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Nuk-P@RailStarのブログ一覧

2025年08月10日 イイね!

ガレージ近況

ガレージ近況我が赤CHARGE号の外装モディファイを一気に前に進めたのは・・・今年のGW連休のことでした。

長年の懸案となっていたFrバンパー周りのグリーン化処理をなんとか解決。残る大物作業はRrバンパー周りのグリーン化だとばかり、パーティングラインの再検討とカッティングシートの追加手配をささっと済ませたというのに、それから3ヶ月以上が経過してしまいました。

この間、嫁さんが短期で実家に帰省する機会が何度かあったので、ガレージの空き状況からしても、私自身の自由時間からしても、絶好の作業着手タイミングが何度も到来していたはずなのですが・・・
あろうことか、帰省のお供を任せていたMX-30 Rotary-EVにエンジンオイルの警告騒ぎが勃発し、予定外の車両回収を余儀なくされる事態に。
幸いにも大事には至らず、再びクルマを嫁さんに託すことはできたものの、この一件で6月の週末の予定がすっかり狂ってしまったのです。

加えて…7月に入ると、ビアンテの車検やRotary-EVのルーチン充電に伴うマイカーのフォーメーション変更の都合から、インナーガレージをRX-7が占有できる機会がなかなか巡ってこなかったのですね。
あっ…ちなみに、Rrバンパーのグリーン化は昨年大失敗した作業のリベンジマッチなので、贅沢にもガレージを斜めに使って作業スペースを存分に確保する予定。環境を言い訳にできないように退路を断ち、真剣勝負を挑むつもりなのであります^^;。

ともあれ、"熱し難く、冷め難い"自分の性格を誰よりも知る私自身の感覚からして、今は完全に「負のループ」に入ってしまったと確信しています(笑)。

この先、ちょっとやそっとではやる気のスイッチが入らないと予測していますが、決して慌てず騒がず(^^)。納車直後から四半世紀にもわたるRX-7の外装モディファイの集大成を前にして、じっくり機が熟すのを待つつもりです。
なにせ、この作業の出来映え如何で、あとに続くクルマイベントへの参加意欲が大きく左右される可能性が高いので、ド素人の作業ゆえ期待値は高くないとはいえ、なるべく悔いが残らないようにしたいと思っています。

(そう言っておきながら明日すぐスイッチが入ったりして 爆)
Posted at 2025/08/13 14:48:55 | コメント(1) | トラックバック(0) | 隠れ家発のWW2
2025年03月29日 イイね!

WW2、全国放送に!

WW2、全国放送に!いやぁ、驚きました。

今夜放送されたNHKの「新プロジェクトX」。

20年以上も前に取り上げられたマツダのロータリーエンジンの"その後"の物語が内容に含まれていることは知っていたのですが・・・まさか、広島のアウトレットモールの駐車場をデモ走行する我らが78号車の姿が登場するとはっ!!

前作のプロジェクトX以降、今日に至るまでの四半世紀にわたるロータリーエンジン開発の浮き沈みが紹介されていくなか、2023年のICONIC SPやMX-30 Rotary-EVが画面に登場しても、”想定の範囲内”とばかりに平静を装っていた私。しかし、全く意表を突かれたWW2 RX-7の2011年の走行シーンには思わず声を上げてしまいましたよ(^^;。

いやー、華麗な全国デビューでしたねぇ・・・

ん?

いや、違う違う。

2009年のS耐岡山400kmレース、ST-3クラスの予選ポールからスタートし、決勝では夢にまで見た2位表彰台を獲得。優勝したBMW M3との熾烈なバトル写真がレース専門誌の見開きページに掲載されたチームテスタスポーツの#78 WW2 RX-7ですから、とっくの昔に全国区のマシンでしたね!(^^)

Posted at 2025/03/29 21:51:04 | コメント(3) | トラックバック(0) | 隠れ家発のWW2 | 日記
2025年02月01日 イイね!

たっぷりと、デイトナ

たっぷりと、デイトナ…実は先週末に開催されたレースなんですけどね^^;。

世界3大24時間レースのひとつでもある米国IMSAシリーズの開幕戦・デイトナ24時間レース。その生中継録画をやっとのことで観終わりました。
というのも、
今年はJ SPORTS 3のCS放送枠が、スタート直後からの6時間半(Part1)とゴール迄の6時間半(Part2)で合わせて13時間と、昨年の11時間を大幅に上回る大サービスぶりでして。

フロリダ州のデイトナビーチで開催されるこの24時間レース。日本との時差は14時間で、Part1の生中継が日曜3:30〜10:00、Part2が日曜22:00〜月曜4:30。モータースポーツに燃えていた若い頃ならまだしも、今の私ではとてもリアルタイムで追い掛けられる時間帯ではありません(^_^;)。
ひとまず明け方からのPart1録画分をその日のうちに観終えようと、日曜午後から猛スパートをかけたものの、22時からの生中継の開始時間には間に合わず(T_T)。そう、折角キャッチアップを果たしかけたのに再び水を開けられてしまったわけです…。

そこで私はこの時点でPart2の生視聴を一切諦め、月曜以降、平日の晩に少しずつ録画再生を進めることにしたのです。無論この間は不意にレース結果を知ってしまわないよう、ネット情報から連日必死に逃げ回りながら(笑)。
しかし・・・
夜も更けてから疲れた体でソファーに腰を下ろしたが最後、瞬く間に睡魔に襲われてしまい、来る日も来る日も30分ももたずにリタイア。耐久レースどころかスプリントレースも乗り切れない体たらくで。
結局、週末の土曜に3時間近くイッキ見し、ほぼ一週間をかけてやっとゴールまで辿り着いた次第です^^;。

さて
レースの方は、アクシデントが起こるたびにフルコースコーションをかけてGapをリセットするアメリカンレーシングならではの演出が奏功し、全4クラスとも同周回での上位争いが維持され、最後の最後まで全く飽きさせない素晴らしい展開でした。
我が家ではガレージの来客時などに、BGVとしてレースの中継録画を天井モニターで流すことが多いので、年明け早々、なかなか見応えのある新ネタが仕込めましたよ(^o^)。
Posted at 2025/02/01 22:04:10 | コメント(2) | トラックバック(0) | 隠れ家発のWW2
2024年08月20日 イイね!

嗚呼、大人買い…

嗚呼、大人買い…こんなタイトルを付けてても、決して

「アハハ、つい散財をしてしまいました〜」

なんて懺悔のブログではありません。同じ嘆きは嘆きでも、少々偏屈なものでして・・・


今から遡ること三十数年前、学生時代の私が通い詰めた富士スピードウェイでの全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)。
当時全盛を極めていたFIAグループCマシンによる耐久レースで、ルマンで名声を上げた海外の強豪マシンを国産勢が迎え討つという心躍る構図に、国内有数のレーシングチームや人気ドライバーが大集結したとあって、毎レースとも活況を呈していました。

時にジリジリと肌を焼く陽射しにじっと堪えながら、時に雨混じりの寒風にブルブル震えながら、グランドスタンドに陣取った私が4時間も5時間も熱い視線を送り続けたのが、株式会社マツダスピードからエントリーしていたゼッケン三桁台のマツダのGr.Cカー。私の青春のど真ん中にいた勇壮な4ローターマシンたちですね。
そして、眼差しの先のマシンカウルに施されていたド派手なリバリーが、スポンサーであるレナウン社のスポーティングブランド「CHARGE」によるアーガイル模様のデザインでした。

どちらかといえば地味に映るチーム体制や国内でのリザルトに対し、サーキットいちの強烈な存在感を発揮する4ローターサウンドやマシンのリバリー。その意表を突くアンバランスさに強い興味を惹かれたと同時に、どの国産メーカーにも先んじてルマンを目指し、REという独自の技術を核に地道な挑戦を積み上げてきた一貫した姿勢に心底共感した私は、毎回毎回、最大限の感情移入をしながら現地でロータリーマシンの応援を続けていたわけです。

時はバブル景気の絶頂期。スタート直前のグリッド上には大勢のレースクイーンが掲げるカラフルなパラソルが花開き、グランドスタンド裏では、レース関連のグッズ販売やアパレル企業のショップが軒を連ねていました。とくにこの時代はF1をスポンサードする日本企業も多く、どのレースのカテゴリーでもF1関連ブランドのグッズが大人気でした。

もちろん、その中には我らがマツダスピードや、レナウンのCHARGEブランドも堂々と出店していたわけです。

思わず普段使いを躊躇うような奇抜なウェア(行き帰りのSAやファミレスで白い目に晒される)であっても、ここサーキットだけは治外法権。そればかりか、応援するチームやブランドとの一体化を可能にする決定的アイテムであり、贔屓ブランドの分身と化す千載一遇のチャンス。…そう、ファンを自認する人間にとって、自らの忠誠心が試される試練の店先でもあったのです(笑)。

ただ…

こうした凛々しいサーキットギアの高いこと高いこと(苦笑)。

ただでさえ、チケット代に公式プログラム代に駐車料金、さらには高速代にガソリン代に食事代と、何かと費用のかかるレース観戦でしたから、スタンド裏で大賑わいを見せるショップエリアを徘徊している時点で、若者の懐に余裕などなかったのですよ。
だから、マツダが背水の陣で送り出した期待の787が、ルマンも含めて今ひとつ好リザルトを残せなかった'90年、晩秋の1000kmレースで遂に高価なCHARGEブルゾンに手を出す決心をした私は、それこそ清水の舞台から飛び降りる感覚だったわけです^^;。

あれから30年以上経った現在、こうして当時のパンフレットを眺めてみると、結局私が購入した公式ウェアは、Tシャツやキャップなどごく一部に過ぎなかったことに気付かされます。今なら間違いなく奮発して贔屓のブランドをいろいろと買い漁ったのにぃ・・・と悔やんでみてもあとの祭り。

…いや、それにしてもですよ皆さん、

まさか、マツダの頂点レース活動がこの僅か数年後に休止宣言が発出され、その後も一向に再開されないなんて・・・まさか、CHARGEブランドはおろかレナウン社自体が消滅してしまうなんて・・・あの当時、一体誰が予想できたでしょうか(;_;)。
せめてレナウン社が現存し、リバイバル企画として往時のCHARGEウェアを限定復活してくれたら、脇目も振らず大人買いするのに。こればっかりは本当に残念で仕方がありません。

そうなんです、
愛しのCHARGEブランドは遠く思い出の彼方へ…

でも、バブル時代のモータースポーツを満喫した身としては、たとえマツダチームに直接関係がなくとも、最盛期のGr.Cレースシーンに彩りを添えてくれたスポンサーロゴやマシン名の響きには、未だに親近感を覚えてしまいます。プライベーターのPorsche勢でいえばOMRONやFROM-A、日石や武富士なども然りで(笑)。
アパレル関係では、"CHARGE"(Mazda)や"TENORAS"(Toyota)など消えてしまったものもあれば、"ALPHACUBIC"や"BA-TSU"(共にPorsche)のように現存するブランドもあるんですよね。(調べたら…かの"LEYTON HOUSE"もあるようで)

そして、私が今頃になって秘かに愛用し始めたのが"TAKA-Q"(Toyota/Porsche)だったりします。
無論普段着の話ですし、かつてのロゴは廃止、おまけに会社は経営再建の真っ只中。でも、どのみちファッションには興味のない私。ブランドへの十分な貢献をし損ねたCHARGEの分まで、バブル期のレースを楽しませてもらった御礼がてら、応援したい気持ちに駆られているんですよねぇ(^_^;)。

ねっ・・・

やっぱり偏屈な話だったでしょ?(爆)
Posted at 2024/08/20 21:02:34 | コメント(3) | トラックバック(0) | 隠れ家発のWW2
2024年08月09日 イイね!

懐かしの二十代

懐かしの二十代本日は珍しくリモート勤務。

というのも、年末年始とお盆の時期の恒例となった"のぞみ号全席指定"が今日からスタート。…普段、JRの経営に安定的に貢献している(はずの)定期券利用者が割りを食うのに抗議して、利用をボイコットしたのです!(って、誰も気にしちゃいないよ)
いやね、別にのぞみ号以外の新幹線には普通に乗車できるので、実質的な影響は限定的なんですが・・・なにせ何ヶ月も前から、駅や車内で
あんたらのぞみは乗れへんさかいに気ぃつけや〜
的な内容の予告アナウンスを嫌というほど聞かされてきたので、正直ずっと不愉快だったのですよ(-.-;)。


リモート勤務となると、自宅よりも電波環境が良好な向かいの実家の自室に陣取ることになるのですが、物持ちの良かった両親の影響もあり、ここに来ると様々なものがつい目に入ってしまいます。

「MAZDA LUCE」の古いロゴが入った青いレジャーバッグの中に幼児期の私の海パンがたたまれて入っていたり、未開封の引越しダンボールを開ければ私の東京時代の生活用品が詰め込まれたままだったり(笑)。
実をいうとこの実家は今から25年前に建て替え済み。つまり、幾度の荷物整理や移設をしぶとく生き延びて再びここに置かれているわけで、亡き両親の強い思いや執着を感じずにはいられません。

そんな家庭で育った私ですから、突然変異や強烈な反動でもない限り、バッサバッサとモノを捨てられるはずもなく^^;。屋根裏の自室には私が引越しの度にまとめた荷物の残りが所狭しと並んでいて、今となっては正体不明な箱や紙袋のオンパレード(笑)。
今回も例に漏れず、私がサーキットに通い詰めていた'90年代前半のレース関連ウェアが続々と紙袋から出てきて驚きの連続でした。

なかでもアンフィニ西東京レーシングチームロゴの懐かしさときたら…。これは富士JSSレースにFCのRX-7で参戦する社員ドライバーの深沢選手を応援すべく、行きつけのアンフィニ谷原店で購入したポロシャツなんです。
愛車エチュードでサーキットに通い詰め、レース観戦やスポーツ走行に熱を上げていた20代の私。当時はメーカー系ディーラーでは改造などご法度だったご時世で、モータースポーツに理解のある販社さんは珍しく、サーキット走行会を開催したり、チューニングの相談に乗ってくれたりと大変心強い存在でした。そのアンフィニ西東京で整備部門のアドバイザーを務めていた深沢選手はその後、FDのRX-7で全日本GT選手権にステップアップされたんですよね…。

などと、一瞬にして30数年分のタイムスリップをもたらしてくれた懐かしのウェアたち。
但し、私の手入れ不足と経年劣化でもはや着られる状態ではないし、ガレージの演出にも役立ちそうにないので、さすがにこれらは退役モードかなと思っています。
(思い出をありがとう)
Posted at 2024/08/09 18:07:17 | コメント(3) | トラックバック(0) | 隠れ家発のWW2

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小学生の時代に到来したスーパーカーブームがほぼ終わりかけた頃、極めて身近な存在だった国産車、とりわけ強烈な個性が滲み出る'50s~'60sの旧車に強い興味を持っ...
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