【流行】(りゅうこう、はやり)
「物事が河の流れる様のごとく世間に流布する」が語源。
1. ある社会のある時点で、特定の思考、表現形式、製品などがその社会に浸透・普及していく過程にある状態を表す。Mode、Trend、Fad、Fashion。
※急激に普及し、あっという間に消えてしまう流行を、ファッド (fads) と呼ぶ(例:1990年代後半に数か月だけ流行したたまごっち)。いっぽうで、長期にわたり流行し、その社会に定着する流行を、ファッションと呼ぶ(例:ジーンズ)。
2. ある疾病が比較的限定された期間内に通常以上の頻度で発生すること。
epidemic, pandemic(伝染病、パンデミック)。
3. 松尾芭蕉の俳諧理論において、時とともに移ろうことを意味する。
対義語は「不易」(いつまでも変わらないこと)。
「流行」とは、いつの時代にも、どんな社会にも見られるものです。
1973 「ちょっとだけよ」「あんたも好きねえ」
1976 記憶にございません
1977 ふつうの女の子に戻りたい
1979 口裂け女 インベーダー
1983 積み木崩し
1985 新人類 金妻 お二ャン子
1988 バブル景気 しょうゆ顔、ソース顔 自粛
1989 消費税 オタク イカ天 ヒロセタカシ現象
流行・風俗年表 - 戦後昭和史より
うんうん。
昭和の時代にも、あった、あった。
懐かしいわ~ァ ‘`♪ヾ(‘∀’o)ノ
「和を以て貴しとなす」 を大切にしてきた日本。
ヨーロッパや大陸の民族が、「勝者の権利」を前提に「被支配者は支配するもの」として植民地化、併合をはかってきたのとは対照的に、八百万の神々の下、みんなで仲良く、協力し合って共に暮らしていこうとした日本的な和合の精神が、同じものにみな熱狂し、流行を作り出すお国柄を作っていったのかもしれません。
きっと、今回のブームも、日本的な流行の一つなのでしょう。
私は、・・・、少しも興味がわかず、熱狂する人の気持ちがちょっと分からないのですが。
おそらく、今までのゲームとは違って、屋外で、バーチャルな世界の中を移動しながら楽しめることが、画期的なのでしょうね。
ちょっとした冒険に出かけた「スタンド・バイ・ミー」のあの子たちのように、日常の中の非日常を楽しんでいるのかしら。
人それぞれに、趣味も興味も違っているものだから、今回はたまたま、自分が分からないだけ。
でも。
なんだかちょっと、心配なんです。
「流行」が来る前から、NHKのニュースで、「アメリカで大ブーム」「日本でも配信」て煽っていたし。
交通事故や、危険で迷惑をかける行動がたくさん報告されているし。
・・・そんなに夢中になれるほど、楽しくて仕方ないものなのかしら。
今回の多くの人の行動は、
「3R5D3S政策」が成功(日本人にとっては残念無念…orz)してしまった証なのではないのかしらと、不安になっています。
杞憂に過ぎなければいいのですが・・・。
以下、
隠された真実
『幸食研究所』さまHPより、転載させていただきます。
(改行、強調、リンクなど、一部手を加えさせていただきました)
GHQによって行われた占領政策の絶大な威力とは
かつて日本には数多くの 尊敬すべき人がいました。(かつての)日本人の高潔さ、偉大さを思うにつけ戦後日本人が、どれだけのものを失ったかは計り知れません。
何故、日本人は変わってしまったのでしょうか。
それは日本人の精神を荒廃に追いやった、
戦後の日本弱体化計画でした。
日本弱体化計画の中心になったのは、GHQのユダヤ人たちでした。
ユダヤ教の長老(ラビ) モルデガイ・モーゼは、GHQで日本弱体化計画を立案した一人ですが、その
著書『あるユダヤの懺悔 日本人に謝りたい』では
自らの過ちを深く詫び、戦前の日本精神に立ち直って欲しいと訴えています。

モルデガイ・モーゼ
日本人に謝りたい―あるユダヤ人の懴悔(昭和54年) モルデカイ・モーゼ著
著名なコラムニストで投資アドバイザーであっ
たマイケル・アームストロングは、
著書『日本人に感謝したい』(原題『米国の対日戦略の真実』)で、
ルーズベルトが日本を戦争に引きずり込むために仕掛けた様々な罠について述べ、日本人の戦争を、自衛のためと位置づけています。
日本人に感謝したい―アメリカの対日戦略成功の秘密 (1981年)
マイケル・アームストロング著
●日本人の偏った戦争知識
残念ながら、
戦後の教育受けマスコミの偏向報道によって報じられる、「日本が悪」という論調を信じている人には素直に受け入れられないかもしれません。
戦後、悪と思い込まされてきた日本の戦いは実は光と影が逆転したものであって、真実は巧妙に隠されてきました。
逆転した真実が理解できれば、
多くの偉人を輩出し、自然を愛し、和を重んじ、細やかな芸術を育ててきた日本と、侵略戦争と糾弾された日本との落差の原因がどこであったか、理解できると思います。
大東亜戦争以外の戦いでも、日本人強靭な精神を前にして清国は戦う前に意欲を失い、日露戦争においても世界最強であった帝政ロシアの軍隊が、日本人の自己犠牲と強靭な精神力に屈しました。
アメリカも日本と戦い自己を捨て大儀のために順ずる日本人的精神がどれだけ恐ろしいのか痛感し、
日本を永遠の三流国という位置にとどめるようにし、占領政策を行いました。
第二次世界大戦後、日本はポツダム宣言を有条件で受諾したにもかかわらず、マッカーサーは日本が武装解除をした途端に、あたかも無条件降伏したかのように服従を命じました。
「連合国は、いかなる点においても日本国と連合国と平等とみなさないことを日本国が明確に理解するように希望する。日本は文明諸国間に地位を占めることも認められていない。敗北せる敵である。最高司令官は日本政府に命令する。交渉はしない」
●日本弱体化計画とは
そして日本弱体化計画で行われたのが
3R 5D 3S政策でした。
これは
安岡正篤氏の著書「運命を創る -人生訓-」で唱えているGHQによる日本弱体化計画の内容を要約した呼称です。同氏は終戦後、占領軍司令部から国家主義の右翼思想家と誤解され、連合国軍最高司令官総司令部によりに公職追放された人物です。
しかし、占領軍司令部の中には「プロフェッサー・ヤスオカ」と尊敬の念を抱く兵士もいた程の人物です。その著書の中で占領政策についてこのように書かれています。
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この
欠陥(昭和の教育が知識、技術に偏り人間学の教育が無かった)が終戦後また現れまして、占領軍の日本統治に対して対応する仕方を全く誤りました。占領軍は、むしろ日本を非常に買いかぶっておりましたから、いかにこれをアメリカナイズするかということにたいへん研究を積んでおります。
このアメリカのGHQの対日政策というものは実に巧妙なものでありました。
この政策に巧妙な解説がありますが、たとえば
3R、5D、3S政策というものです。
これについて、私に初めて説明した人の名前を今、記憶しないんですが、当時GHQにおりました参事官でガーディナーという、ちょっと東洋流の豪傑のようなところもある人物からも直接聞いたことがあります。
それによると、
3Rはアメリカの対日占領政策の基本原則、
5Dは重点的施策、
3Sは補助政策です。
<中略>
新憲法も、あれを受け入れるならば、「日本が独立の暁には、この憲法は効力を自然に失う」という付則をつけておくべきであったが、そういうことも何もしていない。ドイツなどは、それをちゃんとやったのです。
これをやらなかった日本は、本当に間抜けというか、意気地なしというか・・・、そしてアメリカ流のデモクラシーに則って諸制度を急につくり上げてこれを施行したわけです。
安岡正篤著「運命を創る -人生訓-」より
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運命を創る―人間学講話 安岡正篤著
●その内容とは
初めの
3Rとは占領政策の基本原則です。
①
Revenge(復讐)アメリカ軍は戦争をしていた相手ですから、占領時の日本に対して憎しみが強かった事は仕方ありません。
②
Reform(改組)日本のあらゆる組織を抜本的に組み替える事です。当時は内閣や日本軍だけでなく省庁でさえ変更されました。
③
Revive(復活)様々な組織や仕組みを都合の良い様に作り替えてから復活つまりは独立をさせると約束します。そのまま抹殺してしまうのは非人道的であり、占領される側(日本)にも希望を残しておく必要があったからです。
簡単に説明すれば、
アメリカ軍は復讐を兼ねて都合よく改組する事を、日本に協力させる為に復活する事を約束するという基本原則なのです。最後の復活(独立)という餌をちらつかせ、あたかも日本人が進んで協力しているかの様に見せかけたのです。
次の
5Dは日本を弱くするための重点的施策です。
①
Disarmament(武装解除)
②
Demilitalization(軍国主義の排除)
③
Disindustrialization(工業生産力の破壊)
④
Decentralization(中心勢力の解体)
⑤
Democratization(民主化)
この5D政策によって日本は、徹底的に弱体化されていきます。
この5つの『D』を基に、当時の大日本帝国憲法を廃棄して、
現憲法を施行します。しかし、この現憲法は、
占領国によって被占領国に恒久的な憲法を押し付けてはならないとの国際法を無視したものでした。ドイツでは占領軍の憲法を占領期本法と認識し、独立を成し遂げたあとに自主憲法を制定しましたが、日本はその為の附則すらつけなかった為、現在に至るまで新憲法は効力を発揮しています。
まず、新憲法により日本は戦争を放棄し、軍を持つこともできなくなりました。これは有名な憲法9条にあたります。天皇を元首から引き降ろし、新憲法では天皇を象徴と定めます。当時、
天皇は日本国民から神の子と考えられ、皇室は神道とも密接な関係が有りましたが、新憲法では天皇の下に集結し団結する事の無いようにされます。
そして
当時の軍国主義を支えた産業力を打ち壊すため、自動車・アルミ・ニッケル・マンガン製造にいたるまで、軍用への転用を恐れて解体させられました。
当時、軍と同じように力を持っていた警察も分解され、国家警察と地方警察に分解されました。現在の警視庁と警察庁の管轄が違うのは、この時の名残といえます。
また、財閥も解体され 、国家の管理であった電力会社も、全国9つの電力会社に分割されました 。
最後に、
屈強だった日本の歴史的・民族的な思想や教育を排除してアメリカ的に民主化していく事で、
日本人は権利のみを主張させる風潮をつくり、2度と日本が強い力を取り戻せないようにされました。
そして
補助政策とされていた3Sとは現在においても根深く残っています。
①
Sex(セックスの開放)
②
Screen(テレビや映画の活用)
③
Sports(スポーツの奨励)
これらは
国民に娯楽を与え、政治への関心を薄れさせる狙いがあります。
現在の私たちでもこの政策を見れば
「国民は政治などのよけいな事は考えずに、与えられた娯楽を楽しみなさい」といったメッセージすら受け取れます。
しかし、当時の日本では、政府が全ての政策を受け入れていましたので、
国民は気が付かない内に洗脳されていったのです。
娯楽の王様である映画では、アメリカ映画が流され、強烈なショックを日本人に与えました。アメリカ映画に出てくるのは、広くてきれいな家。そのなかに物が豊かに溢れている。そして、ガレージには派手な車。それに乗って外出し、パーティーではリズミカルな音楽に乗って楽しく踊る。そんなスクリーンに映し出されるアメリカの生活を見て、当時の食糧さえ事欠く自分たちの乏しい生活を比べると、どう思ったでしょう?
当然、多くの日本人はプライドを打ちのめされ、アメリカに対して羨望の気持ちを持ち、アメリカの様になりたいと思ったでしょう。豊かな暮らしに憧れる事は、経済的に日本人を駆り立てる原動力にはなったとは思いますが、精神的には腑抜けになってしまっていきます。何せ負けた相手に憧れを抱くのですから…
映画だけでなくテレビも同様でした。
かつての日本人は、高い精神性と「江戸しぐさ」に代表される高いマナー意識を持っていたのですが、
テレビで低俗な娯楽番組を流す事で、心の持ち方まで変えられてしまいました。
テレビの問題は現在も根深く残っていて、自然流育児を唱えている真弓定夫先生監修シリーズの『麻薬より怖い!?脳毒(3)~テレビが脳を汚染する~』でも取り上げられています。
今や、
テレビは国民を特定の政党や団体の都合の良い方向へ意識的に誘導したり、企業による利益追求をしたりする洗脳の一番の道具となっています。
スポーツも
民族としてのバイタリティや活力、活気を発揮する場が無いので、代わりに精力を発散できるように持ち込まれました。
日本は戦前から参加しているが、オリンピックなどその為に最も都合が良く、戦犯とされたにもかかわらず日本が参加できなかったのはロンドンオリンピックだけです。
オリンピックとアメリカは関係無さそうに見えますが、オリンピックはギリシャのアテネが発祥と言われている割に、最多開催国となっているのはダントツでアメリカです。ヨーロッパの国でさえありません。これだけ見ても、アメリカがオリンピックにおいても、大きな発言権を持っている事が分かります。
また、スポーツを通して、「勝ち負け」という意識を強く植え付ける事も目的でした。
かつての日本は、村社会の様に「和」や「輪」といった考えを重視し、子供の遊びでさえ、お手玉や羽子板の様にいかにお互いで長く楽しむかというものでした。
しかし、戦後のスポーツでは、
「いかに相手よりも点を取るか」「いかに相手に勝つか」という西洋の考え方や文化を刷り込まれていったのです。
●行われた情報操作
敗戦後、テレビや新聞のマスメディアにおいても占領政策を推進するためのGHQによる検閲が開始されました。
番組の構成偏向などもGHQが管理していましたので、日本人は情報に関してもGHQの思い通りの情報しか与えられなくなります。
1945年にGHQが発表した検閲指針
1、連合国最高司令官への批判
2、東京裁判(極東国際軍事裁判)への批判
3、連合国最高司令官が日本国憲法を草起した事にたいする批判
4、検閲制度に対する批判
5、アメリカに対する批判
6、ロシアに対する批判
7、英国に対する批判
8、朝鮮人対する批判
9、中国に対する批判
10、ほかの連合国に対する批判
この他20項目の検閲指針があり、SCAPINといわれる連合国軍最高司令官(SCAP)から日本政府宛てに出された訓令の中で細かく命令されていきます。
SCAPINの中には、検閲だけでなく、国旗掲揚の許可、漁業権の範囲を定めるもの、など多岐に渡り、1945年のSCAPIN-1から1952年のSCAPIN-2204まで、様々な指示がありました。
それらの目的は
日本から国家主義と軍国主義を一掃することとされています。
厳しい検閲に慣らされた日本の政治家やマスコミは、正しい発言や情報発信を報道する勇気を失っていきます。
現在においても、
反日対策を強行する中国や韓国に対して何らかの反論ができないのは、その時代の名残がマスメディアに根強く残っているからです。中国や韓国が日本の侵略戦争と叩いているのは、
それが自国の国益に利するからです。
しかし、日本人が真実を知らないがまま、それに同調しているのは、とても残念なことです。
日本国内で大東亜戦争とは、欧米列強からアジアの植民地を解放する戦いであったと位置づけていましたが、
東京裁判と、それに続く様々な洗脳政策により、大東亜戦争は太平洋戦争と言い換えられ、
欧米列強が「正義」に、日本が「悪」とされてしまいました。
(大東亜戦争や東京裁判に関しては後日詳しくまとめます)
●最後に
冒頭の
モルデガイ・モーゼ著『あるユダヤの懺悔 日本人に謝りたい』より抜粋します。
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「わが国として気をつけねばならないことはわが国に向けられている数々の企てである。
それは、
愛国心の消滅
悪平等主義
拝金主義
過度の自由要求
道徳軽視
3S(スポーツ・セックス・スクリーン)の奨励
ことなかれ主義の政策
無気力・無信念
義理人情の抹殺
俗吏(ぞくり=役人をあざけっていう語)・属僚(下級役人の仲間)の横行
否定・消極主義
自然主義
刹那(せつな)主義
尖端主義
国粋主義の否定
享楽(きょうらく)主義
恋愛至上主義
家族制度の破壊
民族的歴史観の否定。
以上
19の企てをもって、わが国の持っている非常に理想的なものを潰そうとかかってくる強い勢力がある」
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これは、同じ敗戦国である
ドイツの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスがドイツ国民に与えた、
19の警告です。これはゲッベルスが、開戦の前から
何かしらの強い勢力の企てが、自国に向いているから気をつけなさいとドイツ国民に向けて忠告した言葉です。
これを
人類獣化計画と呼んでいます。

ドイツの宣伝相 ヨーゼフ・ゲッベルス
まさに戦後から現在に至る日本の姿ではないでしょうか?
今の日本を考えてください。
日本人に向けての獣化計画がどれだけ上手く行ったかがよく分かるはずです。
現在の行き詰まった社会情勢の中では、このようなトラウマや支配から抜け出し、戦後失われてしまった、古き良き日本の文化や風習などを見つめ直すと共に、日本人として人間としての大切な生き方を取り戻さなければなりません。
(以上、転載 了)
りょ、了解だにゃ~。