
その日は、「王様のレストラン」ばりの奇跡が重なった一日でした。
(あれ? 私のバッグ、どこにいったのかな?)
見当たらないものがあれば、大抵は長男に聞くと何処にあるかを教えてもらえます。
忘れんぼで、失くしんぼの私と違って、すごい能力です。
しかし、前の日から見ていないという答え。
お財布とスマホだけ持って買い物をしていた記憶はあるのですが、バッグは家においていったとばかり思っていたので、ちょっとだけ焦ります。
・・・でも、まあ、そのうち出てくるでしょう。
午前中に仕事を済ませて、ちょっとコンビニへ。
その日発売のビッグコミック。いつもの本屋さんで買う前に、どうしても「
BLUE GIANT」だけは読みたくなって、ちょこっと失礼。
・・・・・・・・。
サイレントですか~。
くぅ~~~。(川平慈英風に)
石塚先生、天才です、素晴らしいです。
またしても、眼から汗が・・・。
♪
いつもは、カーステレオでCDを聴いています。
6連奏のチェンジャーに、達郎さんのベスト3枚、アルチザン、KANさん、林檎ちゃん。
飽きることなく、不動のラインアップ。
でも、なぜかこの日は、FMラジオがかかっていました。
そして、車に乗り込み、エンジンをスタートさせると同時に聞こえてきたのは、番組のナビゲーターさんの、甘く素敵な声。
『
人間は優しくなるように作られた?同情は最も強い人間の本能の一つであることが判明』・・・?
(何だか面白そうだな)、キーワードを憶えて、あとでネットで調べてみようと、「ケトルナー教授」「ダーウィン」「迷走細胞」をインプット。
内容は。
『人間にはもともと、人を思いやる本能が備わっているが、それが存分に発揮されるのは、お金持ちの人でなく貧しい人で、特権や金銭を持つ人には思いやりが欠如している』という説。
ちょうどその朝読んだ、友人からのメール。
利己的で自己愛の強い家族に振り回されて、理不尽で辛い境遇にあることが書かれていて、ひどく悲しくなって、腹が立った。私にも、自己愛の強い肉親がいるけどそんなの大したことないと思えるくらい、もっと酷くて度を超えている。
ちゃんと分かっている人もここにいるから元気を出してねー!と、返信したとろこだった。
情けは人の為ならずだよ、と。
帰宅して、キーワードをチェックすると、見事にヒット!
ラジオでは、カラパイアというサイトの
こちらの記事を、そのまま読んでいたようです。
良いことを教えてもらって、いろいろ腑に落ちることもあり、スッキリ♪
私は、なんて運がいいんだ~、幸せ者だ~と嬉しくなったところで、ハタと。
そうだ!思い出した!
バッグは、普段は行かないちょっと遠くの無人のATMの、機械の上に置いてきてしまったんだ!
早速、電話で銀行の落し物・忘れ物の問い合わせると、ATMを監視する部署に聞いてくださったけれど、分からないとのこと。
ダメで元々。
自分で確認しに出かけました。
すると。
なんと。
置いてあったのです。
私が置いた場所に、口も開けたままのw、そのままの形で。
そう言えば、ATMを操作している途中で誰かが入ってきたので慌ててしまったことを思い出しました。
外は寒いから、待てずに入ってしまったのだろうと。
お財布もスマホも入っておらず、ティッシュとハンドタオルとハンドクリームだけが入っているバッグ。
JAのバザーで50円で買った「ちょきんぎょ」の小さなスポーツバックですが、息子が見つけて薦めてくれた、思い出の詰まった大事なバッグでした。
このATMに何人もの人が入り、気付いた人もいたと思うのですが、よくぞそのまま置いておいてくださいました。
大声で
「ありがとーーーーー!」と叫びたい気持ちになりました。
ここはいい土地だなあ。
日本はいい国です。
♪♪
人間は優しくなるように作られた?同情は最も強い人間の本能の一つであることが判明(米研究)
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52180335.html
2014年12月17日
カラパイアより転載
昔から人類は貪欲であり、それゆえに生態系の頂点に位置し、お金や権力を、地位や名声を求め続けてきたというイメージがある。だがそれだけではない。人は皆、生まれながらにして他人に同情する気持ちも強く持っているようだ。相手が子供でも親でも恋人でも友達でも、見知らぬ人でも、同情は芽生えるのだ。
米カリフォルニア大学では、新しいアイデアや科学に関する研究や技術などを発掘するビデオシリーズを公表している。今回、その最新作でダッカー・ケトルナー教授は、人間の脳は同情するようにデザインされていると説明した。さらには、他人に同情すること(情けをかけること)には大きな報酬があるとも付け加えた。
以下は動画内でケトルナー教授が語ったことをまとめたものである。
◇◆人間は優しくなるようにデザインされている
一般的な生物の進化といえば、個体の生存や競争、種の継続が強調されている。その観点から人類の進化を考える時、「人にやさしさは必要なのか?」という難問にぶちあたる。我々はさまざまな場面で思いやりや優しさを目にしている。時には自己犠牲させ厭わない場合さえある。これは、弱肉強食が主である進化論に当てはまっているのだろうか?
ダーウィンの提唱した人類進化の概念である「適者生存」は、冷酷で残虐な者が生き残り成長するもの、と誤って解釈されることが多いが、実はダーウィンの主張とは全く異なる解釈である。ダーウィンは、
共感や同情こそが人間が持っている一番有能な素質だと考えていた。
「
同情できる人が一番多くいる地域社会が最も繁栄し、多くの子孫を残すだろう。」
このダーウィンの言葉 が示すように、社会は脆弱な赤ちゃんを守るように進化してきた。共同で子供の世話ができたり、生理学システムもより妊婦に優しいシステムへと日々、進化している。
◇◆結ばれた思いやり
私が行ったカリフォルニア大学ロサンゼルス校の神経科学の研究で面白い発見があった。人は物理的な痛みを感じると脳の一部に信号が送られる。驚くべきは、それを観察していた人も、脳の同じ部分に信号が送られるというのだ。まるで相手の痛みを共有して感じているかのように。
これはミラー(鏡)ニューロンと呼ばれる神経細胞の働きで、他者の行為を観察することで、自分の脳内であたかも同じ行為が行われているような働きを示す。
”共感”は非常に複雑なプロセスが脳内で行われており、この大脳皮質の新しい発見は、言語や未来のことを想像するなど思考の中枢を司っている部分にあたり、前頭葉に深く関係している。
共感するには「
自分以外の相手がいて、その人は自分とは異なる感情や考えを持っている」と理解することが必要である。バークレー社会的交流研究所で、被験者たちに典型的な痛みを感じる写真を見てもらう実験を行ったところ、被験者はとても強い同情の反応を見せ、物事を処理するときに働く中脳水道周囲灰白質と呼ばれる部分が反応した。中脳水道周囲灰白質は、哺乳類に共通する神経細胞で、昔から我々の脳にある。つまり、ダーウィンが憶測したように、同情は昔から脳神経に組み込まれていたのだ。
◇◆共感の欠落
私たちは”社会階級”というシステムとそれが与える心理的影響に強く興味を持った。そして、人間の神経システムで一番長い束の「迷走神経」と呼ばれるものに注目した。この迷走神経は、同情や助けたいという感情が生まれると活動することがわかった。ある実験を行い、下流階級の人と上流階級の人に「苦しんでいる写真」を見せた。すると、下流階級の人は、迷走神経に反応が現れたが、上流階級の人はそのような反応を示さなかった。これは正に
富が生み出す思いやりの欠如と言えるだろう。
経済学の統計に従えば、金持ちの人ならお金を分け与えるのは簡単だと思われる。逆に、銀行の口座に10万円しかない人は、自分の生活に関わってくるので簡単には他人に分け与えない、と思われている。
しかし、我々が発見したのは、下流階級の人々の方が、上流階級の人よりも、多くのお金を分け与えているという事実だった。これは、ボランティア活動について研究した他の実験結果とも同じものだった。
このことから言えるのは、
貧しい人たちのコミュニティーは、寛容で共感深く、協力して何かを成し遂げる力を持っているということだ。反対に、
特権がある環境で暮らす人々にはこれが欠如していると言えるだろう。
◇◆利己主義の再定義
我々の行動の60パーセントは自己満足や欲求を満たすため、自分の生存のためのものだ。そして残りの40パーセントは他人のために行動している。
自分を犠牲にしたり、利用されているかもしれなくても、他人のために行動する。
それにより、自己満足を得るという結果になり、さらに他人のために行動しようという活性剤となる。
我々はこの副次的喜びを、他人のために行動して獲得する。つまり、自分の喜びのために行動しているとも言えるのだ。
「情けは人の為ならず」なのである。
こう考えると利己主義も偽善も思いやりの一部といっていいだろう。昔から偉大な倫理上の教えは同情からくる思いやりを推奨してきたし、今や科学的にも証明されているのだ。そう、人間の脳は他人に同情するようにできているのである。
via:動画翻訳:melondeau
「同情できる人が一番多くいる地域社会が最も繁栄し、多くの子孫を残すだろう。」というダーウィンの言葉は、少子化が進む日本の現状と照らし合わせると感慨深いものがあるかもしれない。
※カラパイアのトップページや記事へのURLリンクは原則的に自由です。記事の転載に関しては、カラパイアからの引用であることをはっきりわかりやすく明記していただき、「カラパイア」の名称とトップページへのリンク、引用元である元記事のタイトル、元記事へのURLリンクを併記していただければ、特に連絡は必要はありません。
・・・・・・以上、転載了・・・・・・・・・・
寛容で共感深く、協力して何かを成し遂げる力を持っているという「金銭的には貧しい人」。お金はたくさん持っていなくても、「心は豊かな人」も多いようです。私が憧れる昔の日本人も、慎ましい生活ながら心は豊か、そんな人たちが多かったのかもしれません。
私も、そんなコミュニティの一員で良かった。
卑下しているのでも、皮肉でもありません。
苦労も多いけど、貧乏だから大切に思えることがたくさんある、素直にそう思っています。
きっと神様が、私をそんな境遇に、あえて置いてくださっているんだわww
子供たちを育てる中で、お金がたくさんあれば楽しいこともあるれど、もっと幸せを感じられるもっと大切なことが、きっとある。
他人のために行動できること、思いやりや共感の気持ちを持つことを忘れず、大切にしていきたいなと思います。