いよいよ日曜は終わりますが、節目として、上半期を今更ながら、総括します。
今年は、仕事面は、昨年末に契約社員の試験を受け、合格し、1月から契約社員としての業務を行ってました。
ステップアップ、スキルアップに拘りすぎた余り、なかなか上手くいかず、上とか周囲とぶつかることもあり、そうしたことで、迷惑をかけてしまったのもあり、昇級はあきらめかけてました。
そんな中、5月の連休前に、正社員昇級試験が前倒しで7月に行われることを知らされ、仕事の合間を縫って、出来る準備をし続け、業務をこれまで以上に頑張って向き合っていくと、少しずつ風向きが良くなり、試験本番を落ち着いて迎えられ、結果が出せたと言うところです。
8月から正社員として業務を行うことになります。
今後は、社員として責任も結果も権限も厳しく求められるけども、これまで以上に落ち着き、全体を見渡した仕事をすべく、頑張ります。
まあ、合格してもプレッシャー掛けられてるけど、頑張るのみです。
私生活は、昨年末に、親類のトラブルが元で、8年ほど絶縁状態だった祖母が亡くなり、今年に入り、主のいない実家の整理・片づけを本格化。
ブドウ畑の解体もしたんですが、かつて、少しだけ農業に関わった身としては、何とも身を切られる想いをしつつも、前に進む気持ちが勝り、気持ちの整理をつけました。
不動産屋に間に入ってもらい、どうにか売却に向けた手はずが整い、私も、仕事休みの日に両親と片付けに行き、ほぼ整理できたと言うときに、朝倉の豪雨被害が発生。
幸い、実家のところは、どうにか無事だったものの、いろいろと見つめ返されました。
私は、大雨の降った7月5日は、職場にいて、職場のあるエリアも大雨が凄く、夕方17時から19時までの間の凄まじい大雨に慄き、仕事を終えて、23時過ぎに帰ろうとしてたときに、どこからともなく消防のポンプ車のサイレン音が聞こえて来て、空も稲光が凄く、家に帰り着くまで、本当に怖い思いをしました。
一夜明けて、杷木~朝倉地区の山沿いのエリアの被害が甚大であることを目の当たりにし、かの地から来ていた職場の人たちは、道路寸断や家屋の崩壊などで会社に行くことができず、数日ほど会社を休まざるを得なくなるほどでした。
被害が大きかった地域に住む、高校時代の友人たちの家も被災してて、柿畑も大半がダメになったと言います。
ある友人は、大雨でR386が寸断されたときに、近隣のコンビニで一夜を過ごしたりと、いかに被害が想像を絶するものかを物語っています。
未曾有の土砂災害、水害を目の当たりにし、元朝倉市民としては言葉が出ませんでした。
被災からもう直ぐ1ヶ月になろうとしてますが、R386の復旧は進んだものの、周辺地域のライフライン、特に下水道がまだ復旧してなかったり、電気や通信がダメになったエリアも、まだ多く、農業や観光業の被害も大きく、完全復旧までにはまだまだ時間が掛かりそうだなと言うのが実感です。
今なお、県外の消防隊の消防車両、朝倉市が受け入れているボランテイア団体が、被災地域に向かってたりしてて、自衛隊の救援物資などの供給が優先されてたりする実情を考えると、複雑な心境です。
先日、コンビニでささやかながら募金箱に募金して、微力だけども朝倉市の復興復旧再起動を願いました。
同時に、今、自分の立ち位置で、成すべきことをやるのみだと、心を新たにしました。
これから、職場は繁忙期の佳境に入りますが、頑張って行きます。

(写真は、昨年の今頃に訪れた朝倉の三連水車です。この地も大きな被害を受けていますが、地域住民が復旧作業を行っており、もう一度、この水車が動くことを願い、写真をあげています。)
Posted at 2017/07/23 21:12:38 | |
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