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cocoichiのブログ一覧

2016年03月26日 イイね!

ちょっと四万温泉に入りに行って来た

関越道を駒寄PAで降り、県道15号の緩やかな上りを周囲の景色を楽しみつつ車をドライブする。




坂を登りきると景観が開け、目を向けたその先には赤城山の全容を見ることができて、好きなポイントの一つである。

あぁ、先月はあの麓を走り回っていたのかと思いつつ、わずかひと月ばかり前の情景を思い浮かべ、懐かしむ。




その後は吾妻線伝いに走り、中之条駅周辺を散策してみる。

こうやって見ると、なかなかシャープな面立ちの駅舎だ。




吾妻線に別れを告げた後は、R353を北上していく。

生憎と天気は薄曇りであったが、それでも四万湖は美しい色合いを見せてくれた。




四万川沿いにしばらく走り、四万温泉に到着。




今回、ぜひ見てみたかったのがココ!

千と千尋の湯屋のモデルになったと言われるこの場所である。




創業300年余りになる日本最古の湯宿建築とのことで、見るからに歴史が深く刻み込まれた建物である。




「この橋の上から願い事をすると・・・、」

って、そんな言い伝えは全くない。




ひとしきり見た後は温泉街をちょっと徘徊してみた。




表通りもいいけど、




裏手回りも徘徊には欠かせない!




体もすっかりと冷え込んできたし、ちょうどいい頃合い。

ここいらで温泉に入ることにしよう。




露天風呂に浸かると体は芯から温められ、一方で首から上は周囲の冷気がひしひしと感じられて、そのコントラストがとても気持ち良く、ずっとこのままでいたい・・・。




彼(彼女?)の気持ちがとても良く分かる!




中之条ダムも見たかった場所の一つで、規模はさほど大きくはないものの美しく、そしてメカニカルなアーチ式ダムである。

今年は少ないであろう雪解け水を放っていた。





そこから県道55号を西に向けて進むと、遠くに雪を頂いた白根山(と思う)が見えて来た。

クネクネ具合も良く、なかなか快適なロードである。




R292に入ると、んっ!、これは?

有形文化財として登録されている町田家住宅という旧家の建物で、幕末から明治初期にかけて役所兼住宅として使われていたとのこと。

今は資料館になっているようだ。




ストレスフリーのロードを気持ち良く駆け抜け、帰路に着いた。




群馬、奥が深い!
Posted at 2016/03/26 14:07:57 | コメント(8) | トラックバック(0) | ドライブ日記 | 日記
2016年03月19日 イイね!

友を訪ねて浜松へのドライブ

年賀状のやり取りだけで、かれこれ30年以上会ってない学生時代の友人に会いに、浜松に行ってみることにした。

友人とは夕方に会うことにしたが、ちょっと早めに出発して、途中いろいろと寄り道して道中を楽しみながら行くことに。

まずは東名を清水ICで降りて、清水港へと向かった。

海を真近に見るのも久しぶり・・・。

これでスカッと晴れていれば旅のプロローグとしては最高だろうだけど、まぁ仕方ない。




三保の松原にも寄ってみた。




で、この辺りで一番行きたかったというか、走ってみたかった場所がここ日本平!

ずいぶん前にバイクで一度走ったきりであったが、当時はなかなか走り甲斐のあるコースという印象だった。

今回行ってみると、下から見ている分には大して標高もなさそうだし、あれ、こんなもんだったかな?と思いつつ登り始めると、やはりとても楽しいコースだった(^O^)/




その後は焼津に向かい、さかなセンターに立ち寄り。

以前に行ったことのある下関の唐戸市場と良く似た雰囲気で、食い意地が張っているためこんな場所をうろつくのがすごく楽しい。




周回しているうちによだれが止まらなくって来たので、ちょっと早めだけどここで昼ごはんに!

お勧めの握り寿司(1600円)を食べたが、金目鯛がプリプリとして旨味もあり、とても美味しい!

そして中トロは口の中でとろけ、もう幸せって感じ!

いつまでも口の中から消えないで欲しいと願った。




握り寿司の余韻に浸りつつ、第2東名に乗って向かった先は、




天竜浜名線の天竜二俣駅。

ここは駅舎にラーメン屋さんが入っていて、ちょいと中を覗くと満席状態で結構旨そうな気が・・・。

食べたばかりじゃなかったら、きっと入っていた。




この駅は転車台がある駅として有名なようで、それを見たくて来たが、内部を見学できる時間帯が決まっているとのこと。

それまでにはちょっと時間があったので、今回は外から見るだけにした。

レトロ感いっぱいの建物が往時の様子を偲ばせる。




そしてこちらが転車台。




裏手の方に回ってみると、乗務員宿舎のような建物もあった。




近くを流れる天竜川に架かる天竜浜名線の鉄橋。




その後は浜松市街へと進み、向かった先はスズキの歴史館。

奥に見えるのが本社でその右手が目的の建物。

こちらは見学にあたって事前の予約が必要である。




受付を済ませ2階に上がると、車の開発から生産までの流れが説明されているフロアになっていた。

以前にどなたかのブログで、スプラッシュが開発ストーリーのモデルになっている写真を見たことがあったが、それは今でも変わっていない様子。

写真のようなMT車が日本でも販売されていたとすれば、走りの良さが売りの車だけに、もう少し販売台数が伸びたのかも知れない。




生産ラインのモデルはスイフトで、ここではエンジン組み付けの様子が再現されていた。




そして3階に上ると、




そこはスズキ・ヒストリーのフロアになっていた。

トヨタの原点が豊田自動織機なのは有名であるが、スズキも同様に織機が起源であったことを初めて知った 。

写真はその初代の織機(だったかな?)。




歴代のバイクや車が展示されていて、写真は私と同じ年に生まれたColledaというバイク(知らんかった)。




元バイク乗りとしてはどうしてもバイクに目がいってしまう。

カウリングやアルミ角フレーム&スイングアーム等が奢られた、見た目、まんまレーサーのRG250Γがデビューした時はかなり衝撃的で、その記事が載ったRIDERS CLUBを何度も読み返したものである。




浜名バイパスより浜名湖を臨む。




ホテルにチェックインした後に友人に再会し、歓楽街へと繰り出した。

すぐに当時の二人に戻り、30余年の空白があったとは思えない程に話は弾み、せっかく頼んだ鰻の白焼きの味もあまり覚えてない(^_^ゞ

餃子が浜松の名物というのは、今回行くときに初めて知った。




その後は友人の馴染みの店へと場所を変え、尽きぬ話に杯はいくらでも進む。

そのうちカウンターもお客が埋まり始め、両隣は元2輪メーカ勤めていた方(さすが浜松)と歯科医の方で、話も盛り上がり、一期一会の出逢いの時を楽しく過ごすことができた。




車で来ていることなどこれっぽっちも頭になく、さらにもう一軒はしごした後に友人とは再開を約束して別れ、ホテルに戻った。




翌日、あぁ、頭痛が・・・。

前日までは浜松から北上して諏訪湖を経由して帰ろうかとも考えていたが、その日の天気は下り坂で午後には雨の予報ということもあって、モチベーションは全く上がらず、仕方なく東名で戻ることにした。




しばらく走っているうちに頭痛も何とか回復し、このまま真っ直ぐ帰るのも悔しいので、昔、さんざんバイクで走り回った道志を通って帰ることにした。

東名を御殿場ICで降り、山中湖に向かった。

日曜とは言え、3月初旬のこの時期のしかもこんな天気の日に、山中湖畔に佇んで写真まで撮ろうなんてヤツは自分だけだった・・・。





そこから懐かしの道志へと抜けて行く。

その昔、バイク(SRX400)で道志を走っていて写真にあるような感じの左コーナーに入ろうとした時に、センターラインを大きく割ってきた対向車に気付いてフルブレーキしたものの、フロントタイヤがすくわれて横滑りしながら新車のプレリュードの横っ腹に突っ込んだことがあった。

革ツナギを着ていたおかげもあってか、幸い体の方は打撲・擦り傷程度ですんだが、バイクの方はフロントフォークが無残にも曲がってしまった。

その後は修理して乗ったが、バイクには(プレリュードにも)申し訳ないことをした。




そんな苦い思い出のある道志を無事にクリアして、家路についた。
Posted at 2016/03/19 15:29:39 | コメント(6) | トラックバック(0) | ドライブ日記 | 日記
2016年03月12日 イイね!

雨の谷中銀座を歩いてみた

就職で上京したての頃に山手線で読み方が分からなかった駅名が2つあり、そのうちの一つは御徒町(おかちまち)で、その当時は「みとまち?」などと思っていた。

そしてもう一つが日暮里(にっぽり)である。

まぁ、御徒町の方は仕方ないにしても、日暮里という地名はそれまでにも何度か耳にしたことがあり、漢字からしてもにっぽりと想像するのが普通かと思うが、これ「ひぼり」だっけ?と言って周囲の失笑を買ったことがあった。

それはともかく、その日暮里駅の近くに谷中銀座という商店街があり、最近、いろんなメディアで見かけることが多いので、定期的に開催している学生時代の友人達との飲み会の機会にちょっと回ってみることにした。

当日、天気は生憎と雨・・・。

日暮里駅から見える風景もモノトーン調であり、どこかしら寂しげな感じもした。




そこから谷中銀座に向かって歩くと、すぐに見えて来たのがこの本行寺。

調べてみると月見寺とも呼ばれるそうで、小林一茶もここを訪れてを句を詠んでいたとのこと。




そのまま通り沿いに歩いて行くと、程なく谷中銀座への入り口が見えて来た。




こんな天気にもかかわらず観光客と思しき人もそれなりに多く、欧米人の姿もチラホラ見かけた。

上野から近いこともあって、行きやすい観光スポットの一つになっているのだろう。




何を買わずとも店内を冷かして回るのも良し、




暖簾や看板を見て回るだけでもそれなりに楽しい。





実家のある福岡に比べると東京はホントに蕎麦屋が多く、うどん屋の看板を目にすることは少ないと感じる。

うどん好きの私にとっては寂しいところではあるが、最初にちょいと飲んで蕎麦で締めるってぇのが江戸時代からの蕎麦の楽しみ方の一つのようなので、そう考えるとそれも悪くない!

この後の飲み会の場所も蕎麦屋なんだけど (^◇^)




天気が良ければ裏通りをもっと徘徊したいところであるが、足元もずいぶん水を吸い上げて来たので、この辺で切り上げて飲み会場所の大塚へと向かった。

待ち合わせ時間にはちょっと間があったので、駅ビルより都電荒川線をしばらく眺めてた。




で、向かった蕎麦屋では全国日本酒巡りをした後に、もり蕎麦をズッ、ズッ、ズッ~とすする!

で、店を変えてグッ、グッ、グッ~とあおる!




その後は人間ドライブレコーダの記録によれば、23時頃に新宿を経由して無事に帰宅したようである。

Posted at 2016/03/12 13:39:53 | コメント(4) | トラックバック(0) | ウロウロ日記 | 日記
2016年02月28日 イイね!

富岡製糸場

下仁田を出て富岡製糸場に着いた頃には、もう16時近くになっていた。

製糸場の見学時間は17時までとなっており、あと1時間位しかないが、この時間だと人も少なく見て回るにはちょうど良さそうなので、入ってみることにした。

こちらは入り口にある検査人館と呼ばれる建物で、守衛所兼事務所といったところか。

中に入ってみたいが立ち入り禁止なので、入り口からちょっと様子伺い。




そこを過ぎるとすぐ目の前には、東置繭所と呼ばれる繭の貯蔵倉庫がある。

明治5年とのプレートが埋め込まれているが、パンフには明治5年から昭和62年までの115年間に渡り、操業し続けたとある。




当初は工女募集の通達を出してもなかなか人が集まらなかったそうであるが、理由は技術指導に来ていたフランス人の飲むワインを血と思い込み、ここに入ると生き血を採られるとのデマが流れたためとのこと。

そのため、深谷市出身の初代製糸場長の尾高惇忠は、自分の娘を工女第一号としてここに入れ、範を示したということである。

ちなみに、尾高惇忠は製糸場の設立に関わった渋沢栄一の従弟にあたり、以下の写真は前に撮影したものであるが深谷にある尾高惇忠の生家である。




東置繭所の1階には資料がいろいろ展示されていたが、あまり時間がないこともあったのでサクッと見て回る程度にして(^_^ゞ、2階に行ってみた。

建物の長さは104mもあるので内部は壮観で、繭を乾燥させるために窓がたくさん設けられている。





時を重ねた建物が見る者を過去へといざなう。




西置繭所は残念ながら保存修理中で、見学用施設から補修中の外壁や屋根の一部しか見ることができなかった。




施設の階上からは、黄昏行く場内の様子を見渡すことができた(遠い目)。




こちらは社宅とあったが、幹部のそれだろうか。




そして、繭から生糸を取り出す作業を行う操糸所。




社会科の教科書にこんな写真が載っていたかも知れない。

子供の頃にミシンで遊んでいた私にとっては、とても惹かれる設備である。

一般的に製糸場というと、あゝ野麦峠に描かれているような長時間で過酷な労働がイメージされるが、ここ富岡はどうだったのだろうか?

ちょっと調べたところ、元々、富岡製糸場は官営として発足して採算が度外視されていたことや、廃藩置県で地位を失った旧士族の娘達などを始めとして、身分に関係なく多くの娘達が全国から集まってきたこともあって、当初は8時間労働の週休1日だったそうだ。

しかし、明治26年に民間に払い下げられて以降は次第に労働条件が悪化し、12時間前後の労働で休みも月に2回と普通の民間製糸場と同じようになり、過酷な労働は大正5年の工場法施行まで続いたようだ。




診療所に通じる所(だったと思う)が、昔の小学校の校舎を思わせるような造りになっていて、懐かしさを感じさせる




場内の一番奥に位置するのが工女達の寄宿舎であり、すぐ近くには鏑川が流れている。

ここから見える夕陽を、彼女たちは当時はどんな想いで見ていたのだろう。


Posted at 2016/02/28 11:14:18 | コメント(5) | トラックバック(0) | museum | 日記
2016年02月20日 イイね!

郷愁の街 下仁田を訪ねて

みんカラでブログをupするようになってからもうじき2年になり、その間、100本余りのブログを書いてきた。

その大半がドライブや徘徊ネタであるが、これまでどこをどの程度回って来たのかを改めて確認してみようと思い、ブログに載せた写真を撮った場所を県別にカウントしてみた。

上位は以下の通りで、トップはもちろん地元埼玉。

 埼玉 群馬 東京 長野 福岡 栃木 山梨
  34   17  13    8   7   6    5

そして2位は群馬で、隣県で近いということもあるが、神流、妙義、碓氷、榛名、赤城などのように走って楽しいエリアがたくさん詰まっていることに加えて、上野村や南牧村のような奥深い山村に魅惑の建物が多く見られることも大きな理由になっている。

今回は、そんな魅力あふれる群馬の中の下仁田を回ってみることにした。

下仁田は上信線の終点にもなっているが、終着駅がある街というのもどこかしら惹かれる部分がある。

近くに車を停め、早速、駅に向かうと、思い描いていたよりは小さくこじんまりとした駅舎だったが、それでも枯れて廃れた景観が群馬の外れ辺りまで来た感を演出してくれていて、イイ感じ。




普段、見飽きている高崎線とは違ったカラーでレトロな造りの車両を見ると、ちょっとホッとする。




駅の近くにあるこのレンガ造りの建物は、かつては何かの倉庫として使われていたものだろうか。




さて、街中を歩いてみよう。

路地の入口にあるこの建物は、地元名産のこんにゃく料理をメインとした割烹旅館である。




そこから路地を進んで行く。




名前からすると、ここがメインの路地のようだ。




もう長い間使われてないように見えるビリヤード台が、もの悲しさを感じさせる




昔はこんな感じのタバコ屋兼雑貨屋がどこの街角でも見られたものだが、今やほとんどコンビニに置き換わろうとしている。




路地を抜けて大通りを少し歩くと、とてもオシャレな造りの倉庫が見えて来た。




言うことなし!の景観。




鏑川に架かる橋の所には青岩公園があり、長瀞を思わせるような石畳がある。




すぐ近くにあるこの建物が気になり、以前にもブログにも載せたが、倉庫として使われているみたい。




どうしてもこういうものに目が行ってしまうのは、病気だから仕方ない・・・。




こんにゃく屋さんの石造りの看板が素敵過ぎる!




さてと、15:20か・・・。

せっかくだから富岡製糸場も見て行きたいが、間に合うかな?

つづく。

Posted at 2016/02/20 13:45:03 | コメント(7) | トラックバック(0) | ドライブ日記 | 日記

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何シテル?   01/04 18:47
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