お餅やお節に飽きてしまうと、なぜかインスタントのラーメンやカレーが食べたくなってしまう・・・。
キャンディーズが、
「お節もいいけど、カレーもね!」
と笑顔で歌う映像が、脳内で再生されます。
そうそう。元日から開店しているお店は、おもちゃ屋さんだったり、文房具屋さんだったり。
こどもたちがお年玉を握りしめて買いに行くお店ばかりで、年末までは忙しかった商店街もシャッターを閉じている店が多かった記憶があります。
八百屋さんも魚屋さんもお肉屋さんも、新鮮な食材は市場が始まってからですもの。
いつの頃からか、大型小売店やスーパーが2日からの営業になり、いつの間にか元日から開店し、初売りや福袋商戦などで、お正月にも買い物にでかける人も多くなりました。
お節料理を作っておかなくても、年中無休でいつもどおりに食材を買うことができるから、お節料理は作る物ではなく買うものとなり、高価なお節料理が予約販売されるようになっていました。
お節に使う素材には、お目出度い謂(いわ)れや名前がそれぞれあり、色どりや栄養のバランスが良かったり日持ちがするためだけでなく、それぞれ意味があることを、今どきのおかあさんやこどもたちは知っているのでしょうか。
いえ、もしかすると、子供たちや若いお母さんは知っているのかもしれません。
実はわたし、母から教わった遠い記憶だけでなくて、小学校の国語の学習で学んだから覚えているのです。
それも、自分の子供時代ではなく、教員になってから子供たちとの授業を通して。
地域によっては、使っている国語や家庭科の教科書などで、お節料理やお雑煮について学習しているので、親の世代よりも詳しく知っている若い世代の人たちがいるかもしれません。
日本中の子供たちが学ぶべきことを決める学習指導要領、その元となっている教育基本法の精神が生かされている結果だと思います。
わたしたちの使っていた教科書では、各地のお雑煮の違いについて、家族や親せきに教えてもらったり資料で調べたことを日本地図にまとめて、みんなで紹介し合う単元がありました。
当時はまだ、インターネットで調べるより、誰かに聞く、電話や手紙・ファックスで質問する、図書室や図書館で調べることが主流だった時代。ちょうど日本の真ん中くらいの太平洋ベルト地帯の一角だったから、両親や祖父母、親戚が他県出身者の人も多く、インタビューしたり調べ学習してきたことを発表し合うと、自分たちの知らない風習や食文化に出会うことができて、とても新鮮で楽しかったことを覚えています。
わたしはまだ、お節をまるごと(重箱ごと)買ったことがありません。
まるごと買わなくても、一つずつ買ってきたものを詰めればいいじゃん。
本当は、ものすごく高価なことが買えない理由なのですが・・・。
お節を買ってしまうことで「日本人の魂」を売り渡してしまうような気がして・・・。
新しい歳神様をお迎えするお正月の支度は、粗末でも心がこもっていれば大丈夫、きっと日本の神様はささやかな思いを汲み取ってくださると、「かさこじぞう」の老夫婦が憧れの存在である自分は信じているのです。
ですから、簡単でも、売っているものを切ったり並べたり、ちょっとの手間をかけて煮込んだりして、豪華ではない簡単なお節料理ですが用意してます。
いつか、神様だけでなく家族のためにも、豪華で美味しいお節料理を作ってみたいと思っています。
まだ故郷にいる頃は、実家の凝り性な父親が年越し蕎麦を大晦日に大量に作り、出来たてのお蕎麦をもろ箱に詰めて、お世話になっている会社や銀行関係の方のご自宅にお届けするのかわたしの役目でした。
もちろん、午前中に蕎麦粉と自然薯を混ぜ合わせて、こねる仕事を手伝ってから・・・。
その前日には、同じくガレージや庭でもち米を蒸かして、臼ときねで大量の餅を搗きました。
屋外用のかまどや、給食用サイズの鍋、蕎麦を水洗いする直径1メートルの缶(かま)などが並び、親戚や友人がたくさん集まって、ワイワイガヤガヤとお正月支度をしたものでした。
そんなわけで、大晦日の夜には大量の蕎麦作りでみんなぐったり。
レコード大賞や紅白を見ながら、年越し蕎麦を食べて、こたつみかんを食べてゴロゴロしてました。
嫁いでからは、30日に餅つき機で自家製のもち米でお餅をついて、31日には大掃除とお節料理、買ってきた年越し蕎麦を茹でて、天ぷらとお汁を作って食べます。
今年の年末から、お餅はほとんど毎日食べています。
大晦日、紅白歌合戦を見ながら食べる年越し蕎麦。
昆布と鰹節ベースの醤油出汁です。
次男とわたしが、数年前に某スーパーで購入した廉価な海外産「赤エビ」を頭ごと天ぷらにして食べたところ。口の中がかゆくなり、その後、エビアレルギーになってしまいました。
桜えびや国産エビは大丈夫なため、外国産の農薬・抗生物質に反応してしまったと思われます。
今年も、他の家族三人は、尾頭付きの大きなブラックタイガー、わたしたちは生タラの天ぷらを揚げました。
おかげで、声の調子も絶好調で、聖子ちゃんやユーミンの歌を一緒に歌えました。
年が明けて、お正月。
明け方まで、ネットの番組を見たり、黒豆を煮たり、ブログを書いたりして時間が過ぎていきました。
みんなで新年のあいさつをして。
お雑煮を食べます。
鶏がら(比内地鶏)とゴボウベースの醤油出汁です。

12月29日の深夜番組【ラヲタの殿堂】で優勝した、高嶋政宏さんおすすめのラーメン店
「ロックンビリーS1」のスープの作り方が、秋田の鶏がら出汁の作り方と似ている気がします。
ついでに気がついたのが、ときどき買い物にいくスーパーの敷地にあるラーメン店のラーメンが、「ロックンビリー」のこだわりの店長さんの作るラーメンと酷似していることも発見。

お正月にはちょっと奮発して、鶏がらも地元の名産・比内地鶏を使ってみます。
たっぷりの鶏がらをじっくりコトコト煮出すことで、コクがあって香ばしい出汁がとれます。

ふっくらと、甘すぎないように煮た豆。 鶏肉の照り焼きと出汁巻き卵とかまぼこたち。


縁起のいいレンコンやゴボウ、タケノコ、昆布、海老芋(里芋)などを出汁で炊きます。
1月3日には、「三日とろろ」といって、お餅など食べ過ぎて疲れた胃に優しい、大和イモ(長いも)をすりおろして、ゴボウと昆布と煮干しを煮出して味噌で味付けした汁と生卵を混ぜて、とろろを作り、たっぷりとご飯にかけ、ネギを散らしていただきます。
ちょっと塩気の多い「ぼたんこ」(鮭の塩焼き)も一緒にいただきます。
この料理は、男三人で作ってくれます。
子供たちは、ゴボウの笹がきと、だし汁ととろろを混ぜるお手伝いをします。
1月3日に限らず、食べたくなると母がいない時の料理として作ってくれます。
ごはんを3杯、4杯食べるのも当たり前なくらい、するするっとたくさん食べています。
松の内が明けた頃、少年団の初稽古で恒例のお雑煮会で食べるお餅と出汁も用意しました。
お餅は、前年よりも団員が増えたので、一升餅を三枚。
厳密にいえば、1.2升のちょっと厚みのあるのし餅を三枚つきました。
それをホットプレートでちょっと香ばしく焼いて、だし汁をかけ、三つ葉とかまぼこも載せます。

お汁は大鍋二つ。鶏がらと昆布のだし汁に、地元の醤油、昆布しょうゆで味付けします。
具には、たっぷりのゴボウ、シイタケ、型抜きした金時ニンジン、マイタケ、鶏肉、油揚げなどが入ります。
餡子を炊いて作った粒あんと一緒に和えて、あんころ餅も用意しました。
そんなこんなで、年末年始の行事も過ぎていきました。
きちんとしたお節料理でもないし、たくさんとったお出汁で蕎麦やお餅をつづけて食べたり、母はけっこう手抜きをして楽なお正月を過ごせたような気がしています。
一年の埃を落とし。
新しい年、歳神様をお迎えする準備をする、年末年始。
昔からつづいている風習を楽しみながら、日本人らしい食生活を少しでも引き継いでいけたらいいなと思っています。
そうそう。
お正月、というか冬には欠かせない、日本人の団らんの中心にあるのが、みかん!
今年も親戚と親友が、美味しい静岡のみかんを送ってくれました。
親友が送ってくれたのは、20キロくらい大きな箱に、自分たちで育てているみかん。
枝でついた傷があったり、農薬をあまりかけないから肌は決してきれいではないけれど、
もう、たまらなくジューシーで、めっちゃ甘いみかんなんです。
去年まで、お義父さんがお世話をしてくれていたけど、お亡くなりになってしまい、世話や収穫は親友の仕事に!ご御主人も同じ仕事をしてるのに全く手伝わなくて、休日に女手一つでみかん畑の世話まで頑張って、とってもエラい素敵な友達なんです。
そのみかんがあるから、家族で食後に、テレビを見ながら、・・・わたしはこうしてネットをやっている時にも食べているのですが・・・。
いくつ食べても、飽きません。
手元に持ってくると、有るだけ食べてしまうので、一度にたくさん運ばないようにしています。
そのみかん・・・。
消費量が減っているんですって?
子供たちの少年団の練習から帰ってきたら、今日の所さんの番組でやっていたとおと―さんから聞きました。
「理由は何だと思う?」と聞くから、
「もしかして、剥くのがめんどくさいから?」
えっ! ホントなの?
・・・残念ながら・・・、ビンゴでした。
みかんの皮をむくのが、面倒???
柔らかい、みかんの皮を?
薄皮の周りの白い繊維も体にいいから、なるべくそのまま食べてしまっているわ。
何が面倒なのか、さっぱりわからない・・・。
信じられないのですが、それが現実で、いま、みかん畑にはみかんに変わる果物として、「アボカド」が植えられているのだとか。
アボカドも美味しくて、みかん農家の人の収益が上がればいいのですが、
でも、やっぱりみかんを日本人が食べなくなっているなんて、さみしくなってしまいます。
静岡、和歌山、愛媛などの産地の人たちは、地元のみかん、パクパク食べていますよね。
わたし、スーパーで愛媛のみかんが売ってると、キズものでもほんの少しでも、つい買ってしまいます。
被災地で頑張っている農家さんを応援したいから。
みかん。 みかん!
冬には冷たくて、ビタミンも豊富で、なによりもジューシーで美味しくって、
最高の果物です。 大好きです♪
林檎も、同じように、皮をむくのが面倒だと消費量が減ってしまっていないか心配です。
息子たちには、「ダイソー」でシールを集めて200円で買った果物ナイフで、お腹がすいたらいつでも林檎の皮を剥いて食べるように言っています。
よく切れるナイフで、剥き方のコツを教えれば、小学生男子でも簡単に剥けます。
もしかして、お節を作らない家庭が増えているのも、お雑煮を作って食べないのも、みかんや林檎を食べないのも、「面倒くさい」という気持ちが、そうさせているのかしら?
わたしたちの母親世代よりも、わたしたちの世代の方が、忙しさにかまけて出汁を採った和食や、郷土料理を作らずに、簡単にできる洋食や総菜で済ませてしまっているのではないのかしら。
郷土料理や、美味しい出汁の利いた和食を作らなくなると、子供たちもその味を知らずに育ち、引き継がず、どんどん忘れ去られてしまうのではないかと心配になります。
季節の旬の食材で、自然の食材から採れる出汁の美味しさ。
身体にもいいし、バカ舌にもならず、味覚を育て、美味しさを見分けることができる日本人で有り続けるためには、家庭で「ちょっとの手間」と「工夫」をすればいいのかも。
取り返しがつかなくなってしまう前に、家庭教育が低下してしまっているから、子供たちには学校教育を通して、母親になる若いお母さんには、出産前の母親教育を通して。
なんとなく和食や手作りの良さはわかっているおかあさん、おばあちゃん、おとうさんたちと一緒に、
「わ~!美味しい~」の家族の声と笑顔のために、
「面倒くさい」なんて言ってると、もったいない。
ちょっとの手間と工夫で、日本人の味覚、旬の食材を守っていきたいです!
ほんのちょっとの手間と工夫で。
お金の節約になったり、子供たちが料理に興味を持ったり、身体にいい食事ができたり。
お正月やお盆などの行事や、郷土料理の中には、昔から謂れのある文化や伝統があるはず。
それを知ることで、地域の食文化を受け継いで、次の世代にも残していくことが、今なら間に合うかもしれません。
今年は「面倒くさがり」の自分も、「郷土料理」「伝統」「旬の食材」を大切に、日本の伝統や文化を引き継いでいく一人として、精進していきたいと思います。