※この物語はフィクションです。登場する人物、企業、製品、団体等は実在するものとは全く関係ありません。創作ww
第七章:転機
マツダコネクト・ナビの日本国内向けに対する顧客評価は非常に厳しいものであったが、その不満の声の大きさに比べれば、N社の初期の対応は決して敏速とは言い難かった。一体何が起こっていたのか。
もっとも大きな課題は日本市場が彼らにとって初めての、そして非常に特異な市場であったにも拘らず、その認識に立つまでに時間が掛かり過ぎたことだろう。これについてはマツダにも責任の一端はあったかもしれないが、軽々に結論付けられる問題では無い。
彼らは自社製品のナビの市場投入に合せて、製品のサポート体制を当然のように整備していた。特に新製品についてはいつも行っている事であり、別段目新しいことではない。
彼らの会社はボワイトレーベルソフトウェアと称する通り、自社ブランドを掲げるのではなく今回のマツダのシステムのように、自動車メーカーなどにナビを提供している。したがって顧客からの問い合わせは先ず自動車メーカーに入り、そこから必要に応じてN社にエスカレーションされる。
マツダからエスカレーションされた問合せはアルベルトをリーダーとするチームにより解析され、問題であれば解決しなければならないが、そうでなければ「問題無し」としてマツダに回答が返される。今回大きな問題となっている自車位置精度の問題は、GPS電波の感度や反射波による誤った位置情報の取得など、何をもって問題と認定するか、本質的に厄介な領域であった。N社のチームは勿論の事、ひとつひとつの問題について丁寧に対応をしていった。
彼らが最初に疑問というか、不可思議に感じた点は、今までに経験してきた他の地域に対して問合せの数が段違いの多い事だった。自社製品に対しては自信を持っていたものの、本質的にナビが自車位置を100%外さないなどということは有り得ない。当初は、顧客が感じるおかしな
事象の発生頻度が高いのか、事象が起こったことをいちいち
問い合わせてくる顧客の数が多いのかは量りかねた。
次に感じた点は、問い合わせの数が減らないことだ。問い合わせに対してなんらか対策したソフトウェアを直ぐに提供している訳ではないため、或る問題に対して複数の顧客が問合せをしてくることは有り得る。必要に応じてソフトウェアをチューニングして事象の回避が可能となれば、次回リリースをもって解決するワケだが、当然チューニング済み・未リリースのソフトウェアに新たな問合せ内容を当て嵌めてみれば、類似の問題なら解決する筈である。ところが、送られる問合せ内容を確認すると、新たな対応を迫られるものが次々に見付かりキリが無い。更に、新たな問題の解決を図ったところ解決済みの問題が再発する、といった事が起こり始め、この辺りから担当者は「どーも今までとは様相が異なる」と感じ始めた。
アルベルトが田中に相談を持ちかけた件である。
チームはリーダーを中心にある時点でチューニングしたソフトウェアをリリースすれば、問い合わせを受けた問題の大半が解決し、システムは安定すると考えていた。今までもそうであったから。チューニングしたソフトに新たな問合せ内容を当て嵌めて、事象が解決し新たな対応が必要ないレベルまでチューニングが進むところを見極めようとしていたワケだが、いくらやっても出口が見えないどころか、解決策が見つかり難くなり袋小路に入りつつあった。
アルベルトの上司であるマネージャは、そんなチームに何度か増員の要否を確認したが、頭数を増やせば解決する問題ではないということでアルベルトは断っっていた。しかしメンバーのオーバータイムワークが顕著になり始めると、労務管理上の問題を理由に増員することをアルベルトに申し渡した。
チームに転機が訪れたのは
2014年2月。思いもかけないところからである。
N社はCEOが宣言した通り、2014年中に日本にオフィスを開設して本格的に日本市場への進出を狙っていた。そのための現地スタッフの募集を日本にある人材紹介会社に依頼しており、ナビゲーションシステムの開発経験が豊富なとある技術者の採用の話が動いていた。外資系企業でキャリアアップを指向していたその技術者をなんとか迎え入れるべく、欧州の本社に招いてオフィスを見学させるという異例の対応を取った。何しろまだ日本にオフィスが無いためだ。
本社を訪れたその技術者は、既に日本市場に投入された同社製品であるマツダコネクト・ナビの評判に当然のことながら興味を持っており、保守サポートのチームの仕事ぶりなどを見学させて貰ったのだが、顧客の問い合わせ一覧の内容に強い興味を抱くことになる。その一覧は、田中が一計を案じてN社に日々送るようにしたモノである。日本人の専門家として意見を求められた彼は、同資料を宿泊先のホテルに持ち帰って分析させてくれたら、翌日簡単なレポートを提出すると進言し、これまた異例の持ち出し許可を得る。そして翌日、そのレポートはN社のスタッフを驚愕させることになった。レポートの内容を要約すると、
多数発生している自車位置精度やルート案内の問題は、数年前に低価格を武器に日本市場に進出したものの、性能面で不満を持たれて廃れたPNDの評価に酷似しているように思われる。このことは日本の顧客が多少の価格の安さよりもナビに求める一定水準以上の性能や品質を重視している事を示しており、その水準に満たない商品は例え価格が安くても市場から淘汰される事を意味している。同社のナビについては、早急に品質(特にルート案内と自車位置精度)の向上を果たさなければ、マツダは遠からず国産ナビへの切り替えを真剣に検討するだろう。
といった内容。これはくしくも開発時点でマツダから強硬に性能向上を求められた点と符合するものであり、N社のスタッフとしては初めて、自社製品がマーケットニーズに合っていないのでは?という疑念と持つことになる。早急にCEOに相談したかったが、予定が合わずにその日本人技術者が帰国した後に打合せの時間がセットされる。CEOはレポートを読んでアルベルト、そしてマネージャに見解を求めたものの、にわかに信じがたいという表情だった。取り急ぎスタッフの更なる増員と、修正版ソフトウェアの提供に合せて技術スタッフの日本常駐を検討しはじめたが、程なくマツダからCEO名でレターが届く。その内容は、ナビソフトの品質に多くの顧客が不満を持っており早急なる品質向上が求められている事、N社には最大限の努力を期待する事、そして最後に、品質向上が早期に図られない場合は、マツダとして抜本的な対策を検討せざるを得ないだろう、と結ばれていた。
このレターは、過日の日本人技術者のレポートと内容が整合するものであり、事の重大性を物語っていた。更に日本に帰国した技術者が、N社への入社については結論を猶予して欲しい旨、人材紹介会社を介して連絡してくるに至り、悲願の日本市場に投入した自社製品は致命的な問題を抱えているという危機感を初めて持つに至る。
製品の日本市場投入からおよそ3ヵ月。気付くのが遅いといえばそれまでだが、危機感を抱いたN社の動きは早かった。秋頃に予定していた日本オフィスの開設を大幅に前倒し、技術スタッフを大挙して日本に常駐させ、マツダコネクト・ナビの品質改善に最大限の努力をすることを決めたのだ。
このことは当然、マツダにも伝えられたが、2014年4月にはマスコミを集めての記者会見を開いて同社の日本市場進出をアピール。オフィスは東京とマツダの本社がある広島のおおよそ中間に位置する名古屋とするなど、同社製品を日本市場のニーズに合わせるべく、最大限の努力を図る事となる。
尚、マツダにとっては救世主とも言えた例の進言を行った日本人技術者が、その後N社に入社したかは定かではない。
第八章につづく
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Posted at
2015/02/02 20:43:06