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2021年07月04日 イイね!

【SS】君の名を呼ぶ時(9)

「パパ上~」
「ちょーっと面貸してちょうだい」
能天気なその声と共に、首根っこ掴まれた俺は、ずるずると引き摺られていった。
連れ出したのは、例によって朝倉真琴と日野結衣の二人だった。
「なんだってんだよもう・・・」
「まーまー」
「すみ姉には、ちゃんと許可取ってるから」
「なんだ、その許可って! 俺は虹口さんの所有物か!」
「似たようなもんでしょ」
 あんたこそ何言ってんの?
 朝倉の目はそう言っていた。
「むぅ・・・」
 それに対し、ある程度自覚のある俺は、何も言い返せなかった。

「さてと、ここまで来れば十分か」
 連れていかれたのは、大学横を流れる女鳥羽川の河川敷だった。
「ったく何の用事だ? こんなカツアゲみたいなことしやがって」
「んなことするわけないでしょーが。すみ姉のことよ」
 ビシッと真琴が指をさす。
「なんでまた虹口さんの?」
「パパ上さ、来月がすみ姉の誕生日だって知ってる?」
「誕生日?」
 とっさに俺は愛用のタブレットを持ち出して、連絡先を探した。
 記憶力が悪いと自覚している俺は、友達どころか家族の誕生日もマトモに覚えていない。それ故、連絡先に誕生日情報を合わせてまとめている。
「9月12日・・・もうすぐじゃねーか」
「なんだ、知ってたの?」
「いや、この反応、聞くだけ聞いて、忘れてたオチでしょ」
「うむ。完璧に忘れていた」
「忘れていた、じゃないのよ」
 あきれている真琴。
「ここで聞いたからには、ちゃんとしてもらわないとね」
「何をだ?」
 首を傾げる俺に対し、結衣があきれ半分怒り半分といった表情で指摘した。
「あのねー、彼女の誕生日だって言ったらプレゼントの一つや二つ用意するもんでしょ」
「いや、彼女じゃないんだが」
「そういう答えは聞いてない! でも実際、パパ上すみ姉のことどう思ってんの?」
「どうって、そりゃまあ好意はあるけどさ」
「好意は良いんだけど、それで満足してるわけ?」
「満足?」
 怒り気味の結衣に対し、真琴が諭した。
「あのね。あんたたちの今の関係は、友達以上恋人未満ってやつなの。男側としちゃ気が楽なんだろうけど、女側はそうじゃないのよ」
「要するに、いい加減関係性をはっきりさせて、すみ姉を楽にさせてあげなさい、ってことよ」
「関係性をはっきりさせる・・・」
「そ。友達以上恋人未満、とはよく言うけど、それって女の子にとってはとっても不安になるものなの。自分と彼との関係は何なのか。それって結構悩むものよ。すみ姉は、ああいった性格だから、自分から何かを求めるってことをあまりしないでしょ? でも、それって自分の中に色々溜め込んじゃうのと同じことなのよ」
「友達なのか、彼女なのか。それが分からないから、どこまで甘えて良いか分からない。それは、すみ姉からのSOSみたいなもの。パパ上、それ気付いてた?」
「・・・全く気付いてなかった」
「でしょうね。パパ上、自分の好きなことは主張するけど、相手の感情に踏み込んでこないタイプだもんね」
「この際ハッキリ聞かせてほしいんだけど、パパ上はすみ姉のことどう思ってる? 本気で好きなら、今のままの生温い関係じゃダメ。いつかすみ姉どっか行っちゃうよ」
「付き合うってことは、相手を自分に結び付けておくってことでもある。すみ姉のこと本気なら、ちゃんと掴んでおかなきゃ」

二人からの怒涛の指摘にハッと気づく。
 言われてみれば、確かにその通りなのだ。
 彼女のやさしさに甘えて、今のような関係になっていた。
 ご飯作ってもらったり、掃除してもらったり。
 しかし、そのままではいけない。
 二人の言う通り、ちゃんと繋ぎ留めておく証が必要なのだ。

「・・・そうだな」
「理解したみたいだね」
「ああ。ありがとな、二人とも」
 自分のやるべきこと。それがハッキリと分かった。
 指摘されなければ気付けなかったのは情けないことだが、言われたからには行動するしかない。
「お礼はご飯でいいよ?」
「あんたすみ姉にも同じこと言ってたじゃない」
 遙乃に対して同じことを言っていた真琴に呆れる結衣。
「どんだけ腹減ってんだw」
 俺も突っ込み返さざるを得ない。
「まあでも、すみ姉を頼んだよ」
「分かったよ。9月12日か、まだ何とかなるな・・・」
 いろいろと決意した俺は、一路家を目指した。

続く
Posted at 2021/07/04 19:17:17 | コメント(1) | トラックバック(0) | SS | 日記
2021年04月25日 イイね!

【SS】君の名を呼ぶ時(8)

「はぁぁ!? あんたたちまだ付き合ってないの!?」
 そう声を荒げるのは、真琴である。
「パパ上も大概だね。どんだけ奥手なのさ」
 隣に座る結衣も完全に同意していた。

 時は8月中旬。夏休みである。
 ここは、松本市内のとあるカフェ。遙乃、真琴、結衣の三人がお茶をしていた。
 なぜこのような話をしているかと言えば、所謂女子会であり、遙乃の誕生日が9/12であることを聞き、悠夜から何かないのかと話題に上ったためであった。

「でも、毎日一緒にいるようなものですし」
 首を傾げる遙乃。
「いやいや、ダメっしょ」
「いっそすみ姉から告ったら?」
「わ、私からですか」
「思うに、二人とも今の関係に満足しちゃってるんだよ。でもさ、ここでしっかりと繋ぎ留めとかないと、いつの間にすれ違って別れてるなんてこともあり得るよ。お隣さんっていう言い訳が通用するのは大学の4年間だけ。社会に出たら、それも使えなくなる。それでもいいの?」
 結衣は、遙乃に指さしながら話した。
「嫌です。離したくないです」
 遙乃は、目を瞑り、かみしめるように答えた。
「多分ね、パパ上もそれを分かってないんだと思う。女心にニブチンなんだね。他人との関係性を作るのが苦手と見た」
「あ、それ分かるかも。パパ上って、結構人との間に壁を作っちゃうタイプの人だよね。意識的にせよ、無意識的にせよさ。私達ともあまり話さないもんね。すみ姉だけだよ、パパ上とあれだけ親しく話してるの」
 うんうん、と頷く真琴。
 傍から見ると、悠夜はいつも孤立しているように見えるらしい。
「そういうATフィールドが分厚いタイプの人には、ちゃんと直接言わないと通じないよ。お互い一緒にいるのが当たり前になってくると、次第に言葉にしなくても通じるって思うようになっちゃう。でも、実際にはちゃんと言葉にしないと伝わらないんだよ」
 
言葉にしないと通じない。
考えてもみれば、それは当たり前のことだ。
しかし、人は誰しも、お互いの関係性に甘えてしまい、言葉にすることを忘れがちになる。
それを今更ながらに理解した遙乃だった。

「ふむ、この際既成事実作っちゃったら?」
「既成事実?」
「パパ上の誕生日も近いとか言ってなかったっけ。プレゼントは私、ってさw」
「あ・・・///」
「いいねソレw」
 他人事のためか、お互いニッコリの真琴と結衣。
「笑い事ではないですよ・・・」
 それに対し、顔を真っ赤にした遙乃は、頬を抑えて恥ずかしがった。
「パパ上のことだから、それくらいしないと分からないんじゃない?」
「確かに、その辺お堅そうだよねパパ上って」
「でも、そういうのは結婚後にするものなのではないですか?」
 きょとんとしている遙乃。
「昭和かww」
 その様子を見た真琴は、ゲラゲラと笑った。
「そういうものかと思ってました」
「・・・すみ姉も大概だったね、こりゃ」
 あきれて頭を抱える結衣。

「しかし、こうなると打つ手は・・・なんかあるかな」
「あの、名前で呼ぶ、というのはどうでしょう」
 遙乃は、手を上げて提案を出した。
「名前?」
「男の人がどうしているかは分かりませんけど、女の子同士であれば、名前で呼ぶことはそう珍しくないですよね。でも、異性の間柄では違うでしょう?」
「あ、なーるほそ。家族とか、よっぽど親しい間柄じゃないと名前で呼ばないもんね」
「海外位なもんだよね、それ」
 洋物ドラマだと、気軽に名前で呼べ、と出てくるが、日本では名前で呼ぶことは、特別な意味があった。
「ええ。私も、その・・・名前で呼んでほしいです」
「お姉ちゃんから彼女に、か。くぅ~、可愛い!!」
 照れる遙乃の様子に悶える真琴。
「ふむ。なら誕生日プレゼントとしてねだってみたら?」
 真琴と同じように悶えた後、結衣が提案を出した。
「私から要求するんですか?」
「いいじゃん。そうしないと伝わらないよ」
「そうかもですけど、いきなり私から言うのも変な気もします」
 首をかしげる遙乃。
「う~ん・・・。じゃあ、私達からこそっと言ってみる?」
「『そういえば、そろそろすみ姉誕生日らしいけど、パパ上どうするの?』って?」
「あ、それ良い」
「じゃあその線で行こっか」
「おっけー」
 サムスアップを交わす真琴と結衣。
「すみ姉、私達が段取り付けてあげるから、このチャンス逃しちゃだめだよ?」
 真琴は、ビシッと遙乃に対して指をさした。
「ありがとうございます。やってみます」
「あ、お礼はご飯でいいからねw」
 食い意地の張っているやつである。
「ふふっ、分かりました」


上野くんに名前で呼んでもらう事。
それは、特別な関係になることを意味します。
何でもない相手を名前で呼ぶことはしないし、それを許可することも無いからです。
子供の頃ならいざ知らず、大人になって名前で呼ぶことは、それだけ親しいことを示すわけです。
特に親しい友人関係、恋人、家族。
私と上野くんの関係。
敢えて言うならば、"友達以上恋人未満"と言うものなのでしょう。
ほぼ毎日食事を共にしていますし、課題を共にこなすことや、単に遊ぶなどで、どちらかの部屋に居る時間も長いです。
しかし、まだ決定的な一歩を踏み出してはいませんでした。
ようやく手に入れた共に過ごすこの時間を、ひょんなことから崩れてしまうことが怖かったからです。
それに、あの二人が言う通り、今の関係に満足していた所もあったのだと思います。
それだけ、私にとっての上野くんの存在は大きなモノでした。
でも、私も腹を括らないといけないみたいです。
誕生日まで約1か月。
うう、緊張します・・・。
Posted at 2021/04/25 11:23:26 | コメント(1) | トラックバック(0) | SS | 日記
2021年03月03日 イイね!

【SS】君の名を呼ぶ時(7)

家に付いた後は、大きな試練が待ち構えていた。

「さて、家着いたぞ」
「ありがとうございます、ゆーやくん」
「家のカギ出せるかい?」
「だいじょーぶでーす」
「ホントかよ・・・」
「ここにありま・・しゅ・・・」
 手提げカバンの外側ポケットを指さした彼女は、これで限界、と言うように眠りに落ちてしまった。
「っておい、寝るにはまだ早い」
「zzz」
 とはいうものの、完全に寝入ってしまっている彼女を放っておくわけにもいかない。
 崩れ落ちそうになる彼女を抱きとめた俺は、彼女のカバンから家のカギを取り出した。
「こんな形で女の子の部屋に入るのは不本意だが、しょうがない。すまん、家入るぞ」
 そう言って、彼女を部屋に連れて行った。

「さてどうしたものか・・・」
 部屋に入った俺は、居間で立ちつくしていた。
 男三人兄弟で育った俺にとって、女性とは、母か祖母しか知らないのだ。
 当然、着替えさせたくてもできるわけがない。
 それに、女の子に触れることも初めてだ。
 小学校の運動会のダンスとかが良い所だろうか。
 そんな状態なのに、彼女の部屋まで抱えて来れたのは、ぜひとも評価していただきたい。
 
「聞こえてないだろうけど、一応先に謝っとく。すまんがさわるぞ」
 そう言ったのは、俺の中での弁明のためだ。
 そのような自己肯定無しに、この状況を乗り切れる気がしない。
 これは、仕方のない事なんだ。
 ひたすらにそう言い続けながらやるしかなかった。

「上着のボタンを留めないでいてくれて助かったよ」
 酔いで暑くなっていたのか、彼女は上着を羽織ってこそいたが、前のボタンを留めてはいなかった。そのおかげで、上着を脱がせるにしてもだいぶ楽だったのだ。
「よし、と。でも、これ以上は無理だよな・・・。このまま寝かせるか」
 上着を脱がせたはいいが、服まで着替えさせるのはとても無理だった。
 すでに今もいっぱいいっぱいである。
 残すは、彼女をベッドに寝かせることのみ。しかし、それには本格的に彼女に触れなければならない。
「すまん」
 再びの弁明の言葉と共に、悠夜は遙乃を抱きあげ、ベッドに寝かせた。

「何とかなったか・・・」
 すやすやと眠る彼女を見て、ようやく一安心できた。
 人生でこれほど緊張したことは無い。
 正直受験より緊張した。

 なぜかって?
 そりゃ、好意ある相手に対して下手なことできるわけがない。
 寝てる間に手を出したと思われて、嫌われるのが一番困る。
 かといって、他に誰も証明してくれる人もいない。
 つまりは、ここでの行動如何によって、俺の今後が決まると言っても過言ではないのだ。

 帰路の彼女の様子を見る限り、今のところは両想いではあるのだろう。
 だが、酔った状態では、それとてどうかは分からない。
 それに、告白するならば、ちゃんとしたシチュエーションでするべきだ。
 こういった相手が正常な状態と言うのは、明らかに相手に不利だ。
 ならば、誠心誠意尽くし、誤解なきように行動するべきだと思う。

「ここまでしかできなくてすまんな。おやすみ」
 そう言って、彼女の部屋の電気を消し、部屋を後にした。


「んんっ・・・あら、ここは」
 目が覚めると、そこは自分の部屋のベッドでした。
 来ていたはずの上着は、壁に掛けられているようで、カバンも机の上にあります。
 私自身は、昨日来ていた服のままですね。
「???」
 クラスのコンパに出たことまでは覚えているのですが、どうやって帰ってきたのか全く記憶がありません。
 そうして混乱していると、携帯が鳴りました。
『あ、出た。起きてたか』
「上野くん?」
 その声は、聞き慣れた上野くんの声でした。
『おはよう。気分は大丈夫かな?』
「え、ええ。大丈夫だと思います・・・」
『それは良かった。昨日の泥酔っぷりは中々だったからね』
「そんなに酔っていたのですか、私」
 泥水と言う言葉に驚きを隠せません。
 そんなにお酒に弱かったのでしょうか、私。
『詳しくは後で話すよ。まずは水分をしっかり取って、着替えた方が良い』
「いろいろ迷惑かけてしまったみたいですね、すみません」
『なに、こういう時はお互い様だよ。俺も飯作ってもらってるしね。玄関にスポーツドリンク掛けてあるから、着替えたらそれも飲んだ方が良いよ』
「いろいろとありがとうございます」
『いえいえ、どういたしまして。それじゃ、また後でね。俺は部屋にいるから、何かあったら呼んでくれ』
「分かりました」
 手を煩わせてしまって申し訳ないという気持ちもあるが、それだけのことをしてくれる彼の好意が嬉しかった。
 
 さて、何はともあれ、このままでは仕方ありませんね。
 まずは頂いたスポーツドリンクを飲んで水分補給をしてから、シャワーを浴びて着替えることにしましょう。


「お待たせしました」
 小一時間ほど後、悠夜の部屋に遙乃が訪れた。
「おかえり」
「あ・・・」
 何気ない悠夜の返しに、思う所があったのか、言葉に詰まる遙乃。
「どしたの?」
「いえ、何でもないです。それよりも昨日ですけど、私何をしでかしたのでしょう」
 それに気づいたのか、悠夜は顔を覗き込みながら訊ねてきた。
 遙乃は、誤魔化すように昨日の様子を聞いた。
「仕出かしたっていうか、酔いつぶれたんだよ。帰り道ふにゃふにゃしてたぞ」
「まあ、そんなことになっていたのですか」
「日野と朝倉が連れて帰れってさ。だから、俺が家まで送ったんさ。あ、勝手に家に上がって悪かったね。うちに寝かせるわけにもいかないし・・・。一応、聞いたらカギを出してくれたから、了承と受け取って入ったが・・・」
「では、上着や布団に寝ていたことも?」
「日野と朝倉が付いてきてくれなかったもんでなぁ。家に着く頃には寝ちゃうし、非常事態ってことで俺がやったが・・・。ふれたり家に上がったこと、すまない。後になっちゃったけど、それだけ謝っときたかった」
 悠夜は、遙乃に頭を下げた。
「そんな、上野くんは私を介抱してくれただけじゃないですか」
「いやまあ、それとて女性にふれるのはなぁ」
 遙乃は、悠夜の肩に手を置きながら答えた。
 それを受けて頭を上げた悠夜は、恥ずかしそうに後頭部を掻いていた。
「ふふっ、上野くんって相当に奥手なのですね」
 クスリと笑う遙乃。
「そりゃ、好きな人相手ならそうもなるさ・・・」
「え?」
 ボソッと呟いた悠夜に気づいたのか、遙のは首をかしげた。
「いや、その、うちは女性と言えかーちゃんとばーちゃんしかいなかったからさ。免疫なんてないよ」
 悠夜は、慌てて取り繕うように答えた。
「そうだったんですね。でも、それを言えば私も同じですよ」
「というと?」
「私一人っ子で、従姉妹とかも居なかったので、男性と言えば父親しかいなかったものですから」
「そっか。それなら俺と同じだな」
「はい。同じですね」
 笑顔を交わす二人であった。

「さて、俺腹減っちまった。飯にしようぜ」
 お腹をさすって、お腹が空いたアピールをする悠夜。
「あ、もうお昼ですね。どうしましょう、何も用意してないです」
 それに対し、遙乃は困ったようにうろたえた。
「実は、寝てる間に、うどん買ってきておいたんよ。それなら食べられるんじゃない?」
「うどんなら消化にも優しそうですね。早速作りましょう」
 腕まくりをして、作る気満々の遙乃。
「いや、もう用意はしてあるよ。あとは、麺を入れて温めれば大丈夫」
 遙のを静止し、キッチンを指さす悠夜。
「すでに作っていてくれたのですか。何から何までありがとうございます」
「ま、飯はいつも作ってもらってるんだ。それくらいやらせてくれよ。それに、うどんなら俺でも失敗しないからなw 野菜切って出汁入れて温めて、うどん入れるだけだしw」
 肩をすくめる悠夜。
「ふふっ。では、ありがたくいただきます」
「おっけー」
 そして二人は、うどんをよそるべくキッチンに向かった。



昨日、名前で呼んでくれていたのは、やはり酔った勢いでだったようだ。
元に戻って一安心というか、さみしいような。
俺を名前で呼ぶのは、実家でもじーちゃんばーちゃんくらい。
男兄弟のせいか、両親までもがにーちゃん呼びなのだ。
まして、同年代では、名前で俺を呼ぶ人は居ない。同性でも、皆名字呼びだ。
やはり、名前で呼ぶことは、特別な意味がある。
だからこそ、名前で呼んでほしい相手は限られる。
昨日、酔っていたとはいえ、彼女に名前で呼ばれて感じたのは、むずかゆさと嬉しさ。
普段呼ばれないからこそ、彼女にこそ呼んでほしい。
そう思った。
元々、俺と彼女は1学年違っていた。
中学高校時代の1年と言う時間差は、思った以上に大きなものだ。
通学の電車、高原学校の班。
共に過ごした時間は、とても短かなものであり、先に卒業を迎えるという事実がその大きな時間差をいやおうなく思い知らせた。
それが今や、入学以来の一ヶ月程で、入学前までに共にしてきた時間を上回るほどに、多くの時間を共にした。
その中で、かつて記憶の彼方に薄れていたはず彼女への思いは、少しずつ俺の心の中で燃え上がり、その火は着実に大きくなっている。
昨日の態度を見る限り、酔っていたとはいえ、多分彼女も同じ気持ちでいてくれているのだろう。
もっとも、俺も彼女も、その気持ちを口にしてはいない。
口にしてしまえば、今の関係が崩れてしまうのではないか。
それが怖かった。
誰かを好きになったことはあっても、付き合うという関係に至ったことは無い。
だから、ここからどう進んで行けば上手く行くのかが分からない。
昨日の介抱だって、分からないからこそ緊張した。
一度は失ったと思った彼女との時間。今一度チャンスが巡ってきたからには、二度と失いたくはない。


うっすら残る記憶。
それは夢か現実か。
その記憶の中で、私は、彼を名前で呼びながら甘えていました。
名前で呼ぶこと。
私にとっては、女の子の友達以外では、一度も呼んだことが無い呼び方。
ドラマやアニメの中では気軽に読んでいる描写があっても、実際に名前で呼べる異性が居るかと言えば、そんなことはありません。
やはり、同性や家族以外で、名前で呼ぶことには、特別な意味があるのです。
なら彼は?
入学して以来のここ一ヶ月、多くの時間を共に過ごすことで、感じている彼からの好意。
それは、高校までの頃と何も変わっていないもの。
でも、まだそれを口にしてくれてはいません。
高校までの頃と変わらず優しい彼の親切と好意を履き違えているだけ?
彼からの好意をもっと目に見える形で欲しいと思ってしまうのは、欲張り過ぎなのでしょうか。
時はまだ4月。
多分、焦らず行くべきなのでしょうね。


つづく
Posted at 2021/03/03 21:10:18 | コメント(2) | トラックバック(0) | SS | 日記
2021年02月17日 イイね!

【SS】君の名を呼ぶ時(6)

入学から1週間後。
クラスでのコンパが行われていた。
この時期恒例の新歓というやつである。
当時の信大地質では、理学部がかなりの縦社会であるため、上下の学年間の仲が良く、1-2から1-Mコンパまで多種多様に行われていた。
当時の信大理学部では、大きく二つのグループに分かれていた。一つは、理学部A棟を拠点とする数理・物理・化学の各学科のグループ。もう一つは、B棟および増設されたC棟を拠点とする地質・物巡・生物のグループ。要するに屋内を中心とする学科と、アウトドア全開で野外調査を中心とするグループで対立意識があったのだ。そして、それぞれのグループとはいえ、交流はほとんど無い。よって、理学部6学科でかなりの壁がある縦社会となっていたのである。
この日のコンパは、クラスの顔合わせを兼ねたものであり、1年生と教授陣が参加していたものであった。いわば、クラスの親睦会のようなものだろうか。
会場は、松本キャンパス内のあずみホール。松本キャンパスに二つある食堂の内、北側に位置する食堂である。ここでは、申請すればコンパや打上げの会場として使用することができ、またオードブルなども注文することができた。


まずは、乾杯の後に自己紹介から始まった。
信州大学は国立大学の一つであり、様々な学部が揃う総合大学であるため、学科一つとっても全国から集まってきており、その顔触れはさまざまであった。
悠夜達11Sと呼ばれる2011年度入学組では、地元信州が3名、隣県群馬が4名、愛知が4名と比較的多かった。それ以外の県からは1~2人といった具合だった。
座席は特に決まりなく座る形になっており、概ね男子同士、女子同士で固まっていた。ちなみに、女子はクラスの1/3、男子が2/3といった人数比である。
自己紹介は、出席名簿順に行われていた。
この出席名簿順は、概ね前期・AO入試合格組→後期入試合格組となっているが、前期後期の中での順番は、アイウエオ順と言う訳ではなく、よく分からない巡となっていた。
ちなみに、悠夜は前期入試で合格し、遙乃は後期入試で合格している。

「上野悠夜です。群馬出身です」
「虹口遙乃です。群馬県から来ました。」
 各々順繰りに座席から立ち上がって簡単な自己紹介を済ませて行った。
 その後、各テーブルで自由雑談となっていった。
「虹口さん、群馬だと私と一緒だねー」
「私も同じだね」
「あら、朝倉さん、日野さん。同じ群馬なのですね」
 遙乃に声を掛けてきたのは、自己紹介で同じ県出身だと判明した朝倉真琴(あさくら まこと)と日野結衣(ひの ゆい)の二人であった。
「お二人は、群馬のどこからですか?」
 同じ群馬であるならば、知っている高校かと思い、遙乃は訪ねた。
「私はねー、高崎だよー」
「私は桐生だね」
「あら、桐生なら私の居た高校と近いですね」
「そうなの? もしかして○○高?」
「いえ、××高ですよ。ややこしいですが、中高一貫校の方になりますね」
「あそこかー。あれ、上野君も××高って言ってなかった? もしかして同じ?」
「そうなりますね」
 桐生市は、機織り物で有名な群馬県東部の市である。もっとも、今は大分廃れているが・・・。
 それもあるのか、桐生市には学校が多く存在している。群馬大学工学部に始まり、高校が公私複数あった。悠夜達が通っていたのは、その中でも古い歴史を持つ高校が新設した中高一貫コースである。ちなみに、遙乃は4期生、悠夜が5期生である。
「はえー、そうなんだ。同じところから来るなんて珍しいね」
「厳密に言えば、私の方が一つ上ですけどね」
「あれ、そうなの? 上野君のほうが年上だと思ってたよ」
「見た目はまあ・・・。彼、昔からああでしたから」
 割と老け顔である悠夜は、昔から年上に見られることが多かった。落ち着いている風貌から、遙乃も同じだが、悠夜の方が年上に見られやすいのだった。
「そうなのねー。上野クンとよく一緒に居るのは、同じ学校のよしみってやつ?」
「まあ当たらずとも遠からずですね。 元々知合いで良く話していましたから」
「学年違うって言ってたじゃん? どゆこと?」
「学年違うとはいえ、色々交流する機会はあるものですよ」
「部活同じとか?」
「いえ、私は文芸部でした。上野くんは、パソコン部でしたよ」
「それじゃ繋がりないじゃん」
「あ、もしかして付き合ってたとか?」
「そうではないですけど・・・」
「じゃあどゆこと?」
 両手を上げて降参といったポーズを取る真琴。
「その、中学の時の高原学校、所謂林間学校ですけど、それが同じ班だったんですよ。私達の学校では、1年生と2年生が合同で行くので。それで話すようになって、通学の時の電車の中で話すようになっていったんです」
「ほーほー。じゃあ上野君にもいろいろ聞いてみよっかな」
「いいねー。そっちは任せた!」
「おっけい」
 示し合わせたように動く真琴と結衣。
「あ、ちょっと」
「まあまあ。虹口さんはこっちでもっと色々お話聞かせてほしいなー」
 遙乃の静止も間に合わず、結衣が悠夜の居るテーブルに向かっていった。

「ねーねー」
「ん、ああ日野か」
「虹口さんから聞いたんだけどさー」
「向こうのグループね」
 遙乃の居るテーブルを指さす悠夜。
 すぐにそちらを指さす辺り、気にしていたらしい。
「そーそー。で、上野くんって、虹口さんとは同じ高校だったんだって?」
「お、それは初耳。上野、それマジか」
「ん、まあそうだけど」
「ほー。そんなこともあるんだな」
 周りのガヤが反応する。
「一個年上だけどな」
「お前が?」
「ちげーよ。虹口さんの方だ」
「嘘こけwww」
 盛大にツッコミが入る。やはりこちらでも悠夜はかなり年上に見られていたらしい。
「どう見てもお前の方が上だろww」
「うっせえ。お前らと同じ平成4年生まれだっつーの」
 ツッコミ返す悠夜。
「そんなことはどーでもいいんだけどさ」
 それを制止するように、ぐいっと身を乗り出してきた結衣が言葉を発した。
「ん、何だ日野」
「どしたん?」
 ガヤ達も気になったのか、一旦静まる。
「上野君と虹口さんって付き合っちゃってるわけ?」
「は?」
「どーにも虹口さんが上野君見る目が違うように思えるんだけど。それに、よく二人で一緒に行動してるじゃない?」
「言われてみるとそうだな」
「確かに」
 皆思う所はあったらしい。
 同性同士早く仲良くなるのはまだ分かるのだが、異性で一緒に居るのは、何かあると思われるのだろう。
「そりゃ、家が近いってのと、昔からの知り合いってだけで」
「それだけじゃないと思うんだけどなー。実際、どこまで行ったの?」
「何もしてねーよ。飯作ったりしてるだけで」
「「「ご飯だぁぁぁーーー!!!???」」」
 ガヤ達が大いに反応する。
「お、おう」
 それにビビる悠夜。
「何だそれ、詳しく聞かせろ」
「詳しくって、飯作ってくれてるんだよ」
「「「作ってくれてるぅぅぅーーー!!!???」」」
「だから何なんだよ」
 またもや大いに反応するガヤ達に困惑する悠夜。
「だからコイツら一緒に居るのか」
「デキてんだろ、お前ら」
 何人かからはツッコミが入る。
「んなんじゃねーよ。ただの昔からの知り合いってだけで」
「ただの知り合いで飯作るわけねーだろ。まさか、家も行ったのか」
「流石に行くのはな。うちに来てもらって、一緒に作った」
「お前、それで付き合ってないと言っても説得力ねーぞ」
 同感である。

 その頃、遙乃は真琴を中心に質問攻めにあっていた。
「へー、遙乃ちゃん昔は文系だったんだー」
 いつの間にか名前で呼んでいる真琴である。
「ええ。でも、元々やりたいことが見つからなくて、それでモチベーション高められなくて、受験に失敗してしまったんですね」
 気にしていないのか、そのまま答える遙乃。
「それで理転を? めっちゃ思い切ったじゃん。てかそれで地質って、なんでまた」
「上野さんが中学時代から色々話してくれていたので、面白そうだと思ったかr―」
「ほーほー。それで上野くんを追っかけてきたと」
「いじらしいねえw」
「///」
 真琴だけでなく、周りからのツッコミに真っ赤になる遙乃であった。

「向こうの話を聞く限りさ、もう付き合ってるんでしょ、遙乃ちゃんって。ご飯も作ってあげてるって言ってたし」
 悠夜達のテーブルのガヤ達の声は、こちらまで普通に届いていた。
 それ故、ご飯作ってあげているという話も話題に上った。
「そうではなくてですね・・・。だって、上野さんキャベツとレタス千切って食べるとか言い出だすんですもの。流石に放ってはおけないでしょう?」
「そりゃまあ分からなくはないけど・・・てか、上野クンも大概アホだね」
 腕を組んであきれ顔となる真琴。
「む。でも、良いところもあるんですよ、彼」
 それに対し、反応する遙乃。
 ただ、それでは悠夜に対する好意がある、と公演しているようなものである。
「あー、はいはい。遙乃ちゃんが上野くんの事大好きなのはよーくわかりましたよー」
「そんなことは///」
「確定だねこりゃ」
「可愛いw」
 この時、クラス全員に上野と虹口の二人はセット、と言う認識がなされた。

 一次会が終わった後のことである。
「んじゃ、希望者はこの後カラオケに二次会行くけど、どうする?」
 場を仕切っていた梅田和央が誘った。
「遙乃ちゃんどうする?」
「う~ん、ちょっとフワフワしますね~」
 顔を真っ赤にしながらフラフラとしている遙乃。
 どうも、顔が赤いのはさっきの質問攻めだけではない様子だった。
「ダメだこりゃ。帰さないと危ないね」
「じゃあ旦那さん呼んどくか」
「だね。おーい、パパ上ー」
 状態を察した真琴と結衣は、セットと決めつけた悠夜を呼ぶことにした。
「誰がパパだ、誰が!」
 呼ばれて早速答える悠夜。
 見た目と年齢のギャップは、悠夜が大いに気にしている部分であるため、ややキレ気味である。
「まあまあ。遙乃ちゃん帰るって。送っていってあげてよ」
 横に居た遙乃の姿を見た悠夜は、色々と察したらしい。
「む。おい日野、どれだけ飲ませたんだよ」
「いや、普通にほろよい1本くらいだよ」
「全然飲んでねーのにこれかよ・・・」
 どうやら、遙乃は大分アルコールに弱いらしい。
「そう言うパパ氏は全然酔ってないじゃん」
「だからちがうっつーの。俺はアルコール苦手でな。ジュースしか飲んでないから、至ってシラフだ」
「じゃあ問題ないね。私達は二次会行くから、遙乃ちゃんよろしく」
「ふにゃ、ゆーやくん」
「っておい。しっかりしろって」
「ゆーやくんが支えてくれてるから大丈夫ですよぉ~」
「まあ、そんな訳でよろしくねん」
 悠夜に寄り掛かる遙乃を見て安心したのか、真琴は遙乃を託した。
「しゃーない。分かった、じゃあみんなまたな」
「ばいばーい」
「送りオオカミになっちゃダメだよ?」
「するか!」
 余計な一言の多い娘である。

「大丈夫?」
「ふふっ、ゆーやくんがいるからだいじょーぶですよぉ」
 泥酔しているわけではないとはいえ、帰路をふわふわと歩いている遙乃に悠夜は声をかけた。
「おいおい、だいぶ酔ってんな。まあ、信用されてるのは悪い気はしないけどさ」
「ねえ、ゆーやくん」
 とろんとした目で悠夜をみつめる遙乃。
「どした? てか、いつの間に名前で呼んでるんだか」
「だって、なまえでよぶのはとくべつなあいてのことでしょう。おんなのこのあいだならともかく」
「それって・・・」
「ふふっ。もうはなさないですからね。あのときのきもちをまたあじわうのは、もうごめんですもの」
 遙乃は、悠夜の腕に抱きつきながら話した。
「あの時って?」
「おぼえてないんですか?」
「どのことよ?」
「ゆーやくんとはなれてしまったこと。わたしは、ずっとこうかいしていたんです」
「通学のルートの話かい?」
 かつて遙乃は、『受験勉強のために、通学時間を減らしたい』と言って同じであった電車通学の路線を変えたことがあった。
 それが契機になったのか、以来めっきり話すことが無くなってしまい、そのまま卒業を迎えてしまった。
 お互い連絡先を知らなかった悠夜と遙乃は、卒業式の日に一声挨拶をしたのを最後に、完全に交流が途絶えてしまっていたのだった。
「うん。でも、もういちどめぐってきたチャンスですから、もうはなしたりしません」
「そうか」
「ふふふふっ。ゆーやくん、ぎゅー」
「ちょ、コラ」
「ここはわたしだけのばしょだからいいんですよーだ」
「しょうがない人だ」
 悠夜の腕を強く抱きしめながら、遙乃は家路を進んでいく。
 その顔は、笑顔に満ち溢れていた。
 悠夜にとっては、引かれるのは腕だけではなかった。

季節は巡り、いずれ冬は春となる。
別れの季節は終わりを告げた。
並び歩く二人を、ようやく咲き始めた桜の花が見守っていた。

つづく
Posted at 2021/02/17 19:23:07 | コメント(2) | トラックバック(0) | SS | 日記
2021年02月07日 イイね!

【SS】君の名を呼ぶ時(5)

 翌日の夕方のことである。
「さーてと、今日の授業はこれで終わりっ」
「お疲れ様でした。では、帰りましょう」
 授業を終えた二人は、慣れた様子で二人並んで帰路についた。
 この頃、二人は基本的に徒歩で大学へと通っていた。
 二人とも自転車を所有していたのだが、遙乃が徒歩派であったことと、互いに話せる時間を取りたいことから、が大きな理由であった。
「この後は何かすることあります?」
「いえ、特には無いので、昨日買ってきたカレーを作ってみようかと思います」
 悠夜の問いに対し、力を入れるポーズを取りながら答える遙乃。
「そうだった。晩御飯が楽しみだなぁ。あ、何か手伝った方が・・・」
「助かります。では、・・・あ」
 何かを思い出したのか、手を口に当てて驚いた様子の遙乃。
 どうしたのかと、悠夜は遙乃を覗き込む。
「手伝うのは良いですけど、それだとどちらかの部屋に」
「そうでした・・・」
 お互い真っ赤になる二人。
 当然、二人とも異性の部屋に行ったことがあるわけではない。
 そして、この年の男女が互いの部屋に行くことは、通常の関係ではまずないことである。
 それを思い出した二人だった。

「えっと、じゃあうち来ます? 流石に女の子の部屋に行くというのは」
 意を決した悠夜は、遙乃を誘った。
 もっとも、自分が行くよりかはマシ、と言った消極的な理由だったのだが。
 悠夜にとって、遙乃の部屋に行くというのは、まだハードルが高いらしい。
「そ、そうですね。ではお邪魔させていただきます」
「じゃあ俺米炊いとこうかな」
「お願いします」
 そう言って、二人は一旦互いの部屋に分かれた。
 お互いに緊張の色が隠せていない。
 旧知の間柄とはいえ、互いの部屋に行くということは、大いに意識するものである。まして、それが互いに意識している異性であれば当然であろう。



 着替えと食材の用意が終わり、遙乃は悠夜の部屋を訪れた。
「お待たせしました」
「いえいえ、大丈夫でやんす」
「ふふっ。あ、入っても大丈夫ですか?」
「恐らく」
「なんですか、恐らくって」
「まあまだそこまで散らかしてない・・・とは思うんですが。掃除苦手なんで」
 実家の惨状を思い出しながら答えた悠夜。
 遙乃を家に上げるにあたり、そこが一番気になっている点であったからである。
 好きな相手の前でくらい、良い格好したいと思うのは、誰しも同じだろう。
「ああ、なるほど。というか、こっち引っ越してきてまだ一週間くらいでしょう? 大丈夫ですよ」
 クスリと笑いながら答えた遙乃。
「細かい所気にしないでくださいね」
 心配そうに、悠夜は再度確認した。
「はい。では、お邪魔します」

「ふむふむ」
 部屋の中をキョロキョロと見回している遙乃。
「な、なんスか」
「いえ、男の子の部屋は初めてなので。それに、同じアパートなので部屋の間取りが同じなのは当然なのですが、家具の配置でこうも印象代わって見えるものなのですね」
「あ、部屋の印象はあるかも」
 納得する悠夜。
「私の部屋はベッドとテーブルなので」
「そりゃ特に違うだろうなぁ。ウチはこたつと布団だから」
「面白いものですね」
「まあまあ、部屋の観察はその辺にして、ご飯作らない?」
「そうでしたね。やりましょうか」
 提案する悠夜に、うなずく遙乃。
 二人はキッチンに移動し、料理を始めることにした。
 この日の本命は、部屋への訪問ではなく、料理をすることなのだ。

「おぉ」
「変、ですかね」
 料理を始めるにあたり、遙乃はエプロンを着用していた。
 エプロンは青色で、胸元に羽がワンポイントとして描かれているものであった。
 また、長い髪が邪魔になるのか、ポニーテールにしている。
「いや、何と言うか・・・とても似合ってる」
「あ、ありがとうございます///」
「ポニテもいいなぁ(ボソッ)」
「あ、これですか? 料理するときや運動するときなどは、長いとジャマになったりするので、こうしているんですよ」
「なるほど。ポニテ姿初めて見たから、すげー新鮮」
「ふふっ」
 ふっとしっぽのように髪を揺らせて冷蔵庫へと向かう遙乃。
 その姿に、ドキッとした悠夜であった。


「そうだ、やらせてばかりもなんだし、俺も何か手伝えないかな?」
「では、野菜とか切っていくので、上野くんは焦げないように鍋をかき混ぜておいてもらえますか?」
「分かった」
「ホントは全て切ってからの方が良いのでしょうけど、スペースが無いですから。火が通りにくそうなものから行くので」
「任されました」
 仰々しく敬礼する悠夜。
 その様子を見てクスリと笑った遙乃は、野菜と肉の下ごしらえに取り掛かった。
 その間、悠夜は鍋を火にかけ、油を温めていく。
 肉を切って鍋に投入した所で、悠夜がボソッと言った。
「こうしてカレー作ってると、中学の時の高原学校思い出すなぁ」
「あら、懐かしいですね」
「あの時も俺が火の番してたっけ。はは、今と同じだ」
「ふふっ、そういえばそうでしたね」
 思い出すのは、高原学校二日目のバーベキュー。
 その当時、同じ班だった二人は、遙乃が下ごしらえ、悠夜が火の管理をしていたのだった。
「まあこれくらいしかできないんだけどさ。鍋混ぜてるだけだけど」
「そんなことないですよ。その間、別のもの切ったりできますし、助かってます」
「いやいや、全体的には作ってもらっちゃってる訳だし、礼を言うのはこっちの方だよ」
「お礼言ってもらえるのは嬉しいのですけど、それは食べた時まで取っておいてほしい、かな」
「それもそうだ」
「じゃあ次は玉ねぎをお願いします」
「おっけー」


 そしてついにカレーが出来上がった。
 お皿によそって、居間のテーブル代わりのこたつに持っていく。
「おー、うまそうだ」
「ちゃんと味見もしましたから、大丈夫ですよ」
「それは全面的に信頼してる、てか作ってもらってる以上、するしかないというか」
「まあまあ。それでは召し上がれ」
「いただきます」
「どう、ですかね」
 スプーンに掬ったカレーを口に運ぶ悠夜を心配そうに見つめる遙乃。
 味見はしたとはいえ、相手の味の好みまでは分からない。
 食べた時の反応を見るまでは、心配になるというものであろう。
「mgmg・・・おお、めっちゃうまい。これくらいのドロドロが良いなぁ」
「良かったぁ・・・」
 ほっ、と胸をなでおろす遙乃。
「これが虹口さんの味なんだね」
「カレーなので、ルーの味ですよ」
「そうでもないさ。水の分量とか、入れる具材とか色々あるじゃない」
「そういうものなのでしょうか?」
「たぶんね。どっちにしても、これは俺の好みの味だよ」
「ふふっ、それなら良かったです」
「これならおかわりも行けそうだ」
「食べ過ぎでお腹壊さないでくださいね」
「それくらい美味いってことさ。さ、一緒に食べよう」
「はい♪」


これからは、一人の生活が続くと思っていた。
それはもちろん望んだことではあるけど、実際一人は寂しい。
こっちに来て最初の夜に、それを実感した。
でも、今は違う。
共に食卓を囲む人が居る。
一度は失った彼女との時間。その眠っていた時間が動き出す。
この幸福感は、お腹が満たされたことだけではないだろう。

それまでは、精々が通学の電車の中で隣に座るくらいでした。
しかし、今は、食事を共にしています。
これからは、こうして共に過ごす時間が増えていくのでしょう。
この時間がとても愛おしい。
何も無かった私が、初めて自分でつかみ取ったものだから。



つづく
Posted at 2021/02/07 18:49:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | SS | 日記

プロフィール

「会社からの帰路で強化型リアクターテープ試してみたけどだめだこりゃ。
助手席の根元に差し込んでみたけど、運転席ので十分っぽい。
なんか伸びないし加速のパンチがない。
やっぱ全体の帯電バランス今が最適解なのかもなあ。」
何シテル?   07/29 19:10
長寿と繁栄を。 sinano470です。 名前の通り信州人ですが、厳密には移民勢です。 現在愛車は、SUBARU LEVORG。パーソナルネームは...

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