(DAY3)
その日は3時に起床して、装備の点検を行って2台の車で敷地内の池に向かう。
ここには猟用にカモフラージュされた小屋がいくつか建てられており、そこからカモを全員で狙うわけだ。
猟場に向かう車中は殺気と高揚感が入り乱れている。
遠足に行く大人の園児がバスの中で銃をもって騒いでいるわけだ。
全く日が昇っていないうちに猟場に到着し、設置済みのデコイを確認する。
その後その他の装備を忍び足で小屋に運び、銃を出してバードショットを装填し、セイフティをかけてその時を待つ。寒い。
寒いのを我慢して待っていると…なんて光景だ。
日の出の直前の薄明りの中、いくつものV字編隊を組んだ物凄い量の鴨が向かってきているのが分かる。鴨以外もいるそうだが、よく分からない。
どれを撃っていいか分からないのでその風景を見ていると、誰かが吹いた笛の音を合図に一斉に射撃を開始した。
自分もそれに遅れないように着水直前の状態から急反転し上昇し始めた鴨に射撃を行う。
凄まじい銃声の中、いくつもの黒い影が急に勢いを無くして、枯葉の様に湖面へ舞って落ちていく。
その日は運があったらしく、これを2回行うことが出来た。
猟果は30羽ほど。全員で食べるには十分な量らしい。
水面に浮いている鴨の回収は結構大変で、浅い風呂桶みたいな船に乗って回収に向かう。
船が入れないところは、釣り竿で三又針を飛ばして引っかけて回収する。
回収が終わったら、その場で深く穴を掘り、血抜きをして羽をむしって内蔵を抜いて捌く。
最初はかわいそうに感じるのだが、捌いているうちに美味そうな肉に見えてくる。
捌き終わったらビニールに入れて空気を抜いて、巨大なクーラーボックスに放り込んで帰宅。
男どもの仕事はここまで。あとは奥様方が、脂がのった鴨を美味しくローストしてくれる手はずになっている。
翌日、4時に起こされて、牧場の仕事を少し手伝うことになった。
あれやこれやと雑用をこなし、膨大な量のベーコンやら卵料理やらを胃袋に放り込んでひと段落していると、お父上がこれから出かけるからちょっと来いという。
ついていくと書斎の隣の部屋にある大きな金庫の前に連れていかれた。
お父上がその金庫の扉を開くと、大小合わせてざっと4~50丁もの銃が並んでいる。
彼が言うには銃の事故を起こされたくないし、事故となると病院までかなり距離があるから大変だし、万が一、犯罪者やピューマみたいな動物が出たら自衛しないといけないから、これから銃の練習を少しやるという。
男としての力量を見定めようということか…。
まずは鳥猟に備えてショットガンを選べという。
どれも銃床が大きすぎて体に合わない。しょうがないので奥様が使っている銃床が短いレミントンの11-87の12番ゲージとブローニングの上下二連を選択した。
2丁を渡されたケースに仕舞い、弾は7ハーフをチョイスして夫々250発、お父上と僕とで合計500発をタコマに運び込む。
本当は私有地内で発砲しても良いらしいが、事故はまずいし、ごみが散らばるので少し行った射撃場に向かうことにした。
射撃場は早朝ということもあって誰もいない。
お父上は手慣れた感じでヒーターを付け、クレーの射出機の電源を入れている。
射撃方法はトラップ。
試し出しをしているのを見ていると、射出方向は殆ど角度が無いし、タイマーも無い。
もしかして世界一銃規制の厳しい日本から来た男に配慮がされたのかもしれない。
その後、準備が整うとすぐに撃つわけではなく、クラブハウス内でガンハンドリングのレクチャーを受ける。
安全指導にはかなり力が入っているので、こちらも真剣に聞く。
フォーム、そして射法について手取り足取り教えてくれる。ありがたいことだ。
1時間ほどの講義が終わるといよいよ実射だ。
防寒具の上からサイズのあっていないダボダボの射撃用のチョッキを羽織り、両ポケットに25発ずつのショットシェルを流し込む。
後ろからは鬼教官の如く厳しい目をしたお父上が見張っている。
最初はオートマチックでは無く上下二連を使えと言われたのでそうすることにした。
教わったように銃を折り、2発の弾を装填する。
1つのクレーには2発撃っていいという。
さて、行ってみようか。
(DAY1)
数か月経過して休暇を取り、コロラドへ向かう。
約11時間のフライトの後に、デンバー国際空港に到着した。
気温は非常に低い。寒いとは聞いていたけど、これほどとは思っていなかった。
色々変わったものがある空港だけど、見ている暇も無く、教えられた携帯に電話して迎えに来てもらう。
やたらと広い空港を迷いながらなんとか待ち合わせ場所に到着すると、そこには泥だらけのトヨタ・タコマが停まっていて、傍らにはアウトドア服に身を包んだロバートが立っていた。
仕事をしているときよりもリラックスしているせいか、ずっと大きく見える。
「よう、長旅ご苦労さん。荷物をさっさと積んで行こうぜ」
彼のタコマの荷物を放り込もうとベッドに取り付けられているゲートを開けると、何やら長いケースが何本か入ってる。
狩猟用のライフルとショットガンだ。
どうやら練習してきたらしい。休暇中はご家族とハンティングに行くと聞いている。
自分はそのお手伝いも兼ねていることは聞いていた。
それらの長いケースを横にどけて、自分のキャリーバッグを放り込んだ。
コロラド州の延々と続く道路を数時間走行して、やや粗い道を更に数時間走行すると、牧場のような風景がいつの間にか広がっていた。
ぼうっと見ていると、彼が言うには既に自分の家の敷地内だという…。
職業柄、土地の価格の話になってしまったが、もちろん日本のそれとは尺度が全く違っていて、こちらでは金を生まない土地はタダ以下だ。
走っているうちに徐々に植生が変化してくる。標高が上がっているようにも思えるが、よく分からない。
しばらくすると西部劇の牧場のゲートのようなものが見えてきて、それを越えてしばらく走ると大きな一軒家が見えてきた。
その一軒家の隣にある大きなガレージのリモコンドアを開けてタコマを滑り込ませて照明を点灯すると、駐車場というより納屋という風景が広がっていた。
「なあ、さっさと荷物を降ろそうぜ。みんな待ってる。」
彼に急かされて自分のキャリーバッグといくつかのガンケースを抱えて家に入る。
玄関をこえて入っていくとそこには巨大なリビング。
目に付くのは本物の暖炉。
そして立派なトロフィーが数体。
壁にかかるウィンチェスターのレバーアクションが2丁。
大きなソファーと巨大なテーブルの上に広げられた膨大な量の食事。
既に来ていた彼の仲間も数人。
まさにここはアメリカだ…。
「待ちくたびれぜ、さっさとやろう」
ご家族への挨拶もほどほどに深夜まで延々と飲み明かすのだった。
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