ハナ肇とクレージーキャッツ 最後の存命者 犬塚弘さん
渡辺プロダクション の 創成期 に 渡辺プロダクション の稼ぎ頭だった ハナ肇とクレージーキャッツ
とうとう クレージーキャッツ は幕を閉じた
某 芸能プロダクション の スキャンダル が、表に出て来て、マスコミが右往左往している 昨今
今の芸能プロダクション の システムを築いたのが、渡辺プロダクション ともいえるだろう
長年フジテレビ の 新春隠し芸大会 を 制作し放送していたのが、渡辺プロダクション
おとなのマンガ や シャボン玉ホリデイ など 渡辺プロダクション が そして、ハナ肇とクレージーキャッツ が 関わった 番組は数知れず。
映画に、テレビに 1960年代 そして1970年代 の エンターテイメント の 一躍を担った バンド。
ハナ肇とクレージーキャッツ は バンドとして活動が無くなって 犬塚弘さんは、俳優として 数多くの 映画、ドラマ に出演していた。
しかし、ハナ肇とクレージーキャッツ の原点は JAZZバンドであり、犬塚弘といえば ベーシスト
その 音楽がベースとなっての エンターテイメント は、見る人を引き込ませるだけの エンターテイメントがあった。
有り難うございました。
さようなら
犬塚弘 さん
そして
ハナ肇とクレージーキャッツ
クレージーキャッツ犬塚弘さん死去、94歳 10/27(金) 9:50
人気グループ「クレージーキャッツ」の一員として活躍し、俳優としても知られた犬塚弘さんが死去したことが27日、分かった。東京都出身。94歳。
犬塚さんの死去で、クレージーキャッツのメンバーは全員が亡くなったことになった。 1955年にハナ肇さんらと「キューバン・キャッツ」を結成。クレージーキャッツと改名し、谷啓さん、植木等さんも加わった。「クレージー黄金作戦」などの喜劇映画で人気を集め、テレビでもバラエティー番組「シャボン玉ホリデー」などにレギュラー出演した。 山田洋次監督の映画「馬鹿が戦車でやって来る」や「男はつらいよ」にも出演した。
最後の「クレージーキャッツ」犬塚弘さん逝く おとぼけキャラ!「ワンちゃん」の愛称で親しまれた 90歳での映画出演が最後の仕事
1960年代に国民的人気を集めたグループ「ハナ肇とクレージーキャッツ」のメンバーで、俳優としても活躍した犬塚弘(いぬづか・ひろし=本名・弘=ひろむ)さんが27日までに死去した。94歳だった。犬塚さんの死去でハナ肇さん、植木等さん、谷啓さんらメンバー7人全員が他界した。犬塚さんは4年前、サンケイスポーツの取材に「あと3年ぐらいで、あの世に行く」とブラックジョークを飛ばしていた。
昭和の高度経済成長期(1955~73年)を中心に、歌やテレビ、映画で国民を元気づけたクレージー。最後の生き証人で愛称「ワンちゃん」、ひょうひょうとした演技で魅了した名脇役が永遠の眠りについた。
元所属事務所によると、通夜と葬儀・告別式はすでに執り行ったが、死亡日時や死因などの詳細は「生前の本人の意志により公表を控えさせていただきます」とした。
子供のいなかった犬塚さんは2011年、唯一の肉親だった妻の幸子さんと東京都内から静岡・熱海市のシニア向けマンションに移り住んだ。1日3食付きで、夫婦水入らずの生活だった。
しかし、病弱な幸子さんが、15年に84歳で死去後は1人暮らし。90歳の卒寿を迎えた19年、盟友・大林宣彦監督(20年死去)の遺作映画「海辺の映画館-キネマの玉手箱」(20年7月公開)に出演。映画館の常連とコントラバスを弾く老人の一人二役を演じたのが、最後の仕事となった。
犬塚さんは「海辺-」のパンフレットにコメントを寄せ、「80歳になった際に芸能界を引退しましたが、90歳となって再び大林監督からのお誘いもあり参加しました」と説明。「人生最後の花道を飾ることができて感謝の気持ちで一杯です」とつづっていた。
東京生まれで、父親は三井物産などに勤務。ウクレレを弾いていた兄の影響で音楽好きに。ジャズバンドを経て、ドラマーのハナ肇さんの呼びかけで55年に結成されたコミックバンドのクレージーで、ベーシストを務めた。61年に始まったバラエティー番組「シャボン玉ホリデー」やヒット曲「スーダラ節」などで一世を風靡した。
70年代以降はグループとしての活動は下火となったが、俳優業に傾注。88年公開の映画「会社物語」では再び7人が顔をそろえ、主演のハナさんを支えた。その際「古里に帰ってきた気がする」とクレージー愛を明かしていた。
晩年は腰を痛め、手押し車を使って生活。19年にサンケイスポーツの取材に応じた際「頭も口も大丈夫だけど、下半身が駄目。今回で俳優はやめた」と宣言。「クレージーのおかげで、いろんな仕事ができて感謝しています。でも、これからはゆっくりして、あと3年ぐらいで、あの世に行く」と自らの将来を見越したように淡々と語っていた。
仲間を、妻を大事にしつつ、自分の限界も直視。引き際も見事な人生だった。
■犬塚 弘(いぬづか・ひろし) 1929(昭和4)年3月23日生まれ。東京都出身。文化学院在学中からハワイアンバンドを結成し、卒業後に2年間、テクノロジー関連企業IBMでサラリーマン生活を送った。その後、55年結成のハナ肇とクレージーキャッツにベーシストとして加入。ピアニストの桜井センリさんが2012年に他界し、唯一の存命者に。俳優としても活躍し、「男はつらいよ」シリーズなどの映画や舞台に多数出演した。
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Posted at
2023/10/27 10:45:39