2018年08月29日
「こんにちはーっ!」
「こんにちは。」
山にハイキングに来ると先輩は陽気に挨拶をする。そして、こう言った。
「山ですれ違う人には元気に挨拶をしとくんだ。そうする事で印象強くして万が一遭難した時に発見されやすいんだ。」
なるほど一理あるなと思ったが最初から遭難する事を前提にしてるのかと思うと多少戸惑う所はあった。しかし、装備が十分であっても相手は自然だからどんなプロでも些細な事で遭難する事もある。
こんな趣味で低い山に登るにも気を引き締めなければならなかった。
「あれ?こんなルートあったかなぁ?」
先輩がふと足を止めたのは分岐点。獣道のようなルートがある。
その先には
『入るな!危険!』
と書かれていた。
「こっち行ってみようか?」
先輩が意気揚々と歩き出す。さっきまで遭難云々言っていた人が危険と書かれたルートを選ぶなんてと呆れてしまった。
「先輩!入るな危険って書いてありますよ!ルートを外れてたりしたら遭難した時に見つけられなくなりますよ!」
そう言うと先輩は獣道の先を見る。
「ん~…どんな風に危険なのか知りたいじゃん!もしかすると誰かの落書きかもしれないし、行ってみる価値はあると思うよ!」
「でも……」
何となく嫌な感じがして行きたくなかった。ルートが危険なのではなく熊が出るとかじゃないのかと思ったからだ。
「迷わず行けよ!行けばわかるさ!」
と先輩は歩き出す。本当に好奇心に駆られている。不安に思いながらも仕方なく後ろをついて行く。先輩に何かあったら大変だからだ。
特にルート的には足場も悪くなく平坦な道が続く。入口は獣道だったが中程まで来ると結構整備はされていたようだ。
「お!これは穴場かもしれないよ!もしかすると秘密の松茸スポットがあったりして…。」
先輩がウヒヒと笑いながら歩いていくと道の先から人影が見えた。
「誰か来ましたよ…」
それは女の人で白いワンピースを着ていた。とても山登りするような服装じゃなかった。
「ほら、やっぱりこの先に何かあるんだよ!こんにちはーっ!!」
先輩が挨拶をしても女性は見向きもせず、俯きながらヨタヨタと歩いてくる。
「こんにち…」
先輩が再び挨拶しようとしたら固まった。女性は靴を履いておらず裸足だったからだ。それは明らかに異様な姿だったと思う。先輩もそれに気付いたのかこっちを見て青ざめていた。
「今の人…おかしいよな?」
「うん。なんでこんな山の中で靴も履かないで…」
そう言って振り向いたら女性の姿が忽然と消えていた。これはヤバイと直感した。
「ヤバイよ…気付かれたかもしれない…」
私がそう言うと先輩は唇を震わせながら無言で頷く。
あれは見えてはいけないモノだったのだ。いや、見えていたとしても決して反応してはいけないのだと。
ジャリと音がしたと思うとまた道の先からさっきの女性が歩いてくる。後ろに消えていったのにまた前からヨタヨタと歩いてくる。
山で出会うのは必ずしも『生きてる人間』だけではないんだと思った。
Posted at 2018/08/29 15:14:18 | |
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洒落にならない不思議な話 | 日記
2018年08月28日
「ねぇ、子供の頃の願い事覚えてる?」
突拍子もない質問に俺は驚き彼女の顔を見た。
「なんか正義のヒーローになるとかそんなだった気がするよ。」
正直、子供の夢や願い事は随分昔に忘れてしまっていた。
「…そう。」
彼女はそう呟いて降り出した雨を受け止めるように手の平を空に向けた。
彼女との関係はだいぶ冷めきっていた。
喧嘩をする事が無い代わりに仲が良いわけでもなかった。お互いどちらかが先に別れを切り出すか探り合っていたと思う。
「私ね、遠い昔に願い事を聞いたわ。」
「…?」
「今から16年前の七夕の夜の事、覚えてる?」
「…いや、あまり…」
16年前の七夕の夜…思い出したくもない。全てが嫌になり、孤独に打ちひしがれた夜。
忘れもしない夜だった。
「織り姫と彦星は七夕の夜にだけ会えるんだって…一年に一度…」
彼女は夜空を見上げる。雨が降っており、星も見えない。
「ああ、そうらしいね。」
俺は彼女の横顔を見つめた。なんだろう…この不思議な気持ちは。
雨音がやけに大きく聞こえるほどの静寂が俺達を包み込んだ。どうして彼女は突然こんな事を言い出すのだろう?
「16年前のあなたの願い事は…」
彼女が雨の中に歩を進めて振り向いた。
そして彼女の口がゆっくりと開く。
「私に会いたい。」
「え…?」
徐々に朧気な記憶が鮮明になる。
16年前の七夕の夜。母が病気で亡くなった。
母子家庭だった俺は母が亡くなった事で一人になった。一緒に住んでいた頃は些細な事で衝突して喧嘩が絶えなかった。
母なんていなくなればいいなんて思った日もあった。
毎晩のように友達と夜遊びをして憂さを晴らしていた。何もかも狂っていた。
母は昼も夜も働き、俺を高校に入れてくれたけど…俺は友達と遊ぶのに夢中でろくに勉強もしなかった。
それを叱責する母を心底邪魔だと思っていた。母が倒れたのはそれから間もなくだった。
「母…さん?」
俺の問いに彼女は頷く。その顔は紛れもなく、亡くなった母だった。
「どうして…」
記憶が曖昧になる。よく考えてみれば彼女と初めて会った時の事すら覚えていない。
「願い事が星に届くまで16年かかるのよ。16年前にあなたが強く想った事は私に会いたい事…。」
夢…?全身が震えてうまく言葉が出てこない。
母にどうしても伝えたかった言葉。それはとても短い言葉なのに。
「たった一夜だけ…成長したあなたを見れた。これは16年前に私が願った事。まだ子供だったあなたを置いて先に逝ってしまう私の最後の願い事…。」
失って初めて気付いた事。一人になって、初めて気付いた事。
母はどんなに俺を気遣ってくれた事だろう。
「幸せはね、今あるものを当たり前だと思った瞬間に失われていくのよ。それを忘れないで。」
母は俺の手を握る。それは懐かしい温もりだった。
喉元まであの言葉が出掛かっている。
あと少しなんだ。
「もう…行かなきゃ。」
母は微笑む。あの狭いアパートの部屋で二人で食卓を囲んでいた時の笑顔。
俺はそれを当たり前だと感じていたし、未来永劫続くものだと思っていたんだ。
それなのに…。
「じゃあね。」
母の姿が徐々に薄れていく。
「あ…あの!母さん!」
俺の絞り出した声に母は驚いた表情をする。そして…。
「産んでくれて…ありがとう」
生まれて初めて母にそう言った。いつも心の中で思っていて言えなかった言葉。
「うん。生まれてくれてありがとう。」
俺は雨の中佇んでいた。
誰かと一緒にいたような気がする。だがそれは夢の跡のように薄れていった。
七夕の夜。
雨が降ると何か大切な事を忘れていて、ふと思い出しそうになる。
そんな不思議な気持ちになるんだ。
Posted at 2018/08/28 20:57:14 | |
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洒落にならない不思議な話 | 日記
2018年08月28日
「人間の死臭って嗅いだ事あるか?」
いきなり知人のAはこう切り出した。人間の死臭なんて嗅ぐ機会はない。普通に生活してれば死体だって見ることは少ないだろう。いや、ほぼ無いと思う。
Aは配管工事の仕事をしていて、よく個人の家で仕事をするらしい。大きな現場ではなく住居専門だからハウスメーカーのお抱えなのだろう。そのAが人間の死臭なんて話始めたから興味が湧いてきた。
「あれは忘れたくとも忘れられない。鼻の奥というか…脳に刻まれるんだよね。だからふとした時に思い出して胸がムズムズするんだ。不快でね…。」
Aが工事で行った家はとてつもない異臭がしたらしい。何かが腐敗したような…。
「この暑いのに来てもらってすいませんねぇ…」
出迎えたくれたのは一人の老婆だったという。白髪で背中が曲がり、顔には深いシワが刻まれ年の瀬は90歳くらいだと思った。Aは差し出されたお茶を飲むとやけにぬるくて一口で飲むのをやめたらしい。
要件は風呂場の蛇口から水漏れしてるとの事で蛇口を交換する仕事だった。
「奥にお風呂場があります」
老婆は廊下を歩き案内する。廊下は家の真ん中を通るような感じでやけに薄暗く昼間でも電灯が無ければ先が見えづらい。そして、風呂場に近付くにつれて異臭が強くなる。
途中、部屋の引き戸が開いていたのだが老婆は慌ててその戸を勢いよく閉めた。そして一瞬だけ、Aの顔を見ると痰を絡ませたような声で言った。
「建て付けが悪くて勝手に開くんです…」
Aはただ「そうですか」とだけ答えた。そして、問題の風呂場に着くと水がポツン、ポツンと落ちる音が聞こえる。
「蛇口をいくら閉めても水が漏れてくるんですよ」
老婆はそう言うとすぐに引き返し姿を消した。
「あの、交換しておきますので…」
Aは薄暗い廊下の先に消えた老婆にそう言うと作業にとりかかる。とにかく、この異臭がする家から出たかった。息をするにも苦しく作業もなかなか進まない。
「こんな!簡単な、仕事なのに!」
その時、Aは浴槽が気になった。もしかして、浴槽の中で爺さんが腐ってるんじゃ…なんとなくそういう妄想をして恐ろしくなった。だが、確認したいという衝動に駆られて風呂の蓋に手をかける。
重い…そして、僅かな音の発生にも気を遣う。蓋を少しずつスライドしていくと真っ暗な浴槽の中が少しずつ見えてくる。
一瞬、匂いが強まる。
薄暗い中で浴槽の中を凝視する。
「どうしましたか?」
突如として響いた老婆の声に思わず
「ヒグッ!」
と情けない声を出してしまった。
「あ、いえ、浴槽は大丈夫かなぁって…」
「そうですか」
浴槽の中は濁った水があっただけだった。蓋を閉めると作業にとりかかる。そして、作業を終えてお茶を勧める老婆に構わずに家を出た。
新鮮な空気が胸一杯に広がる。空気が美味いというのを本当に実感したそうだ。無事に作業を終えてから数日経った日の事。上司が真っ青な顔をしてAに迫ってきたという。
「おい!あの家の工事をした時何も無かったか!?今、警察が来てるんだ!」
「え?」
あの老婆は部屋で亡くなっていたそうだ。身寄りもなく一人暮らしだったらしい。らしいというのはてっきりあの開いていた引き戸の部屋に寝たきりの爺さんがいたと思っていたからだ。
「そういえばとても暑かったし、熱中症ですかね?そういえば具合悪そうにしてたような…」
そう言うと上司と警察官は顔をしかめる。
「あの婆さんな、検死の結果、お前が工事に入る2日前くらいに死んでたらしいんだよ…」
「え……」
Aは確かに婆さんと会話をした。ではあれは霊だったのか?
「霊だったら、よかったろうな。もっと怖いのはさ、死んだのに死臭まき散らして動いてたとしたら?そっちの方が怖いわ…もうあの匂い嗅ぎたくねぇ…」
Posted at 2018/08/28 10:26:11 | |
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洒落にならない不思議な話 | 日記