
ぼくたちの五月は、大忙しさ。
こいのぼりを毎日あげるし、田んぼの田植えや小学校の運動会だってある。
冬の間は禁止されている自転車にも、自転車教室のあとにやっと乗れるんだよ。
ぼくの好きな「リラの花(ライラック)」も庭に咲く。紫のイイにおいがするお花なんだけど、弟は
「リラックマのお花だけあって、バブちゃんのお花がないのはずるい」って泣くんだよ。
弟の大事なぬいぐるみの白クマのバブルの名前のお花がないって。
お母さんが「おおでまり」の白いお花のことを、「これがバブの花だよ」って言ったら、ちょっとご機嫌になった。五月はいろんな花が咲きはじめるからワクワクするんだ。

本当は土曜日に運動会があったはずなんだけど、雨が降っていたから中止になってしまった。
ちょっと残念だったけど、田植えのために帰ってくるお父さんに運動会を見てもらえるから、ちょうどよかったかな。
そうそう、運動会の前日の土曜日。
お母さんは、朝からなんだか元気がなかったんだよ。
故障して走らなくなっちゃったうちの軽トラックの代わりを、借りに行かなくちゃいけないから。
うちの軽トラの「キャリイ」は、ヤバい運転をするじいじがしょっちゅう車庫や作業小屋の柱にぶつけていて、道路を走っていたらよその田んぼにダイブして横転したりして、ボロボロになっちゃった。
うまくエンジンがかからなくて、「押しがけ」をすることもある。
庭の坂道を利用して、ぼくが運転席に座ってクラッチとブレーキを踏んで、お父さんとお母さんが押してエンジンをかけることもよくあったんだ。
「押しがけ」を知ってる小学生はあんまりいないってお母さんは笑うけど、自分で運転するとギアがうまく入らなくてエンジンが止まっちゃうこともあるマニュアルの軽トラの運転は、苦手なんだって。
お父さんが帰ってくるのが夜中だから、どうしても一人で軽トラを借りに行かなくてはいけないのが「ゆううつ」で、それでお母さんは朝からBLUEだったみたい。
もしも途中で止まっちゃったら、どうしようって。
でも、夕方、お母さんはご機嫌で軽トラを運転して帰ってきた。
オートマ車だったんだって!
ぼくらはお母さんが出かけているその時間、「明日天気になあれ♪」ってご機嫌で砂場や畑で泥んこ遊びをしていたら、服も身体も真っ黒になっちゃったから、自分たちでお風呂を沸かして入ったんだ。
楽しみなことがあるとワクワクが止まらなくて、思いっきり遊んでしまうのが、ぼくたちなんだ。
さて。いよいよ、運動会。
お父さんも夜のうちに帰って来ていたけど、ぼくらが朝起きたら、運動会のテントを張るお手伝いに学校へ行って、田植えの準備をしていたよ。
お母さんは、お弁当づくり。
一週間くらい前に畑の草取りをしてたら熱中症になっちゃったばあばは、やっと起き上がれるようになってぼくたちを見送ってくれた。ちょっと安心だ。
風が強い日だったけど、雨は降らずに運動会は始まった。
ぼくたち学校は、赤・白・黄色の三色対抗だ。まだ学校に慣れていない弟たち一年生は、午前中で競技が終わって、帰ってもいいことになっている。
見に来てくれる家の人は、町内会ごとのテントで応援してくれる。
お母さんは、運動会と云えば秋に紅白で対決するものだったと言っているけど、ぼくたちの運動会は春にやるんだよ。
毎年、田植えと重なってしまうのは、仕方ないね。
徒競争は、プログラムの最初の方にある。
その時間だけ、お父さんが田んぼから見に来てくれた。
ぼくも弟も頑張ったけど、結果は・・・まあまあかな。
「大玉ころがし」や「デカぱんリレー」「三色対抗学年リレー」「玉入れ」は、どれもぼくらのチームが一位になったよ。デカパンリレーは、ぼくのペアがすばやくパンツをはいて半周差をつけたおかげて、ぶっちぎりの優勝さ。
お昼は、お母さんが重箱に詰めたお弁当をモリモリ食べたよ。
ぼくたちのリクエストで、大好物の太巻きがいっぱい入ってた。チーズ入りの卵焼きや唐揚げ、ウィンナーもたっくさん♪
お母さんの子供のころは、運動会の時に必ず「青いみかん」と「ゆで落花生」を食べたって話している。ぼくたちも、大人になっても運動会のことを覚えているのかな。
ぼくらが出るプログラムが終わったら、お母さんは田植えのお手伝いに行ってしまった。もし、前の日に運動会ができていたらずっと見られたけど、ごめんねって言って。
ぼくと弟は、運動会が終わったら、歩いて帰ったよ。
家に帰ると、お母さんはビニールハウスにいた。
稲の生えてる箱からはみ出したじゃまになる根っ子を、包丁で切っていた。
土の上にシートを敷いて、そこにダシをのせるけど、今年はお母さんがやったからあんまり平になってなくて、根っ子がのびちゃったんだって。
それを引きはがすのが力が必要で大変みたい。ぼくたちも挑戦したけど、できなかった。
「ぼくのチームが優勝で、ぼくはなんと3年連続で優勝、弟のチームは二位だったよ」と報告すると、おめでとうって言いながら、帰って来ててすぐで悪いんだけどお願いがあるの、って。
・・・・・・・・。
えっ!
今から?
二人だけで?!
お父さんはその日の高速バスで仕事先に帰る予定だったけど、田植えが終わらなくて、次に日に帰ることにした。
でも、バスの予約は電話では変えられなくて、大きな駅にある「営業所」ってところで変更しなくてはいけないんだって。
お父さんもお母さんも少しでも早く田植えを終わらせなくてはいけないから、電車や車で行って帰ってくる時間がない。
だから、ぼくたちだけで駅まで行って帰って来てくれないかだって。
・・・・・・・・。
ぼくらだけで電車に乗ったことは、まだなんいだ。
春休みに東京と静岡へ行った時にもらったぼく専用の時刻表の紙で、お母さんと電車の時間を調べた。
ちょうどいい時間の電車がある。
この前、静岡のおじちゃん(お母さんの弟)がうちに来た時、こんなことを言ってた。
「夏休みに、子供たちだけで新幹線に乗って、静岡へ遊びに来い」
すごく嬉しくて、絶対に行きたいけど、・・・ホントのこと言うと、ちょっと不安だったんだ。
二人だけで行って、迷子にならないか、間違った電車に乗ってしまわないか。
だって、東京駅には、信じられないくらい人がおおぜいいた。
でも、ぼくたちだけで電車に乗るのは、ちょうどいい練習になる。
弟は、なんにも考えてないから、「行く、行く――!」って大はりきり。
よーし、ぼくもやってみるぞ。
紙に駅の地図と電車の時刻を書いてもらって、近くの駅までお母さんが送ってくれた。
行きと帰りの「往復きっぷ」を買ってもらい、弟はなくすかもしれないから、ぼくが持った。
何かあった時のための「キッズ携帯」も持った。
そして、帰りに無事に駅についたら自動販売機でジュースを買って飲んできてねって、お小遣いをもらった。何でも、好きなジュースを飲んでいいって。
さあ、出発だ。
ホームについた電車の入り口にあるボタンを押すと、ドアが開いた。
東京の電車は、自動でドアが開いたっけ。
ぼくらは並んで座って、ホームで見送るお母さんに手を振った。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「ただいま! 予約の紙、もらってきたよ」
「楽しかったー。もいっかい、行きたい!」
お母さんが作業しているビニールハウスの横へ出る道を選んで帰ってきた。
帰りに迎えに行けなくてごめん、歩いて帰って来られる?と聞かれたけど、ぼくたちは平気だった。
だって、二人だけで冒険しているみたいだから。
運動会と冒険、どっちも楽しい♪
「おかえりー。ありがとう。お遣いできてえらかったね☆」
お母さんはぼくらの頭をなでてくれた。
「はい。お母さんも飲んで」
ぼくは、駅で買ったジュースの残りをお母さんにわたした。
好きなジュースを買って飲んできてっ言ってくれたけど、美味しかったからお母さんにも飲んでほしくて、ぼくたちはジュースが入った缶を手に持って、歩いて帰ってきた。
30分くらい歩いたから、もう、あったかくなっていたかも。
お母さんはひと口飲むと、
「あー、美味しい!ありがとう」って言って、泣いてしまった。
そして、ぼくたちをぎゅーっとしてくれた。
何だかちょっと照れくさかったけど、嬉しかったよ。
駅に行ったら、迷わずにバスの営業所を見つけたこと。
帰りの電車を間違わないように、乗っている人に聞いて確かめたこと。
隣に座ったちょっと先の駅で降りるおばあさんが、「どこからきたの?」「お父さんとお母さんは?」「本当に子供だけでおつかいにきたの?」って、いろんなことを聞いてきたから、退屈しなかったこと。
いろんなことを、お母さんに教えてあげた。
お母さんは、「すごーい」「えらいね」って言いながら、ニコニコ聞いていた。
家の中に入って、運動会のおやつの残りを食べて、農作業用の服に着替えてから、お父さんが田植えをしている田んぼにいった。
ぼくたちはちっちゃい時から、田植え機に乗せてももらっていた。
柔らかすぎるところはダメだけど、大丈夫なところは一人ずつ乗せてもらった。
他にも、トラクターやコンバイン、キャラ、一輪車(ねこ)、ぼくらはどんな乗り物にも乗る。
運転の仕方も教えてもらっていて、稲刈りの時のコンバインの操作は、一人でもできる。
車庫にしまってあるときにも、こっそりいろんな機械に乗りこんで、運転する練習をしているんだ。
その日は、日が暮れるまで田んぼにいて、田植えを続けた。
夕焼けが、とってもきれいだった。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
次の日。運動会の代休で、学校は休み。
お父さんは、午前中にに田植えを済ませて草刈りをする予定だったから、朝早くから田んぼに来ていた。
弟はまだねていたけど、ぼくは急いで着替えて、自転車に乗って田んぼへでかけた。
今日も、田植え機に乗せてもらうぞ。
あれ?
変な音。
えっ?
こわれちやったの?
田植え機が畦に近づきすぎてぶつかってしまったみたい。
家に持ち帰って修理しなくてはならなくなってしまった。
お父さんは、農機具の修理はなんでも自分でする。
きっと今度も、直せるだろう。
えっ?
ムリ?
時間がない?
誰かほかの農家の人に田植えをお願いする?
機械屋さんを呼んで直してもらう?
あとは、お母さんが一人で植えるの?
お父さんはいつもは優しいんだけど、ピンチになると怒りだす。
イライラしてると、なんだかおっかない。
でも、お母さんは、だいじょうぶ、なんとかなるって、笑ってる。
のんきだなあ。
「お前がしろ」って怒られちゃって、・・・あれ?…なんかさがして持ってきたぞ。
前に、機械屋さんでもらってきた部品だ。
うちの農機具はみんな古いから、必要な部品はもう作ってないって言われたけど、廃車にする機械置き場から、欲しいものは持って行っていいって言われたんだって。
そこから、必要なモノ以外にも、壊れた時使えそうな部品を、お母さんがいくつかもらってきてあったんだ。
お父さんはもう一度、壊れたところを確かめた。
すると、曲がってしまったところから切って、新しい部品を溶接してもらえば何とか使えそうだと言う。
さっそく、壊れた部品をとりだすために、解体を始めた。
ネジやクリップをなくさないようにとぼくは渡されて、工具箱へ入れておく。
ひとつひとつ丁寧に外して、一番大きな壊れてしまった部品も取り外した。
「よし、鉄工所へ電話でお願いしてあるから、すぐにいくぞ」
隣の町の小さな鉄工所へ壊れた部品とくっつけたい部品を持って出かけた。
工場のおじちゃんが、上手に切ってくっ付けた。
溶接っていうんだと教わったよ。
鉄と鉄をくっつけるのには、すごく熱いバーナーみたいな火を使って、仮面みたいなのをかぶっていた。
物を作ったり直したりする仕事は、面白そうだな。
二つの部品が合体して、元の通りになった。
すぐに家に帰って、分解した田植え機を、一つずつ元通りに直していく。
お母さんは、すぐに田植えができるように、せっせと稲のダシを運んでいる。
さあ、直ったぞ。
元の通りに動く!
さすがはお父さん。なんでも直せるんだね。
ぼくも、大きくなったら機械を動かすだけじゃなくて、修理もできるようになりたいな。
今度はぼくたちは、田植え機に乗らないで、田植えの様子を見ていた。
すごいスピードでどんどん植えている。
直って、本当によかった。
お父さんとお母さんは、お昼ごはんも食べないで田植えの作業を続けていた。
夕方、お父さんが帰る時間までに、無事に今年の田植えも終わった。
お父さんは、大きな駅まで送る車の中で、タッパに入れたお昼ごはんの冷やしラーメンとおにぎりを食べた。
「バイバイ」
「またね!」
お父さんを駅で見送って、ぼくたちはある場所へ向かった。
運動会を頑張ったことと、子供たちだけでお遣いに行ってくれたことのご褒美に、ぼくたちの大好きな「焼き肉食べ放題」のお店に連れて行ってもらうんだ。
「平日だからちょっとお安くなってる」とお母さんはにこっと笑った。
車の中で「日本印度化計画」なんていう変な曲をかけて、お母さんは「♪おれにカレーを食わせろ~」なんて歌ってる。
「カレーが食べたくなっちゃった」なんて言ってたのに、お店に入ったらカレーは食べてない。
どうして食べないのかお母さんに聞くと
「だって、カレーを食べちゃうと、他のものが食べられなくなっちゃう~」だってさ。
弟は、好きなサーモンの握り鮨ばっかり食べて、
「もう、お腹いっぱい」なんて言って早くデザートを食べたがって、・・・そこからがすごかった。
ソフトクリームにアイスクリーム全種類に、フルーツ、クレープ、ケーキ、綿菓子。
お腹いっぱいって、何だったんだ(笑)
ぼくは、お肉を持ってきて焼いた。
美味しくて柔らかいお肉ばかり上手に持ってくると、お母さんに褒められた。
お母さんは、サラダばっかりせっせと持ってくる。今、いろんな野菜が高いからだって。
黄色い変な色のジュースを入れて持ってきたから何か聞くと、「リアルゴールド」っていう栄養ドリンクだって。なんだかヤバイ色だって、みんなで笑ったよ。
ぼくもデザートにクレープを自分で焼いてクリームをのせて、綿菓子も作って、お腹いっぱい食べた。
帰りの車で、「筋肉少女帯」の小学生が遠足で遭難してしまう曲を聴いた。
「♪遠足にはネーコはつれてけない」ってところが気に入っている。
ぼくたちはその歌が大好きなんだけど、それからどうなったのか、すごく気になる。
いつも話し合いをする。
車の中でうとうと寝てしまって、家につくと、すごくきれいな夕焼け空だった。
オレンジ色じゃなくて、紫色の夕焼けなんて不思議だ。
日が沈んでしまうまで、ずっとみんなで見ていた。
すぐ足元に、長さのあるクロバーがたくさん生えていて、シロツメクサで花の冠を作ったよ。
弟は、「ちょっと遅いけど、母の日のプレゼント」なんて言って。まったく、調子がいいんだから。
お母さんは、ひとつは首に懸けて、もう一つは頭に載せて、大喜びしてたよ。
こうして、ぼくたちのいろいろあった休日は終わった。