
ドライブ旅行2日目です。
今日は大歩危の宿を出発して高知県に入ります。
早朝、ホテルの近くの大歩危の景色を。
吉野川の上流(南側)。
下流(北側)。
少し歩いてドライブインの駐車場から。
ホテルの朝食を済まして、
出発。
【土佐神社】
まず最初に土佐の国の一宮である土佐神社に。
何故、土佐神社かというと、

この神社は大和葛城の一言主神社の流れです。
司馬遼太郎の「街道をゆく 葛城の道」編にもそのあたりの記述があったような。
重要文化財の鼓楼。
境内の中にレールが。

拝台が移動できるみたいです。
高知市内に向かいます。
【はりまや橋とひろめ市場】
市内に入り高知城の横を通り、
ひろめ市場近くのとある駐車場に停めて、800m東のはりまや橋に向かいます。
帯屋町のアーケード商店街を東に。
アーケードの終点を少し南に行くと、はりまや橋交差点。
これがはりまや橋。
交差点の東にはこんなものも。

ペギー葉山、懐かしい。
元の場所に戻ってひろめ市場に。
出口入口は2か所に限定されています。コロナ対策。
北側出口を出て、高知城の入り口。
次の目的地に向け出発。
途中の市内電車。

相当な年季物。
【吉村寅太郎生家】
吉村寅太郎は奈良に縁の深い人です。ここ土佐の津野に生まれ、土佐藩士となりますが脱藩して尊王攘夷運動に身を投じ、天誅組を組織します。文久3年(1863年)大和五條で蜂起し、代官所を襲撃、高取城に向かいますが敗走し、東吉野村鷲家口で一生を終えます。享年27歳。
辞世の句は、「吉野山 風に乱るる もみじ葉は 我が打つ太刀の 血煙と見よ」
西に75km、津野町に到着。
吉村寅太郎生家に。
今日が休館日だという事は電話で確認していました。
管理している女性と私たちが奈良から来たという事などを話すと特別に開けていただきました。
おまけにお茶などいただきました。有難うございました。
【梼原=維新+隈研吾】
更に西に15kmほどで梼原(ゆすはら)町に。高知県の最も山奥に位置します。坂本龍馬などが脱藩した道があり、近年では新国立競技場の設計者である隈研吾氏の設計した建物が多い町として知られています。
先ず「維新の門」の像を。

この地ゆかりの8人の像が。躍動感にあふれています。
これらの8人です。
次に隈研吾氏設計の建物を。
街の駅ゆすはら(マルシェゆすはら)
YURURIゆすはら(社会福祉施設)
と、南に隣接する雲の上の図書館
梼原町総合庁舎
隈研吾氏が梼原町と縁を作るきっかけとなったゆすはら座。
梼原は数十年前に通り四国カルストに行きましたが、すごい変貌ぶりでした。
【今宵の宿に】
梼原を発ち、東に戻ります。途中で昼食を摂って須崎市内を通り過ぎ土佐湾に突き出た半島を東に。
途中に武市半平太像。

土佐勤皇等の首領でしたが吉田東洋暗殺の責任を取らされ処刑されます。
太平洋に面した絶景。
スカイベイゴルフクラブ

松山英樹選手や横峯さくら選手が腕を磨いたゴルフ場。
明徳義塾中高等学校

これも同じ。さらに元横綱朝青龍もここ出身。
【ヴィラ・サントリーニ】
半島の東端の丘の上にある今宵の宿に到着。

ギリシャのエーゲ海をイメージしたホテルです。今年の正月にBSTBSの「絶景ホテル」で放送していたので予約しました。
受付を済ませ部屋に。

60代後半の夫婦にはちょっと気恥ずかしい。(笑
ジャグジー風呂
他の人と同様にカメラを持って撮影を。
重分満足しました。(^^
午後7時、食事の時間。夜の帳が降りてきました。
最上階の食堂に。
メニューはシェフのおまかせ。

当たり前ですが、最高の美味しさ!
たっぷり2時間のコース料理。すっかり暗くなりました。
今日も中身の濃い旅でした。
Posted at 2022/05/14 06:38:22 | |
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