2021年02月17日
入学から1週間後。
クラスでのコンパが行われていた。
この時期恒例の新歓というやつである。
当時の信大地質では、理学部がかなりの縦社会であるため、上下の学年間の仲が良く、1-2から1-Mコンパまで多種多様に行われていた。
当時の信大理学部では、大きく二つのグループに分かれていた。一つは、理学部A棟を拠点とする数理・物理・化学の各学科のグループ。もう一つは、B棟および増設されたC棟を拠点とする地質・物巡・生物のグループ。要するに屋内を中心とする学科と、アウトドア全開で野外調査を中心とするグループで対立意識があったのだ。そして、それぞれのグループとはいえ、交流はほとんど無い。よって、理学部6学科でかなりの壁がある縦社会となっていたのである。
この日のコンパは、クラスの顔合わせを兼ねたものであり、1年生と教授陣が参加していたものであった。いわば、クラスの親睦会のようなものだろうか。
会場は、松本キャンパス内のあずみホール。松本キャンパスに二つある食堂の内、北側に位置する食堂である。ここでは、申請すればコンパや打上げの会場として使用することができ、またオードブルなども注文することができた。
まずは、乾杯の後に自己紹介から始まった。
信州大学は国立大学の一つであり、様々な学部が揃う総合大学であるため、学科一つとっても全国から集まってきており、その顔触れはさまざまであった。
悠夜達11Sと呼ばれる2011年度入学組では、地元信州が3名、隣県群馬が4名、愛知が4名と比較的多かった。それ以外の県からは1~2人といった具合だった。
座席は特に決まりなく座る形になっており、概ね男子同士、女子同士で固まっていた。ちなみに、女子はクラスの1/3、男子が2/3といった人数比である。
自己紹介は、出席名簿順に行われていた。
この出席名簿順は、概ね前期・AO入試合格組→後期入試合格組となっているが、前期後期の中での順番は、アイウエオ順と言う訳ではなく、よく分からない巡となっていた。
ちなみに、悠夜は前期入試で合格し、遙乃は後期入試で合格している。
「上野悠夜です。群馬出身です」
「虹口遙乃です。群馬県から来ました。」
各々順繰りに座席から立ち上がって簡単な自己紹介を済ませて行った。
その後、各テーブルで自由雑談となっていった。
「虹口さん、群馬だと私と一緒だねー」
「私も同じだね」
「あら、朝倉さん、日野さん。同じ群馬なのですね」
遙乃に声を掛けてきたのは、自己紹介で同じ県出身だと判明した朝倉真琴(あさくら まこと)と日野結衣(ひの ゆい)の二人であった。
「お二人は、群馬のどこからですか?」
同じ群馬であるならば、知っている高校かと思い、遙乃は訪ねた。
「私はねー、高崎だよー」
「私は桐生だね」
「あら、桐生なら私の居た高校と近いですね」
「そうなの? もしかして○○高?」
「いえ、××高ですよ。ややこしいですが、中高一貫校の方になりますね」
「あそこかー。あれ、上野君も××高って言ってなかった? もしかして同じ?」
「そうなりますね」
桐生市は、機織り物で有名な群馬県東部の市である。もっとも、今は大分廃れているが・・・。
それもあるのか、桐生市には学校が多く存在している。群馬大学工学部に始まり、高校が公私複数あった。悠夜達が通っていたのは、その中でも古い歴史を持つ高校が新設した中高一貫コースである。ちなみに、遙乃は4期生、悠夜が5期生である。
「はえー、そうなんだ。同じところから来るなんて珍しいね」
「厳密に言えば、私の方が一つ上ですけどね」
「あれ、そうなの? 上野君のほうが年上だと思ってたよ」
「見た目はまあ・・・。彼、昔からああでしたから」
割と老け顔である悠夜は、昔から年上に見られることが多かった。落ち着いている風貌から、遙乃も同じだが、悠夜の方が年上に見られやすいのだった。
「そうなのねー。上野クンとよく一緒に居るのは、同じ学校のよしみってやつ?」
「まあ当たらずとも遠からずですね。 元々知合いで良く話していましたから」
「学年違うって言ってたじゃん? どゆこと?」
「学年違うとはいえ、色々交流する機会はあるものですよ」
「部活同じとか?」
「いえ、私は文芸部でした。上野くんは、パソコン部でしたよ」
「それじゃ繋がりないじゃん」
「あ、もしかして付き合ってたとか?」
「そうではないですけど・・・」
「じゃあどゆこと?」
両手を上げて降参といったポーズを取る真琴。
「その、中学の時の高原学校、所謂林間学校ですけど、それが同じ班だったんですよ。私達の学校では、1年生と2年生が合同で行くので。それで話すようになって、通学の時の電車の中で話すようになっていったんです」
「ほーほー。じゃあ上野君にもいろいろ聞いてみよっかな」
「いいねー。そっちは任せた!」
「おっけい」
示し合わせたように動く真琴と結衣。
「あ、ちょっと」
「まあまあ。虹口さんはこっちでもっと色々お話聞かせてほしいなー」
遙乃の静止も間に合わず、結衣が悠夜の居るテーブルに向かっていった。
「ねーねー」
「ん、ああ日野か」
「虹口さんから聞いたんだけどさー」
「向こうのグループね」
遙乃の居るテーブルを指さす悠夜。
すぐにそちらを指さす辺り、気にしていたらしい。
「そーそー。で、上野くんって、虹口さんとは同じ高校だったんだって?」
「お、それは初耳。上野、それマジか」
「ん、まあそうだけど」
「ほー。そんなこともあるんだな」
周りのガヤが反応する。
「一個年上だけどな」
「お前が?」
「ちげーよ。虹口さんの方だ」
「嘘こけwww」
盛大にツッコミが入る。やはりこちらでも悠夜はかなり年上に見られていたらしい。
「どう見てもお前の方が上だろww」
「うっせえ。お前らと同じ平成4年生まれだっつーの」
ツッコミ返す悠夜。
「そんなことはどーでもいいんだけどさ」
それを制止するように、ぐいっと身を乗り出してきた結衣が言葉を発した。
「ん、何だ日野」
「どしたん?」
ガヤ達も気になったのか、一旦静まる。
「上野君と虹口さんって付き合っちゃってるわけ?」
「は?」
「どーにも虹口さんが上野君見る目が違うように思えるんだけど。それに、よく二人で一緒に行動してるじゃない?」
「言われてみるとそうだな」
「確かに」
皆思う所はあったらしい。
同性同士早く仲良くなるのはまだ分かるのだが、異性で一緒に居るのは、何かあると思われるのだろう。
「そりゃ、家が近いってのと、昔からの知り合いってだけで」
「それだけじゃないと思うんだけどなー。実際、どこまで行ったの?」
「何もしてねーよ。飯作ったりしてるだけで」
「「「ご飯だぁぁぁーーー!!!???」」」
ガヤ達が大いに反応する。
「お、おう」
それにビビる悠夜。
「何だそれ、詳しく聞かせろ」
「詳しくって、飯作ってくれてるんだよ」
「「「作ってくれてるぅぅぅーーー!!!???」」」
「だから何なんだよ」
またもや大いに反応するガヤ達に困惑する悠夜。
「だからコイツら一緒に居るのか」
「デキてんだろ、お前ら」
何人かからはツッコミが入る。
「んなんじゃねーよ。ただの昔からの知り合いってだけで」
「ただの知り合いで飯作るわけねーだろ。まさか、家も行ったのか」
「流石に行くのはな。うちに来てもらって、一緒に作った」
「お前、それで付き合ってないと言っても説得力ねーぞ」
同感である。
その頃、遙乃は真琴を中心に質問攻めにあっていた。
「へー、遙乃ちゃん昔は文系だったんだー」
いつの間にか名前で呼んでいる真琴である。
「ええ。でも、元々やりたいことが見つからなくて、それでモチベーション高められなくて、受験に失敗してしまったんですね」
気にしていないのか、そのまま答える遙乃。
「それで理転を? めっちゃ思い切ったじゃん。てかそれで地質って、なんでまた」
「上野さんが中学時代から色々話してくれていたので、面白そうだと思ったかr―」
「ほーほー。それで上野くんを追っかけてきたと」
「いじらしいねえw」
「///」
真琴だけでなく、周りからのツッコミに真っ赤になる遙乃であった。
「向こうの話を聞く限りさ、もう付き合ってるんでしょ、遙乃ちゃんって。ご飯も作ってあげてるって言ってたし」
悠夜達のテーブルのガヤ達の声は、こちらまで普通に届いていた。
それ故、ご飯作ってあげているという話も話題に上った。
「そうではなくてですね・・・。だって、上野さんキャベツとレタス千切って食べるとか言い出だすんですもの。流石に放ってはおけないでしょう?」
「そりゃまあ分からなくはないけど・・・てか、上野クンも大概アホだね」
腕を組んであきれ顔となる真琴。
「む。でも、良いところもあるんですよ、彼」
それに対し、反応する遙乃。
ただ、それでは悠夜に対する好意がある、と公演しているようなものである。
「あー、はいはい。遙乃ちゃんが上野くんの事大好きなのはよーくわかりましたよー」
「そんなことは///」
「確定だねこりゃ」
「可愛いw」
この時、クラス全員に上野と虹口の二人はセット、と言う認識がなされた。
一次会が終わった後のことである。
「んじゃ、希望者はこの後カラオケに二次会行くけど、どうする?」
場を仕切っていた梅田和央が誘った。
「遙乃ちゃんどうする?」
「う~ん、ちょっとフワフワしますね~」
顔を真っ赤にしながらフラフラとしている遙乃。
どうも、顔が赤いのはさっきの質問攻めだけではない様子だった。
「ダメだこりゃ。帰さないと危ないね」
「じゃあ旦那さん呼んどくか」
「だね。おーい、パパ上ー」
状態を察した真琴と結衣は、セットと決めつけた悠夜を呼ぶことにした。
「誰がパパだ、誰が!」
呼ばれて早速答える悠夜。
見た目と年齢のギャップは、悠夜が大いに気にしている部分であるため、ややキレ気味である。
「まあまあ。遙乃ちゃん帰るって。送っていってあげてよ」
横に居た遙乃の姿を見た悠夜は、色々と察したらしい。
「む。おい日野、どれだけ飲ませたんだよ」
「いや、普通にほろよい1本くらいだよ」
「全然飲んでねーのにこれかよ・・・」
どうやら、遙乃は大分アルコールに弱いらしい。
「そう言うパパ氏は全然酔ってないじゃん」
「だからちがうっつーの。俺はアルコール苦手でな。ジュースしか飲んでないから、至ってシラフだ」
「じゃあ問題ないね。私達は二次会行くから、遙乃ちゃんよろしく」
「ふにゃ、ゆーやくん」
「っておい。しっかりしろって」
「ゆーやくんが支えてくれてるから大丈夫ですよぉ~」
「まあ、そんな訳でよろしくねん」
悠夜に寄り掛かる遙乃を見て安心したのか、真琴は遙乃を託した。
「しゃーない。分かった、じゃあみんなまたな」
「ばいばーい」
「送りオオカミになっちゃダメだよ?」
「するか!」
余計な一言の多い娘である。
「大丈夫?」
「ふふっ、ゆーやくんがいるからだいじょーぶですよぉ」
泥酔しているわけではないとはいえ、帰路をふわふわと歩いている遙乃に悠夜は声をかけた。
「おいおい、だいぶ酔ってんな。まあ、信用されてるのは悪い気はしないけどさ」
「ねえ、ゆーやくん」
とろんとした目で悠夜をみつめる遙乃。
「どした? てか、いつの間に名前で呼んでるんだか」
「だって、なまえでよぶのはとくべつなあいてのことでしょう。おんなのこのあいだならともかく」
「それって・・・」
「ふふっ。もうはなさないですからね。あのときのきもちをまたあじわうのは、もうごめんですもの」
遙乃は、悠夜の腕に抱きつきながら話した。
「あの時って?」
「おぼえてないんですか?」
「どのことよ?」
「ゆーやくんとはなれてしまったこと。わたしは、ずっとこうかいしていたんです」
「通学のルートの話かい?」
かつて遙乃は、『受験勉強のために、通学時間を減らしたい』と言って同じであった電車通学の路線を変えたことがあった。
それが契機になったのか、以来めっきり話すことが無くなってしまい、そのまま卒業を迎えてしまった。
お互い連絡先を知らなかった悠夜と遙乃は、卒業式の日に一声挨拶をしたのを最後に、完全に交流が途絶えてしまっていたのだった。
「うん。でも、もういちどめぐってきたチャンスですから、もうはなしたりしません」
「そうか」
「ふふふふっ。ゆーやくん、ぎゅー」
「ちょ、コラ」
「ここはわたしだけのばしょだからいいんですよーだ」
「しょうがない人だ」
悠夜の腕を強く抱きしめながら、遙乃は家路を進んでいく。
その顔は、笑顔に満ち溢れていた。
悠夜にとっては、引かれるのは腕だけではなかった。
季節は巡り、いずれ冬は春となる。
別れの季節は終わりを告げた。
並び歩く二人を、ようやく咲き始めた桜の花が見守っていた。
つづく
Posted at 2021/02/17 19:23:07 | |
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