2007年03月21日
2000kmの慣らし運転が終わり、アクセルを踏む力に遠慮が無くなりつつある今日この頃、いつも実感させられるのがDSGの優秀さです。
私がDSGのモデルを選んだ理由は、率直に言ってマニュアルの操作が下手だからでした。教習所を出てからAT車にしか乗ったことが無く、また「バトルギア」などのゲームでシーケンシャルシフトのイージーさに慣れてしまった(バトルギア2には幾ら費やしたかわからない)身としては、作業としてのクラッチ操作が正直煩わしいのです。純粋にハンドリングが楽しめて、なおかつMTのようなダイレクトな加速感も欲しい…。そういう我侭な欲求を持つ私に、DSGはまさに打って付けでした。
最初はATの進化版くらいにしか思っていなかったDSGですが、試乗の際に峠道をSモードで走ったときから、その性能に惚れてしまいました。ギアチェンジがスムーズなだけでなく、常にベストの加速態勢を維持できるようこまめに調整する賢さに、私は驚嘆させられたのです。毎日使うようになってからもDSGに対する不満は特に見当たらず、峠ではSモードに頼りっぱなしになっています。燃費さえ気にならなければ、街中でもSモードで走りたいくらいですね。
ゆったり乗ることが目的であれば、DSGよりも普通のATの方がマイルドで良いでしょう。しかし、ドライバーの感覚を先取りするようなDSGの働きぶりからは、病み付きになるくらいの快感をも得ることができます。この先VW ・アウディはDSGの搭載比率を増やすはずですから、いずれVW ・アウディのAT=DSGという時代がやってくるかもしれません。そうなれば、VW ・アウディは他社に対して明確なアドバンテージを持つことができるでしょう。ボディやエンジンほど話題にされないトランスミッションですが、DSGの実用化こそは近年において真にエポックメイキングな出来事だったと思います。
Posted at 2007/03/27 22:52:10 | |
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車 | 日記
2007年03月20日
LED ZEPPELIN シリーズの最後は、第7作目にあたる「PRESENCE」についてです。このアルバムは後期の傑作と評されていて、僅か7曲しか収録されていませんが充分に聴き応えのある内容となっています。特に1曲目の「ACHILLES LAST STAND」における各メンバーの競演ぶりは凄まじく、この曲をしてツェッペリンの代表曲とする人も少なくありません。円熟の極みに達した職人たちが、衒うことなく己の全てを曝け出している…。そのような真に迫る迫力が、このアルバムには満ちています。
専門家がツェッペリンについて語る場合、よくボンゾのドラミングの凄さを例に挙げることが多いのですが、正直に言うと、私はその点がいまいち理解できていません。私はそもそも演奏技術・用語に関して全く無知であり、楽曲を聴くときもギターの音やボーカルの声に集中しているので、ソロパートでもない限りドラムの存在を意識することは殆ど無いのです。正確なリズムをキープし続けるのが難しいことは充分わかっています。そういった意味では、DEEP PURPLE のイアン・ペイスの方がまだ理解し易いですね。ただ、あまりにもボンゾを評価する向きが多いので、数年前からツェッペリンの曲を聴くときはなるべくドラムの音に集中するようになりました。その結果、…すいません、今でもよくわかっていません。
しかし、一つだけ気付いたことがあります。それはボンゾのドラムが醸し出すノリの良さ(グルーヴ感?)が独特であり、他では味わえない類のものであるということです。私のイメージとして、本来ドラムは楽曲の根底を支えるパートであり、土台としてより確実・強固な音を出さないといけないと思うのですが、ボンゾのドラムは音こそ大きいものの、微妙に揺らいでいる気がするのです。その「揺らぎ」は、不安定感を生むのではなく、むしろギターの音やボーカルの声と同じくらいに扇情的に響いてきます。あるいは、生々しいと言っても良いでしょう。絵画や建築物に例えられることもあるツェッペリンの楽曲群において、ROCK としての勢いや力強さを与えていたのがボンゾのドラムだと思うのです。そういう観点に立つと、この「PRESENCE」にはまた違った味わいがあることに気付かされます。うまく説明できないのですが、以前までの楽曲・アルバムがメロディーを主体として製作されているとすれば、「PRESENCE」はアルバム全体がグルーヴ感(ボンゾのドラム)を主体として製作されているように思えるのです。リードドラムとでも言いましょうか、メンバー全員がボンゾのドラムを頼りに演奏しているように聴こえるのです。よって、個々の楽曲の印象は「II」や「IV」のそれほど強烈ではないのですが、アルバム全体の凝縮感や重量感というものが、歴代の作品の中でも一番強く感じられます。富も名声も地位も得たバンドが原点に帰ろうとしたとき、彼らが自分達の核だと認識したのがボンゾのドラムだった…、というのは言い過ぎでしょうか。
極端な表現をすれば、このアルバムはバンドにとっての終点であったと思います。「II」や「IV」を聴いてツェッペリンに興味を持った人には、是非このアルバムも聴いていただきたいですね。ROCK としての多様性を極めたバンドが最後に到達した境地とは如何なるものなのか。好き嫌いは別にして、このアルバムを聴いた時の印象は、ずっと心に残ることでしょう。
Posted at 2008/08/01 22:54:10 | |
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趣味 | 日記
2007年03月19日
「 II 」に続いて紹介するのは、歴史的名盤とも言える「 IV 」です。アーティスト名もタイトルも書かれていないジャケットには、思わせぶりな一枚の絵と、四つの奇妙な絵文字だけが描かれています。この如何にも奇を衒ったデザインのアルバムは、しかし現在でも新譜が相当数売れ続けているという怪物的作品でもあります。単にロックというジャンルだけでなく、人類音楽史上に残る真の傑作といっても過言ではないでしょう。特に4曲目の「STAIRWAY TO HEAVEN(天国への階段)」は、芸術的な完成度を誇る名曲として、今もなお世界中で愛聴されています。誰でも一度は聴いたことがあるはずの曲ですが、忘れた人にはもう一度静かな環境で聴き直して頂きたい曲ですね。
この「 IV 」を初めて聴いたとき、私は全体の構成に少し違和感を覚えました。それというのも、4曲目と5曲目の間が断絶しているように感じられたからです。しかし、暫く考えてみるとその原因がわかりました。つまり、この「 IV 」はLPへの収録を前提とした構成になっていて、A面(1~4曲目)とB面(5~8曲目)という収録形態の都合上、「天国への階段」と「MISTY MOUNTAIN HOP」の間で雰囲気の齟齬があっても仕方が無いのです。むしろ、このアルバムは意図的にA面とB面でイメージを変えているようにも見受けられます。CD一枚で約12曲編成が当たり前の時代に育った私としては、いささか想像力を必要とする解答でした。
ここでA面について考察してみると、実はA面だけで「起承転結」が完結していることがわかります。順に追っていくと…
(1)BLACK DOG
前作「 III 」で散々な批評を受けた後、全世界が固唾を飲んで見守る中で発表された「 IV 」のオープニングナンバーは、ボンゾのドラムが印象的なロック色の強い曲でした。ただし、これに与えられているのは決して「 III 」への反発、「 II 」への回帰といったメッセージではなく、まっさらな心で「 IV 」を聴いてもらうための「地均し」的な役割でした。A面だけでなく「 IV 」というアルバム全体の基盤・イメージ源になっているのが、この曲ではないかと思います。
(2)ROCK AND ROLL
「 II 」に収録されていればあまり違和感が無かったであろうものの、「 IV 」の中では異質なほど軽いノリの曲だと言えます。1曲目ではまだ半信半疑だった人達も、この曲まで聴けば「昔のツェッペリンが帰ってきた!」と思ったことでしょう。確かに、曲単体としては明るく爽快な典型的ロックナンバーでもあります。しかし、A面という枠で見れば飽くまでもバンドの音楽的嗜好の一端を提示しているに過ぎません。「天国への階段」をメインディッシュとするなら、こちらは「新鮮なオードブル」といったところですね。
(3)THE BATTLE OF EVERMORE
この曲こそは、前作「 III 」を批判した人達への強烈なカウンターパンチであるかと思います。しかも、「ROCK AND ROLL」で昔のスタイルに戻ったと思わせておきながらの、このコテコテのトラッドフォークぶりですから、効果は絶大だったことでしょう。「音楽のスタイルに関して、誰にも何も文句は言わせない」そういうバンド側のメッセージも読み取ることができます。これもまた、バンドの多様性を証明するためのナンバーですね。
(4)STAIRWAY TO HEAVEN
様々なテイストのオードブルが出た後、それらを纏め上げ昇華させるのがメインディッシュの役割であるとするなら、この「天国への階段」は正しく最高の料理だと言えるでしょう。最初のアルペジオを聴いていると「THE BATTLE OF EVERMORE」の延長であるとも思いがちになるのですが、徐々に曲が進むにつれ、これが単なるフォークではなく、哀愁に満ちたバラードであることがわかってきます。そして、段々と楽器の数・音の数が増えていき、やがてクライマックスの第三パートに至ると、幻惑的なギターの旋律と驚異のハイトーンボイスによって、殆ど宗教的な高揚感を味わうことが出来ます。この時点で、この曲のジャンルがロックであるかどうかなどは、最早気にならなくなっていることでしょう。技術や形式に対する独善的な拘りではなく、聴衆を感動させるための真摯な計算が、この「天国への階段」には込められています。結局、この曲があまりにも素晴らしかったため、世の評論家達は皆、あれだけ批判した「 III 」の存在価値をも認めざるをえなくなりました。そういった意味でも、この「 IV 」というアルバムのA面は、前期ツェッペリンを総括する内容・構成になっていると言えます。
私が「 IV 」を流すときは、大抵最後の「WHEN THE LEVEE BREAKS」まで聴くのですが、やはり「天国への階段」でアルバムが一旦完結しているという印象は変わることがありません。敢えて言うなら、ツェッペリンにとっても、ロックという音楽ジャンルにとっても、この曲が発表された時がピークだったのではないかと思います。ある漫画家が「天国への階段」をして「死ぬ間際に聴きたい曲」と言ってましたが、今のところ私も同じ気持ちですね。
Posted at 2007/04/09 04:19:57 | |
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趣味 | 日記
2007年03月18日
三回連続シリーズの第二段として、LED ZEPPELINについて触れてみたいと思います。このバンドの功績に関しては至る所で充分に語り尽くされているので、これより先はごく個人的な感想として述べることにします。
私がツェッペリンの存在を知ったのは高校生の頃でした。ロック系の雑誌を読んでいれば必ずその名が出てくるので、ロックの古典としていつかは聴いてみるべきバンドとして認識していたのですが、当時の私はガンズやLAメタルに嵌っていたので、あまり積極的に手を出そうとしませんでした。洋楽仲間の一人がツェッッペリンに嵌っていましたが、私は「渋い趣味してるね」くらいにしか思っていませんでした。本当はその時に彼から4枚組のセットを借りてツェッペリンの曲の殆どを聴いていたはずなのですけどね…。正直、地味な感じがしてあまり良い印象はありませんでした。
やがて大学に進んだ私は、ロック系を中心としつつ他のジャンルの洋楽にも興味を持つようになりました。前にも書いた通り、ニルバーナ以降のロックシーンにはあまり関心が無かったので、時代に逆行する形でCDを漁っていたのですが、そんなある日のこと、運転途中のカーラジオからとても美しい旋律が聞こえてきたのが一つの大きな転機となりました。約8分にも及ぶその楽曲は、それまでに聴いたどの曲よりも重層的かつ物語的であり、全く新鮮な刺激を与えてくれました。私は運転のために視線を前へ向けつつも、全神経はスピーカーに集中していました。そして、演奏が終わり、DJから「LED ZEPPELIN」の名が告げられた時、私はこのバンドを過小評価していたことを悔やみ、そのままCDショップへ向かったのでした。人の好みなどは年齢と共に変わってゆくものですが、あの時は本当に「もっと早くから真剣に聴いていれば良かった」と思いましたね。
それからはツェッペリンのアルバムを次々と購入し始めました。「 IV 」 が一番最初で、後はリリースされた順に揃えていきました。結局、最後の「 CODA 」も含めて買って損したと思う作品は一つもありませんでした。ありきたりな表現ですが、聴けば聴くほど味が出てくる…本当にそんなバンド・楽曲群だと思います。
今回はそれらのアルバムの中から、特に気に入っている三枚を取り上げてみることにします。まず第一回目は、ロック色の濃い「 II 」からです。「 II 」を聴くにあたって事前に仕入れていた情報によると、このアルバムでは「WHOLE LOTTA LOVE (胸いっぱいの愛を)」が代表曲であるとのことだったのですが、今も昔もビルボードのトップ10に入るロックバンドの楽曲は殆どの場合がバラードばかりであるため、私は「胸いっぱいの愛を」という邦題から推察して、この曲をラブソングだと勝手に思い込んでいました。ところがいざ再生してみると、初っ端からダークなリフが聴こえてくるではありませんか。しかも、サビにいたっては「アウォナホラロラウ」と呟くだけ…。一体どこが甘いラブソングなんだと、その時の私は思わず笑ってしまいましたね。そういった意味で、私にとって「 II 」はとても衝撃的なアルバムでした。
このアルバムには他にも「HEART BREAKER」や「LIVING LOVING MAID」などシンプルで格好良い曲が集まっています。他のアルバムに比べると、ギターのリフを主軸に据えた曲が多いような気がします。単なる古典的ロックというよりは、現代の基準からしてもよりソリッドなロックといったほうが相応しいのかもしれません。ツェッペリンのアルバムとしては「 IV 」と同じくらいわかりやすい内容なので、入門用としてはベストの一枚だと言えるでしょう。レンタルよりも新品で手に入れるべき作品だと思います。
Posted at 2007/04/06 02:51:56 | |
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趣味 | 日記
2007年03月17日
VW ・ゴルフの総生産台数が2500万台に達したそうです。1974年のデビュー以来、33年間に渡ってFFハッチバックのベンチマークであり続けたゴルフは、今やブランドと呼べる存在にまで立派に成長しました。これからも実用的かつ先進的な車の代表であり続けることを願いたいと思います。
新型トゥーランにTSIエンジンが搭載されたことにより、VWの長期戦略がいよいよ形となって表れ始めました。いずれVWの全モデルにTSIとDSGを搭載したグレードが出現することになるでしょう。それはつまり、VWの商品が他メーカーのそれに対して明確なアドバンテージを持つということになります。もちろん、TSIとDSGだけで車の評価が決まるわけではないし、現代における消費者の嗜好の多様性を考えれば絶対的にメリットがあるとも断言できないのですが、少なくともTSIやDSGに替わる何かをアピールできなければ、他メーカーの競合モデルは引き分けることはできても勝利を得るのは厳しいでしょう。定番の人気車種であるゴルフだけでなく、パサートやポロにもTSI・DSGが標準装備され始めたら、特に我が国においてVWの地位はより磐石のものになるかと思われます。豪華さ・ステータス性という点でVWがメルセデスやBMW、アウディに打ち勝つことはありえません。しかし、たとえ大衆車といえども過剰なほどのコストパフォーマンスを発揮するモデルであれば、それはそれで「高級」と呼べるのではないでしょうか。
アウトバーンのヒエラルキーを破壊したと言われる初代ゴルフGTIで示された精神は、今もVWの内部で脈々と受け継がれているようです。実はそれこそが、VWというメーカーの一番の魅力ではないかと、最近思う次第であります。
Posted at 2007/04/01 01:07:19 | |
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車 | 日記