僚たち自身の政教分離主義に反することになります。自己矛盾です。


▽天皇の祭祀を正常化させる方法

 さて、渡邉前侍従長は指摘しています。「皇室に関わることで、国論が二分する事態だけは避けなければならないというのは、陛下の基本的なお考えだと思います」

 なるほど、祭祀簡素化問題をめぐって国が二分するようなことは、陛下は望まれないでしょう。多様なる国民を多様なるままに統合することが天皇のお務めであれば、なおのことです。しかし、祭祀簡素化問題が国論を二分することがあるとすれば、その可能性の原因を作ったのは、渡邉前侍従長たち自身であることを忘れてはなりません。

 前侍従長はインタビューの最後に、憲法論に言及し、「今上陛下はご即位のはじめから現憲法下の象徴天皇であられた。陛下は、そのような立場で何をなさるべきかを考え続け、実行し続けて今日までこられた」と述べています。

 現行憲法には、天皇は日本国の象徴、日本国民統合の象徴である、と規定され、陛下は会見などでしばしばこのことに触れられていますが、前侍従長とはニュアンスが異なるのではないか、と私は思います。

 簡単にいえば、前侍従長はあくまで現行憲法を起点とする象徴天皇論ですが、陛下は歴史的な背景を十分に踏まえたうえでの議論だと思います。それは当然なことで、古来、祭祀の力で国と民をまとめ上げてきた長い歴史があるからこそ、象徴たる地位があるのです。

 国論を二分せずに天皇の祭祀を正常化させる確実な方法があります。それは社会を動かすまでに世論が高まり、渡邉前侍従長のようなエリートたちが祭祀正常化の先頭に立つことです。そのためには、現状を憂える国民がまず声を上げなければなりません

 官僚たちが進めるまったく理屈の通らないご負担軽減で、これから何が起きるのか。間違いなくいえるのは、天皇がますます単なる「象徴」という存在になり下がるということでしょう。それは日本の文明に対する破壊行為です。

 今年の新嘗祭まで、あと5か月です。皆さん、どうぞ声を上げてください。皆さんご自身の問題なのですから。


……………………………………・・

皇太子さまへのご退位提言に「一刻も早い方が」と賛同する人も

NEWSポストセブン
2013.03.01


 宗教学者の山折哲雄氏が『新潮45』3月号に寄稿した『皇太子殿下、ご退位なさいませ』という論文が波紋を読んでいる。

 山折氏は、小泉純一郎元首相(71才)時代に設けられた「皇室典範に関する有識者会議」のヒアリングで、実際に意見を述べたこともある人物。その山折氏が皇太子さまにご退位をすすめ、さらに弟の秋篠宮さまに「譲位」してはどうかとも綴っているのだ。

 山折氏と同じく「皇室典範に関する有識者会議」でヒアリングを受けた高崎経済大学・八木秀次教授は、この意見に賛同する。

「山折氏が言われている“退位”とは皇族の身分を離れるというより、“秋篠宮さまに皇位継承権を譲られてはどうか”というものだと思います。これには私も賛成です。なぜなら皇太子さまは、ご自分の家族に精神的な重きを置かれているようで、本来、皇太子として果たされるべき役割ができていないように感じるからです

 八木教授は、雅子さまが宮中祭祀に対して消極的だといわれていることも、賛同の理由として挙げている。宮中祭祀とは両陛下が最も重要なお務めと位置づける“国家や国民の安寧”をお祈りする儀式のこと。キャリアウーマンで合理主義的な考えが強いとされる雅子さまは、宮中祭祀の意義深さが理解できず苦しまれているという報道がかつて出たこともあった。

「皇族は特別な身分が与えられているわけで、そこから宮中祭祀のような特別な職務が発生するわけです。それが将来、皇后となられるかたが宮中祭祀に対して違和感を持たれているのでは、いかがなものかと思います。雅子さまが、個の部分を大切にされるのは構いませんが、公的な存在として、そういった職務を果たされないのであれば、皇室を去るしかないわけです。これは決して無理な注文だとは思わないのですが」(八木教授)

 そして皇位を譲るなら一刻も早いほうがよいと八木教授は続ける。

「両陛下はご高齢ですし、皇位継承こそが、おふたりを悩ませている問題でもあります。少しでも早く秋篠宮さまに譲られれば、陛下を間近でご覧になり、将来の天皇としての自覚を養うことができます。秋篠宮さまならば、陛下の精神的・肉体的サポートが充分におできになるのではないでしょうか。そして次の天皇となられる悠仁さまにも幼いころから、帝王学を学ばせることができますから大きなメリットとなります

 では、その場合、皇太子さまはどうしたらいいのか。

「皇太子さまにも一宮家として皇室に留まっていただき、秋篠宮さまを支えていただくのが、いちばんいい形だと思います」(八木教授)

※女性セブン2013年3月14日号










紹介させていただいた記事はやブログは、宮中祭祀の大切さと深刻な問題点について、理解を深める援けとなりました。


天皇陛下には、「宮中祭祀」こそ大事。

その他の公務は縮小し、ご無理をなさらずお役目を全うしていただきたくお願い申し上げます。


そのためには、私たち国民が、宮中祭祀と天皇陛下のお役目について理解を深め、広げていくことが肝要かと思います。


最後までお読みいただき、ありがとうございます (つ∀`).+°o*。.’
Posted at 2016/07/21 05:14:31 | コメント(1) | トラックバック(0) | 皇室 | 日記

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