「うわーーーーーーーーっ‼」
突然のおっちゃんの怒鳴り声に俺は腰を抜かしそうになりながらも悲鳴を上げて走って逃げた。
家の玄関に靴を脱ぎ捨てランドセルを投げ自分の部屋に転がり込んだ。
さっきのは何?冗談?それともとうとう俺にブチ切れた…⁉
俺は部屋の壁にもたれ肩で息をしながら今までの事を思い出してみた…
(いや、タンクに虫を入れたのはおっちゃんは知らんはずや…誰も見てなかったはず・・・まさか・・)
「コロちゃん⁉」←(笑)
(いや、いや、いや、それはないわ~ ^^; せやけどなんでわかったんやろ?)
それはもちろんバイクの調子が悪くなったおっちゃんがタンクを調べたからであって、今ならそれが分かるがその時の俺には不思議でならなかった。
それよりいつも優しかったコロちゃんのおっちゃんがあの時なぜ豹変したのか俺にはわからなかった(お前呼ばわりされたのはショックだった…涙)
それからはまたおっちゃんの家の前を通らない生活が始まった…
コロちゃんの散歩もすっかり行かなくなって俺もどこか寂しい気持ちでいた…
あの日からバイクも停まったままである。
一月ほど経ったある日の夕方、家の前でソフトグライダー(駄菓子屋の飛行機)を飛ばして遊んでいるとコロちゃんのおっちゃんがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。おっちゃんは手にビジネスバッグのようなものを持ち、スーツを着ていた。
「タッちゃん、久しぶりやな、元気か?」
久しぶりに見るおっちゃんは少し痩せていて一回り小さくなったように見えた。
「ああ、おっちゃん。こんにちは…」
そう言った俺はあの日のことを思い出し下を向いた…(._.)
「お母ちゃんおるかなぁ?」
「うん、おるで」
「ああ、良かった。ちょっと寄らせてもらうわな~」
俺の家に行こうとするおっちゃんに
「あの、おっちゃん…」
俺はホントはバイクに虫を入れたことを謝りたかったが、あの日のトラウマが蘇り思ってたことと全く関係ない適当なことを口にしてゴマカシた…
「おっちゃん、あの…コロちゃん元気⁉(^_^;)」
「ああ、コロなぁ… 病気やねん…(-_-)」
「え…⁉(´゚д゚`)」
「ま、まぁ そんな心配ないわ。すぐ良くなるで」
「そ、そうなん?かわいそうに…コロちゃん…」
「今は家の中に上げとうから会われへんけど、元気になったら小屋に戻るからまた散歩につれていったってな、タッちゃん(^.^)」
「うん、わかったで、おっちゃん(^○^)」
そう言っておっちゃんは俺の家に入っていった。どうやら新しく町内会長に任命されたあいさつ回りの様だった。
その後もやっぱりなんとなくおっちゃんの家は近寄りがたく避けていた(^_^;)
でもコロちゃんの事はずっと気がかりだった…
それからまた一月ほど過ぎたある日…
商店街で買い物を終え帰ってきたオカンが台所で買ってきたものを袋から出しながら…
「あ、そういえば八百屋のおばちゃんに聞いたけどコロちゃんのおっちゃん一週間くらい前に入院したみたいやで。最近すごいやつれてたもんなぁ~かわいそうに…」
「ウソやん⁉(゚д゚)!」
俺はダッシュで家から駆け出しおっちゃんの家に向かった。ずっと避けてて久しぶりに来たおっちゃんの家。ドアはキッチリ閉ざされ、玄関のポストには数日分の新聞がそのままになっていた。
コロちゃんの小屋は屋根がはがれ、飲み水が入っていた銀色のボウルも泥が付いたままひっくり返り、主を失った小屋から伸びた青いリードが悲しげに地面に横たわっていた…
そして久しぶりに近くで見たバイクは所々錆び、かごの中には無数の落ち葉が積もっていた…
「ウソやん…(´;ω;`)ウッ…」
俺はただ立ちつくすしかなかった…
夕日があたる遠くの山から寂しげに鳴くひぐらしの声が聞こえてきた…
少し高くなった空が夏の終わりを告げていた…
コロちゃんのおっちゃんとコロちゃんはその後家に戻ることはなかった…
秋も深まる頃おっちゃんの家は取り壊され更地となった。
同時にコロちゃんの小屋もおっちゃんのバイクも無くなった…
~~~~~~~~~~~~~そして時は過ぎ~~~~~~~~~~~~~~~~
昭和61年10月、俺は16歳で自動二輪中型免許を修得した。
憧れの新型バイク「CBR400Rエアロ」の赤白カラーのやつを親にお金を借りて新車で購入した。今日がその納車日だ(^_^)
大阪からトラックで運んでもらって家に新しいバイクが到着したのはもう暗くなってから。
以前住んでた山の麓の家から引っ越して今は都会暮らしになり快適だ(^^)
トラックからバイクを降ろしてもらい、納車手続きをした。
心配したオカンが家の玄関から俺に声をかける…
「もう暗くなってるから明日でええんちゃうの?今来たばっかりの新しいバイクでどこ行くの?危ない」
11月の風は肌寒く俺はジャンパーのジッパーを首まで上げてメットを被りながら
「大丈夫、すぐ帰ってくるから」
と言い残し慣れない初めてのバイクでぎこちなく出発した(・_・;)
目指すは昔の家…コロちゃんのおっちゃんの家があったところ。
走り出して20分ほど…
久しぶりに帰ってきた昔の家の周りは外灯も少なく鬱蒼としていて昔のような活気は無かった。
「確か…この辺やったよな」
独り言をつぶやきながら暗くて寒い夜道にバイクを停めた。
コロちゃんのおっちゃんの家があったところは空地になっていて以前の風景とはまったく違ったものになっていた。
(確かこの辺にコロの小屋があって、この辺が庭で…と、言うことはこの辺にバイクが…?)
(こっち向きに停めてあったはずやから…でも、もうちょい先か?ん?このヘコみなんやろ… …」
「………!!」
「こ、これおっちゃんのカブのスタンドのヘコみや……!!」
カブに跨ったおっちゃんの元気な姿がフラッシュバックした。
被ったままのメットの隙間から雫がこぼれ落ちた…
何年も何年も長い間同じ位置にピッタリと停められ続けたおっちゃんのカブのスタンドはアスファルトに大きなヘコみを作っていた。
俺が幼い頃に何度も何度も跨っては遊んでたバイク…
いつもおっちゃんが小さな俺を後ろに乗せてくれて大人になったらもらうはずだったバイク…
俺はCBRを押して向きを変えそのヘコみにピッタリあてがうようにしてスタンドを立てた。
すっかり暗くなった夜空には街灯が少ないためか無数の星空が広がっていた…
俺はメットを被ったまま、周りに誰もいないことを確認してシールドを上げた…
そして夜空に向かい…
「おっちゃん、俺バイク乗りになったで。おっちゃん知らんやろ?このバイク400で1番速いやつやで!スゴイやつ買ったで、俺!」
「おっちゃん、俺なあ、あともうひとつ言わなアカンことがある。あの日おっちゃんに怒られたのは俺が悪いからしょうがない…でもな、最後までコロちゃんの散歩行けんかったことはゴメンなぁ〜、ゴメンなぁ~、おっちゃんゴメンなぁ~~(´Д⊂ヽ」
CBRの赤いタンクの上にポタポタと涙の雫が溢れ落ちた…
俺はあの日からずっと心に引っかかっていた…
あの日おっちゃんのバイクに虫を入れて壊したこと、それをずっと言えずにいたこと…
そしておっちゃんの身体が悪くなっているのに俺はコロちゃんを散歩に連れて行ってあげられなかったこと…
俺の心の奥にずっと残ってた…
いつか謝ろうと思ってた…
「ふぅ」
俺は大きく息を吐き出しメットのシールドを下げた。
バイクのエンジンをかけ、スタンドを上げる時に一瞬躊躇った…
「おっちゃん、ありがとう。俺、ずっとバイクに乗るよ!同じ『HONDA』やで、おっちゃん(^^)」
「ガチャ」
俺はスタンドを上げ昔のおっちゃんの家を後にした。
遠くでコロが吠えたような気がした…
小悪魔の懺悔〈完〉
~~~~~~~~~~~~またまた時は過ぎて〈again〉~~~~~~~~~~~
令和4年3月某日…
函館はこの日今年初めて最高気温が15度を上回り晴れ渡る青空の下俺は家のダイニングから9rを外に出してきた(;´∀`)
約5ヶ月ぶりに外の空気に触れる9rは春の日差しを受けライムグリーンの車体は一層輝いて見えた。
俺はバッテリーを繋ぎ、燃料コックを「ON」にしチョークレバーを回してエンジンキーをひねった。
「今年一発目、かかってくれよ~(^^)」と、祈る気持ちでセルボタンを押したが「キュキュキュキュ…」というだけで一向にエンジンがかかる気配がない。
冬季室内保管するにあたって、ガソリンは満タンに入っている。
なんとなく嫌な予感がして念の為ガソリンコックを「OFF」にしてコックに繋がるホースを抜いてから下にウェスをあてながらまた「ON」にしてみた…
「ガソリン来てないやん!(TT)」
なんでやねん(#^ω^)と思いながらタンクからガソリンを抜いて別容器に移しバイクからタンクを下ろして原因を究明してみた…
(なんか燃料コックがあやしいなぁ…)
燃料コックをタンクから外しホースも外し、フィルターなども調べていると「ポトリ」と黒くて小さなゴミが落ちた^_^;
(いや、いや、いや、家の中で保管しとったのになんでゴミなんか入ってんねん 怒)
すぐにタンクに燃料コックを取り付け、ホースをつなぎ、タンクをフレームに乗せて固定し、抜いたガソリンをまた入れ直した。
これでかかるはず…頼む…(>_<)
「キュキュキュ… キュ… ヴォン!ヴォン!!」
9rのアクラポ管からは乾いた重低音が鳴り響いた…(≧∇≦)b
「早速大沼あたりまで行ってみるか…(#^^#)」
メットを被りシールドを下げた。
その時…
「ほら〜コロ〜、こっち、こっち」
犬を散歩させてるお爺さんが歩道を通った。
「ん⁉柴犬でコロかぁ… (笑)」
柴犬に引っ張られながら小走りに走るお爺さんを俺はどこか懐かしい気持ちで眺めていた…
「出来すぎてるなぁ……(;^ω^)」
「… … … ( ゚д゚)ハッ!」
「ひょっとして(゚д゚)‼」
俺は9rから降りてガソリンコックあたりに入っていたゴミを探し出して指でつまんで拾いあげ手のひらに乗せてよく見てみた…
「やっぱり!!」
黒いゴミに見えたそれはとても小さな虫だった…
おっちゃんは俺が「カワサキ」に乗り換えたのが気に入らないのだろうか…
早春の透き通る青い空、あの日と同じ青い空…
俺は空を見上げてつぶやいた…
「おっちゃん、これで『おあいこ』やな(笑)」
again〈完〉
最後まで読んでいただきありがとうございました。tatsu