
i-DMはマツダ独創の運転評価システムと謳われています。
さて、ここで質問。
「i-DMが評価する良い運転とは、マツダが独自に規定したものなのか、世の中一般の基準によるものか、どちらでしょう?」
もし答が前者(マツダ独自)であれば、例えばトヨタが考える運転評価、日産やホンダが考える運転評価とは、必ずしも同じ評価結果にならない可能性があります。一方後者であれば、トヨタだろうが日産だろうがホンダだろうが、メルセデスでもBMWでもどこでも、その評価結果は同じということになります。
さて、どちらだと思いますか?
勘の良い人なら、i-DMが頭文字Dの紙コップに例えられることに照らして、答えが出るでしょう(^-^)。
i-DMが出来た背景は、こちらの記事でアクセラSKYACTIVの担当主査がインタビューに答える形で紹介しています。
誰でも“しなやかな運転”になるクルマ――「これ、何か違う」から生まれたi-DM (誠 Style)
マツダ技報でも紹介されていますが、マツダのテストドライバーと一般社員を同じクルマ、同じコースを同じペースで走らせてその違いを解析し、その違いをドライバーに伝える仕組みを作ったと紹介されています。
つまり、マツダのSランクのドライバーと同じような運転が出来れば高いスコアを、差異が大きければ大きいほど低いスコアが出るような仕組みということになります。
では、Sランクのドライバーと一般のドライバーでは、どのような違いがあったのでしょうか?
ボクは以下のようなグラフを用いて説明しました。

白が一般のドライバー、緑がエキスパートドライバーです。
其の伍で白はオーバーシュートが発生するから駄目、緑の操作が正しい、と説明しましたが、ではなぜオーバーシュートが発生すると駄目で、エキスパートドライバーは緑の線のような操作をするのでしょうか?乗員の身体が揺すられるからでしょうか?
この答えは、クルマが走るためにとても重要なパーツ、軽自動車からF1マシンまで、クルマが進み、曲がり、止まるために不可欠な存在、
タイヤにあります。
タイヤは、その摩擦力(一般にはタイヤのグリップ力と言う)によりクルマを進め、曲がり、止まります。逆にタイヤが滑ってしまってはクルマは進むことも曲がることも止まることも出来ません。
また、タイヤの摩擦力は一定ではありません。同じタイヤでも差が生じることがあります。同じクルマ、同じタイヤでもドライバーが違うと速さ(タイム)が異なるといったモータースポーツの例から、この事実は判ると思いますが、つまるところ速いドライバーと遅いドライバーの運転の良し悪しは、このタイヤのグリップを如何に発揮させ、上手に制御出来るか?に帰着します。
逆に運転が下手なドライバーの操作(白の線)の何が悪いのかは摩擦力の基本特性から説明出来ます。例えば動かすのがやっとという重たい物を動かそうとした場合、貴方はどのようにしてソレを押すでしょうか?普通に押してもビクともしない箱を動かそうした場合、勢いを付けて箱に瞬間的に力が掛かるようにしませんか?もしかしたら身体を「ドン」とぶつけるようなショックを与えるような押し方です。そうしてソレが少しでも動くと、そのまま押し続けていくと動いた、といった経験はないでしょうか?
一方、そんな重いモノに最初はゆっくり、徐々にジワジワと力を増すような押し方をして動かすことが出来るでしょうか?
この前者の、勢いを付けてショックを与えるように押すと、その物と床の摩擦力が失われるから動くのです。一方、ジワジワと力を掛けると摩擦力が失われないため動かないのです。
この摩擦力の原理が、タイヤと路面の関係にそのまま当てはまります。
そして、白の線で表した操作では、タイヤにとっては急激な変化であり、そのような場合に乗員の身体がオーバーシュートするような動きを(結果的に)するのです。一方、緑の線のようにジワジワと操作速度を増していくエキスパートドライバーのような操作がタイヤのグリップを最大限発揮させることが出来、そのような場合、乗員の身体にGが掛かって振られても、揺り戻しが起こらないのです。
つまりi-DM開発チームがマツダのSランクのテストドライバーの運転を模したということが結果的に、クルマの運動力学に完璧に合致した、正しい操作を促す仕組みの構築に至ったのです。
マツダが作ったエコランプが当初、燃料消費が少なければランプが点くというもので「なんか違うよね」という問題意識を持ったそうです。
燃費の良い運転、上手な運転とは一体、どんな運転なのか?
そして経緯は判りませんが、マツダ車の評価を行うドライバーの中で最も運転が上手いSランクのドライバーと、一般社員総勢15名にマツダ走行試験場の同じコースを同じ車両で走行してもらい,その走行データより,運転技量の差による運転操作及び車の挙動の相違を分析したそうです。
結果、運転操作と車の挙動は強い相関があり、かつ一般社員と熟練ドライバでは運転操作及び車の挙動に明確な差があるばかりか、熟練ドライバーの方が7%燃費が良かったことが判ります。
つまり、エンジンの燃料消費などをモニターするのではなく、ドライバーが行う操作によって車両に生じる挙動が熟練ドライバーと酷似するようになれば、7%燃費が良い運転が出来るようになることを見付けたのです。
その結果、熟練ドライバーの操作で車両がどのような挙動を示すか?が正解と定義されます。
熟練ドライバーは、タイヤの性能を最大限発揮出来るような操作を行います。
よって、i-DMの運転診断は、クルマの性能を最大限発揮出来る、唯一正しいクルマの挙動を判定してくれるシステムになりました。
i-DMはマツダ独自のシステムですが、その中身はマツダ独自でもなんでもなく、クルマの運動理論に完璧に合致したモノなのです。
モータースポーツに興じるドライバーが苦も無く勝手を掴み、高スコアを簡単に出せる事実は、つまるところi-DMが正しく出来ている証でもあります。
逆に、i-DMが馴染まないドライバーは、クルマが走り、曲がり、止まる理屈が全く理解出来ていないことを露呈していることになるのです。
では、i-DMでスコアが出ない人の運転は正しくないとして、どうして彼らは普通に運転が出来るのでしょうか?
それは、普段の運転環境においては、タイヤのグリップ力に十分余裕のある範囲でしかクルマが運転されていないからに他なりません。多少の乱暴な操作でも、事故になってしまうような事態にならない程、クルマやタイヤの性能の一部しか普段は使わないため、破綻せずに済むのです。しかし、例えば速度が上がったり、雨や雪で路面が滑りやすくなったとき、正しい丁寧な操作が出来るドライバーと、乱暴な操作しか出来ないドライバーとの差が顕著になってくる筈です。
i-DMは頭文字Dの水を入れた紙コップを電子化したもの、と言われますが、しげの秀一氏がマンガの中で示した「紙コップの水をこぼさない運転」というものが、クルマを正しく(つまり速く)走らせるための基本であることもまた、真理であったことになります。
ボクがi-DMを高く評価している理由のひとつがここにあります。
決して、マツダ一社の、ひとり善がりのシステムではないのです。