追跡
帯広の市街地を抜け、交通量の多い国道242号線を疾走する2台のバイク。前方を走行する車を右に左に交わしながら、とんでもないライディングを魅せる革ツナギの女。その女を下村は必至で追跡した。
その謎のバイクの動きは、まるで点から点へ瞬間移動するかの様で、次々とクルマのパイロンを、スラロームで縫っていく。
切れ味あるその走り。それは鋭い刃物で、空気を切り裂く音までをも連想させられる。
「なんなんだよあのバイクは!! まるで重力を無視したような動きをしてやがる!! 」
更に革ツナギの女は、軽やかに前方の車を交わし、その先の交差点を“フワッ”と右折した。
やはりその動きは非常に素早く、まるで猛禽類が獲物を仕留めた後、一瞬でその場を飛び去る姿にも似ていた。
道路標識『町道●●号線S峠』。
「あん? OT町のS峠に向かってやがるのか? ヨッシャーーー!! 」
下村は派手にリヤタイヤを滑らせながら、ドリフトで交差点を右折していった。
レイ
謎の女は、左にウインカーを上げ、S峠のPAに入っていった。後に続く下村。
「ようやく止まったな…。ついて行くのが精一杯だった…」
ヘルメットの中で一息つく。
その少し広めのPAには、街灯が数本立ち並び、新型の三菱スーパーグレートが1台と、デリカバンが停車しており、革ツナギの女と正体不明の黒塗りのバイクの元へ、4名の作業員が駆け寄ってきた。
そのバイクからは、非常に軽いモーター音だけが聞こえている。
ヘルメットを脱ぎ、革ツナギの女に話しかける下村。
「おいおいアンタら…って…」
どうにも様子がおかしい・
「あん? 何だ!? 」
まるで予想外の展開。その場にいた作業員達は、下村を取り囲んでしまった。しかもその目には、只ならぬ殺気を帯びている。
下村は、ゆっくりとした動きでバイクを降り、拳を握り固めた。
「ふ~~~ん…」
頭の中で警鐘が鳴り響く。 『ふんっ、いつでもいいぜ。一発触発ってヤツだな!』 既に下村の臨戦態勢は整っていた。
が、それを見た革ツナギの女は、非常に慌てた様子でヘルメットを脱ぎながら、作業員達を止めた。
「待ってその人は違うの!!」
澄んだ声が響いたのと同時に、ヘルメットからは、長い髪がこぼれ落ち、美しい女の素顔が現れた。
その顔には見覚えがあった。ハトが豆鉄砲とはこのことだ。そして下村の口から出た台詞は。
「ああ~~ん。てっ?あれっ!?お前、二宮じゃねーか!?高校んとき同じクラスだった」
的を射ているにも関わらず、この場の状況には非常に滑稽で、素っ頓狂な言葉が口から滑り落ちたのだ。
優しく微笑む美しいレイ。下村は軽く混乱した頭で次の言葉を探していた。
しかし懐かしの再会は、後方から聞えてきたFJクルーザーの激しいスキール音が、全てをブチ壊した。その場にいた全員が、音の方向へ振り返った。
荒っぽくFJクルーザーが停車し、これまた荒っぽくドアが開き、合計4人のアラブ系外国人が、バットやバールを手に “バタバタ” と降車してきた。
そして、その中のリーダー格であろう一人の男が“ニヤニヤ”と薄笑いを浮かべ、片言の日本語を話し出した。
この男の通り名は “フロントサイト” という(外国人A)。
「ゼロヲ、コチラニワタセ」
下村以外、その場にいた全員の顔が青ざめ、冷汗をかきながら“ジリジリ”と後退りをし出した。
フロントサイト(A)は更に続けた。
「ソノバイクハ、キョウイナノダ」
そう言い、次にはアラブ語で短く号令を出した。
「●×▽~*:□」
意味は分からなかったが、それはおおよそ最悪の部類の言葉なのだろう。何故なら、先ほどレイに転倒させられたと思われるライダー、通り名をグリップ(外国人B)は、突然バットを頭上に振りかぶり、そのレイ目掛けて襲いかかったのだ。
戦慄の表情のレイ。
だが、そうはいかない。そう、ここにはこの男が居たのだから。
バットを持った腕が、横から力強く掴まれた。振り向くグリップ(B)。そこには眉間に深い皺を寄せ、憤怒の表情をした、仁王のような下村の姿があった
「オイてめぇ、ずいぶん物騒だな!!」
それをみたフロントサイト(A)は、またアラブ語で短く号令を出した。
「●×▽~」
それからフロントサイト(A)、トリガー(外国人C)、バレル(外国人D)が下村を取り囲む。その様子を見て不敵な笑みを浮かべる下村。
「はんっ、いいぜぇ~。なんだか知らんがきっちりケリをつけてやる」
またフロントサイト(A)が号令を出す。
「●×▽~×!!」
そう言うや否や、全員がおかしな奇声を発し、一斉に下村に襲いかかった。
下村は、腕を握っていたグリップ(B)を突き飛ばし、バレル(D)に身体ごとぶつけた。次に正面にいたフロントサイト(A)が、下村の脳天めがけ、バールを打ち下ろしてきたのだが、左ダッキングでそれをかわしつつ、溜めをつくっていた自分の腰から、相手の右脇腹めがけ、強烈な左のショベルフックを打ち込む。一瞬だったが、フロントサイト(A)の身体が宙に浮き、 『く』 の字に折れ曲がった。
それなりに格闘経験があるであろう彼だが、それは、おおよそ経験した事が無いほどの破壊的な一撃だった。眼球が飛び出してしまいそうなほど瞼を見開き、体の中のもの全てを吐き出す勢いで胃の内容物をぶちまけ、苦悶の表情で、そのまま前のめりに倒れていった。
それから下村は、左側から大型バールで襲って来た、トリガー(C)の下顎に、流れるような動きで、右鉄槌のバックハンドブローを叩き込む。
今度はグリップ(B)とバレル(D)が、後方からバットで殴りかかってきたが、下村は間髪を入れず、鋭く独楽のように回転し、気合一閃。
「だらぁーーー!!」
バレル(D)の顔面に、右のバックスピンキック(右後ろ回し蹴り)を決める。バレル(D)の身体はその場で半回転し、頭部から地面に勢いよく叩きつけられた。
一瞬動きの止まるグリップ(B)。だが下村の勢いは止まらない。バックスピンキックからの一連の動作の中、フリッカー気味に、右の高速ジャブを鼻面に打ち込んだ。それは濡れタオルで激しく弾かれたような音であった。乾いた音が響き渡る。
いつの間にかグリップ(B)は尻餅をついてしまっていた。あまりのスピードに、何が起きたのか理解できず、バットを手にしたまま呆けた表情で “ダラダラ” と鼻血を流していた。
鬼の形相で外国人たちを睨む下村。
「オイ、まだやんのか!?」
それを受け、脇腹を押さえたまま、苦悶と屈辱の表情で、フロントサイト(A)がアラブ語で短く叫ぶ
「●×▽~」
外国人たちは、互いに支え合いながら立ち上がり、車に乗り込んだや否や、あっという間に走り去っていった。撤収が異常に速いのが印象的だ。まるで何かの訓練を受けているようにも思えた。
下村は 「ふぅ~~」 と、少し穏やかな表情で一息つき、周囲を見渡す。三菱スーパーグレートとデリカバンが、FJクルーザーとは反対側(峠方向)に走り去っていくのが見えた。
そしてレイが、後方から声をかけてくる。
「下村くん…。ありがと。ほんとに助かったよ」
見つめ合う下村とレイ。
「まさか高校時代の同級生…、しかも下村くんにこんな形で再会するなんてね」
黙って頷く下村。それから静かに語り出す。
「穏やかじゃねーよな。一体何があったんだよ?」
少し困った表情のレイ。
「うん…。何から話せばいいのかな…」
まずは一番気になっていた、正体不明のバイクを指差す下村。
「お前さんの専門は、モトクロスじゃなかったのかよ?それにそのバイクは一体何なんだよ!?何が起こってんのかさっぱりわかんねぇ」
レイは小さく首を振り、少し思い悩んでいた。
「ううん。モトクロスはね、スキルアップのための訓練…。いや、いま思えばこのための英才教育だったのかな…」
そう言いながらレイは、下村の顔をじっと見つめ、学生の頃を少し回想していた。
【回想】
それはDef busta下村と呼ばれ、 “やんちゃ” をしていた頃の彼の姿だった。
ゼファー400改 に跨り、仲間達と楽しそうにしている光景。そしてそれを、羨望と淡い想いで、遠くから見つめていた自分の姿も。
【回想終わり】
何か思いつめたようなレイの表情。そんな回想を振り払いKAMUI零を見つめながら、ハンドルを握る。
「これまでやってきたバイクの訓練は、全てここに繋がっているの。これはMBM社を母体とする、新興バイクメーカー、 《K A M U I 》が開発した新型のバイクで、コードネームは 《 K A M U I 零 》。 そして私が、テストライダーをしているの」
下村は、無言で K A M U I 零 の各部を、繁々と観察し始めた。
まず特徴的だったのは、黒塗りのタンクに 『DUCATI』 の偽装文字と、車体は同・モンスターと同様の美しいトラスフレーム。エンジンは前2気筒、後ろ1気筒で構成された、Ⅴ型3気筒の空冷風エンジンだった。
更によく観察してみる。その空冷風3気筒エンジンはタンクの隙間から見てみると、ヘッドカバーは、MBM社のスリーダイヤの形をしていた。 しかも後方のテールランプと左右に振り分けられたマフラーのサイレンサーで構成されるリヤ回りのデザインも、同じくスリーダイヤの形をしている。
下村は、思わずため息を漏らしながら頷いてしまう。
「なるほどね…。で、さっきの連中は?」
レイを見つめる下村。
レイは、そんな下村の視線を逸らす様に、俯き加減になってしまう。
「確証はないけど、恐らくはライバル会社が雇った産業スパイだよ」
「なに!産業スパイだって!?」
黙って頷くレイ。
「そう。最初は写真を撮られたり簡単な妨害工作程度だったんだけど…。もうすぐで最終テストって時に、直接的な暴力や破壊活動をするようになってきたの…」
絞り出すように発したその言葉。やり切れない思いを胸に、レイは非常に辛そうな表情をしていた。
もう黙って見過ごす訳にはいかない!
それを見た下村の心に、義侠心という名の灯がともった。突然レイの両肩を掴み、眼を見据えてこう言ったのだ。
「お前困ってんのか?困ってんだな!?」
顔を赤らめるレイ。
「え、ええ…、うん、そうだけど…」
ニヤリと笑う下村。
「小難しい事はわかんね。だけどお前に降りかかる火の粉は、俺が払ってやれるぜ」
それから自分の左胸に右拳を 「トン」 と当て。
「俺がお前を護ってやる !! 」
そう自信たっぷりに言い放った。
一瞬困惑するものの、直ぐに嬉しそうな表情になるレイ。
「うん…でも…それは…」
更に笑顔の下村。
「もう大丈夫だ!任しとけって!!」
下村の強引さは、少々見当違いな感もあるが、レイは黙って頷き、赤い顔のまま自分の足元を見つめた。下村の真っ直ぐな気持ちが、とても嬉かった。だが、あまりにも照れくさくて、顔を凝視することは出来なかった。
今度は下村が、K A M U I 零 のタンクに “ポン” と手を置く。
「それにしても、コイツの戦闘力はスゲーな。でもそれ以上に美しいバイクだ。惚れ惚れするくらいにな」
嬉しそうな表情で頷くレイ。
「うん。ありがと。ほんと下村くんは変わってないね。お節介で仲間思いで、バイク馬鹿のまんまだね❤」
優しい表情で微笑むレイ。
そしてエンジン部分を覗きこむ下村。
「う~ん…。だけど一つわかんねー」
首を傾げるレイ。
「なにが?」
下村はエンジン部分を指差した。
「コイツ3気筒エンジンなのに、エキパイが2本しか無ぇんだ。後ろの1発はいったい何なんだ?」
レイは非常に感心した様子で答えた。
「それこそが 《 零 》 の主要部分なんだよ」
今度は K A M U I 零 のリヤバンクを指差す。
「そのリヤバンクは、北海道のH大学と K A M U I が共同開発した、レアアースを使用しない、超小型の高出力・高耐久、を誇る新型高性能バッテリーなの。だからこそ 《 零 》 は、加速性能、旋回性能、航続距離に特化した、新世代のハイブリッドバイクになれたの」
なんということだ!! 突然とんでもない暴露話を聞かされた気分になった。驚き以外の何者でもない。 開発中のバイクが公道を走っているだけでも大変な事なのに、コイツには次世代の新技術がふんだんに詰め込まれている、まるで宝石のようなバイクなのだ。
下村は言葉を失ってしまう。
だが、そんな様子の下村を見てレイは、急に話題を変えた。
「ねっ、それより私、下村くんにお願いがあるの」
髪をなびかせ、楽しそうな表情をしたレイは、とても可愛いらしかった。
「ん?なんだ?」
その笑顔につられ、いつの間にか下村も優しい気持ちで答えていた。
少しはにかむレイ。
「2人で一緒に走らない? 《 零 》 の事もっと知りたいでしょ」
今度は真っ直ぐに瞳を見つめてきた。
「それに下村くん達、学生時代にさ、 『 峠でオール ! 』 とかよく ヤッ(走)てたでしょ。私もそれを ヤッ(走)てみたいの❤」
と、少々照れながら誘う。
黙って頷く下村。それから峠のワインディングを見つめながら、おもむろに答えた。
「ああ。イイね。今日はオールで ヤ(走)ろうか」
今度は悪戯っぽい表情でレイが微笑んだ。
つづく