• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+
イイね!
2015年09月01日

思い出のクルマをカタログで振り返る28(プログレ)

思い出のクルマをカタログで振り返る28(プログレ) 思い出のクルマ、第28回です。

自分的には、スクープされた時から気になっていて、発表時には結構本気で盛り上がって、その後も何回も買おうかと思って、結局縁のなかったクルマです(笑)

今でもこのコンセプトは正しいと思っていますし、志を継ぐ直系のクルマが無いことは本気で惜しいと思っています。。。

そんなプログレは、1998年5月に登場して、2007年6月の生産中止まで9年という長いモデル期間を一代のみで過ごしました。部分改良は数回あったものの、内外装の意匠変更を伴うマイナーチェンジは、その間1回のみというのも珍しいケースですね。

モデルライフが長いため、カタログも数多いのですが、そんな中から今回はコンセプトカタログを掲載することにします。ちなみにタイトル画像は、当時のアムラックスで初開催となった開発主査を招いての発表会に参加した際(それぐらい当人的に気になっていたと言えます)に貰ったものでありまして、右上のチケットはプレゼントの抽選券も兼ねていました。

さらに、補足資料として、(株)立風書房刊のル・ボラン特別編集「トヨタ プログレ」から引用します。やや余談風味ですが、同誌内の清水和夫氏のレポート&チーフエンジニアとの対談、福野礼一郎氏のレポートは、プログレに興味をお持ちの方なら一見の価値はあります。

それでは、以下紹介していきます。



左頁にある新しい提案には、今でも賛同します。このコンセプトは全く古びていません。むしろクルマの大型化が進んだ現在の方が望まれているとも思えます。

右上は開発主査である野口満之氏。プログレを開発する以前は、ミスターコロナこと小西正純氏の部下で、コロナの開発を担当。ご自身もコロナを長年乗り続けられていたようです。書かれているのは、プログレのための宣伝ではなく、主査自身の実感そのものだったのです。

野口主査は、プログレの前にセンチュリーの主査をされていました。センチュリーからもトヨタのシンボルマークを外されたのが、右下のきっかけとなっていたりします





プログレの生産工場として紹介されている元町工場は、1959年(昭和34年)の操業開始以来、クラウンの生産工場としてその品質を支え続けてきました。

プログレの高品質を確立するには最適な工場だったと言えます。

工場長として掲載されている渡辺捷昭氏は、その後トヨタの社長になられていますね。





開発スタートから発売まで8年の年月を要したプログレのプロジェクトが記されています。

想定サイズは最初から最後まで変わらなかったものの、最初FFでスタートしたプロジェクトは、途中で感じたためFRに転換をすることとなりました。同じ頃、トヨタの社内ではFRを開発する第一センターとFFを開発する第二センターに分かれたため、センター間での引っ越しが行われています。

ちなみに、その頃のセンター長は、90&100カローラの主査だった斎藤明彦氏やセリカ&カリーナ(&初代FFコロナ)の主査だった和田明広氏&久保地理介氏等、80~90年代初頭のトヨタ黄金期の名車の生みの親たちでした。プログレは、彼らの存在があってこそ誕生したとも言えるのです。

和田氏はプログレに思い入れがあったようで、プログレを上手に育てられなかったのは失敗だったと書かれているのを読んだことがあります。





全長4,500mmに対して、ホイールベース2,780mmというのは、当時でも頭抜けたロングホイールベースでした。同時期のメルセデス Cクラスは、4,525mm/2,690mmで、BMW 3シリーズ(E36)は、4,435mm/2,700mmというサイズとなります。

プログレのホイールベースは、300mm以上も全長の長いクラウンロイヤルと同数値だったのです。

高級車を名乗る以上、大切な静粛性や安全性についても、高いレベルで実現しています。今では採用車の多いカーテンシールドエアバッグ(ウィンドウエアバッグ)を世界初採用していました。


 


この手のアピールはトヨタのお家芸の印象があります。

その中でも、ウォールナットパッケージに採用された、ウィンカー&ワイパーの天然木は、謳い文句に違わない工芸品の領域です。他車に流用されることもないプログレの専用部品でした。

プログレで興味深かったのは、クラウンが長年かけて構築した和風高級感とセルシオ&ウィンダム等のレクサス系が構築した洋風高級感とも違う高級感を表現したところでした。本革&ウォールナット等の材質はレクサス的ですが、デザイン自体は洋風というより和風テイストでしたね。





ショールームで確認してほしいポイントと試乗の際に確認してほしいポイントが記されています。

その頃、既にJZX81セダンに乗っていましたから、プログレは見ても乗ってもその正常進化であることは十分理解できました。品質・性能、共に良くなっていたのですが、方向性はJZX81の延長上にある点が選択に至らなかった理由だと、今では思い返したりします。
理想のクルマであることは間違いなかったのですが、自分的にはまだ古びていないJZX81でも十分だったんですよね。





最後は価格表です。
NC250で3,100千円、NC300で3,500千円という価格は、クラウンのロイヤルサルーンの価格(2.5Lで3,360千円、3.0Lで3,730千円)とマークIIのグランデGの価格(2.5Lで2,880千円、3.0Lで3,300千円)のちょうど中間くらいの価格でした。

プログレのボディサイズは、マークIIより明らかに小さいサイズでしたから、それまでトヨタ内部の価格とボディサイズが序列していた関係を突き崩す存在だったのです。



最後に私的感想文を少し。

私自身コロナからJZX81に乗り換えていて、クルマはいいけれども、ちょっと長さが長いなぁと思っていたものですから、81以降のトヨタ車が大型化やコストダウンが進んだことは、自分の理想とは逆方向の進化でした。

そんな私にとっては、目線は自然とドイツ車に向かっていて、その頃気になっていたのは、メルセデス Cクラス(W202)、BMW 3シリーズ(E36)、アウディ A4(B5)、VW パサート(B5)等だったのです。

プログレはそんな私の目線をトヨタ車に引き戻すクルマでありました。
サイズやコンセプトは理想的だし、出来栄えもバブル全盛期の81目線で見ても注文をつけるところはない。
先述のとおり、購入には至らなかったものの、81を降りる際の次期愛車はこれしかないなと思っていました。

実際に、機会あるごとに新車&中古車を検討したことも数回あったりします。

ところが、いざ81から代替する際には、登場からかなりの年月が経過していたプログレは、新車はもちろん中古車でも選び辛い状態となっていたというのには、タイミングの悪さを感じずにはいられません。

しかしながら、プログレ自体は購入しなかったものの、プログレが提示したコンセプトやFRの長所は私の中で生き続けていました。現車を選んだのも、適度なサイズのFRサルーンという私的理想に最も近いクルマだったということなのです。
ブログ一覧 | カタログ話(思い出のクルマ編) | クルマ
Posted at 2015/09/01 22:42:52

イイね!0件



今、あなたにおすすめ

ブログ人気記事

0508 🌅💩◎🙆
どどまいやさん

昭和にタイムスリップ😱、東の横綱 ...
なうなさん

山口~福岡旅行 -其の壱-
風雅-Fugaさん

おはようございます!
takeshi.oさん

ほっともっとのDXのりタル弁当
シロだもんさん

奥会津ツーリング①JR只見線
アユminさん

この記事へのコメント

2015年9月1日 23:22
こんにちは(^_^)
名車の1台です。
発売前はニューロンって名前で出てくるってクルマ雑誌にスクープされてましたよね。
コメントへの返答
2015年9月2日 5:41
おはようございます
私も名車認定で異論ありません。
そう、ニューロン名でスクープされていました。縦目の一風変わったセダンでしたが、その頃から気になるセダンでしたね。
2015年9月1日 23:55
こんばんは、
私も個人的に好きな1台です。

発表当時はチョイと高めな全高
極端に短いフロントのオーバーハングで
違和感がありましたが、運転してみると
取り回しの良いサイズの割に居住性も良く
パワーも充分、しかも重い1JZを搭載
してるとは思えないもの凄い回頭性の良さ。

思えば、この時にオーバーハング
重量がハンドリングに影響すると
実感した気がします。

内装の高級感も当時にしてはコストダウンが
感じられず、費用を惜しみなく
開発されたように思います。

非常に志の高い車ですが
販売数はイマイチでしたね。

JZ系のエンジンのみでしたが
個人的にはもし、1G搭載車があればと
思いましたが、それじゃ意に反したでしょうね。

某氏の情報によれば型式認定寸前まで
行っていたようですが・・・

最近、FR車は肥大化しすぎてるので
こういうジャストサイズのFR車は
復活して欲しいですね。
コメントへの返答
2015年9月2日 6:03
おはようございます
81の本当の良さが解る人だと、このクルマも理解できるはずと思ったりします。

運転席に座ってみると、頭上高の高いショートノーズの81なのですが(笑)、いざ動き出すと、コメントされているとおり、非凡な運動性能でした。81で1Gと1JZの回頭性の違いを知ると、プログレのパッケージングの凄さを改めて再認識したものです。これで1Gを積んでいたら、もっと運動性能が良くなったはずですが、それだとアルテッツァじゃないかとも思えます(笑)

表示価格はお高い印象でしたが、この作りなら納得できる印象でした。81視点で見ても、珍しく作りは良かったですね。

販売台数自体はイマイチでしたが、81を持ち込んでいたディーラーからは、「プログレを気に入って、同じプログレに代替した人がいる」とか「生産中止になった今でも、現在版プログレを望む声がある」等の話を聞いたことがあります。ユーザー満足度はかなり高かったのかなぁと。

マーケット環境や望まれているセダン像は、あの頃とあまり変わっていないはずで、本当に再現が望まれる一台ですね。
2015年9月2日 8:34
プログレ、自分も好きな車です。数年前の話ですが会社の先輩と自分とで協議し、先輩が普段の足として乗る車を前期NC250iRバージョンに選定させてもらいました(笑)
自宅近所にプログレを2台乗り続けていた家がありましたが、数年前にプレミオのGスペリアに買い替えられていました。そんな受け皿としての役割もあるんだなぁと思った次第です。
コメントへの返答
2015年9月2日 19:32
こんばんは
高級でありながら控えめなイイクルマですよね。小柄ですからサイズが気にならない。ちょっと贅沢な普段の足にもなるクルマです。
プレミオのGスぺリアはプログレの代替想定だったようなので、順当な代替のように思います。トヨペット店の顧客は同じ営業所で買われる方が多いようで、こちらの近所のプログレは、マークXやSAIに買い替えられていますね。
2015年9月2日 8:41
市場はあまり歓迎しなかったようですが ・・・

良いクルマでしたよね、プログレ。
日本に合っていたような気がします。

あ、モックンがCM出てましたよね。
コメントへの返答
2015年9月2日 19:41
こんばんは
台数は出ませんでしたが、買われた方の満足度は高かったようです。同一車を指名買いというのは、あまり例が無い気がします。

5ナンバーのサイズは使い易いですし、知的でちょっと控えめなキャラクターも日本に合うように思っていました。

そう、夏目漱石風のモックンがCMキャラクターでしたね。
2015年9月2日 12:29
こんにちは。

と、いうことで、現在後期NC250(ファブリック・シート)に乗っております。

新車時から「40過ぎたらこれだろう!」と、盛り上がり、数台新車を納めて、その思いを確かにし、不遇の時代を過ごしているうちに生産中止になったものの、ようやく、今年の3月に極上モノを見つけて、オーナーになることができました。

半年、1万6千キロを走破して、じわじわと、自分になじんでいく。そんな思いで毎日使っています。
七月より外回りが始まり、一日多い時には120キロくらいは走るので、適度なサイズ、上質な内装、出来の良いシート、出しゃばらないルックス・・・いいクルマです。

触れられてはいませんでしたが、私、布シートにこだわって、今回プログレを探しました。と、いうのも、
このクルマだけなのですが、トヨタ自動車そもそもの母体が織機の会社であるのも関わらず、わざわざイタリアから生地織機を輸入して製作した、珠玉と言っていい布シートこそ、このクルマの真骨頂では無いかと。なんでも織る時に、空気を含ませながら織るということができたのが、国内になくてここまでこだわったとか。そのため革シートと原価がそれほど変わらなかった、そんな話を聞いた記憶があります。もう、そんな国産車、二度と出ないでしょう。

ただ唯一の弱点が、これに乗ってしまうと、もう他のクルマに乗れないってこと。生産終了から七年、もういい加減状態良いモノも見つけにくく成ったのと、増税対象車が多いことによって、市場から急激に姿を消している事も相まって、プログレ同士の代替えすらできない。次は・・・妥協の産物で260のアリオン辺りかなぁ・・・

あ、幻の2リッター、型式指定まで取って(自動車新聞に掲載有りました)、地方ディーラーでは予約まで行ったものの、マークⅡとの兼ね合いで中止になったらしいです。
コメントへの返答
2015年9月2日 20:03
こんばんは
コメントをお待ちしておりました(笑)

コメントされているとおり、人生の節目あるいは上がりに買うクルマっぽいんです。散々クルマ道楽をやった後で、これに落ち着くというが似合うといいますか。

布シートの解説をありがとうございます。空気を含ませながら織るというのは、福野礼一郎氏の本で読んだことがあるものの、更なる解説は初見だったりです。実は、発表当時はモケット全盛期だったため、プログレの布シートは馴染めずでした。後年追加されたノーブルインテリアの方が好ましいとさえ思っていたのです。その考えが改まったのは、アムラックスの閉館間際の展示で、プログレの初期型布シートを久方ぶりに見てからでした。何とも贅沢な風合いで、当時の自分の見る目の無さを認識させられたのです(笑)
それだけに、あえての布シートというのもよく解ります。

シート地に限らず、各所にコストをかけて作られている、本当に希少なクルマだったと思います。メーカー的にはレクサスISあたりに代替してほしいのでしょうが、どうも方向性違いのようで、プログレのような思い入れとはなりませんね。260アリオンもだいぶ相場が下がりはしましたが・・・

110マークIIをああいう形で出すなら、プログレ2リッターはありだったように思います。ブレビスの後日追加といい、持ち駒多数の中で、上手に生かせなかった感が強いですね。
2015年9月6日 17:33
こんにちは。
プログレは、トヨタが放った本当の意味での理想追求が実った名車だと思います。

クルマ自体に、設計者の心のこもった珍しいクルマの1台だとも・・・

そんなクルマだけあって控えめで趣味よく、己をわきまえた、決して自分をひけらかさないような趣味の良いオーナーやparl-siroさんのような予備軍の方がほとんどであったと感じています。
しかし、残念ながらそのような層はトヨタを満足させるほど、この日本にはいなかったことが図らずも露呈してしまったという結果が残ってしまいました。

実際に、同じ金額ならより大きく立派で見栄えのするクラウンやアリストへ、という方が多かったのも事実で(当時のクラウンやアリストが悪いわけでは決してないのですが)、せっかくのコンセプトが仇になってしまったのは皮肉でした。

長大な開発期間と開発費を投じたわりに人気がなかったためかparl-siroさんがおっしゃられているように、あまり手を入れられるでもなく、長期間に渡って販売が続いたのはコスト回収期間のためでもあったのでしょうが、トヨタはこのプログレのコンセプトを意地でも貫いて、2代3代と育て進化させるべきであった、と部外者の自分は簡単に思っておりますが、正味のところ上記のようなユーザー層は、「真の」お金持ちである方(俗な言い方ですが)が多いわけでこうした層に手厚い商品を送り続ければ、結果としてトヨタにとっても長期的に様々な意味で見て良い結果が出せ大きな財産になっていたはずだと考えると、あながち自分の勝手な目線のみならずトヨタにとっても「逃した魚は大きかった」と思えてなりません。

そうした皆さんは、ほとんどDセグ、Eセグに流れてしまった結果を見れば明らかだと思います。

もちろんそんなことはトヨタも承知とみえて、おっしゃられるように必死でレクサスのISなどに誘導したいのが見え見えですが、それは上記のようなオーナー層を誤解しているとしか思えませんね~。
クルマが悪いとは申しませんが、わざわざ自分が「金持ち」「立派」と見せたくない方々なのにそんな方たちが、あえて「レクサス」というブランドに魅力を感じるとは思えません(笑)

プログレは、トヨタの高級車造りの中で「瞬間最大風速」的な素晴らしいクルマだった、と断言したいです。
コメントへの返答
2015年9月6日 18:30
こんにちは

slcinquecentoさんの、称賛とその解説に賛同します。

あの頃のトヨタは、それまでの序列を否定してでも、理想的なクルマ作りをしてみようという気概があり、それを支える体制があったからこそ、プログレが誕生したのだと思っています。

あの頃も、従前のマークIIやクラウンから、DセグやEセグに流出する気配はあったのですが、それらとの直接対抗や後追いではなく、日本流の高級感や使い易さを追求しているのが、プログレの真価であり、評価する理由です。だからこそ、そうは映らないレクサスのISには、思い入れに至らないという話に行き着くのですが(笑)
プログレからブレビスを経る中で、IS統合でイイという判断がされたのでしょうが、両者の思想の違いは大きいものであるように思います。

コメントされているような、趣味の良い方は、トヨタ店やトヨペット店を訪れる中で、時折見かけることがありました。こういう人々が支えているのだなぁと感じたものです。
複数チャンネルを抱える状況ですから、その中の1チャンネルぐらいは、こういったユーザー層向けとする戦略もアリだと思うのですが、昨今はどうも全チャンネルが揃って、違った方向を選択しているようですね(笑)

話が脱線しましたが・・・
プログレで見せた理想追求とその後のモデル展開からすると「高級車作りの瞬間最大風速」というコメントが的確だと思います。もう一回ぐらいはあの感動を経験したいのですが、残念ながら、出現しそうな風土は、あの頃よりもはるかに社全体から感じられなくなっていますね。
2015年9月6日 23:33
こんばんは。

プログレはうちの会社の産業医が乗っていて、つい先週定期訪問で来られていました。この先生、プログレがよほど好きだったのでしょう、2年前に同じプログレに乗り換えられました(笑)。恐らく2台目は間違いなく中古。じゃないと手に入らないですよね。事故したのか、それとも距離が増えて距離の進んでいない中古を見つけたのか・・・。

プログレは商売的には失敗した車かもしれませんが、非常にまじめで車の本質を追求した車という印象が強いですね。仰る通り、車全体は極めて和のテイストを強く感じますが、室内の色使いや木目の使い方は洋風、それもローバーやジャガー的なものを感じます。

ホンダならこれを4発で売りそうですが、さすがトヨタは6発で高級感とはなんぞや、とユーザーにアピールさせましたね。ただ、華を感じないスタイルはそのまま販売台数に表れてしまいましたが、そもそも分かる人にだけ分かればいい、という車だったのかもしれませんね。
コメントへの返答
2015年9月7日 6:20
おはようございます

プログレのサイズと性能が気に入ると、なかなか替わりが見つからないようで、以前通っていたトヨペット店でも、プログレ同士の代替という話は聞いたことがあります。産業医の方も同じケースではないでしょうか。

販売台数で見てしまうと、なかなか成功とは言い難いですよね。ただ挙げられている例のとおり、分かった方の満足感という意味では一応成功したのかなとも思えます。受け皿を作れていない状況がもどかしくもありますが。

プログレの開発過程では、2代目アスコット&ラファーガが近い存在に映ったようです。ただこの2台はインスパイア&ビガーに隠れてしまったため、その対策的なものも考えたようです。比較的解り易い内装の仕立てはその反映なのかもしれませんね。
マツダもユーノス500を登場させていましたし、小さい高級車を何とか市場に問うことができる環境だったのでしょう。これらは全てマルチシリンダーというのが、時代ですね。
2017年7月2日 18:35
こんにちは。こちらにもコメントを失礼致します。

プログレ、昔からなんとなく気になっているクルマでした。初めて見たのは5歳の頃、当時住んでいた札幌の洋菓子店の駐車場だった事を未だに覚えています。シルバーの後期型、札幌という土地柄から行って恐らくNC250Fourだったと思うのですが、当時我が家が乗っていたエアトレック・ターボRとは違う、気品あるデザインに「外車かな?」と思ったんですよね。トヨタ車だと知ったのは随分後でした。

そこから時が流れて、'14年の初冬に親父からドライバー誌('07年6月5日号)を貰った所、巻末の新車価格欄にプログレが載っていて、そこから生い立ちを調べたら好きになった、という流れです(笑)。

更に調べていくと、スペシャルブログを執筆されていて、前期NC300iRバージョンに乗られている2&4ベストモータリング社元代表取締役の正岡貞雄さんのブログに出会い、そしてparl-siroさんが書かれたこのブログに出会った、という訳です。

個人的にはプログレのデザインはランチア・テーマとローバーのデザインのいいとこ取りをしたものだと思っています。そしてあの気品溢れる凝った内装・・・・。堪りません。乗るならば、前期NC250ウォールナットパッケージのダークレッドマイカ、ファブリックシート仕様で、純正フロントスポイラーを付ける。ただそれだけでいいです。オラオラと飛ばすよりは、品よく乗った方がキャラクターに合っていますし、素敵ですから。
コメントへの返答
2017年7月2日 21:47
こんばんは
鮮度を意識していないブログが多いですから、コメント時期は気にしないでくださいませ。

プログレから気品を見出した5歳というのも、スゴイ話ではありますし、今に至る素養を感じたりもします(笑)
凝ったディテールが各所にあって、それらがもたらす効用は確実に存在するのですが、目利きの方でないと、それを感じるのが難しいはずのクルマなんですよね。

ここでも触れたその誕生までには、ストーリー性があって、それを知ると尚更プログレを名車に感じられるのだろうと思います。このクルマもまた空前絶後の一台ですね。

正岡貞雄さんのブログは、私も時折拝見しています。プログレの放出を意識されて、そこから和田明広氏の話に繋がる回等、特に好きだったりします。

プログレは、パッケージングを理詰めで構築した上で、「小さな高級車」の商品性を意識した成り立ちですよね。小さな高級車となると、挙げられている2ブランドが自然な気もします。
このクルマ、間口が広いように見えて実は乗り手を選ぶのかもしれませんね。何となく、クルマ道楽を楽しんだ後の上がり的な風情を感じます。近年、急速にタマ数を減らした一台ですので、早目に上玉を確保するという考え方もアリですが。
2021年2月14日 0:04
タイムレスなブログゆえ2021年の書き込み失礼します。
コメントも含めてじっくり読ませていただきました。

恥ずかしながら当時はサッパリ理解できなかった車です。小さな高級車と言うコンセプトも確かに新しいなと思いましたが、独特の見た目がお世辞にもカッコいいと思えなかったのです。私にはその尊さは失って初めて分かるものでした。

後輪駆動の直6搭載セダン、という当時なら一般的だった高級車の機構を5ナンバーサイズに納めてやろうというのは挑戦的ですがそれを実現したという点は偉業の一言ですし、その後の現在に至る歴史を考えれば尚更です。なぜ5ナンバーサイズに収まったのかを考えると、どうしてもこのクルマを5ナンバーサイズにしたくない、という強い想いが反対勢力をなぎ倒したのでしょう。その結果、スタイリングに強く影響が及んでいますが、売れる車になって欲しいからこそカッコ良くする為に寸法が欲しい、など邪念が涌いてくる所を良くぞ我慢したと思います。(スタイリスト目線では我慢させられた)2021年の目で見ると端正なセダンに見えますが、1998年はまさに「なんじゃこりゃ」でした。

しかし、今回取り上げられているコンセプトカタログをよく読んで、心から、コダワリに共感しました。小さな高級車としてはボディサイズや豪華装備はありがちなのですが、本格的なFRを採用し、ビックキャビンを実現した点は、「俺たち、ありものの部品を駆使してここまでやれるんだぜ」というボディ設計的な挑発を感じました。

やはり1G-FEを積んだNC200を何故出さなかったのか、という点は大変悔やまれるところですね。街乗りしかしないユーザーにも十分アピールできるラインナップなのですが・・・・。モデルライフ後半からでも追加できれば拡販も見込めたのではないかと思います。アルテッツァAS200では少しキャラクターが違いますし。

メルセデス的なプログレとBMW的なアルテッツァを持つことは理解できますが、更にブレビスが出たことで(ヴェロッサなどと相まって)少し乱発気味に感じられてしまいました。乱発することでプログレの需要も分散してしまいますし、当時それが出来るくらい資金的にも余裕があったのが仇になった部分もあるかもしれません。

色々書いてしまいましたが、プログレほど作り手の強い意志を感じるトヨタの高級セダンは以後はもはやセンチュリーくらいしか出ていないように思います。(センチュリーも変り種を出すと報道されており、おいおい正気か?、と言いたくなった)
コメントへの返答
2021年2月14日 8:00
これを5年以上前に書いたのかと、割と新鮮に感じました。お題のおかげもありますが、ブログ主的に割と好きな回の一つです。

サッパリ理解できなかったというのも、解る気がします。私自身、欲しいなとは思いましたが、当時似合っていたのかというと怪しいとも思うのです。プログレも「若いというだけでは、手に負えないクルマ」かなと。

構想から開発の過程は紹介した著書が詳しいのですが、尊大な思想を具現化し商売として成立させるまでの過程が圧巻です。往年の各主査が心血を注いだ力作とも言えます。
5ナンバーサイズは良くも悪くも強い枷だったのでしょうね。長年続いたことで環境整備がされてもいましたし。その後、1750、1800、1850と上限の目安は推移しましたが容易に超えてしまいましたし。
全長4500×全幅1700は、絶対厳守だったようで。パッケージングの近い150クラウンセダンやコンフォートの存在もありましたから、それらとの違いを表現する点もスタイリストの苦心の一つだったろうなと想像するところです。エモーショナルに慣らされた目線からすると、端正、清楚、高潔といった言葉が浮かびますね。

横幅1700こそクラウンやマークIIでの蓄積がありますが、そこから全長を200mm縮めるですからね。燃料タンクの移設が大きいと感じつつも、バッテリーを移設しエンジンのマウントも後ろに下げる等、設計的には相当攻めてもいます。ここでの蓄積が後年の財に結びついた感もありますね。

NC200は、GX110やAZT240の存在に阻まれたのでしょう。今と真逆でトヨペットの中だけでもセダンが多過ぎ、需要が縮小する中でカニバリが懸念されたのだろうと推測しています。170クラウンは、2.0ロイヤルエクストラも相当数売れていますから、商機はあった筈ですしプログレ単体では拡販も見込めたと思うのですけれどね。

ブレビスはトヨタ店からの「うちにもプログレを扱わせろ」という背景が透けて見えてしまいますね。系列を何とか併存させようとした時代ならではとも言えそうです。この2台の販売台数は興味深くて、登場後しばらくはブレビスの方が売れているのですが、ゼロクラ登場以降はプログレが逆転しているんです。後発のブレビスは改良点も多いのですが、ロングライフな商品としては、プログレに一石の長があったのかなとも思います。

車が長く乗れなくなったとも関係ありと感じますが、8年構想して10年売るという時点で今は成立しない気がします。その点、センチュリーだけは独自の時間が流れていますし、孤高の高級感を堅持している感がありますね。この世界観は絶滅危惧種指定したいくらいで、センチュリーをクラウンの二の舞にしてほしくない、それは強く感じます。
2021年2月14日 10:02
すいませんオプションカタログの話からコチラに来ました。
プログレ。当時ピンとは来てなかったデザインなのですが時代経て深み感じるデザインなのかな。
名前が進歩的な意味ですがユーザーはコンサバティブな保守的な顧客にアピール出来ればセールス違ったのかなと。
プロポーションも高さを生かした空間は正義でハイデッキなトランクは容量も空力も良いのに…難しいですね。


否定的な意見ばかりでしたが何故コメントしたか
愛知県 トヨタ鞍ヶ池記念館に
移設された豊田喜一郎邸があって大好きで何度も訪れているんですが
イギリス系のデザインと日本人に合うサイズ感がバランスされて素敵です。
プログレ…この場所に似合うなと。クラウンでもなくセンチュリーでもなく。
そう思ったからでした。
日本人が考えれる世界に通用する志。理想と。現実やっぱり日本家屋みたいな(笑)違いでしょうか。

コメントへの返答
2021年2月14日 19:35
どちらにコメントすべきか悩ましいかもしれませんね。ブログ主的にはあまり気になさらずで、と。
作り手としては、流行を作るよりロングライフを目指していたのだろうと推測しています。時代を経て深みを感じるなら、意図通りと言えるのではないでしょうか。
多数派はクラウンやマークIIを求める、両者に飽き足らない層を狙った、ということのようですが、次代に繋ぐには顧客数が足らなかったのでしょう。
最終ビスタ共々、コンセプトやパッケージングは清々しいくらい正義が貫かれていますね。

トヨタの鞍ヶ池記念館は、20年程前に一度訪れていますが、街中の喧騒から離れた場所というのが印象強く残っています。
クラウンやセンチュリーだとオフィシャルとなってしまいますが、プログレはプライベート。似合うと感じられたのは、そんな違いもあるように思います。
日本の高級車像に一石を投じたものの、現実は厳しかったと言えるのかもしれませんね。

プロフィール

「帰還後の近況 http://cvw.jp/b/1984303/48316556/
何シテル?   03/16 21:58
3台計で20年以上の長きに渡って乗り続けたX80系からW204への代替がみんカラを始める動機となりました。 最初はW204関連を主とするはずだったのですが...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2025/5 >>

    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

リンク・クリップ

1989年式マークII3.0グランデG感想文 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2021/08/05 19:34:14

愛車一覧

メルセデス・ベンツ Cクラス セダン メルセデス・ベンツ Cクラス セダン
2013年9月14日納車 アドバンストライトパッケージ ボディカラー:988 ダイヤモン ...
トヨタ マークII トヨタ マークII
1995年12月登録(同型最終年月) 2001年6月購入 2013年9月譲渡 ボディカ ...
トヨタ マークII トヨタ マークII
1992年6月購入 2009年3月一時抹消 2009年6月永久抹消 ボディカラー:18 ...
トヨタ クレスタ トヨタ クレスタ
1991年7月登録 2000年11月購入 2001年6月譲渡 ボディカラー:27N パ ...
ヘルプ利用規約サイトマップ

あなたの愛車、今いくら?

複数社の査定額を比較して愛車の最高額を調べよう!

あなたの愛車、今いくら?
メーカー
モデル
年式
走行距離(km)
© LY Corporation