【「機動戦士ガンダム」が描いた人間たちの"矛盾"】
杉田 俊介:批評家
2019年に生誕40周年を迎えた『機動戦士ガンダム』。安彦作品とその仕事について評論家の杉田俊介氏に語ってもらった(写真:ロイター/アフロ)
ロボットアニメの金字塔『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザインと作画監督をつとめた安彦良和氏。後にこれをコミカライズ(マンガ化)したことでも、世界的に広く知られている。
2019年は『機動戦士ガンダム』のテレビ放映開始から40年の節目にあたる記念の年である。『ガンダム』生誕40周年に合わせ、安彦氏によるマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のアニメ化作品が、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 前夜 赤い彗星』(テレビシリーズに再編集)として、4月29日からNHK総合テレビで放送される。喜びと興奮を抑えられないガンダムファンは多いのではないだろうか。
『機動戦士ガンダム』から始まって、その後のマンガ諸作品に至る一連の作品群に通底する安彦氏の思いと作品に込められたメッセージは、複雑化した現代を生きる者の胸に重く迫ってくる。
『安彦良和の戦争と平和-ガンダム、マンガ、日本』を上梓した評論家の杉田俊介氏に、安彦作品とその仕事について語ってもらった。
独自の歴史マンガで世に問い続けてきた安彦作品
安彦良和氏の仕事の全体像は、今もまだ、十分に明らかになっていない。
安彦氏の名前は、1979年にテレビ放送が開始された『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザイン・アニメーションディレクター・作画監督の仕事によって、世界的にも広く知られている。しかしもちろん、『機動戦士ガンダム』が安彦氏の仕事のすべてではない。安彦氏は1990年頃にアニメの世界からいったん離れ、マンガ家の仕事に専念し、誰にもまねのできない独自の歴史マンガを世に問い続けてきた。
明治以降の日本近代史を対象とする『虹色のトロツキー』『王道の狗』『天の血脈』『乾と巽』。日本古代史を舞台とする『ナムジ』『神武』『蚤の王』『ヤマトタケル』。そして西洋の政治宗教史(主にキリスト教関連)を題材とする『ジャンヌ』『イエス』『我が名はネロ』『アレクサンドロス』。これらの多彩で豊饒な作品世界は、同業のマンガ家たちからも畏敬の念を集めてきた。
わかり合おうとしてわかり合えず、何らかの理想を求めるが故に暴力に走り、平和を望んで戦争へと突入していく――そうした人間の歴史の矛盾と悪循環について、安彦作品は粘り強く問い続けてきた。容赦なく残酷に。だが穏やかでユーモアのある眼差しによって。
安彦氏は自らの人生を次のように振り返っている。1960年代は政治運動と青春の時期。1970年代はアニメーターとして生活と仕事に追われた時期。1980年代はアニメ監督に挑戦した時期。そして1990年代以降はアニメの世界と「決別」して、ひたすらマンガに専心した時期。
安彦良和 (やすひこ よしかず)1947年北海道生まれ。70年弘前大学中退後上京し、手塚治虫の「虫プロダクション」でアニメーターになる。1973年にフリーとなり、以後『機動戦士ガンダム』など大ヒットアニメの主要スタッフとして参加。キャラクターデザイン、作画監督、監督などアニメ界でマルチに活躍。1979年『アリオン』でマンガ家としてデビュー。1990年『ナムジ 大國主』で第19回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。2000年『王道の狗』で第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。2012年『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で第43回星雲賞を受賞。マンガ作品は『ヴイナス戦記』『神武』『虹色のトロツキー』『イエス』『天の血脈』『ヤマトタケル』など多数、著作は『原点 THE ORIGIN』『革命とサブカル』などがある。
さらに2000年代は『機動戦士ガンダム』をマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(以下『THE ORIGIN』)として自ら「整理(リライト)」した時期であり、2010年代以降は(その間も休みなくマンガを描き続けてはいたものの)『THE ORIGIN』をベースに、ガンダムの再アニメ化を試みようとした時期である、と。ほぼ10年ごとに区切りがあったのである。
安彦氏がガンダム作品の世界に深く関わったのは、長らく『機動戦士ガンダム』とその劇場版のみだった(いくつかのキャラクターデザインや作画監督、福井晴敏『機動戦士ガンダムUC』のカバーイラスト・口絵・挿絵などの仕事には携わっているが)。ガンダムはその後も次々と新シリーズや関連商品が出て、やがて巨大な神話体系となり、ガンダム産業を作り出してきたが、安彦氏は基本的にそれらのガンダムワールドからは距離を取っていた。
実際に、安彦氏の仕事の全体像を、ガンダムについてのマニアックな知識や情報によって語り尽くすことはできないだろう。さらに言えば、ガンダムの世界を十分に理解し楽しみたければ、安彦作品の主題となってきた日本近代史、天皇制、社会運動、キリスト教、アジア主義などについて幅広く関心を持ち、深く学ぶといいのではないだろうか。
安彦作品の醍醐味
安彦氏はアニメーターやマンガ家として優れている、というだけではない。明らかに――安彦氏はこういう大げさな言い方を嫌うだろうが――壮大な文明論や歴史観の持ち主であり、スケールの大きな「思想家」でもある。歴史論、戦争論、宗教論、革命論などを視野の外に置いて、氏の作品世界の全体像に迫ることはできない。
学生時代の全共闘運動などの経歴から誤解されがちだが、安彦氏の思想を単純に「右か左か」「保守か革新か」などの二元論によって割り切ることはできない。例えば満洲国やアジア主義への向き合い方は、きわめて両義的なものであり、また複雑かつ繊細なものだ。また日本古代史シリーズでは、右翼思想や歴史修正主義とも受け取られかねないような、古代天皇をめぐる虚実皮膜の危ういゾーンへと踏み込んでいる。だがそうした危うさの中に安彦作品の醍醐味がある、ともいえる。
近年、安彦氏の巨大な仕事の全貌を知るための準備が整いつつある。『原点 THE ORIGIN』(斉藤光政との共著、2017年3月、岩波書店)という評伝・自叙伝風の本が刊行され、また学生運動時代の仲間への取材の記録が一冊の本にもなった(『革命とサブカル』2018年10月、言視舎)。
それらに対して、『安彦良和の戦争と平和』(2019年2月、中央公論新社)は、一連の作品群から、その奥深さ、面白さを読み解いて作品がもつ普遍的な意味と魅力を探りあてようとする。安彦氏のアニメ、マンガ作品について総合的な評論がなされることは少なかったので、その点がこの本の独自性といえる。
なお今年2019年は、ガンダムシリーズの原点『機動戦士ガンダム』放送開始(1979年4月7日)から40周年を迎える節目の年であり、さまざまな記念イベントの情報も出ている。ハリウッドでの実写映画化もすでに発表された(サンライズとレジェンダリー・ピクチャーズとの共同制作)。4月29日からはアニメ版『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』がテレビシリーズとしてNHK地上波で初放送される。
約20時間の取材を試みる中で、安彦氏にとって、アニメーター時代に『機動戦士ガンダム』の協同作業に参加した経験が決定的なものだったこと、それは私たちの想像以上に運命的な経験だったことを改めて確認することができた。実際に安彦氏は、アニメの世界と一度別れたあとも、『機動戦士ガンダム』を『THE ORIGIN』としてマンガ化し、さらにその一部をアニメ化してきた。『安彦良和の戦争と平和』で語られているように、『THE ORIGIN』の全体をアニメ化するという構想を温めているところである、とわかった。
戦後文化史に欠かせない作品
親子2世代、ひょっとして3世代のファンを獲得している『機動戦士ガンダム』の世界観は、もはや戦後文化史の重要な要素の一つとなっている。
「人と人はわかり合えない」は『ガンダム』のテーマである。実際に、人間の歴史は誤解や敵対の繰り返しであり、果てしない暴力と平和の螺旋だった。しかし、その中でなお「人と人がわかり合おうする」とはどういうことか?
優れたエンターテイメントでありつつ、歴史、政治、宗教、民族、アジア、革命などのさまざまな困難な問題に正面から対峙している安彦良和氏の作品は、私たちにあたかも、そのことを問い直すことを促しているかのようである。
これから、新しい世代の読者が安彦氏の作品に触れてくれればいい、そして安彦良和という巨大な存在の全貌が次第に明らかになっていけばいい、と考えている。
東洋経済オンライン
Posted at 2019/04/29 12:12:54 | |
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