
御番所公園を出て車で五分程走ると1軒の廃墟が存在する。
かつてはドライブインだったようだが今は見る影もない。
ここで食事が出来たらさぞ楽しかったろう。栄枯盛衰…。

廃墟の脇に小さな舗装路がある。路肩が崩れており長いこと放置されているようだ。
テト『もしかしてここから歩くのか?』
「そうだよ。ちょっと過酷な道だけど我慢してね」
廃墟脇の道を下る。非常に荒れてて足元も悪い。
ある程度の管理はされているようだが殆ど朽ち果てており普通の人は決して近付かないだろう。

テト『本当にここ大丈夫だろうな?』
「大丈夫だよ。転んだりしないようにね。あ、それとこの辺はヤマビルが出るから気を付けて!」
テト『ヤマビル!?』
「おん。今日は涼しいから大丈夫だとは思うけどこの辺にはヤマビルが多く生息してていつ間にか足に食い付いてたりするんだよ。食いつかれたら厄介だから気を付けて!」
私が夏場に近付かないのはこういう理由で蚊、蜂、虻、ヤマビルと無傷で帰還するのは非常に稀なのだ。
道も荒れてて危険とくれば尚のことだ。
テト『一体どこに行くつもりだ?』
「プライベートビーチ」
テト『プライベートビーチ!?凄いな!君が所有してるということなのか!?』
「いやいや、まさか。みんなのプライベートビーチってことだよ。閑散期には独り占めできる場所だからね」
テト『そうだと思った…君がそんなお金持ちになれるわけないもんなぁ…』
「ははは、お金持ちになってもビーチなんて買えないよ」
しばらく降りていくと草むらの中に看板を見つける。
テト『ん?霊洞があるのか?そんなのどこにも無いぞ??』
そうここには悲しい歴史があって霊洞と云われる洞窟があるのだ。だが、看板の周りには存在していないトラップだ。
「ここには無いよ。下の砂浜にあるんだ。もっともにしてこの時間帯じゃ行けないけどね…」
テト『どうしてだ?』
「干潮時じゃないと行けないんだよね。今は満潮に近いだろうから水没してて入れないと思う」
テト『へぇ…でも看板によると…』
--------------------
平安の昔平泉から財宝を積んで北上川を下り京都に向かう途中暴風のため遭難した際にうら若き女性がただ一人が助かりこの洞窟に住みついたが前は海後は断崖絶壁のため発見されることなくこの世を去ったという。この洞窟で千年もの間供養もされずにいたため霊魂は没しきれずにいたためか附近を通る船は幽霊を見たと伝えられたが不治の病で七年間床に伏していた秋田県の信隆寺住職の妻に霊魂がのりうつりこの地に来て供養を行ってから幽霊も出なくなりその後この地に来て供養すると不思議と病が治ることから霊洞として知られるようになったと伝えられる。
--------------------
テト『だそうだ。住んでいたということは水没してなかったんじゃないか?』
「真偽はわからないけど震災等で地盤が沈下したんじゃないかな?いずれにしてもここで遭難したのに今じゃ人が行き来してるなんてね」

テト『おお!海だ!』
結構波が荒い。以前から荒波が来るスポットであった。
テト『おお!大変だ!人が溺れてあるぞ!!助けないと!!』
「なに!?マジか!?」
これは困った。私は泳げないのだ。かなり嫌な予感がして海を見ると確かに人影がある。
「あれはサーファーだよ。ここは波乗りスポットだから季節問わずにサーファーが訪れるんだよ。あー!ビックリした」

テト『ボクも驚いたお…こんな季節に海に入ってるなんて思わなかったから…』
テトは恥ずかしそうに頬を赤らめると私を凝視する。
「どうしたの?」
テト『もし…もしもだぞ!ボクが溺れていたら…君は助けに来てくれるかなと…』

テト『え…と、今のナシ!大体ボクが溺れるわけないしな!君なんかに助けを求めないお!』
「ははは、確かにそうだね。逆に私が助けてもらうかも」

左手には滝がある。結構落差がある。

テト『山に海に滝に自然が盛り沢山だな』
「結構アクティビティに溢れてるでしょ?知る人ぞ知る砂浜なのだよ!」

テト『凄い波だな』
「波乗りにしては嬉しいだろうね。人も滅多に来ないし。んで霊洞はあそこだよ」
指差した先には当然道など無く岩に波が叩きつけられていた。
テト『あそこにずっと一人でいたのか…すごい心細かったろうな』
「そうだね…ずっと助けが来るのを待っていたのかもしれないね。本当は供養してやりたいけど、今は行けないからね。その代わりもう一つ洞穴があるんだよ」
テト『へぇ!』
砂浜の奥に歩くとそれはひっそりとそこに存在していた。
一人入れるくらいの小さな洞穴だ。

テト『ボクならちょうどいい感じだお!』
「本当だwテトさんもここに住んだら?」
テト『ここにはフランスパン無いからダメだお!』

いたずらっぽく笑うテトさんを見てふと何かを思い出したような気がした。
ああ、前にもこんなやり取りを誰かとしたような気がする。
デジャブ?
でもこの場所には誰かと来た記憶はない。いや、また忘れてるだけなのか??
テト『どうしたお?またセンチメンタルになっているのかお?』
「うーん、なんだろ?昔にもこんなことがあった気がしてさ。この場所ではないと思うんだけど…」
テト『君の記憶障害にも慣れてきたけど、もう少し今を楽しめないのか!せっかくぼくがついてきたのに…もっと元気出すお!』
「うん、わかったよ。そろそろ出ようか?」
元気か…いつも心の奥に引っかかっている何かがあるんだよな、
それが何らかの拍子に顔を覗かせるんだ。
胸が締め付けられる様な息苦しさを感じてしまう。
元気なんてそんな簡単には…
テト『ちょっと狭かったお』
うおぉ!?元気出た!!

普段はもっと透明な海なのだが空模様も手伝ってそんなに心躍るような景色ではなかった。
何となく私の心情を表しているような気がした。

テト『ほらほらー!シケた面するなお!せっかくここまで来たんだから精一杯はしゃぐお!』
「うおぉ!?I字バランス!?テトさんめっちゃ体柔らかいね!?」
テト『ボクの身体能力を侮ってはいけないお!』
「んじゃ、その元気を貰ってやることやろうか?」
テト『え?な、何をするお!?そ、そんな袋を出して…』
「はい、レジ袋!」
テト『今まさに海洋汚染の濡れ衣を着せられてるレジ袋だお…まさか投棄していくつもりかお?』
「まさかwwwゴミ拾いだよ」
テト『ゴミ拾い?』
「誰も来なくなればたちまちゴミが漂流して溜まっていくんだ。だから来た時に少しでも拾って綺麗にするんだよ。さっきの猫が言っていたことが少しわかった気がするよ。自然を破壊したならその責任を負わなきゃならないと思うんだ。壊したならきちんと維持しろって」
テト『ふぅーん、君にしては殊勝な心掛けだな』

プライベートビーチをあとにした我々は女川に向かうべく車を走らせた。