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利根川の天然水のブログ一覧

2018年05月26日 イイね!

 ス タ リ オ ン

 ス タ リ オ ン                                               1982年5月14日、発売。キャッチコピーは『ヘラクレスの愛馬、アリオンが今、星になって帰ってきた』(車名の Starion は、英 Star と同 Arion のかばん語である)
角張ったボディデザインはアメリカ市場を意識したものであるが、ランサーセレステを開発した二村正孝の著書[1]によると、セレステの後継車として計画されていた「セレステII」のプロトデザインがスタリオンのデザインに直接的な影響を与えたとされている。「セレステII」のプロトデザインはノッチバックであり、後に自動車雑誌のインタビューに登場した当時の三菱の技術者達もギャランΛ/エテルナΛと同じノッチバックデザインのスタリオンを登場させたい意向があったと語っているが、実際に市場に投入されたのはハッチバックのみであった。
当初はG63B型直列4気筒SOHC2バルブ、サイレントシャフト付き2,000ccECIターボ(タービンは三菱TC05-12Aを採用)、同キャブレター式自然吸気エンジンの2本立てでスタートした(グレードは下記を参照)。Λ同様、ギャランΣ/エテルナΣのプラットフォームを流用しているため、フロントに縦置きされたエンジンで後輪を駆動するFR車である。販売開始当初はΣの後輪車軸をそのまま使用した車軸懸架の車体と、後輪にマクファーソンストラットを使用した独立懸架の車体が並存したが、間もなく独立懸架の車体のみに統一された。
Posted at 2018/05/26 20:58:54 | コメント(5) | トラックバック(0) | クルマ
2018年05月26日 イイね!

「  笑  」 ~  ver.91

「  笑  」 ~  ver.91
Posted at 2018/05/26 14:53:40 | コメント(0) | トラックバック(0) | 趣味
2018年05月26日 イイね!

 1 1 7  ク ー ペ

 1 1 7  ク ー ペ                                               1968年12月発売。少量限定生産車であったことから、一般に「ハンドメイド・モデル」「ハンドメイド117」と通称される初期形である。
117スポルトをなんとか販売したいといういすゞ首脳陣の意向を汲んで、生産化にむけてのリデザインがジウジアーロ自身の手で行なわれ、オリジナルの美しさを可能な限り尊重して主に室内高を増やすなどの変更が加えられた。しかし、極端に細いピラーなど、当時の自動車製造技術では手作業でしか生産できない難しさがあり、コンセプトカーとしてデザインされた117スポルトを市販車として改良することは困難で、当時のいすゞの製造技術では全ての外板をプレス機で再現することは難しく、また経営状態が芳しくなかったことから設備投資への余裕もなかった。
しかしながらベレットより格上のイメージリーダーを欲していたいすゞは、大まかなラインだけをプレスで出し、パネルのトリミングや穴あけなどの、生産工程の大部分を手作業とすることを決断、117クーペとして市販化にこぎつけることに成功した。1970年にいすゞに入社した山懸敏憲は「ハンダを盛ったり、ヤスリでこすったりして“手作業”で作っていた」と書いている。手作業での生産ゆえ、ごく初期の車両ではスポット溶接の位置が揃っていないものも存在する。
この小規模生産体制のため、販売価格は当時としては非常に高価な172万円となり、月産台数も30 - 50台程度に限定された。こうした希少性は、117クーペの名声をさらに引き上げることにつながった。
Posted at 2018/05/26 12:58:40 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマ
2018年05月26日 イイね!

 四代目、 ク ラ ウ ン

 四代目、 ク ラ ウ ン                                              ボディバリエーションは4ドアセダン、2ドアハードトップ、カスタム(ワゴン)、バンの3種となった(車両型式はハードトップがS7#系、それ以外がS6#系)。このモデルからは「トヨタ・クラウン」となる。
 「スピンドル・シェイプ(紡錘形)」と呼ばれる、丸みを帯びたスタイルから「クジラ」の愛称を持つ。高速性能や安全性を意識して曲面を多用した車体や、組み込み式のカラードバンパーを特徴とする斬新なスタイリングは、先代のS5#型以上に個人ユーザーへ訴求するものとなった。
 しかし、時代を先取りしたスタイリングが当時の保守的なユーザーに敬遠されただけでなく、ボディー先端を絞り込んだデザインによってエンジンルームへの通風が不足し、夏季にオーバーヒートが続発したことや、ボディーの先端形状の見切りの悪さから、取り回しに支障が出たことによる不評が相次いだ。これらが要因となって、同時期にモデルチェンジしたセドリック/グロリアに販売台数で逆転されたことから、「クラウン史上唯一にして、最大の失敗作」と言われた。
Posted at 2018/05/26 12:21:08 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマ
2018年05月26日 イイね!

 ラ ン グ レ ー

 ラ ン グ レ ー                                              1982年6月 - 発売。キャッチフレーズは「ケンとメリーのスカイライン」を意識した「ポールとポーラの新ラングレー」。先代モデルと同様、2代目(N12型)パルサーの一部の意匠を変えたモデルであった。このモデルよりリベルタビラも姉妹車となった。パルサー/リベルタビラとの車体デザイン上の相違点はグリル・テールランプが異なる程度の僅かなものとなった。なお、2代目パルサーは5代目(B11型)サニーと基本部分を共用していた。ボディバリエーションはパルサー/リベルタビラにあった4ドアセダンは設定されず、3/5ドアハッチバックのみであった。エンジンはE15S型キャブレター4気筒1.5L(85馬力)、E15E型EGI4気筒1.5L(95馬力)の設定であった。
 1983年5月 - E15ET型4気筒ターボ1.5L(115馬力)とCD17型SOHC4気筒1.7Lディーゼル(61馬力)が追加された。
1984年5月 - マイナーチェンジが行われ、内外装の変更が行われた。
 1985年5月 - 「3ドア/5ドア1500Xエラン」、「3ドア1500タイプai」および「3ドア1500ホワイト・シルキー」を新設定した。また、ターボ車のターボチャージャーの冷却方式を油冷式から水冷式に変更。
Posted at 2018/05/26 12:00:40 | コメント(2) | トラックバック(0) | クルマ

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「発車3分前の列車でも余裕で乗れる日本の鉄道、中国じゃ絶対あり得ない! =中国メディア http://cvw.jp/b/1528111/42009436/
何シテル?   09/30 18:04
「利根川の天然水」です。よろしくお願いします。                                          座右の銘、 『鈍刀を磨く』 ・...
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