
熊次郎との四十年
気がつけば、熊次郎とはもう四十年になるらしい。
おもちゃ屋の棚に座っていたあの日のことは、いまだに値札の数字まで覚えている。
生活費で頭がいっぱいのくせに、「今逃したら一生買えない」という直感だけを握りしめて、レジに持っていった。
あのとき財布の中身を覗いた自分の顔は、きっと誰にも見せたくない。
もしあの頃に家族がいたら、熊次郎はとっくに押し入れの奥で、ほこりをかぶる役目だったはずだ。
ときどき思い出したように出して、「そういえばこんなのもあったな」と撫でては、またしまわれるだけの、よくあるぬいぐるみの一つで終わっていたかもしれない。
けれど実際には、家族より先に熊次郎を選んだ。
誰にも文句を言われないかわりに、誰にも分かってもらえない選択だったかもしれない。
それでも、あのとき生活費を崩してまでこの唐草風呂敷の熊を連れ帰ったから、今の自分がこうして生きていると思える瞬間が、確かにある。
六十年もの古い熊は、ショーケースの向こうで、いまもこちらを見ている。
触ったらどこか心に穴があきそうで、わざと視線を外して暮らしている。
その代わりに、四十年選手の熊次郎を、手の届くところに座らせておく。ガヤルドの助手席でも、軽の室内でも、誰もいないはずの隣が、かろうじて「空白」にならずに済むように。
スーパーカーの助手席に熊を乗せてシートベルトを締める大人なんて、世間から見ればただの馬鹿だろう。
みんカラでは「唐草熊次郎」なんて名前で、相手にしない方がいい人間として扱われているらしい。
それでいい。
まともな判断ができる人間なら、プロフィールを見た時点で離れてくれた方が、お互いのためだ。
それでも、ごく稀にいる。
車ではなく、その小さな熊に目を留める人が。
「あの子、魂入ってるよね」と、何気ない一言を落としていく人が。
そういう瞬間だけは、少しだけ姿勢を正す。
この四十年、生活費を削ってまで選んだ馬鹿な自分と、それを黙って受け止めてきた熊次郎のことを、誰にも分からなくていいから、自分だけはちゃんと覚えておこうと思う。
たぶん、人生は思っているより短い。
けれど、助手席に熊を乗せていられるあいだは、まだこの世に居残り組として踏ん張っている、ということにしている。
熊次郎の唐草風呂敷の中身が何なのかは、たぶんこれからも開けないまま、それでも隣に座らせて、もう少しだけ先まで走ってみるつもりだ。
PS.
画像の熊次郎は日本へ最初に輸入されたランボルギーニ400GT2x2に載ってる・・・・2007年2月吉日。
Posted at 2026/04/09 23:35:06 | |
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