
先日の北海道花旅
立ち寄った道の駅に併設された「中湧別駅記念館」
「紋別・名寄方面は跨線橋をお渡りください」
鉄道が走っていた頃の中湧別駅はどんな感じだったのでしょうか?
我が家にある一番古い時刻表を引っ張り出してきました
JRではなく国鉄だし、JTBではなく交通公社だし(^-^;
中湧別はここ
名寄本線と支線、湧網線の分岐駅でした
社会人になってすぐの頃
鉄道で北海道に渡ってました
この北海道ワイド周遊券を使って
北海道へ行ってました
往復はもちろん急行 自由席
「八甲田」専門でした
八甲田で出かけてたのは、東北新幹線が開通したあとだから時刻は違ったかな?
たぶん上野を夜9時頃でて、青森に翌朝9時過ぎに着いていたような気がします
そのまま青函連絡船に乗って、昼過ぎの「北斗」に乗り継ぎ夕方遅くに札幌に着いていたような気がします
そしてここ中湧別もたぶん来てると思います
駅の記憶はないのですが、1987年の廃止前に湧網線に乗った記憶
紋別に行ってガリンコ号に乗った記憶はあるのです
紋別の駅には、みどりの窓口があったのですね
道南のほうから、地図を細かく見ていくと…
江差線の一部は道南いさりび鉄道として残ってます
江差~木古内間は2014年に廃止
この区間は廃止直前に訪れてました
道央は胆振線がまだある頃の地図
廃止されたのは、1986年(昭和61年)
83㎞あった長大路線もバッサリ廃止されました
日高のほうは、日高本線も広尾線も健在
広尾線も84㎞の長大路線でしたが、1987年(昭和62年) 平成の声を聞くこともなく廃止されました
幸福駅にはキハ22が保存されていますね
日高本線も2015年1月の低気圧襲来による土砂流出で鵡川~様似間が不通になり、その後立て続けに受けた台風などによる被害で復旧の見込みが立たなくなり
運行再開することもなく、2021年 鵡川~様似間は正式に廃止されました
道東のほうも、これだけ細かく鉄路が張り巡らされていました
先日訪れた養老牛温泉「湯宿だいいち」
標津線が走っていれば…
農業高校近くの計根別駅からバスが走っていたでしょう
道北に目をやれば…
こんなに支線含めて走っていたのですね
トロッコ王国として活用されている美幸線もまだ健在のころでした
羽幌線も天北線も深名線も全線で生き残っている時代
本数が少なくなっている頃とはいえ、ワイド周遊券1枚で北海道どこでも行けました
ワイド周遊券で貧乏旅行していた頃
宿に泊まらずに、急行「まりも」や「大雪」で網走や釧路を車中泊で往復していたことを思い出します
この時刻表を見てみると…
石勝線がなく、根室本線は滝川経由で運転されていた時代
あれ?「まりも」がない
普通列車の「からまつ」?
どうやら「まりも」は1968年に急行「狩勝」に統合され、名前は消えたようでした
復活したのは1981年の石勝線開通時
乗ったのはそのあと、たぶん1983年ごろ
なので記憶のなかでは「からまつ」でも「狩勝」でもなく「まりも」だったのです
北海道を旅していて鉄道の痕跡は道の駅や鉄道公園などとして、あちこちに残されていました
それは他の地域の比ではなく
それだけ北海道では多くの鉄道路線が廃止されてしまったということなのです
シビアな意見を言わせてもらえば…
道路は近年、どんどん改良されて走りやすくなっている
高速だけでなく、一般国道も
国道333号旭峠も自動車専用道が整備され、一般国道も高速道並みに整備されてきている
国道40号などでも自動車専用道が整備されtました
道路は国がお金をかけてどんどん整備されている
鉄道は民営化されてしまったので、JR北海道が自社で整備しなければならない
人口もどんどん減ってきていて、鉄道の利点である大量輸送の必要が無く
残された路線も普通列車は1両か2両編成
これならバスでも輸送力変わりません
実際、日高本線も日高道が整備されてきており、バスと日高本線の所要時間はほとんど変わらなくなっていて不便はあまり感じられないようです
そうすると、鉄道が残れるのは千歳空港アクセスと札幌近郊区間
都市間輸送もこの先人口減少になると果たしてどうなるか
まぁ元鉄っちゃんの自分としても、残ってほしいのはありますが…
実際クルマで移動しているので、北海道で乗るのはエスコン往復と札幌市内の地下鉄ぐらいなんですよね
時刻表の裏表紙は…
さわやかさん
中島はるみ
コマーシャルソングは竹内まりやの「ドリーム・オブ・ユー 〜レモンライムの青い風〜」でした
Posted at 2026/05/31 09:36:04 | |
トラックバック(0) |
日記 | 日記