※この物語はフィクションです。登場する人物、企業、製品、団体等は実在するものとは全く関係ありませんww
第十章:サービスキャンペーン
2014年5月中旬。マツダコネクトのサービスキャンペーンが実施された。
リリースされたバージョンは31。新車発売時からこれまでも何回か修正版を提供してきたが、今回がもっとも大規模であった。
N社にはプログラムのバグフィックス、地図データの修正に加え、お客様から多く寄せられたユーザビリティの向上にもかなりの変更をして貰った。
マツダコネクトのナビは外国製という事もあり、アクセラ発売直後は日本人には「?」と思われる点が多く存在した。N社からすればそれは"仕様通り"であり不具合では無い。実際にそういった問い合わせ(例えば配色が悪く地図が見難い)はマツダでフィルタに掛けられ、N社には即座に伝達されてはいなかった。勿論、多くの声は顧客の要望であり、将来的には改善すべきところなのだが、当初は不具合が疑われるモノの調査と修正が優先された。マツダとしても、多くの声がある要望については早期に改善したかったのはヤマヤマだが、実際には要望が多くかつ修正が容易なもののみを選択的に依頼するのが精一杯であった。
ところがサービスキャンペーンを決める一連の動きの中で、N社の日本市場対応にも本腰が入るようになる。寄せられた要望については可能な限り盛り込むべく、N社のエンジニアたちが奮闘してくれたのだ。
また、懸案となってた都市部などの重層化した道路や高速道路と一般道が並行するような場面での自車位置の狂いについても、N社CEOが今回のサービスキャンペーン実施までに大幅な改善を約束してくれた。
また、ナビ以外にも受けた多くの指摘、オーディオ系の問題や、システム全体の安定性についても可能な限り手が打たれた。
はたしてサービスキャンペーンで提供されたバージョン31は、ナビについては相当に日本人に違和感が無い使い勝手になり、その他の機能についても多くの不具合が修正され、安定性は増していた。
だがしかしマツダが事前に懸念していた通り、まだシステムとして完全とは言えなかった。
バージョン31リリース直後に発覚した一部音楽再生時のサムネイル画像の表示不良が象徴する通り、マツダコネクトのシステム自体は安定までまだ道半ばといったところ。
そして問題のナビであるが、発売直後は如何にも
来日したばかりの外国人といった様子が、
日本で流行りの服をまとい、日本流の多少のお作法を心得、多少は日本語が喋れるようになった、という感じで確実な進歩はあるものの、或る程度動作が安定してくると今度はそのルートの質であったり、ルート案内時のナビの振る舞いなどといった点に目が向けられた。勿論これらへの不満は発売直後から声は上がっており改善に努めてもいたのだが、日本製のナビに肩を並べるには至っていない。
このバージョン31は、実は意外にも好感をもって市場に迎えられていた。その点はこのサービスキャンペーン後のマツダへの問い合わせの量と質に明らかに表れていた。不満を述べる顧客は依然として存在したが「このくらいであれば、まぁ使える」と評価してくれた顧客も確実に存在した。一方で「サービスキャンペーンまでやってこの程度か」と、問い合わせを諦めてしまった顧客も居たかもしれないが、黙ってしまえばどのくらいの人がそう思ったのかは量りようがない。
いずれにしても、このサービスキャンペーンには確かに一定の効果が認められた。
もしアクセラの発売直後にこのバージョン31相当が提供出来ていたら、マツダコネクトに対する顧客の評価は随分と違ったものになっていただろう。しかし残念ながらこのレベルに到達するのに半年を要し、その間に多くの不評を得てしまった。こうなってしまうと、悪評を引っくり返すのは容易ではない。
不良少年が更生して真面目に学校に通い始めても、最初は色眼鏡で見られ、なかなか見る目が変わらないのと同様で、これを機に国産ナビの最高峰に並ぶ性能を獲得できたというワケも無く、顧客の信頼獲得には多くの時間が必要な事は明らかだった。
このバージョン31で大きな不満が解消された顧客は実は、マツダが元々狙っていた「ヘッヅアップコックピット」のコンセプトの価値に気付き始めていた。走行中もコマンダーコントロールのブラインド操作やステアリングスイッチで、必要な情報を手軽に呼び出したりオーディオコントロールを行える。その使い勝手の良さは慣れてしまえば、従来のタッチパネルの使い難さが明らかになのだが、そういった点に対する好意的な声はなかなか高まらなかった。
この時点でのマツダコネクトの大きな課題は、ナビの性能問題もさることながら、画面のブラックアウトや再起動といった
不安定さにあった。勿論、年中再起動が繰り返されるワケではないのだが、昨今の国産ナビなどは突然動作を停止してエンジンを掛けなおしたら直った、などという振る舞いは年に1度も無い。大手の有名ブランドの製品であれば、それこそ買ってから数年使って手放すまで、1回あるかないか?というくらいの安定動作が当り前なのだ。それに比べたらマツダコネクトが今回のバージョン31で、月に1~2回
しか落ちなくなったとしても、顧客からすれば「月に1~2回
も落ちる」という不満となる。
このマツダコネクトの不安定問題に、田中が率いるサポートチームは長く悩まされることとなる。この問題の厄介な点は、再現条件を特定することが難しい点だ。顧客から「落ちた」と問い合わせを受けて発生状況を教えて貰っても、そう簡単に再現するものではない。例えばある特定の操作をすると落ちるということが確認できたとしても、原因を特定するためにデバッグ用のツールなどを使ってプログラムを動作させると再現しない。デバッグツールを使用したことによって動作条件が変わってしまったために生じる現象で、これではプログラムコードのどこに問題があるのか特定が出来ない。或いはプログラムコード上は全く誤りがないのだが、あるプログラムコードが実行されるとメモリー破壊が起こる。問題のプログラムコードの手前に、全く処理上意味が無いステートメントを1行加えたら、メモリー破壊が起きなくなった、とか。
プログラマが机上でコードの見直しをする、ツールを使ってプログラムの不具合を見つける、見つかった不具合原因に類似するコードが無いかプログラム全体を見直す、といった考えられる対策は当然のように打ち、原因がわかったものには対策を、原因がわからないもには回避策を施していくのだが、成果を得るには多くの時間を要することになる。
発売直後から比べれば、という相対的な評価では相当に安定性も増しているとはいえ、既に成熟期に入り極めて安定している国産ナビに比べれば、月に一回落ちるだけでも顧客には十分に「不安定なシステム」と言われてしまう。しかも初期バージョンのオーナーが経験した多くの不具合は、ネットを検索すれば枚挙にいとまがない。更に実際、まだまだ改善の余地が多く残されている現状では、マツダコネクトの信頼回復への道は険しいと言わざるを得なかったのだが、とにもかくにもアクセラ発売から約半年。節目のサービスキャンペーンは実施されたのだった。
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Posted at
2015/02/05 19:45:55