関東に住んでいる学生時代の友人達と、年2回の飲み会をやるようになってから7年程になるが、「いつか地元でやりたいよね」というのが最近の話題となっていた。
そして、
前回の会合で酔った勢いと共に具体的な日程が決まり、その当日を迎えて現地へと旅立った。
列車に乗り換え、
長閑な田園風景を眺めながら、毒々しい色の紅ショウガが最前列を占めている肉巻弁当を食べた。
列車で駅弁なんて、何年振りだろう?。

駅で友人達と合流し、30余年ぶりとなる母校に向かった。
正門を入った所のメインストリート。
当時は片田舎の学校で殺風景な感じもあったが、こうやって切り取ると、緑に囲まれていてなかなかいい感じ!
建物もほとんどが新しくなっているようだ。
あの頃は古い木造の校舎跡がサークルの部室になっていたり、学生運動の立て看があったりしたものだが、今はそんなものはすっかりと影を潜め、パッと見、小奇麗な学校へと変身していた (@_@)

あ~だった、こ~だったと言いながら、キャンパスを一巡した後は、敷地内にある宿泊施設に一旦入り、

その後は学校のすぐ近くにある居酒屋へと向かった。
残念ながら当時あった焼き鳥屋などは、道路の拡張に伴って全て姿を消していた。
入った店は2時間食べ放題+飲み放題で¥2980!
いくら田舎で、学生相手の店とは言え、とは安すぎでしょ!
何故か焼き鳥だけは別料金であったが、それでも大した値段にはならない。
しかし、こうやって集まるとすぐに昔のままの関係に戻って毒づきあったり、当時を懐かしんだり、将来を心配したりできて、私にとってはとても居心地の良い空間となる。

2軒はしごした後は校内を通って先程の宿舎に戻り、3次会に突入!
翌朝は早く目覚めたので、当時住んでいた場所を回ってみた。
最初に住んだ所は6畳一間の学生アパートで、場所は変わらないものの、建て替えられていた。
当時、新築だったということもあってか入居者は全員新入生で、すぐに仲の良い友人もできた。
私の部屋は2階の一番階段寄りの部屋だったために溜まり場になってしまい、毎晩のようにオールナイトニッポンを聴きながら語り合ったり、ギターを持ち寄って歌ったり、時には飲んだりしていた。
そう言えば、エロ本も貸し合ったりしてたなぁ。
親から離れて一人住まいできたということが、何より嬉しかった。
しかし、そんな怠惰な日々を送っているうちに、5年間も学校に通うことになってしまったが(^_^ゞ
その先に進んで、3年から住んでいた場所に向かった。
当時は納屋を改築したような、4.5畳一間のオンボロ学生アパートであったが、ここはすっかり変わってしまっていた。
前述のアパートもそうであったが、ここも共同風呂で共同トイレだった。
風呂なんて夏冬にかかわらず2日に一回。
まぁ、銭湯通いでなかっただけでも、ましだったのかも。
家賃は9千円位だった。
学校の裏手は田んぼと畑ばかりなり (^◇^)
何、この寸詰まりの電柱は!
早朝徘徊を終えて学校に戻った。
友人達とは新年会での再会を約束して別れ、車で来ていた友人に途中まで送ってもらい、列車で福岡の実家に向かった。
それから3日間実家に滞在し、親孝行の名を借りた飲み食いを繰り返していたとさ。
Posted at 2015/10/22 22:19:22 | |
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