
つい先日ですが静岡の某所まで出向く前に腹ごしらえを。
うまそー・・・(゜(エ)゜) でしたので出向きました。
元々は昭和天皇の御用邸でもあった日本家屋のレストラン・・・・
まっ今の様式ではテーブルに椅子ですが熊さんは座布団に座って正座してお食事が普段なので・・・・・
ちょいと抵抗はアルが日光東照宮近所の堯心亭の方がいい佇まいだな。
庭園を眺めながら食する居心地は都心では味わえません。
何処かの誰かさんが熊さんを旨い物で釣るなら精進料理とか日本庭園で釣ってくれ。
お礼はしませんけどね・・・・・
箱根町の宮ノ下温泉にある明治11(1878)年創業の老舗ホテル「富士屋ホテル」には、「菊華荘」と呼ばれる和風別館がある。日本料理のレストランと、1日3室限定の宿泊施設として使用されている菊華荘は、かつては「宮ノ下御用邸」と呼ばれた。明治天皇の第8皇女子、富美宮允子(のぶこ)内親王の避暑を目的に建てられた旧御用邸には、随所に菊の紋が残されており、皇室の歴史をいまに伝えている。
富美宮允子内親王は、明治24年に誕生。宮ノ下御用邸は4年後の28年に建造され、終戦直後の昭和21年に払い下げられた。数寄屋風書院造りの純日本建築の落ち着いたたたずまいと、美しい日本庭園を特徴とする、国の登録有形文化財だ。
允子内親王は明治43年、旧皇族の朝香宮鳩彦(やすひこ)王と結婚。大正11年に鳩彦王が留学先のパリでの交通事故で重傷を負うと、急遽(きゅうきょ)パリに向かい、夫の静養に同行して2年間パリに滞在した。このため、当時流行していたアール・デコへの造詣を深め、帰国後にアール・デコ様式の宮邸を新築するのに注力したことで知られる。この宮邸が現在の東京都庭園美術館(港区白金台)の本館となっている。
宮ノ下御用邸は、昭和天皇も皇太子時代によく利用していたことが、『昭和天皇実録』の記述から分かる。昭和天皇は戦前、ゴルフが大変好きだったことで知られるが、昭和天皇実録には大正6年7月18日、16歳の昭和天皇が「宮ノ下御用邸にお入りになる。御到着後、神奈川県知事有吉忠一以下に謁(えつ)を賜(たま)う。箱根御滞在中、午前は朝間体操並びに自習、武課体操を、午後は近辺への御運動、水泳等、御夕餐(ゆうさん)後には器械体操、ゴルフ練習を御日課とされ、習字や日本画の稽古にも取り組まれる」との記載がある。
昭和天皇が14歳くらいの頃、弟の秩父宮と高松宮に宛てて書いた手紙が見つかっているが、これは昭和天皇が宮ノ下御用邸滞在中に、奈良、京都を旅行中の2人に出したものとされる。「何の御障りも無く所々御見物のよし承りうれしゅうございます」「京都は暑さが烈しいようでございますからとくに御身体を御大切に」などと記され、温かな兄弟愛を伝える。
皇室の歴史が刻まれた貴重な建築物を維持管理している富士屋ホテルの広報担当、折田道明さんは「菊華荘は皇室にゆかりがあるということもあり、和食どころとして人気が高く、ここ最近は、団体客なども受け入れ好評をいただいている」と話している。
◇
【用語解説】宮ノ下温泉
箱根町にある温泉で、箱根七湯の一つ。箱根山の外輪山である浅間山の北麓、早川の谷の崖上にある。泉質は弱食塩泉、単純泉。泉温は23~97度で、胃腸病や婦人病に効能があるとされる。
ブログ一覧 |
美術系 | 日記
Posted at
2019/06/14 22:30:13