現在のMotoGPは、統一ECUの使用、ワンメイクのタイヤ、シーズン中のエンジン開発凍結などのレギュレーションのおかげで、昔であれば小排気量クラスでしか見られなかったような非常に拮抗したレースが毎戦行われている。昨日のドイツGPのFP2では、コース全長が短いとは言えトップのKTMミゲル・オリヴェイラから15位の同じくKTMブラッド・ビンダーまでは何とたったの0.736秒。前戦カタルーニャGPの決勝レースは、優勝したオリヴェイラから10位のDUCATIエネア・バスティアニーニまでは19秒あったが、8位のビンダーまでは8.378秒でしかなかった。TOPカテゴリーのモータースポーツとしては本当に驚異的な僅差だ。
こうなってくると、本当に極めて小さな差の積み重ねがレース結果に効いてくるレベルということになり、そのためテクノロジー面でもとても興味深い点がたくさんある。素人なりに見て分かる程度のことをいくつか並べてみたいと思う。
【エアロダイナミクス】
現在のMotoGPマシンでは例外なくフロントにウイングが付いている。当初の目的はウイリー抑制が第一だったが、その後ウイリー抑制に加えてブレーキングでの安定性、さらにコーナリングでのタイヤへのロードまで担うといった形で変遷してきている。
最近では市販車にもフィードバックされているのは周知の通りだ。バイクの場合難しいのは、ダウンフォースが効きすぎると左右へバンクさせる際にバイク自体が重くなってしまうことと、クルマと違ってコーナリング中にはバイクから見て斜め上方から風を受けることにあり、これとのバランスが取れないとアンダーステアなどハンドリング面で問題を抱えることになってしまう。もちろんドラッグは最小限に留めたい。レギュレーションではサイズが決まっている他、エアロパッケージ自体のシーズン中のアップグレードはライダー毎に1回までとなっている。今やハンドリングを決定する重要な要素のため、各社とも相当力を入れて開発を行っている。
さらにマシンによってはスイングアームにウイングが設けられている。(上の写真でぶら下がっているパーツ。通称スプーン)低いところでバネ下に直接ダウンフォースを生むという意味では理屈上非常に効果的なはずだが、メーカーによっては採用していなかったり、コースによっては装着しなかったり。スライドコントロールがピーキーになるから、など色々な説がある。同じくホイールカバー。当初はホイール全体をカバーするような形状だったが、最新のモデルでは下半分のみを覆うような形状に。当初はドラッグを減らす目的だったものがイマイチ効果がなく、一方で下半分を覆うことでフルバンク時にグラウンドエフェクトが生まれタイヤへロード出来るという驚きの考え。これはまだ他社は追随しておらず、DUCATIのみ。しかし決勝レースでずっと装着されており、DUCATI的には効果があると確認されているものと思われる。
因みにこの写真だけでもGPマシンのフィーチャーは面白く、スイングアームピボットの高さ変更幅の大きさ(アンチスクワットアングルの調整)とリアアクスルの調整幅からホイールベース長のセッティング幅広さも分かる。(この辺は最近に限らずレーサーならではのフィーチャー) また、ステップブラケットは肉抜きなどがされず、転倒時に再スタート出来るような強度を優先していることも見て取れる。
【シェイプシフター】
モトクロスでは、横一線でスタートすることやその長いサスストロークがスタート時にパワーをロスすることから、随分前から前後サスを縮めてロックアップするホールショットデバイスというのが使われていた。これは重心を下げると共に、サスペンションをロックしてスタート及び加速時のパワーロスを無くすというもので、これをDUCATIが2019年にMotoGPに採用したのが始まり。
<アクティベイトすると、下の走行時の写真に比べてかなり車高が低くなることが分かる。>
MotoGPでは電子制御のサスは禁止されているので、油圧(またはワイヤー)で機械的にアクティベイトさせている。
<マシンによって異なるがこういったダイヤルなりレバーが装着されている>
今のMotoGPは冒頭に書いた通りの僅差なので、スタート時にポジションを一つでも上げることは非常に重要で、そのためにシステムを装着していた。当初はリアのみで行っていたこれを、さらに効力を上げるため昨年辺りからフロントにも採用するようになった。最近ではそこから発展してコーナーからの立ち上がりにおいてリアサスを縮め、ウイリーを抑制し、さらにトラクションを得ようという発想でスタートに限らずこのデバイスが使われている。そのため最近ではホールショットデバイスからシェイプシフターへと呼び方が変わってきている。
【マスダンパー】
これはちょっと古い話でF1ではルノーが2000年代前半に導入し、その後レギュレーションで禁止されたもので、しかしMotoGPでは許可されている。今や全メーカーが採用・装着しているシステムで、DUCATIが2017年くらいから導入。マスダンパーには大きく分けて2タイプあり、重りが上下(または前後)に可動するリニアタイプと、軸を中心に重りが回転するタイプ。リニアタイプはなるべく重心から遠いところから安定させるのが必要なのでテールカウル内に組み込まれていて、回転タイプは逆に重心近くに設置されるためエンジン付近。
いずれも振動を吸収し、チャタリングの発生を抑えつつ、挙動の安定化を狙っていると言われている。マスダンパーは市販車用にもスイングアームに装着するリニアタイプが販売されていて、これと同様のものが一時期Moto2の一部チームにも採用されていた。
当初の目的はチャタリングを減らすことで、Moto2のSAGチームでは17Hzと20Hzの振動がチャタリングを生んでいるため12Hzと24Hzをダンピングするように製作したが、なんとダンピングされ過ぎて却ってグリップ状態を掴みにくくなるらしい。一方でタイヤライフやグリップの面では効果があったらしく、重さ(振動数)や場所などのセッティングを試行錯誤しているという。シャシーエンジニアによればバネ下を重くするこの方式は望ましくなく、同様の効果を生むシャシー上に設置すべきとのこと。(つまりMotoGPでやっているようなこと)今やこの市販品を8耐のプライベーターがスイングアームに装着しているが、果たして・・・
【ブレーキ】
トップスピードは何と360kmを超えている今のMotoGPは、ブレーキがより問題になってきている。システム自体は昔から変わらない油圧で作動するコンベンショナルなもので、ABSも前後連動もない。カーボンディスクにレーシングキャリパーでもトラブルが起きており、昨年のスティリアGP(オーストリア)ではブレーキトラブルでマーヴェリック・ヴィニャーレスが1コーナーで止まれず、220kmのマシンから飛び降りる事態になる大クラッシュ。熱によるレバーストロークの調整用にノブは装着されているがそれでも調整しきれず、しかも最後にはカーボンローターが最高動作温度の1000℃を大きく超えたため、酸化して急激に摩耗が進み素材自体が分解、パッドが脱落したと言われている。そのためまずはブレーキの冷却が求められており、最新のキャリパーは空冷フィンが設けられていて、さらにコースレイアウトによってはダクトを装着している。
ブレンボによれば、トップスピードが上がっていることに加えてエアロの向上でフロントのグリップが上がりブレーキへの負荷が高まっていることから、将来的には360mmローターの導入も検討されているとのこと。
他にも当たり前のように全メーカーで採用されているシームレストランスミッションだったり、バルブ駆動はニュウマチックだったり色々あるが、今回はこの辺で・・・
Posted at 2021/06/19 15:05:08 | |
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