石灰石の次は大谷石ですか?
先日行った石灰石搬送ルート遡りツアーでは、残念ながら採掘現場を見ることはできなかったが、ならばと、採掘場跡としては有名な大谷石の地下採掘場跡(大谷資料館)を、家族で見に行くこととした。
東北自動車道を鹿沼ICで降り、そこから資料館のある宇都宮に向けて走る。
大谷の町に近づくにつれ、石材店が目につくようになる。
近隣の家々の塀には大谷石が使われている所も多く、また、一部には壁材としても使っている家も見られた。
大谷の街中にある大谷景観公園。
岩壁に見えているのが大谷石である。
近くの駐車場に止める。
奥の建物の壁材は、もちろん大谷石である。
そこからすぐの場所にあるのが、高さ約27mの平和観音。
第二次世界大戦の戦没者の霊を弔うと共に、世界平和を祈念するために、採掘場の壁面を利用して昭和23年より6年の歳月をかけて彫られたものであるとのこと。

次に地下採掘場跡がある大谷資料館へと向かう。
資料館の入り口近くにある、オブジェとしての石材運搬車。

資料館に入り、地下採掘場跡に進む。
入り口横には、最近ここでロケが行われた「るろうに剣心」のポスターが貼られていたが、映画、TV、PVなど、これまでに数多くのロケが行われている。

いよいよ地下へと、階段を降りていく。
中の気温は12℃と、ひんやりを通り越して寒い。
事前には写真で見ていたものの、目の前には圧倒的なスケールの地下空間が広がっていた。
凄いとしか言えない・・・。
この地下採掘場は、大正8年から昭和61年にかけて採掘されていたとのこと。

見た感動を、とても私のレベルでは写真で表すことはできないが、以下、何とか見られそうなものをいくつか・・・。






地下での感動が冷めやらぬまま、展示コーナーの方へ。
発掘当初はこのようにツルハシを使い、人力で掘っていたとのこと。
大谷石は加工性が良いことから、建材として使われるようになったそうであるが、とは言え人の手で掘るとなると、どんなに大変だったことか・・・。

そして、それを運ぶのも、また人力。
80kg以上もの石を背負い、しかも歩くのがこんなところ。
こんな木の階段なんて、普通に歩いてもかなり危険だろうに。
何事も機械化された現代から見れば、石の切り出しも含めて、気の遠くなるような作業である。
昔の人は、偉大であった。

そして、昭和32年頃からようやくチェーンソー使った機械掘りが導入され始め、全面的に機械掘りに切り替わったのは昭和35年だそうである。

これは、岩壁をカットするチェーンソーか?
上の方の写真にある、壁に縦に入った切込みがチェーンソーの跡のようだ。

見学を終え、外に出てちょっと休憩。
前のカップル。
「ねぇ、知ってる? スプラッシュ、カタログ落ちだってよ」
「えっ、ウソ。私、買おうかどうしようか迷ってたんだけど・・・」
「じゃ、スイスポにしない? 俺もちょっと乗ってみたいし!」
「じゃ、これから見に行く♪♪」
なんて会話、絶対にしてない。
おなかもすいたところで、昼ごはんは餃子定食。
餃子2人前+ご飯で520円。
安くて、また、旨い!
いくらでも食べられそうである。

帰路は日光へと向かう。
いろは坂を駆け上がり、明智平の駐車場より男体山を臨む。
展望台行きのロープウエイ・・・、見送るだけにしよう。

中禅寺湖に到着。
時間があれば「竜頭の滝」をじっくり見て行きたいところであったが、この日は出足が遅れ、既に夕方近くの時間となっていたため、断念。
沼田へと抜けて、関越道で一路自宅へと向かった。

後記
昭和64年、大谷石採掘場跡付近で直径100m、深さ30mもの陥没事故が発生。
平成22年、大谷石産業によって32年ぶりに新しい採掘場が作られた。
Posted at 2014/09/02 21:27:23 | |
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